昭和59年

年次世界経済報告

拡大するアメリカ経済と高金利下の世界経済

経済企画庁


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第5章 世界経済再調整の条件

第2節 資本の国際移動

第1次世界大戦以降,アメリカは経常収支の黒字を背景に資本供給国としての役割を果たしてきたが,その経常収支は,80年代に入って急速に赤字を拡大しており,資本の輸入国となっている。一方,我が国を始めとする先進諸国からのアメリカへの資本流出が顕著となっている。また途上国では累積債務問題の顕在化もあって,経済成長に必要な資本流入が困難な状況にある。こうした状況は世界経済にとってどのような意味を持つのであろうか。

本節ではアメリカの「再活性化」によって生じた国際資本移動の調整問題を扱うことにする。

1. 国際的資本移動の現状

(豊かな国からの資本移動)

国際的資本移動の現状をみるまえに,やや長期的な観点に立って資本移動が生じる要因を検討してみよう。

国際的資本移動が行われている世界では,国内で必要な投資をすべて国内の貯蓄で賄う必要はない。また逆に,国内の貯蓄をすべて国内で投資する必要もなく,海外へ資本(貯蓄)を供給して収益を得ることもできる。このように海外へ資本移動を行っている国が資本輸出国で,逆に輸入している国が資本輸入国であるが,こうした資本移動が生じる要因は何であろうか。まず考えられることは資本の豊かな国から資本の乏しい国へと資本が移動するであろうということである。つまり資本が豊富で資本収益率が相対的に低い国から資本が乏しく資本収益率の高い国へ資本が移動することになる。

第5-2-1図は,一人当たり国内資本ストックと同海外純資産との関係を主要国についてみたものである。同図で80年時点についてみると,エネルギー開発を海外からの資本流入に依存したイギリス,カナダ,また2度の石油価格高騰で巨額の海外純資産を蓄積したサウジアラビア,クウェートを例外として,国内資本ストックの大きい豊かな先進国は,やはり対外純資産を多く持っている。特に我が国は,70年代に資本ストックを急速に増加させ,その他諸国への資本が流出する傾向にあることが裏付けられている。

しかし,ここでアメリカの動きに注目すると最近のアメリカの経常収支赤字の拡大ペースが維持されるならば,85年にはアメリカの海外純資産はマイナスに転じることになり,アメリカのグラフの径路が左上方へ急角度に移行することになる。

次にこうしたアメリカへの資本流入の現状を世界的な視野で概観してみることにする。

(アメリカへの資本流入)

最近の国際的資本移動をアメリカ及び主要地域についてそれぞれの経常収支尻,地域別資本収支から推定すると,第5-2-2図のようになる。同図によれば,83年におけるアメリカの経常収支赤字が大幅で,アメリカの純資本流入が極めて大きくなっていることがわかる。また同図から明らかなことは,アメリカを除く先進諸国からの資本供給が,アメリカ,発展途上国及び石油輸出国の経常収支赤字をファイナンスしたことである。

84年はアメリカの経常収支赤字が更に拡大していることから,一層こうした傾向が強まっているとみられる。もしアメリカの経常収支赤字が今後も続くとすると,最も豊かな国であるはずのアメリカからの資本供給が期待できないことになる。これは換言するとその他先進諸国から,より一層の資本供給がない限り,国内の貯蓄不足を海外からの貯蓄の移動で補ってきた途上国が困難な状況に陥ることを示している。

(途上国への資本流入不足)

途上国への資本流入が不足した場合,途上国にどのような影響を与えるのであろうか。途上国は将来の経済成長のために投資を行う必要がある。この際,前述のとおり,国内の貯蓄のみならず,海外の貯蓄を使うことも可能である。そこでこれまで途上国がどの程度海外貯蓄に依存していたかをみることにしよう。

