昭和59年

年次世界経済報告

拡大するアメリカ経済と高金利下の世界経済

経済企画庁


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第2章 高金利下のアメリカの景気拡大

第3節 アメリカの経常収支赤字の原因

アメリカの経常収支は第2次世界大戦後,1970年代に至るまでほぼ一貫して黒字を続けてきた。しかし,60年代後半には黒字幅は縮小傾向をたどり始め,70年代に入り景気拡大期にあった71年~72年,77年~79年と赤字を記録するに至った。その後,80年,81年と若干の黒字を計上したものの,82年には景気後退期にもかかわらず赤字に転じ,景気が回復に転じた83年初以降はその赤字幅は急速に拡大し,84年上期には年率880億ドル,その対GNP比は2.4%とアメリカがかつて経験したことのない大幅なものとなった(前掲第2-1-3図)。

第1節で触れたように,82年以降の経常収支赤字の拡大には,累積債務問題やアメリカと海外の景気拡大速度の違い等,特殊若しくは一時的要因からの影響もあるが,前節でみたアメリカの国内貯蓄・投資バランスのひっ迫が高金利,ドル高を通じて最大の経常収支赤字要因になっているとみられる。

本節では,まず,82年以降の経常収支赤字に対する各要因の影響の大きさを分析する。次に,アメリカの近年の技術進歩を製品のライフ・サイクルという視点からとらえ,技術進歩に伴う経常収支赤字の継続期間について検討を加える。最後に,アメリカと対照的な動きをみせる日本の経常収支をアメリカと比較し,両国間で顕著な相違が発生している原因を分析する。

1. 経常収支赤字の原因

(内外の景気拡大速度の違いによる赤字拡大)

経常収支は,内外の景気変動により影響を受ける。自国の景気拡大は輸入を増加させ,貿易相手国の景気拡大は輸出を増加させるからである。82年以降,現在に至るアメリカの経常収支赤字の拡大には,アメリカの82年末からの景気拡大が,海外の景気回復を上回る力強いものであったことが影響しているとみられる。

アメリカの経常収支は81年から84年上期(年率)にかけて約940億ドル赤字化している。この940億ドルの赤字拡大のうち,どの程度が内外の景気拡大速度の違いによるものだろうか。

82年以降のアメリカとアメリカ以外のOECD諸国の成長率を比較すると,82年についてはアメリカがマイナス成長であったのに対し,その他OECD諸国は小幅ながらプラスの成長を達成している(第2-3-1表)。しかし,83年にはアメリカの成長率がその他OECD諸国を約2%ポイント上回り,84年上期には更にその差が拡大している。その結果,81年から84年上期までの累積でみた成長率はアメリカがその他OECD諸国を約3%ポイント上回っている。今,仮りにアメリカの輸出相手国がアメリカと同程度の成長を達成したとすると(すなわち81年から84年上期の成長率が現実より3%ポイント高かったとすると),アメリカの輸出は84年上期に年率が150億ドル程度現実の値を上回ったであろうと試算される(アメリカの輸出の世界所得弾性値は1.3と仮定)。すなわち,81年以降の経常収支赤字の拡大幅940億ドルのうち,150億ドル程度は内外の景気拡大速度の違いによってもたらされたとみられるのである。

(中南米諸国の累積債務問題による赤字拡大)

上でみた内外の景気拡大速度の差はアメリカとその他先進諸国との差を念頭においたものであった。しかし,先進国とは比較にならない景気の停滞を強いられた諸国があった。中南米等の累積債務問題が顕在化した諸国がそれである。特に,中南北はアメリカにとって重要な貿易相手地域である181年のアメリカの中南米向け輸出は全輸出の約17%を占めていた。)。82年8月のメキシコに端を発した累積債務問題は,ブラジル,チリ,ベネズエラ等の中南米諸国でも次々に顕在化し,これら諸国は厳しい緊縮策を余儀なくされたのである(第4章参照)。その結果,アメリカから中南米諸国への輸出は減少し,逆に輸入は増加した(中南米向け輸出のシェアは84年上期には12%まで低下)。そして,アメリカの対中南米貿易収支は81年から84年上期までの間に,約250億ドルも赤字化したのである(第2-3-2表)。

今,仮りに,81年以降のアメリカの対中南米輸出入の増加率がそれぞれ,中南米以外の地域との輸出入と同一であったと仮定すると,84年上期の対中南米貿易収支は年率で約170億ドル改善されることになる。このような試算に基づけば,中南米諸国の累積債務問題は,84年上期のアメリカの経常収支赤字を170億ドル程度拡大したと考えられるのである。

