昭和59年

年次世界経済報告

拡大するアメリカ経済と高金利下の世界経済

経済企画庁


[次節] [目次] [年次リスト]

第5章 世界経済再調整の条件

第1節 産業構造と貿易構造の変化

アメリカ経済の再活性化は,先端技術産業におけるアメリカの競争力の強化による所が大きく,為替レートの変化を通じて,一部の産業の競争力のより一層の低下をもたらしている面がある。他の国々の産業構造もこれに応じて変化する。本節では,まず第1に,最近のアメリカの商品輸出構成の変化をみた後,このような産業構造の変化に世界経済が対応できるかどうかを考察するため,過去の経験を振り返ることにする。

1. アメリカの最近の輸出構成

先端技術製品に対する需要が世界的に急速に拡大するなかで,アメリカでは近年先端技術関連産業の競争力が強化されている(前出第2-3-3図参照)。例えばアメリカの商品輸出に占めるコンピューター及びその関連製品のシェアは,75年の2.1%から82年には4.4%となった。また,製造業中の各業種の付加価値構成比をみても,先端技術製品が多く含まれるとみられる電気機械のシェアは,75年の8.4%から83年には9.9%まで高まっている。一方,鉄鋼を中心とする一次金属は7.7%から4.9%へ低下した。

このように,アメリカの産業構造は大きく変化しているが,技術革新による産業構造の変化は,世界経済に常に生じてきたことである。以下,アメリカを中心として戦後の世界経済の構造変化を概観し,保護貿易主義の発生を切り抜けてきた歴史をみることにしたい。

2. 戦後の貿易構造と産業構造の変化

第2次世界大戦後,世界貿易は急速に拡大した。1948年から石油危機が発生した73年にかけて,世界の輸出額(共産圏を除く)は約10倍となり,年平均9.7%の割合で増加した。73年から83年にかけては,石油価格の上昇もあって年平均12.2%増となっている。しかし,実質額の伸びは53~73年の年平均7.5%に対し,73~83年は同2.8%と鈍化している。

(地域別貿易構造の変化)

戦後の世界貿易の変化を地域別の輸出額構成比でみると,戦後の技術革新により重化学工業化を進めた先進工業国の世界貿易に占めるシェアは,50年から70年にかけて拡大を続けた。70年代は設備大型化の一巡や2度にわたる石油危機により先進国のシェアが低下する一方,石油価格の大幅上昇のため産油国のシェアが急速に拡大したが,非産油途上国のシェアもNICsを中心に近年増加傾向にある(第5-1-1図)。

また,主要な工業製品輸出国の中で,60年以降世界貿易に占める各国の地位が大きく変化した。すなわち,アメリカ,イギリス等のシェアが低下する一方,日本,イタリア等の上昇が目立っている。

(商品別貿易構造の変化)

商品構造の変化をみると,工業製品の伸びが高いことがわかる。世界の総輸出額のうち食料,原燃料等の一次産品は,50年代前半は5割強を占めていた。しかし,工業製品の技術革新が速かったこと,工業製品に対する需要の所得弾力性が一次産品に比較して高かったこと等から,工業製品輸出のシェアが次第に高まり,近年は約6割を占めている。

非産油途上国の輸出品構造をみると,60年代初期までは工業製品は1割強を占めるにすぎなかった。しかし,60年代半ば以降そのシェアは急速に拡大し,80年では4割近くを占めている。前述のように,近年世界貿易に占める非産油途上国のシェアが拡大しているのも,工業製品輸出の増加によるところが大きい。

工業製品のなかでも,機械や化学製品といった技術集約度の高い分野の製品の伸びは特に高い。中でもエレクトロニクス等の先端技術製品の輸出額の伸びは,近年急速に高まっている。例えば自動式データ処理機械等先端技術製品9品目(第5-1-1表の注参照)の輸出額は,78年から82年にかけて1.7倍となり,総輸出額の伸び(1.4倍)をかなり上回っている。

(産業構造の変化)

このような貿易構造の変化は各国の産業構造にも反映されている。製造業の付加価値構成比をみると,先進国では電気機械等の技術集約度の高い産業のシェアが高まっている。

例えば国連統計で製造業中の各業種の付加価値構成比をみると,西ドイツでは電気機械のシェアが58年の7.5%から80年には11.3%へ,日本でも58年の9.9%から81年には12.6%まで高まっている。一方,鉄鋼,繊維等の産業のシェアは低下している。西ドイツを例にとると,鉄鋼は58年の10.4%から,80年には7.2%へ,繊維は同じく7.2%から2.6%ヘシェアが低下した。

非産油途上国の中で工業製品輸出の増加が著しい韓国では,全産業中の製造業の地位が高まるとともに,鉄鋼,造船等のシェアも上昇している。

(戦後のアメリカの貿易・産業構造の変化)

さらにアメリカを例にとって,戦後の貿易と産業構造の変化を振り返ってみよう。第2次世界大戦直後,西欧諸国や日本の工業力の大半が破壊されていたため,アメリカは世界における支配的工業生産国であった。このため伝統的に赤字が続いていた消費財の貿易においても,50年代後半まで黒字が続いた。しかし,西欧諸国や日本はアメリカの援助の下に復興し,次第にその経済力,輸出競争力を高めていった。戦後先進国は互いに工業製品を輸出しあい,水平的国際分業を進めることによって,世界輸出に占めるシェアを70年代初期まで拡大してきた。この間アメリカの工業製品輸出のシェアは,西ドイツ,イタリア,日本等が拡大を続けるのと対照的に低下を続けた。

商品別の貿易収支をみると,化学製品,一般機械,電気機械等は黒字を続けているが,繊維製品は50年代後半から,鉄鋼製品は60年代前半から,自動車は60年代後半から,それぞれ赤字に転じた。このように,アメリカの貿易は戦後の輸出の全面的な優勢が50年代中頃までに消滅し,70年代までに資本財,化学製品,農産物において黒字,消費財,非農産物工業原材料(燃料を含む)において赤字という,比較優位を基礎とする貿易パターンに戻った(第5-1-2表)。

こうした貿易構造の変化とともに,産業構造にも変化がみられる。50年から83年にかけて製造業の各業種の付加価値構成比をみると,輸出競争力の強い一般機械,電気機械,化学等の業種ではシェアが高まっており,輸入超過が続く一次金属,自動車,繊維等ではシェアが低下している(第5-1-3表)。

このような産業調整を強いられる産業では,輸入制限を求める動きが広がった。例えば,アメリカと日本との間では,50年代には繊維,60年代には鉄鋼の貿易摩擦が表面化し,現在に至るまで断続的に発生している。また,近年では自動車等が問題となっている。

(保護貿易主義的圧力の増大)

アメリカの例にもみられるように,自由貿易を理想とする国際環境は流動的で,ガットの主旨に反する動きが現れてきた。

60年代の半ば頃からNICsを中心に,途上国の工業製品輸出が増加し始め,先進国の間で,その国内産業への影響を小さくするために,途上国製品の輸入を抑制しようとする動きがみられる。石油危機以降,世界経済の成長が鈍化するにつれて,保護主義的な動きは先進国間にも広がっている。

しかしながら,世界は自由貿易へのコミットを捨て去ってしまったわけではない。保護主義の波に対しては必ずそれに対抗して自由貿易を擁護する動きがあった。ガットを舞台としての1960年代のケネディ・ラウンド,1970年代の東京ラウンド(関税一括引下げ交渉等)などがそれである。現在もまた,アメリカ,日本を中心として,ガットの新ラウンド交渉を早期に開催しようとする努力が続けられている。


[次節] [目次] [年次リスト]