昭和59年
年次世界経済報告
拡大するアメリカ経済と高金利下の世界経済
経済企画庁
第2章 高金利下のアメリカの景気拡大
前節でみたとおり,アメリカは先端技術産業において比較優位を強めつつあり,その期待収益率の高さから世界の貯蓄を吸収しつつ活発な設備投資を展開しつつある。しかし,それと並行してアメリカ国内の在来型産業の中には比較優位を失うものもできており,産業構造調整の必要性が高まっている。
本節では,先端技術産業の比較優位の強化に伴って生じるアメリカ国内の第2次,第3次産業構造調整とそれに伴う国内の失業率格差の問題を取り上げることとする。
第2-4-1表は付加価値額と雇用者数について各業種が製造業内に占めるシェアを示したものである。まず付加価値額をみると,優位性の低下したとみられる繊維,一次金属,家電といった業種のシェアは70年代に顕著に低下しているのに対し,事務機器,通信機器,精密機械,航空機等のいわゆる先端技術産業分野は目ざましくシェアを伸ばしている。雇用者数のシェアも,比較優位産業で増加し,比較劣位産業で減少するというように,アメリカの産業構造は国全体としてはおおむねダイナミックに変化してきたということができよう。しかし,アメリカ全体として産業構造が変化する中で,繊維,鉄鋼等優位性の低下しつつある在来型の産業のウェイトの高い地域では失業率が他地域に比べ著しく上昇し,それが保護主義を生み出す大きな原因となっている。以下では,地域的に産業構造が異なるためにどのように失業率格差が生じているかを概観した後,各地域の調整過程を分析し,速やかな調整を達成するための条件を検討する。
主として伝統的産業が立地する五大湖周辺地域と近年,先端技術産業を積極的に導入しているカリフォルニア州,ニューイングランド地方,ニューヨーク州等とを対比しつつみてみよう。
ミシガン,オハイオ,ペンシルバニア等の五大湖周辺州は製造業のウェイトが著しく高く,特に鉄鋼・自動車等第1次石油危機を契機にアメリカが国際競争力を低下させた業種の割合が高い(第2-4-1図(2))。この結果,これらの州の労働需要の伸びは低下し,第1次石油危機後失業率は全国平均を上回っている(第2-4-2図)。
一方,マサチューセッツ州を中心とするニューイングランド地方,カリフォルニア州等では,電子計算機,通信機器,航空機,宇宙開発機器,医薬品等のいわゆる先端技術産業の割合が高い(前掲第2-4-1図(3),(4))。これらの業種ではアメリカの国際競争力が強くまた改善しているため,海外需要が増加しており,国内需要も拡大している。さらに,航空機産業等はレーガン政権下における軍事支出増大からも需要が増加している。全国平均より高かったマサチー-セッツ州やカリフォルニア州の失業率が80年代に入り全国平均を下回ったのは,このような先端技術産業に負うところが大きい。また,製造業ではないが,先端技術産業の一部を成し,急速な需要拡大のみられる通信業の割合の高いニューヨーク州,ニエージャージー州においても,近年,失業率は全国平均を下回るに至っている(前掲第2-4-2図)。
特定地域の産業が競争力を失ない失業率が全国平均を上回って上昇すると,産業構造の変化,人口の移動等により調整過程が始まる。
既にみたように,ミシガン,オハイオ等の五大湖周辺州では,第1次石油危機後アメリカが国際競争力を弱めた鉄鋼・自動車等の製造業の割合が著しく高く,70年代後半以降現在に至るまで失業率は全国平均を上回っている(若しくは格差が拡大している)。このため,これら3州の人口は流出し(3州の73~81年の人口の年率増加率は0.2%,全米平均は1.1%),産業構造も,金属・自動車等を中心に製造業の割合が大きく低下する一方,サービス等の第3次産業のシェアが拡大するなど,調整過程が進行しているかにみえる。
