昭和57年

年次世界経済報告

回復への道を求める世界経済 

昭和57年12月24日

経済企画庁


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第3章 深刻化する欧米の失業問題

第2節 労働力供給構造の変化とその影響

前節で述べたような先進国の基調的な失業増加は,労働力供給と実現された労働力需要とのギャップが拡大していることにほかならない。第3-2-1表において各国の労働力供給である労働力人口の伸びと,実現された労働力需要である就業人口の伸びの推移を比較してみると,各国とも60年代には両者がほぼ同水準の伸びをみせていたのが,70年代以降,特に第一次石油危機後の景気後退期を契機に両者の伸びは多くの国で供給が需要を上回って(あるいは需要が供給を下回って)推移している。このように失業増加の背景には労働力市場における供給と需要の両面からの要因が影響している。また,労働力市場における構造的・制度的な問題もこの需給双方に影響を与えているとみられる。以下,当節において,このうち労働力供給面に焦点をあてその構造変化と影響を探り,次節において労働力需要面及び需給双方に係わる構造的・制度的側面の影響を検討することとする。

1. 労働力供給の趨勢

(増勢を強めた労働力人口)

OECD諸国の労働力人口は1970年代後半に入って増勢を強め,60~75年平均1.2%増から76~80年には同1.4%のテンポで増加した。

主要国の労働力人口の動きをみるとアメリカ,カナダでは,76~80年にそれぞれ年平均2.6%,2.9%の伸びをみせた(71~75年2.2%,3.4%)。その後,78年のピークから増勢が鈍化したが,81年もアメリカで前年比1.6%増,カナダで同2.7%増と依然として西ヨーロッパ諸国よりも高い伸びを示している。

一方,西ヨーロッパ諸国も概ね70年代前半に比べて後半の方が高い伸びを示した。特に70年代前半に減少した西ドイツは,78年より増加に転じ,81年に前年比0.9%増,イタリアも同1.3%増となった。これに対してフランス,イギリスでは77年から増勢鈍化し,イギリスでは81年に前年比1.1%減少した(フランスは同0.8%増)。

(生産年齢人口増加の影響)

労働力人口の変動要因を生産年齢人口注(1)と労働力率注(2)とに分けてみると,OECD加盟国全体では,60,70年代を通じて,労働力率の変化よりも生産年齢人口増加による影響の方が大きかったといえる(第3-2-2表)。

OECD加盟国全体の生産年齢人口変化の寄与度は60年代に年平均1.1%,71~75年に1.2%,76~80年に1.1%と安定的に推移した。しかし,国別にみると北アメリカと西ヨーロッパでは異なる動きを示している。①アメリカ,カナダでは50年代後半に出生率のピークを迎えたため,71~75年ケこは,各々年平均1.8%,2.3%と高水準の伸びを示したが76~80年には,同1.6%,1.8%と依然高水準ながらも伸びが鈍化してきている。②これに対し,西ヨーロッパでは70年代未期において60年代前半のベビーブーム期出生世代が参入してきたことに加え,生産年齢人口から出ていく高齢層が減少してきた(第1次世界大戦中の出生率及び第2次世界大戦中の戦死の影響)ことにより,総じて78年頃から生産年齢人口の増加テンポが速まっている。このような傾向は特に西ドイツで顕著であり,76~80年平均0.6%増から81年に前年比1.5%増と増加傾向が強まっているほか,イタリア,イギリスも80年に0.8%,0.5%の伸びを示している(76~80年平均0.3%,0.4%)。また,フランスでは生産年齢人口から出ていく高齢層の減少により76~80年は年平均0.7%増,81年前年比1.3%増となった。

(労働力率上昇の影響)

次に労働力人口増加に対する労働力率変化の寄与をみると,OECD加盟国全体では60年代には労働力率は低下し,労働力人口の減少要因であったのが,その後,労働力率の高まりにより,70年代前半に中立的となった後,70年代後半には増加要因に転じた。しかし,各国別に労働力人口に対する労働力率の寄与度をみると,明らかに相違が認められる。すなわち①アメリカ,カナダでは70年代を通じて増加要因となり,特にアメリカでは70年代後半寄与度が上昇した。②フランス,イタリアでは60~74年にマイナスの寄与を示したが,70年代後半にはイタリアで大幅な増加要因に転じ,フランスではゼロとなった。③西ドイツでは労働力率は低下を続け,後半はその幅は縮小したものの,70年代を通じて労働力人口減少要因となった。④イギリスでは70年代前半に労働力人口増加に対する寄与が高まった後,後半に減少要因に転じた。