このようにアメリカの81年から84年上期にかけての経常収支赤字拡大額940億ドルのうち約320億ドルはアメリカと他国の景気拡大速度の違い,累積債務問題という一時的要因若しくは特殊要因によりもたらされたものと考えられる。

(国内投資超過による金利上昇,ドル高を通じた経常収支赤字の拡大)

81年から84年上期にかけての経常収支赤字の拡大額940億ドルから一時的要因,特殊要因の結果とみられる約320億ドルを除いた約600億ドルの大半は,前節でみたように,アメリカの財政政策,貯蓄率,期待収益率の動きによって投資超過幅が拡大した結果とみられる(これらの要因のほかに,他国における経済政策の変化等もアメリカの経常収支に影響を与えるが定量的把握は困難であり,ここでは考慮していない)。先にも述べたように,アメリ力国内における投資超過の拡大は,アメリカの実質高金利をもたらしている。そして,実質高金利は実質でのドル高を生み,経常収支赤字の原因となっていると考えられるのである。

前節における試算を前提とすれば,国内投資超過の拡大によるとみられる約600億ドルの経常収支赤字のうち,半分弱は財政赤字の拡大等によって,半分強はインフレの鎮静化,期待所得増加率の上昇,投資の期待収益率の上昇というアメリカ経済の基礎的条件の改善によってもたらされたと考えられる(第2-3-1図)。

以上みてきたように,アメリカの現在の約900億ドルにのぼる大幅な経常収支赤字は,多数の要因が積み重なって生じている。81年から84年上期にかけて海外の景気回復力がアメリカを下回っていたこと等によるとみられる赤字約300億ドルについては,①アメリカの景気拡大速度が,83年初から84年央にかけての急速な拡大に比べれば,今後,鈍化するとみられること,②日本やEC諸国の景気に明るさが増してきていること,③累積債務問題が最悪期を脱したとみられること等から,次第に解消されると考えられる。

一方,国内の投資超過の拡大によるとみられる経常収支赤字については,以下で検討されるアメリカの技術進歩に伴う期待収益率の上昇・期待所得増加率の上昇に当面の根強さがうかがわれること,更に,前節でもふれたように,その他の経済の基礎的条件,経済政策面からの国内貯蓄,投資バランスへの影響も早急には変化しないとすれば,当面,継続する可能性が高い。

2. アメリカの技術進歩の特徴と経常収支赤字

(アメリカの技術進歩の特徴と製品のライフ・サイクル)

技術進歩を在来製品の生産コストを低下させるものと新たな製品の創出という形をとるものの2つに大別すると,アメリカや日本等において現在進行している先端技術産業中心の技術進歩は,後者の側面が強いとみられる。このような技術進歩により,企業の収益率がどの位の期間,またどの程度上昇するかは,新製品の将来の需給動向にかかっている。

製品には,それぞれライフ・サイクルがある。一般的に,開発され市場に登場したばかりの製品に対する需要の伸びは高く,それを生産する企業の収益率も高い。しかし,年とともに,市場への参入者が増加し,需要の伸びも低下することから,企業収益率は低下し,最終的にその製品は市場でのウェイトが小さなものとなる。このような製品のライフ・サイクルという視点からみて,現在の技術進歩はどのように位置づけられるのだろうか。

(主要な工業製品のライフ・サイクル)

現在の代表的工業製品のいくつかについて,そのライフ・サイクルをみるための1つの手段として,生産の伸びと実質GNPの伸びを比較してみょう(第2-3-2図)。

石油化学工業の基礎的な製品であるエチレン,プロピレンの世界生産の伸びは60年代には,世界実質GNPのそれを大きく上回っていた。しかし,70年代に入り,その伸びは低下し,70年代末以降はむしろGNPの伸びを下回っている。鉄鋼・自動車についても,近年,生産の伸びはGNPのそれを下回っている。家電製品の中では,60年代にはGNPの伸びを上回っていたラジオ,テレビの生産が,70年代以降GNPとほぼ同程度の伸びに低下しているのに対し,テープ・レコーダーなどはいまだ高い伸びを保っている。一方,先端技術関連の製品として,コンピューターICの生産をみると,G NPの伸びをはるかに上回る増加を示している。

コンピューターIC等いわゆる先端技術関連製品に対する需要の所得弾力性の高さは,石油化学製品等が市場に登場した時の所得弾力性の高さを上回っている。しかも,弾力性の高い期間が長いことが図からみてとれる。これは,先端技術関連製品が新たな需要を次々と生みだしていることによるものと考えられる。