第5-2-3図は,主な途上国についてその投資が海外貯蓄にどの程度依存してきたかをみたものである。同図から70年代に投資が大幅に増加し,海外貯蓄もかなり寄与したことがわかる。4か国平均では70年代に国内投資の18%が海外貯蓄によって賄れた(60年代36%)一方,70年代後半か580年代には投資の伸びが鈍化している。特にメキシコでは投資が急減しているが,これには資本流入の減少も大きな原因となったものとみられる。

もっとも,途上国の成長にとって,必ずしも資本流入が必要不可欠ではないという意見もある。しかし第4章でみたとおり,韓国のように60~70年代に多くの海外貯蓄を受け入れながら高い成長を遂げ,しかも債務問題が深刻化していない国もある。海外貯蓄を有効に使えば,それがなかった場合より高い成長を成し遂げることができるはずである。事実,我が国についても,また一世紀前のアメリカについても,経済発展の初期段階では外国資本の果たした役割は大きかった。

歴史的にみて過去に資本を供給してきたのは,イギリスとアメリカである。両国の資本供給がどのような役割を果たしてきたかを中心に歴史を振り返ってみることにしよう。

2. イギリスとアメリカの資本輸出

(イギリスの資本供給メカニズム)

イギリスがその圧倒的な経済力を背景に活発な資本供給を行っていた時期は,1874年から1914年の第1次世界大戦に至るまでの期間であった。1913年末の世界の海外投資のうち半分近くがイギリスによるものであったといわれる(第5-2-4図)。19世紀から1913年に至るまでの経常収支/国民所得比率をみると,循環的な変動はあったものの,ボトム時でも1%強,ピーク時では6~7%の水準の黒字があった。さらに国内投資に対する相対的な大きさでみても,ときには資本輸出が国内投資を上回ることもあるなど活発な海外投資を行っていた。

イギリスの経常収支黒字構造で特徴的な点は,活発な資本輸出を行っていた時期でも貿易収支が恒常的に赤字であったことである(1938年以前の輸入はCIF価格で計算しているが,これを考慮しても貿易収支は赤字である)。これを補う形で貿易外収支は黒字があったわけであるが,第5-2-1表のとおり,投資収益(ネット)が貿易外収支の黒字に大きく貢献している。1910~13年では投資収益が商品輸出の約4割,商品輸入の3割弱を占めるに至っている。いわば投資収益によって貿易赤字を補填し,その他サービス収支の黒字によって資本輸出を行っていたといえる。

イギリスの海外投資先は19世紀初期にはヨーロッパが中心で,政府向けローン及び鉄道敷設を目的とした証券投資が主体であった。19世紀中葉になるとヨーロッパ向け投資の比率が低下し,アメリカを始めとするヨーロッパ以外の地域への投資の比重が高まった。こうした活発な資本輸出には,高度に発達したロンドン金融・資本市場の存在が寄与したといわれる。ここで注目すべき点はイギリスの海外投資により,フランス,ドイツ等の経済発展が促され,その後これら諸国からもアメリカ,カナダ,オーストラリア等へ海外投資が行われたことである。これはリスクは大きかったものの,資本収益率の高かった新興国へと投資がシフトしたことを物語るものであろう。特にカナダやオーストラリアでは発展初期には国内総資本形成の半分以上が外国資本によって賄われている。またこの時期で見逃せない点は,イギリス及びその他ヨーロッパ諸国からの移民による人的資源の移転,それに伴う技術移転も資本輸入国の発展に重要な役割を果たしていたことである。

(アメリカの資本供給メカニズム)

イギリスを始めとする先進諸国の活発な海外投資はアメリカの発展にも大きく貢献したが,その後2度の世界大戦を経て,アメリカの資本輸出国としての地位は確固たるものとなった。アメリカの対外投資のポジションは1914~19年に純投資ポジションに逆転し,1945~50年にはそれが急速に拡大している(第5-2-5図)。アメリカの財・サービス収支(経常収支から移転収支を除いたもの)は1896年以降1971年に至るまで黒字を継続したが,これは貿易収支の黒字によるものである。イギリスとの違いはこの貿易収支の黒字であるが,これはイギリスが海運等のサービス貿易に,アメリカは農産物や資本財にそれぞれ比較優位を持っていたことの現れであろう。