しかし,産業構造変化の内容をみると,アメリカの比較優位の高まっている産業が成長し伝統的産業のシェアが低下しているというわけではなく,競争力を弱めた伝統的産業の産出額が減少し,その結果としてサービス産業のシェアが高まっているに過ぎない。サービス産業は第2次産業の発展に依存して成長する面が強いため,一国の場合と同様,特定の地域においてもサービス産業の拡大のみによって自律的な成長を期待することはむずかしい。その意味で五大湖周辺では本来の意味での調整が進んでいるとはいえない。このように五大湖周辺州で産業調整が進んでいない1つの原因は,自動車,鉄鋼産業等に対して種々の保護貿易主義的措置が講じられ,これらの業種から他の製造業へのシフトが阻害されているとみられることである。
これに対して,マサチューセッツ州を中心とするニューイングランド地方やニューヨーク州等はかっての繊維産業の中心であり,その国際競争力の低下に伴い全国平均を上回る失業率を記録した。このため両州の人口は流出し,人口増加率は全国平均以下で推移し,73~81年にかけては若干の減少を記録した。一方,産業構成の変化をみると,第1次石油危機後両州とも先端技術関連を中心に機械産業の割合が増加し,マサチューセッツ州では製造業全体の割合も上昇している。また,ニューヨーク州では,先端技術関連産業である通信業の割合が全国平均を上回る拡大を示している。このように,マサチューセッツ,ニューヨーク両州では,産業構造が国際競争力の強い産業へとシフトし人口の移動もかなり急速に進んだことから,失業率は全国平均を下回るに至り,雇用者の増加率も近年全国平均に近づくなど,調整過程は一応終了したものとみられる。
以上みてきたように,五大湖周辺諸州では比較劣位産業に対する保護貿易主義的措置もあって産業構造調整が進まず高失業に悩んでいる。一方,ニューイングランド地方では比較優位産業へのシフトが生じ,失業率は急速に低下した。
これらの例から考えると,保護貿易主義的措置は,特定産業・地域における急激な雇用環境の悪化を一時的に緩和する面はあるものの,当該産業・地域の産業調整を遅らせてむしろ問題を長期化すると考えられる。地域間失業率格差の速やかな解決のためには,貿易等への制限を避けつつ,一国として比較優位を持つ産業への雇用,資本等の移動を促進する必要があると考えられる。
本章でみたように,相互に関連の強いアメリカの実質高金利,実質ドル高,経常収支赤字は,アメリカの経済政策の影響を強く受けているが,近年の技術進歩を中心とするアメリカ経済の再生ともいうべき経済の基礎的諸条件の改善をも色濃く反映していると判断される。アメリカ経済の基礎的諸条件の改善は,その姿を現し始めたばかりであり,その行方を注意深く見守る必要がある。また,83年初から84年央にかけて急速に拡大したアメリカの景気も84年後半に至り,拡大速度に鈍化がみられる。しかし,第2次世界大戦後の世界におけるアメリカ経済の相対的地位の長期低落傾向は終焉し,それに伴いアメリカ,西ヨーロッパ諸国,日本等の先進国間,並びに先進国と発展途上国の関係も大きく変化しつつあると考えられる。アメリカ経済の再活性化,さらに,減税等のアメリカの経済政策は世界的実質高金利と,アメリカへの資本流入の増加に伴う国際資本移動の変化等を通じて世界各国に大きな影響を及ぼしている。その影響は短期的にみれば,各国の対米輸出を増加させ景気の回復に寄与するなど各国にとってプラスの面もある。また,83年初から84年央にかけて急速に拡大したアメリカの景気も84年後半に至り,拡大速度に鈍化がみられる。しかし,一方で世界の貯蓄全体のより多くの部分がアメリカの投資に振り向けられ,他国における投資にはマイナス効果を及ぼし,長期的にみた他国の成長可能性を低下させる可能性が強い。
第3章以下では,本章で分析したアメリカ経済の主要な変化が,各国に与える多面的な影響について分析を行う。アメリカ経済は質的変化を遂げつつあるとみられる面があり,その影響について適正な評価が行われ適切な対応策が採られる必要がある。