(上昇する女性の労働力率)

このように,主要国の労働力率は,アメリカ,カナダ,イタリアでは70年代後半に入って一層上昇テンポが速まっているのに対し,フランス,イギリスでは頭打ち,西ドイツでは低下している(第3-2-1図)。

注目されるのは,労働力率が上昇を続けているアメリカ,カナダ,イタリアでは,男性の労働力率が横ばいないし頭打ちになったのに対し,女性の労働力率が急上昇したことである。またその他主要国の女性の労働力率も概ね上昇傾向にあり,労働力人口に占める女性の割合は81年に欧米6か国合計で40.3%に達した(70年35.4%)。このうち既婚女性の割合も増加を続け,2割以上を占める国もある(80年アメリカ22.5%,日本25.8%)。このような女性の労働力率の上昇は,①結婚率の低下,離婚率の上昇,②出生率の低下や家庭の電化等による余暇の増加,③学歴の向上,賃金の男女格差の縮小等に伴う社会参加意欲の高まり,④70年代に急速に拡大した第3次産業の中に主に女性を求人する職種が多かったこと,⑤景気後退期に家計補助のため付加的労働の必要性が高まったこと等が影響しているとみられる。

一方,男性の労働力率はアメリカ,カナダ,日本で横ばいのほかは総じて低下しており,特に西ドイツ,フランスで低下傾向が著しい。また,年齢階層別の労働力率をみると,アリメカ,カナダでは勤労学生の増加から若年層の労働力率はむしろ上昇傾向にあるのに対して,西ドイツ,フランス等では進学率の上昇等から急低下している(第3-2-2図)。一方,若年層の労働力率は女性で著しく高まっているが,男性は低下している。また高齢者の労働力率は各国で急減しているが,特に西ドイツ,フランスでは早期退職制普及の影響もあって男性の低下傾向が著しい。

(労働力人口増加の特徴点)

70年代における主要国の労働力人口増加の特徴を整理すると,アリメカでは70年代前半は,人口動態要因による若年労働力の増加が著しく,後半においては労働力率上昇により女性労働力の伸びが高まった。一方,西ヨーロッパをみると,70年代半ば以降の労働力供給増の原因はイタリア,フランスでは主として女性の労働力率上昇,イギリス,西ドイツでは,若年労働力の増加であった(第3-2-3表)。

さらに,西ヨーロッパ諸国においては外国人労働者が労働力供給に与えた影響も無視できない。1960年代の成長期に西ドイツ,フランス等の諸国において労働力に対する需要が供給を上回り,このためイタリア等他のEC諸国あるいは中近東,アフリカ等から積極的に外国人労働者を移入した。当初出稼ぎの形で流入してきた外国人労働者は,次第に長期にわたって定住するようになったが,第一次石油危機後の景気後退の影響で労働力はむしろ過剰に転じ,多くの国で外国人労働者の流入規制を実施し始めた。このため‘ベネルクス3国を除いて74年から各国の外国人労働者は減少し始めた。しかし,近年妻子の呼び寄せなどにより再び増加し(第3-2-4表),80年のOECDヨーロッパ諸国における外国人労働者は500万人を上回った。なかでも,西ドイツでは労働力人口の8.9%(81年)フランスでは同7.0%(79年)を占めるに至っている。外国人労働者は多くは肉体労働中心の単純作業に従事し,しかも低賃金等不利な労働環境にあるとされている。

(減少を続けた主要国の労働時間)

前述のように主要国の労働供給は70年代において増勢を示したが,労働供給を把握する場合,労働力人口のみならず労働者1人当たりの労働時間の動向を合わせて考慮する必要がある。労働力人口が増加しても労働時間が減少すれば総投入でみた労働供給圧力は緩和されうる。この労働時間の推移については統計上の不備等もあって正確な時期比較や国際比較は困難であるが,主要先進国における製造業就業者1人当たりの週労働時間は60年代,70年代を通じて総じて減少している( 第3-2-3図 )。この原因は基本的には労働条件改善の一環としての労働時間短縮化の動きが続いていることにあるが,①70年代以降,パートタイム労働が急速に増加したこと,②雇用確保を目的としたワーク・シェアリングや操業短縮による労働力調整への動き等が影響したものとみられる。こうした労働時間の減少率は一般に西ヨーロッパ諸国の方がアメリカ,カナダに比べ大きくなっている。

