昭和62年
年次世界経済白書
政策協調と活力ある国際分業を目指して
経済企画庁
第1章 世界経済拡大の持続
80年以降下落傾向にあった一次産品価格は,83,84年に一時的にやや持ち直したが,再び86年央まで下げ,その後87年央まで横ばいないしは緩やかな上昇を続けているが,その水準は低い。一次産品市況の引き続く低迷は,一次産品産出国(特に途上国)にとって輸出の低迷から景気回復を遅らせることとなった。
80年代以降の国際商品市況の推移をロイター指数(SDR換算)でみると,83,84年に先進国の景気拡大による需要増,熱波被害による穀物の急騰などから一時的に上げたものの,基本的には低下傾向をたどり (85年は80年比25.4%の低下),86年に入っても,アメリカでの新農業法の施行に伴い穀物,綿花が下落したこと等から,86年8月にかけて更に25.2%の低下となった。
80年以降の下落要因としては,世界経済の拡大速度が80年以前に比べ鈍化する中で,先進国でコスト削減のための省資源化が進行したこと,また,商品の高付加価値化を図りつつ,一次産品投入量を低下(原単価の低下)させたことなどから,需要が大幅に減少したことがあげられる。また一方で,一次産品国では供給力を増大させ,供給過剰となった。穀物については,85,86年には世界的な豊作であり,穀物を多く輸入していたインドネシア,インド等でも増産がなされ輸入が減少し,供給過剰となり価格低下要因となった。また,金融面では,85年初まで続いたドル高は,ドル以外の通貨建てでみた一次産品価格を相対的に高いものとし,ドル建て一次産品価格を下落させる方向に作用した。
また,名目金利の上昇とインフレ期待の喪失による実質金利の高まりは,投機的需要,在庫需要を減退させた。
しかし,86年央からは綿花,ゴムが生産減からやや持ち直し,亜鉛,鉛も需要増から上げ,87年4月からはドル安に嫌気した資金の流入などもあって,一次産品価格は堅調に推移し,ロイタ―指数は86年8月から87年9月の間に18%とわずかに上昇した。こうした一次産品価格の底入れの要因としては,原油価格の回復に伴い一次産品価格にも上昇期待がもたれたこと,またドル安でドル建て資産の魅力が薄れてきたことも一因と考えられ,例えば87年4・5月頃にはドル建て債券価格の下落に伴い商品への資金のシフトがあったとみられる。しかし,一次産品価格の水準は低く,一時的に上げた83,84年の水準にも戻っていない(第1-3-1図)。
こうした一次産品価格の低下ないし安定は,需要国側にとって,輸入物価を通じて物価の安定に寄与した。しかし,一次産品輸出価格(ドル建て)は86年前年比1.1%減となっているのに対して,工業製品輸出価格は,ドル高修正下で86年に前年比18.O%上昇しており,一次産品輸出国の交易条件の低下をもたらした(第1-3-1表)。
多くのアジア諸国(なかでも東南アジア)は,輸出品の構成で,非工業品割合(86年,インドは82年)がインドネシア86.1%,マレーシア60.2%,タイ57.4%,フィリピン54.3%,インド48.1%といずれも高く,資源国ないし農業国といえる。このため, 一次産品価格の低迷はアジア諸国にとって,輸出の伸び悩みから景気の回復を遅らせることとなった。輸出(名目)を石油類(石油・ガス等鉱物性燃料,以下同じ),一次産品(石油類を除く),工業製品に大きく区分し,その動向をみると,工業製品は85年に先進国経済の拡大速度の鈍化から各国とも前年比減ないし伸び悩んだが,86年には急速に回復した。これはこれらの諸国の為替レートの対ドルルートの未調整による価格競争力の上昇などによるものと思われる。これに対して,一次産品輸出をやや長期的にみると,作況の影響などもあり年により増減はあるものの,一次産品市況を反映し,81,82年に大幅減となり,83,84年にやや持ち直したが,85年以降は再び低迷している。
また,インドネシア,マレーシアの石油類輸出も,前節で述べた通り,価格の低迷から減少した。
こうした状況から,非工業品輸出割合が高い程,輸出回復が遅れており,86年の実質GNPもインドネシア3.2%増,マレーシア1.0%増と伸びは低く,フィリピン(実質GNP)も1.5%増と増加には転じたものの,水準は低い。タイでは輸出は伸びてきているが,これは工業製品の大幅増によるところが大きく,農産物(主に米)は不振であり農家所得の伸び悩みによる消費回復の遅れを主因に実質GDPは3.5%増にとどまった。87年には回復の遅れていたマレーシア,インドネシアでも石油価格の持ち直し,工業製品の輸出増から,回復している(第1-3-2表)。
多くの中南米諸国では輸出の減少から債務返済に困難をきたし,インフレが高進している。
メキシコでは,86年末までの石油輸出の減少から輸出(通関,ドルベース)は86年前年比26.0%減と低迷した。石油輸出の不振は財政収入の減少,投資部門の落ち込みをもたらし,実質GDPは86年前年比3.8%減と低迷した。一方,貿易収支の悪化から通貨の切り下げが行われ,また公共料金の引き上げもあり,物価は上昇し,消費者物価上昇率は86年86.2%と高騰した。貿易収支が悪化したことから,対外債務問題が再燃したが,86年秋には関係者による国際金融支援が合意された。87年に入ると,石油価格の持ち直し,通貨切り下げなどから輸出が増加し,景気は回復の兆しもみられる。しかし,物価は依然として上昇傾向にあり,87年上期も前年同期比117.4%の上昇となっている。
一方,インフレに悩んでいたブラジルでは,86年2月に価格凍結が実施され消費者物価上昇率は86年前年比142.2%とやや鈍化したが,実質賃金は上昇したとみられ,消費が過熱し,実質GDPは86年前年比8.2%増となった。しかし,輸出は,国内需要へのシフト,生産の鈍化,また為替レートが固定化されたことなどから86年同12.7%減と不振であった。86年下期以降の輸出不振は収支の悪化をもたらし,政府は87年2月に一部対外債務の利子支払いの一時停止を発表した。87年に入って2月に価格凍結が解除されるや物価は再び急騰し87年上期同120.7%の上昇となった。こうしたことから6月には再び物価・賃金の凍結が実施され,物価上昇率の鈍化と輸出増加の一方で,消費は停滞し,生産も伸び悩んでいる(第1-3-3表)。
メキシコ,ブラジル以外の中南米諸国では,チリ,コロンビアなどで86年に輸出増加がみられたものの,多くの国では一次産品価格の低迷から輸出は減少し,一方でインフレ,累積債務の問題が継続するなど,状況は好転していない。