(企業収益率の上昇が予想される先端技術産業)

一般的に,供給量が一定の下で,需要の所得弾力性が高い商品の生産による収益は所得の増加とともに上昇する。先端技術関連製品は上でみたように需要の所得弾力性が高いだけでなく,供給面でも,他の製品に比べ過剰生産に陥る危険は小さいとみられる。

現在,アメリカは電子計算機等の先端技術製品に比較優位を持っている(第2-3-3図)。このような先端技術部門におけるアメリカの比較優位は,膨大な研究開発に裏打ちされたものである(第2-3-4図)。先端技術製品はこのように技術集約的な製品であるため,新興工業国や先端技術に関して後発の先進国が新規に参入することは,他の製品に比べ困難の度合が大きく,したがって,過剰生産に陥る危険は相対的に小さいとみられる。需要面,供給面双方におけるこれらの特徴から,先端技術産業の収益率は今後も当分の間上昇を続けるとみられる。

(製品のライア・サイクルと経常収支赤字)

製品のライフ・サイクルの初期においては,それを生産する企業の期待収益率は上昇する。そして,その製品に比較優位を持つ国では,将来にわたる交易条件の改善と,それに伴う実質購買力の上昇がもたらされる。

一般的に,有望な新製品を開発し成長過程にある企業は,投資の期待収益率は高いが,その時点での収益は少ないため,外部からの資本の取り入れによって投資を行う。しかし,企業が成熱化するにつれ投資の期待収益率は低下し投資のための資金需要は減少する一方,内部資金が潤沢になるため外部資金依存度は低下する。国についてもある程度同様のことがあてはまる。国内に,需要の将来にわたる高い伸びが予想される製品を開発し,期待収益の高い成長期の企業を多数持つ国は海外の資本に対する依存度が高まると考えられる。さらに,期待収益率の上昇によりその国の実質購買力の将来にわたる上昇が予想される場合には,第2節でみたように貯蓄率が低下する傾向があり (期待所得増加率の上昇による貯蓄率の低下),国内貯蓄が不足することから,海外からの資本流入に頼る度合は一層高くなる。

現在のアメリカでは,先端技術産業という急速な成長過程にある産業のウエイトが高まりつつある。これが,上に述べたメカニズムを通じて,アメリカへの資本流入を促し,近年,経常収支赤字を拡大させていると考えることができる。

第2次世界大戦後,70年代に至るまでアメリカは世界に対する資本供給国としての立場を保ってきた。これは,日本やヨーロッパ諸国が戦後の復興の過程で,アメリカを上回る成長を遂げたこと,その後も,これら先進諸国が本節でみたような需要の伸びの高い産業に特化すること等により,アメリカに比べ高い資本収益率を保ったこと等によるものとみられる。さらに,60年代後半以降は韓国,シシガポール,ブラジル等のNICSも高度成長と高い資本収益率を達成し,アメリカを始めとする先進国からの資本流入を促した。

しかし,このような状況には最近,変化が生じている。上でみたように,アメリカの近年の技術進歩を中心とする経済の基礎的条件の改善は,アメリカの資本収益率を高め投資の増加をもたらし,一方で貯蓄を減少させ,アメリカへの資本流入をもたらしている。

アメリカへの資本流入の拡大は,日本やヨーロッパの資本を吸収し,これらの国において相対的な高金利をもたらし,これらの国の設備投資を抑制する働きをしている(一方,対米投資は増加する)。また,従来であれば,累積債務国に流入したであろう資本の多くが,アメリカに吸収されることにより,累積債務国も深刻な影響を受けている。このようにアメリカへの資本流入の拡大は他国における投資を減らし,長期的にみた各国の成長可能性を低下させる可能性が強い。

アメリカへの資本流入には,技術進歩等アメリカ経済の基礎的条件の改善とともに,財政赤字等経済政策が影響を及ぼしていることは上でみたとおりである。他国における投資の抑制等アメリカへの資本流入の拡大が他国に与える悪影響を最小限のものにするためには,財政赤字の削減等アメリカの政策対応が必要不可欠と考えられる。

3. 日米の経常収支格差発生の原因

本節1でみたように,アメリカの経常収支は第2次世界大戦後ほぼ一貫して黒字を続けてきたが,70年代に至り景気拡大期には赤字を記録するようになった。そして,,82年には景気後退期にもかかわらず赤字を記録し,84年上期には赤字額は年率約880億ドル,その対GNP比は2.4%に達している。

