昭和57年

年次世界経済報告

回復への道を求める世界経済 

昭和57年12月24日

経済企画庁


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第3章 深刻化する欧米の失業問題

第1節 雇用情勢の悪化と失業・就業構造の実態

1. 近年の失業増大と雇用情勢の中長期的悪化

(景気停滞長期化に伴って急増した失業)

第2次石油危機以降の先進諸国の失業状況をみるとOECD加盟国全体の平均失業率は79年の5.1%の後,80年5.8%,81年6.8%,82年5月現在8.1%と急速な上昇を続けている。またこれらの失業者数は79年の1,902万人から80年2,150万人,81年2,540万人と増加し82年も約3,000万人と著しい増加が予想されている。

西ヨーロッパ諸国では80年央から失業が増加し,特に81年中において急速に悪化した。まずイギリスの失業率(失業者数)は79年10~12月期の平均5.3%(129万人)から80年同期には8.3%(202万人),81年同期には11.5%(275万人)の記録的な高水準に達した。西ドイツでも,80年10~12月期の4.3%(100万人)から81年同期には6.5%(152万人)と,前回石油危機後の不況期の水準を上回った。またフランスでも登録求職者数は80年10~12月期の148万人から81年同期の189万人へと著しい増加をみせた。82年以降もこれらヨーロッパ各国ではややテンポは鈍ったものの,依然失業率上昇及び失業者数増加の傾向が続いている。

一方,アメリカ,カナダにおいては81年央以降の景気後退の中で,81年9月以降,特に82年に入って雇用情勢の急速な悪化が進行した。アメリカの失業率は81年9月の7.6%以降漸次上昇し,82年4月に9.4%と戦後最高水準となった後も記録を更新し続け,11月には10.8%,失業者数にして1,199万人の高水準に達した。またカナダでも失業率は81年9月の8,2%から82年10,11月には12.7%へと大幅に上昇した。

このように欧米先進国の雇用情勢は,現在戦後最悪の状況にあるとみられる。ちなみに1930年代の恐慌期における失業率(失業者数)は,ピーク時アメリカで,1933年24.9%(1,283万人),ドイツで同年26.3%(480万人)が記録されている。現在の失業率は当時に比べかなり低いが,その後の人口増加の影響から失業者数は当時に迫る勢いとなっている。経済的・社会的な諸制度が拡充されており,現在の失業情勢を当時と単純には比較し難いが,今回の急速かつ継続的な雇用情勢の悪化は各国の経済に深刻な影響を投じている。

(失業・雇用の中長期的推移)

このように今回の景気停滞長期化によって先進国の失業率は一段と高まったが,中長期的にみると失業率は70年以降趨勢的に上昇していることが指摘される。60年代以降今日に至るまでの失業の推移を追ってみよう(第3-1-2図)。

(失業水準の趨勢的上昇とインフレとの同時進行)

こうした欧米先進国の失業の中長期的推移の中で特徴的な点の第1は,失業率が景気変動の中で上下しつつも,その循環毎にピーク時の水準が上昇してきていることである。 第3-1-1表 は各国の各景気循環のピークとボトム時点の失業率の推移をみたものであるが,イギリス,西ドイツ,フランスでは60年代以降こうした景気循環毎の失業率の上昇が顕著である。アメリカでも70年代以降このような傾向が認められる。

第2に特徴的なことは,失業率の上昇が賃金・物価の上昇と並行して進行した点である。従来,好況期において景気が過熱気味になると,物価は上昇をみせ,労働力需給がひっ迫し,失業率は低下したのに対し,不況期には労働力需給の緩和から失業率が上昇し,賃金は抑制され,物価上昇も鈍化した。このように,失業率と賃金・物価上昇率の間にはトレード・オフの関係が認められた。 第3-1-3図 において両者の関係の推移をみると,アメリカ,西ドイツ等では60年代において比較的安定的なトレード・オフ関係がみられる。しかし,60年代末以降,特に70年代の2度にわたる石油危機後の景気後退期において失業率が上昇する中で,賃金・物価の上昇が同時に進行し,両者のトレ-ド・オフ曲線は右上方に大きく移行をみせた。その後,80年から82年にかけては,失業率急上昇の中で,賃金・物価上昇率は低下を示している。