2. 労働力供給増加の影響

以上のように,各国間で違いがあるものの,多くの国で70年代に,人口動態要因による若年労働力の増加や女性の労働力率上昇による女性労働力の増加を主因として,労働供給力の伸びは上昇傾向をみせた。こうした若年・女性の供給増加の伸び率が,これらの層に対する労働需要の潜在的な伸び率を超えて高まり,若年失業等の急増となって現われ全体の失業率を押し上げた可能性はないであろうか。

欧米諸国においては,前節でみたように若年労働者の失業率が成年労働者のそれに比べて非常に高い。この原因としては,供給増加の要因を別としても,①若年層は労働異動率が高く,転職への過渡的な失業となりやすいこと,②雇用慣行上,新規学卒者の定期採用・一斉入社形態を採っていないため,労働力需要減退期には未就業状態に陥りやすいこと,③採用者側にとって能力判定材料が乏しいこと,訓練費用等がかさむこと,技能レベルに比して,賃金水準が高いこと等から,労働力需要減退期には特に雇用されにくいこと,④特にアメリカ等では先任権制度により若年層ほど解雇されやすいこと,などの事情が考えられる。また,ほとんどの国で成年女性労働者の失業率も,成年男性労働者の失業率に比べ高い状況が続いている。

即ち欧米諸国においてはこれらの層の労働力の増加は,成年男性労働力にとってかわるというよりも,直接これらの層の失業増加につながりやすい。

換言すれば,相対的に失業率の高いこれらの層の労働力人口のシェアが高まれば,全体の失業率を押し上げることになろう。若年・女性が新規に労働市場へ参入する場合の失業率が高いほどこうした影響は大きい。

(アメリカの場合)

アメリカでは70年代を通じて増加した若年及び女性労働力は第1次石油危機直後の景気後退期を除き,第3次産業を中心として景気拡大過程における全般的な労働力需要の伸びに支えられ,かなりの部分が雇用吸収されたものの70年代を通じて労働力人口の伸びが就業者の伸びを上回った。

第3-2-5表は,景気ピーク間の失業率の上昇幅と,その上昇要因のうち,各層別労働力人口構成の変化による影響をみたものである。これをみると,アメリカの69~73年,73~79年の失業率上昇幅は,全体で各々1.40%ポイント,0.97%ポイントであった。そしてこのうち相対的に失業率の高い両層の労働力人口構成シェアの増加による寄与度は,主として69~73年では若年層,73~79年では成年女性の影響を中心として各々の期間0.23%ポイント0.11%ポイントとなっており,全体の失業率を押し上げる形となった。

しかし,79年以降81年にかけては,若年層の労働力人口シェア低下を主因として,こうした労働力人口構成変化はむしろ全体の失業率を引き下げる要因となっているほか,特に成年男性の失業率上昇の度合が大きくなっており,80年以降の失業率の急上昇については景気後退による全般的な労働需要減退の影響が極めて大きいとみられる。

(西ヨーロッパの場合)

西ヨーロッパにおいても景気の各ピークの失業率は各国とも上昇している。

アメリカの場合と同じように,各階層の労働力人口構成変化の影響をみると,69~73年については総じて若年層の労働カシェア低下の影響等から,各国とも労働力構成の変化はむしろ失業率引き下げ要因であった。しかし,73年から81年の間にあってはイギリスで若年労働力の増加が全体の失業率を押し上げたとみられる。また西ドイツでも70年代後半の女性労働力増加,70年代末以降の若年労働力増加が全体の失業率を幾分押し上げたとみられる。一方,フランスでは若年労働力の減少が女性労働力増加の影響を吸収し,全体の失業率を引き下げる要因となっている。これら西ヨーロッパ各国の場合,若年労働者に対する雇用吸収力はアメリカに比べると弱い点が指摘できる。

即ち労働需要減退期にはこれら西ヨーロッパにおける若年労働者の新規参入の際の失業率はさらに高くなる。80年以降の景気後退の長期化により,全体的な労働需要が減退する中で,イギリス,西ドイツでは若年層を中心に労働力供給の伸びは高まる方向にあり,この労働の需要・供給両面の相乗的作用により失業の急激な増加が生じたものとみられる。

以上要約すれば①アメリカでは70年代を通じて,また西ヨーロッパではイギリスにおいて第1次石油危機後の回復過程に労働力供給増加がその構成変化を通じて失業率水準引き上げの一因となったとみられること,②労働力供給増加が失業増大に及ぼす影響は当然ながら背景となる全般的な労働力需要に依存するところが大きく,80年以降の景気停滞の中で,若年労働力の増勢が強まりをみせている西ドイツ,イギリスでは失業増加を加速していること等が指摘できるであろう。