一方,日本の経常収支は60年代後半以降,2度にわたる石油危機時を除いてかなり大幅な黒字を記録してきた。第2次石油危機後も81年から黒字に転じ,黒字幅は83年以降現在に至るまで急速に拡大し,84年上期には年率336億ドル,その対GNP比は2.7%に達している(第2-3-5図)。

日米の経常収支が70年前後からこのように反対方向への変化をみせ,特に81年以降その対照性を強めている原因は何であろうか。その原因としては①日米の景気動向の違い等一時的な要因,②日米の産業構造,貿易構造等の経済構造の変化などを背景とした経済の基礎的条件の変化の相異等が考えられる。さらに,世界全体でみると貯蓄と投資は必ず均衡するため,先にみたアメリカにおける投資超過の拡大は,金利上昇,アメリカへの資本流入を通じて必然的に他国の貯蓄超過を拡大する。したがって,③アメリカ経済の基礎的条件の改善や財政赤字の拡大等によるアメリカの投資超過の拡大に伴い生じた高金利・ドル高が日本に影響し,日本の貯蓄超過をもたらしている面があると考えられる。

(内外の景気のすれ違い等一時的要因が経常収支に与えた影響)

既にみたように,アメリカの経常収支は内外の景気のすれ違い,ラテン・アメリカの累積債務問題によりかなりの赤字拡大効果を受けているとみられる(81年から84年上期にかけ約320億ドルの赤字拡大要因)。

一方,日本についてみると,日本の最大の貿易相手国であるアメリカの急速な景気拡大は日本の経常収支を黒字化したとみられるため,内外の景気拡大速度の違いに基づく経常収支赤字化の効果はアメリカに比べ小さかったとみられる。また,日本の貿易に占める中南米諸国のウェイトはアメリカのそれに比べ小さい(81年の輸出総額に占める中南米諸国のシェアはアメリカの17%に対し,日本は7%)こと等から考え,累積債務問題に伴う経常収支赤字化効果も,日本の方がかなり小さかったとみられる。

したがって,一時的,特殊的要因による経常収支の赤字化効果はアメリカに比べ日本の方がかなり小さいとみられる。しかし,これだけで日米の経常収支格差を全て説明することはできない。日本とアメリカの経常収支の違いを生んでいる一つの原因は,日本において,省エネルギー,省資源技術や先端技術の積極的導入等により,動態的な比較優位に合致した方向へ産業貿易構造が高度化したことなどを背景とするものとみられる。以下では,このようにやや中期的な要因の影響をみる一つの方法として貯蓄・投資バランスの面から検討を加えることとする。

(日本における国内貯蓄超過の拡大)

前節でみたように,アメリカでは財政赤字等の政策要因に加え,投資の期待収益率の上昇,インフレの鎮静化等経済の基礎的条件の改善により国内投資超過額が急速に拡大している。一方,日本においては産業構造,輸出入構造の高度化等もあって,経常収支黒字並びに国内貯蓄超過の傾向が強まっている。

日本の部門別貯蓄・投資バランスをみると民間部門の貯蓄超過は70年代後半に急速に拡大した。民間部門の貯蓄超過は79年に縮小したものの,それ以後もかなりの大きさで推移している(第2-3-6図)。

一方,政府部門については,日本では第1次石油危機後,財政赤字が大幅化していたが,その後,財政改革の推進により,79年以降赤字幅は徐々に縮小している。アメリカにおいては第2節でみたように,財政収支(連邦,州,地方政-府)が,78,79年と黒字であったものが,その後,レーガン政権による減税の実施等により急速に赤字幅が拡大し,高金利,ドル高を通じ経常収支を赤字化させたとみられる。

(日米の設備投資動向)

日本の設備投資も78年以降,加工型製造業において先端技術関連製品であるIC,NC工作機械等の需要の増加に対応した能力増強投資の増加に加え,省エネルギー,省力化投資や研究開発投資など景気の動きに左右されない独立投資や更新投資の増加から中期的な拡大を続けた。その後,82年秋からの調整局面も更新投資,研究開発投資の根強さ等から軽微かつ短期に終わった(第2-3-7図)。

82年2月以降の今次景気回復過程における設備投資の増加テンポは前回の景気回復局面と同程度であるが,技術革新関連設備投資のウェイトが高まってきており,設備投資のけん引力となっている(詳しくは昭和59年度年次経済報告第1章第3節及び第3章第2節参照)。

このように,アメリカと同様,日本においても先端技術産業を中心とする技術進歩が70年代後半以降,設備投資増加に大きく寄与していると考えられ,この面からの経常収支への影響は日米間であまり大きな違いはないと考えられる。