(国によって異なる失業統計)

なお,各国で公表されている失業統計を比較するにあたって留意すべきことは,各国により失業統計の作成方法,失業の概念・範囲等の違いがあることである(第3-1-2表)。

主な違いの第1は調査方法の相違である。アメリカ,カナダ,日本等ではサンプル調査による労働力調査から失業者を推計しているのに対し,イギリス,西ドイツ,フランス等では主として職業安定機関業務統計による登録失業者数から把握している。この調査方法の違いによる失業者の区分上の差異の主な特徴は①後者の場合,未登録の失業者(求職者)が含まれないこと②前者の場合,定義上,求職活動期間に関して制限的であることである。

第2は,労働力調査方弐の場合にも,国によって失業者の定義・条件に差異が存在する点である。たとえば,調査実施時において過去どれだけの期間内に求職活動を行なっていれば失業者と定義されるか,その対象期間が国によって異なっている。この期間が長いほど失業者は多くなる可能性がある。

アメリカ,カナダはこれが4週間,日本は1週間,イタリアでは期間のみならず求職活動の有無についても規定されていない。

第3はレイオフ(一時解雇,一時帰休)労働者の取り扱いである。アメリカ,カナダでは復職の機会を待っているレイオフ労働者は失業者に含まれるのに対し,西ヨーロッパや日本では就業者に含まれる。これは,レイオフの実態が,アメリカ等においては雇用契約が停止し,通常無給となる一時解雇であるのに対し,西ヨーロッパや日本では,一般に雇用契約は維持され,しかも有給である,いわば一時休業であるという雇用慣行上の実態の違いが背景にある。

そのほか,西ドイツでは,週20時間未満及び3か月未満の短期雇用者で長期雇用の求職活動を行なっている者も,失業者に含まれている。

アメリカ労働省の資料によれば,アメリカの概念に各国の失業率を調整した場合,各国公表値に比べ,80年の場合イタリア3.7%ポイント(一定期間内の非求職活動者の除外等),西ドイツ0.8%ポイント(短期雇用者の除外等)低下し,イギリス,フランスでは,わずかに高まるとされている(未登録失業者の追加等)。

2. 失業の構造的特色

以上のように先進国の全体の失業率は上昇してきたが,年齢階層や性・職種・地域などによる失業率の格差も大きい。こうした観点から,以下失業の構造的特色をみてみよう。

(高い若年層の失業率)

第3-1-3表は主要国の年齢階層別・性別の失業率をみたものである。

まず年齢階層別失業率をみると,第1に,若年層の失業率が成年層のそれに比べて高く,特に10代の失業率が極めて高いことが,各国に共通してみられる特徴である。

第2の特徴は,こうした若年層の高失業は80年以降,特に西ヨーロッパ諸国において著しく悪化し,成年層との格差が拡大していることである。若年層(15~24才)の平均失業率は,69年においてはアメリカ,イタリアで各々7.4%,10.7%と他国に比べ高水準であった。また成年層(25~54才)失業率に対する倍率でみても,アメリカ3.4倍,イタリア5.4倍と高水準であった。またフランスでも,若年失業率は3.1%であったが,成年層失業率に対する倍率は2.6倍と高かった。これら若年層失業率は,イタリアで80年に25.2%(成年層失業率の6.5倍),フランスで81年18.0%(同3.8倍)と悪化した。従来比較的低水準であったイギリス,西ドイツでも各々69年の2.3%(同0.9倍),0.3%(同水準)から,81年には,13.2%(同1.4倍),7.0%(同1.8倍)と急上昇し,格差は拡大した。一方アメリカでは,81年には14.3%と69年に比べ上昇したが,成年層失業率に対する倍率は,2.5倍とやや低下した。