第1次大戦と第2次大戦の戦間期のアメリカの海外投資はやはり証券投資が多かったが,1920年代にはラテン・アメリカ,カナダ,ヨーロッバ向けの直接投資も増加した。第2次大戦後は,第1次大戦後ドイツの賠償金支払いが困難に陥ったことによって破局を招いた反省から,当初マーシャル・プランに象徴される政府援助が主導的役割を果たした。また政府貸付けも大きなシェアを占めていた。その後1950年代から60年代には多国籍企業を中心とした民間直接投資が再び活発化し,70年末には民間海外投資が海外投資に占めるシェアは46%にまで達した。70年代に入ると直接投資のシェアは低下したものの,銀行の対外貸付けが急増したことにより,民間投資のシェアは政府投資を追いやる形で大幅に増加した。この間,対外直接投資も1965~75年には年平均9.2%で増加するなどヨーロッパ向けを中心に順調な伸びを示した(第5-2-6図)。

(安定的な資本供給メカニズム)

以上のように過去においてイギリス,アメリカ両国は資本輸出国としての地位を確立していたといえる。両国が活発に資本を供給していた時期の特徴を挙げながら,現状に照らして安定的な資本供給メカニズムとはどのようなものであるかを考察してみよう。

第1には,効率的な資本移動が必要である。イギリスの資本輸出の特徴は,国内投資との関係をみることによって明らかになる。第5-2-7図のとおり,資本輸出期におけるイギリスの国内投資の資本輸出とは代替的な動きを示している。これは資本収益率に応じて国内投資と海外投資が代替的に行われた結果であろう。こうした状況が長期間継続し得た要因は,資本移動の自由が損なわれなかったこと,フランス,ドイツ等の海外投資先が順調な発展を遂げたことなどに求められよう。現在のアメリカへの資本流入がアメリカの資本収益率の高さを反映しているものであれば,貯蓄を有効に使ったことになり,世界全体にとって効率性の観点からはむしろ利益といえるであろう。しかしながらアメリカの高金利が財政赤字等によって生じている面があり,貯蓄の有効利用が行われているかどうかは疑問である。

第2には,資本供給国の存在である。第1次大戦後アメリカがイギリスに代わって資本供給国としての役割を果たすこととなったが,このときのアメリカの資本輸出は,ヨーロッパの経済復興に大きな役割を果たした。第2次大戦直後においてもアメリカは援助による貯蓄の移動を行った。このように資本が不足する国があるときは,必ず資本を供給する国が必要となる。これまで行われてきた先進国から途上国への資本移動は効率性の観点からも望ましいものであろう。アメリカの資本輸入が当面続くどすれば,代わって資本を供給する国がなければ,これまで海外貯蓄に依存していた国の調整が困難となり,安定的なシステムは築き得ない。現状では我が国が資本供給国としての役割を果しているといえよう。他方,債務問題を抱える途上国が適切な債務管理を行うことは,途上国へ新たな資本流入を促す上でも重要である。

第3には,金融システムの秩序維持が必要である。アメリカの資本輸出は対GNP比でみるとイギリス程大きなものではなかったが(第5-2-8図),アメリカの対外債権・債務は83年末でそれぞれ8,900億ドル,7,800億ドルにも達している。これはユーロ・ダラー市場をも含めで,アメリカ金融システムが自らの貯蓄のみならず他国の貯蓄をも世界に配給する銀行のような役割を果たしてきたことを意味する。これまでこうした金融システムを介在して資本供給が行われてきたが,安定的な資本供給を行ってゆく上で金融システムの秩序維持が必要不可欠である。