(日米の民間貯蓄動向の相違)

まず,個人貯蓄についてみると,日本の個人蓄貯率はアメリカ同様,第1次石油危機後,急速な上昇をみせた後,70年代後半にインフレの鎮静化等に伴い低下した(第2-3-8図)。しかし,70年代後半以降の貯蓄率の低下は緩やかで,82年に至るまで60年代後半の水準を上回っており,70年代後半以降,60年代後半の水準を下回っているアメリカの個人貯蓄の動向と相違がみられる。

70年代後半以降の貯蓄率低下に関する日米間の相違には両国の期待成長率が関係していると考えられる。第2-3-9図をみると,日本の実質成長率は第1次石油危機後60年代の10%を上回る高い成長から大きく低下している。一方,アメリカの実質成長率は60年代前半から60年代後半,70年代前半と低下したが,低下幅は日本に比べはるかに小さかった。そして,70年代後半にはわずかではあるが成長率は上昇した。このような現実の成長率の動きからみて,人々が予想する期待成長率は日本では第1次石油危機後,徐々に下方修正され,一方,アメリカでは石油危機後も低下はせず,最近ではむしろ上方修正された可能性があるとみられる。そしてこのような期待成長率の動向の相違が,第2節で述べたようなメカニズム(期待所得増加率の変化による個人貯蓄率の変化)を通じて両国の貯蓄動向に違いをもたらし,経常収支格差の一因になっている可能性もあると考えられる。

第3節の2で述べたように,アメリカでは先端技術産業における技術進歩が期待成長率を高め,貯蓄率を低下させた一つの原因と考えられた。一方,日本は先端技術産業にアメリカ同様比較優位を持ち,技術進歩が進んでいるとみられるにもかかわらず経常収支が黒字基調にある。これは,①日本がアメリカとは異なり,従来から技術進歩の著しい成長産業に産業構造を柔軟にシフトさせて成長率を高めてきたために,先端技術産業が成長率を更に押し上げる効果がアメリカと比較し小さかったとみられること,②技術水準が世界の一級国となり,キャッチ・アップの過程が終了したことに伴い,技術進歩の速度もかつてに比べ低下せざるを得なかったことや,石油ショックの影響等から,その他の面では成長率を低下させる要因がアメリカ以上にあったこと等によるものと考えられる。

個人貯蓄に加え,企業部門の資金過不足の推移等からみて,企業収益の増加等を反映して企業部門の粗貯蓄(内部保留+減価償却)が増加していることも日本の民間部門の貯蓄超過の要因として見逃すことができない。

(アメリカの投資超過の拡大に伴う高金利,ドル高を通じた日本の貯蓄超過)

既にみたように,日本では民間部門の貯蓄超過の拡大等から国内における貯蓄超過が拡大している。一般的に国内において貯蓄超過が発生する時には実質金利は低下するが,日本の実質金利は79年に上昇し,その後国内物価の安定の下で過去の金融緩和期に比べ相対的に高水準となっている(前掲第2-3-6図,第2-3-8図)。これは,アメリカで生じた投資超過の拡大が日本からアメリカへの資本流出を促し,その結果として日本の貯蓄超過が発生している(経常収支の側からみれば,アメリカの投資超過が金利上昇を通じてドル高をもたらし,アメリカの経常収支を赤字化,日本のそれを黒字化する)という面があるからにほかならない。世界全体としての貯蓄と投資は事後的には必ず均衡するため,アメリカで投資超過が生まれると他国では貯蓄超過が生まれる。しかし,その時,世界全体でみた事前的な投資は事前的な貯蓄を上回ることから世界的にみて実質金利は上昇する。現在の日本や西ドイツのように国内の貯蓄超過,すなわち経常収支黒字が拡大しながら,国内の実質金利が高止まっているのは,主に経常収支黒字の拡大がアメリカでの投資超過の拡大に伴って受動的に発生している面が強いためであると考えられる。

以上みてきたように,近年における日本とアメリカの経常収支の対照的な動きは,景気変動等の一時的要因によるところもあるが,財政赤字がアメリカで大幅に拡大したため,高金利,ドル高を招いたこと,70年代後半の個人貯蓄率の低下がアメリカに比べ日本では,緩やかなものになったこと等が影響していると考えられる。さらに,日本国内の貯蓄超過の拡大にもかかわらず日本の実質金利が相対的に高止まっていることから,アメリカの投資超過の拡大が高金利,ドル高をもたらし,日本の経常収支黒字を拡大している面もかなりあると判断される。