一方,高齢層(5.5才以上)の失業率は,若年層のそれを大幅に下回るものの西ドイツ,フランス等では成年層のそれを上回っている。

次に性別の失業状況をみると,イギリス,日本を除く主要国では女性の失業率は男性に比して高い点が特徴である。特にイタリア(80年),フランス(81年)では,女性失業率はそれぞれ13.2%,9.8%と男性(4.8%,5.1%)を大きく上回っている。73~81年の変化をみると女性の失業増加テンポはアメリカ,西ドイツを除いて男性を上回っており,イタリア,イギリスでは各々年平均18.7%,22.8%と高い伸びをみせた(男性は各々6.9%,12.5%)。

また失業者に占める女性のシェアはフランス,イタリアで高く,81年には50%を上回っている。一般に女性の雇用は非労働力からの労働市場参入という形をとることが多いため,労働力率が上昇する中で失業率も上昇している。

しかし,最近においては景気停滞が長期化する中で,基幹的な労働力である成年男性の失業率上昇が顕著となっており,アメリカでは79年3.3%,81年5.3%,西ドイツでは各々1.6%,3.0%と上昇した。

(高い非白人及び外国人労働者の失業率)

アメリカにおける人種別失業者の動向をみると,非白人の失業率が81年に14.2%と白人(6.7%)の倍以上の水準となっている。また西ヨーロッパ諸国でも外国人労働者の失業率が高い。フランスでは79年に9.2%と全体の失業率の7.2%を上回っており,西ドイツでも80年に5.2%と全体の3.8%に比べて高水準にある。また,西ドイツの場合80年には外国人労働者失業率の水準が73年の6.5倍となっており,全体の失業率の3.4倍に比べ悪化の度合が著しい。

(家庭形態別の失業状況)

家庭形態別の失業の状況をみると,男性世帯主の失業率は一般に低い。一方,近年増加をみせている女性世帯主の失業率は高い。また,夫が失業中の既婚女性や親と同居している若年層等の失業率も高い。アメリカでは81年の女性世帯主失業率は10.4%と男性世帯主の4.3%及び20才以上の女性平均失業率の6.8%を大きく上回っている。また,夫が失業中の既婚女性の失業率は80年に16.8%で,夫が就業中の女性に比べ約3倍の高水準となっている。

(職種別・産業別の失業状況)

職種別の失業率の特徴点は,①一般にブルーカラー層の失業率がホワイトカラー層を上回っていること,②単純労働従事者の失業率が高いことである。

アメリカの81年のブルーカラー層の失業率は10.3%とホワイトカラー層(4.0%)の2倍以上の水準であるほか,イギリスでは失業者に占める非専門工(general labourers)の割合が30.9%(81年)と大きい。しかし最近では,失業者に占める管理職や専門工の占める割合がアメリカ,イギリスとも増加し,失業率も急速に上昇しているなど情勢の悪化を象徴している。

また,産業別にみると,一般に第3次産業の失業率は他産業に比して低い。アメリカの81年における産業別失業率をみると,政府部門の失業率が4.7%,輸送業が5.2%,金融・サービス業が5.9%と低いのに対し,需要の落ち込んだ建設業では15.6%と最も高く,次に農業賃金労働者(12.1%),製造業(8.3%)の順に高くなっている。

また,こうした産業別の失業状況と関連して,地域別にも失業率の格差がみられる。アメリカでは近年不振を続けている自動車産業の集中しているミシガン州で82年9月の失業率(原数値)が,14.5%と全米州中最高となっている一方,エネルギー関連産業や高技術産業の多いテキサス州,フロリダ州では各々8.0%,8.2%と全米平均の9.7%を下回っている。また,西ドイツでも造船・鉄鋼等の不振業種の集中しているブレーメン州(82年9月10.3%),ザールランド州(同10.0%)で失業率が高くなっている。

(長期化する失業期間)

以上のようなグループ別の失業率格差のほか,失業構造の特色として失業期間の長期化現象が指摘される。第3-1-4表は各国の失業者の調査時点における平均失業状態経過期間を示したものであり,近年,多くの国でこの平均失業期間が長くなっている。また,アメリカ,カナダでは,西ヨーロッパに比べ,失業期間が短い点が特徴である。そのほか,一般に若年層はその異動率が高いことを反映して,失業期間が中高年層に比べ短いことも指摘される。

3. 就業構造の変化

以上みてきたような先進諸国の失業の推移や構造に対し,就業構造は近年どのように推移してきただろうか。

(増加をみせた第3次産業就業者)

まず第1に,産業別状況をみると,第3次産業就業者が伸長し,一方で第1次・第2次産業就業者のシェアの低下が進んだ。製造業の就業者は,伸びの鈍化あるいは減少を示したが,業種間には跛行性がみられる。

主要6か国(アメリカ,西ドイツ,フランス,イギリス,カナダ,日本)合計の第3次産業就業者は,70年から80年にかけて年平均2.5%の増加を示し,就業者全体に占めるシェアは70年の52.7%から80年には59.7%に高まった。この間,第3次産業では各業種とも就業者は増加した。特に増加が著しかったのは金融・保険・不動産業(年平均4.0%)であったが,シェアの大きい商業及び個人・公共サービスでも就業者は各々年平均2.0%,2.9%の高い伸びをみせた(第3-1-4図)。

一方,第2次産業就業者のシェアは,70年から80年にかけて,製造業就業者の減少(年平均0.3%減)を主因に38.2%から34.4%に低下した。製造業の中では各国とも繊維,衣料,皮革製品及び鉄鋼・非鉄金属等の伝統的産業で就業者が減少しており,電気・電子機器,精密機器等の業種の就業者のシェアが高まっている(第3-1-5表)。

このような70年代における第3次産業のシェア拡大及び第2次産業のシェア低下の要因としては,①第3次産業がもとより第2次産業に比べ労働集約的である上,第2次産業においては技術進歩等による労働から資本への生産要素代替の進展があったこと,②第2次産業においてサービス部門の独立・切り離しが行なわれたこと,③所得及び生活水準の向上に伴いサービス消費の需要が増大したこと,④公共サービスのニーズも増加し,公共部門の雇用が増加したことなどが挙げられよう。

(職種別の就業動向)

第2に就業者の職種別構造の変化をみると,労力提供型職種から知識集約あるいはサービス提供型職種への移行がみられる。アリメカでは72年から80年にかけて,調理師等のサービス職,経理その他の事務職,コンピュ一夕関連や科学関係の技術・研究職,法律等の専門職などの顕著な増加がみられたが,工場の機械設備オペレーター,農場労働者,配送運転手,家事サービス労働者等は減少を示した。

(増加した女性就業者)

第3に就業者の性別状況をみると,拡大した第3次産業において女性の雇用の比重が大きいことを主因に,女性就業者が顕著な増加をみせた。女性就業者は,農林水産業を除くすべての業種で増加しているが,中でも増加が急速で,かつ比重も大きいのは,金融・保険業と個人・公共サービス部門である。70年から80年にかけて,主要6か国(アメリカ,西ドイツ,イギリス,イタリア,カナダ,日本)の第3次産業就業者の女性比率は44.8%から47.9%に高まり,全就業者の女性比率は36.8%から39.8%に高まった。

(雇用者及びパートタイム労働の増加)

最後に就業形態別の変化の特徴をみると,各国とも①就業者の中で雇用者の割合が増え,自営業者等が相対的に減少していること,②拡大した第3次産業就業者及び女性就業者においてパートタイム労働者の割合が高いことから全体としてパート・タイム労働が増加傾向にあることが挙げられる。この2点は,西ドイツ及びフランスで顕著であり,70年から80年にかけて雇用者のシェアは,西ドイツで82.9%から86.2%へ,フランスで78.1%から82.9%へ高まったほか,パートタイム労働者のシェアも73年から79年にかけて,各々7.7%から9.5%,5.1%から7.1%へと上昇した。

以上のような70年代の就業構造の変化の中で特に指摘されることは,雇用増加の中心が第3次産業及び女性等であり,主に非労働力層の労働力化によって充足された傾向があり,必ずしも雇用の減少した産業や既存の失業層の雇用吸収に十分直結しなかったことであろう。