昭和57年

年次世界経済報告

回復への道を求める世界経済 

昭和57年12月24日

経済企画庁


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第1章 1982年の世界経済

第2節 戦後最高の失業と騰勢鈍化したインフレ

1. 急増する先進諸国の失業者

第2次石油危機以降,長期化する世界経済の停滞を背景として,先進諸国の労働市場は80年以降急速に悪化し,82年に入って厳しい情勢となってきた。先進各国とも失業者数は増加し,失業率も上昇を続けている。

アメリカでは,今回の景気後退が始まった81年央以降,雇用情勢が急速に悪化してきた。失業率(失業者数)は,81年7月の7.2%(782万人)から次第に上昇し,82年10月には10.4%(1,155万人)と戦後最高の水準となった(第1-2-1図)。

西ヨーロッパにおいても,82年央以降労働市場は急速に悪化している。主要国の失業率(失業者数)をみると,イギリスでは80年7月~9月期の平均7.1%(179万人)から82年7~9月期には12.5%(299万人)へ,西ドイツ同3.9%(91万人)から7.9%(192万人)へ,フランス5.9%(146万人)から8.9%(198万人)へと上昇し,各国とも戦後最高の水準となっている。

EC諸国(ギリシャを除く9ヵ国)全体では,失業率(失業者数)が79年に5.5%(606万人)であったものが,80年に6.2%(681万人),81年に8.1%(897万人),82年9月には10.1%(1,120万人)へと悪化している。

このように,欧米先進諸国の失業者が増大した主因は,第2次石油危機以降景気停滞が長期化したからである。その上,第3章で述べるように,70年代に入って失業者の増加傾向が続くといった中長期要因が働いている。これは,若年,女性層の労働力供給増や産業構造変化等に伴う摩擦的失業が増加していることである。さらに,第1次石油危機以降企業収益力の鈍化,不確実性の増大の中で,生産・業務の合理化の一環として就業者数の削減等が進んでいる。こうした趨勢的要因などもあって,今回の景気後退期と労働需要不足の要因が一層増大した(詳しい失業問題は第3章で検討する)。

2. 騰勢鈍化したインフレ

(鎮静化したアメリカのインフレ)

アメリカの消費者物価は,80年4~6月期の前年同期比14.5%高をピークとして低下してきた。しかし,81年7~9月期まではなお下げ渋っていたが,11月に10%を割ってからは急速に騰勢が鈍化し,82年9月には前年同月比5.0%高まで鎮静化した(第1-2-2図)。

このように急速にインフレが鎮静化した要因は,基本的には石油価格・食料価格が安定したことに加え,連銀の金融引締政策の持続から基調的インフレ率(食料,エネルギー,金利を除いたもの)が低下したからである。インフレ低下の具体的要因を整理すると,①輸入物価の騰勢が米ドル高,一次産品価格の下落,国際エネルギー価格の軟化等から80年1~3月期の前年同期比34.1%高をピークに,81年4~6月期に7.9%高と1ケタ台,82年1~3月期には前年水準を2.1%下回ったこと(第1-2-2図)。②このためガソリン価格が79,80年の前年比35.3%,39.0%の著騰から,82年8月は同3.2%下落したこと,③食料品価格の上昇率が81,82年と穀物類.の生産が2年連続史上最高の豊作となったことなどから,79年の前年比10.8%から80年8.5%,81年7.8%と低下し,82年8月に前年同月比3.6%と落着いたこと,④長期の景気停滞で完成財卸売物価の上昇率が,82年4~6月期に前年同期比3.3%と低水準となったこと,⑤賃金(時間当り,非農業)上昇率も81年の9%から82年9月5%へ低下したこと,⑥80年に高騰した住宅費(前年比15.7%高)が,81年には住宅価格の落着き(80年14.0%→81年5.3%高)等から上昇率がやや低下したが,82年には住宅ローン金利の低下も加わってさらに鈍化し,8月には同6.8%にとどまったことなどが指摘できよう。

(騰勢鈍化した西欧のインフレ)

西欧主要国の消費者物価は,80年に石油輸入価格の高騰を主因に騰勢を強めたが,81年以降騰勢は鈍化しているもののドル高から輸入物価が上昇し,なお高水準である。EC諸国全体では,80年前年比12.3%高から81年11.5%高,82年8月に前年同月比10.7%高ど低下したが,まだ2ケタ台にある。

これを主要品目別にみると,ガソリンなどの燃料費は80年に23.3%,81年も19.5%と79年(16.5%)に引き続いて3年間大幅に上昇したが,82年8月になって9.4%と1ケタに低下した。しかし,食料品は80,81年と上昇率が高まり,82年8月も10.4%となお高水準にある。

また,国別にみると,西ドイツでは,マルク相場が比較的堅調だったこともあって輸入物価の上昇率も低く,82年9月の前年同月比上昇率が4.9%(81年平均の前年比5.9%)と落着いている。この西ドイツに経済的に密接な関係にあるベルギーは8月に9.1%(同7.6%),オランダ5.9%(同6.7%),スイス5.1%(同6.5%)等と上昇率は低い。反対に,為替相場の度々の切下げによる輸入物価の高騰に加え,国内における賃金の物価スライド制の影響もあってイタリア・フランスでは,82年9月にそれぞれ17.2%(同18.7%),10.1%(同13.4%)等となお2ケタの上昇をつづけている。イギリスは80年央以降騰勢が鈍化をつづけ,ポンド相場の回復もあって82年9月には7.3%(同11.9%)と目立って落着いてきた。

82年に入って,西ドイツ等の消費者物価が落着いているのは,引き続き米ドルは上昇しているものの,世界的な景気停滞の長期化等から,輸入物価が多くの国で下落したこと(第1-2-2図),内需不振から国内の製品,サービス料金等の上昇率が鈍化していることなどによる。しかし,イタリアでは6月のリラ切り下げ後,公共料金の引き上げ等もあって物価の騰勢が再び強まっており,フランスではフラン切り下げに伴い7月から10月まで物価・賃金が凍結されたが,凍結解除後の高騰が懸念されている。

(最近における失業率とインフレの関係)

第1次石油危機後,先進諸国は石油価格高隣からスタグフレーションに陥っていたが,81年以降に失業率が上昇する中で賃金上昇率が鈍化し,インフレ率が低下してきた。第1-2-3図にみるように,アメリカでは失業率が80年の7.1%から82年9月に10.1%となったが,この間に消費者物価の前年(同月)比上昇率は13.5%から5.0%へと約3分の1に低下した。イギリスでも失業率が6.8%から12.7%へ約倍増したが,物価は18.0%から7.3%へ6割低下している。だが,物価の安定している西ドイツでは,物価の低下は小幅であったが,失業率のみがこの間に2倍強と増加しているのが注目される。

3. 続落した一次産品・金価格

(一次産品価格の動向)

一次産品市況をロイター指数(SDR換算)でみると,80年11月の1354.8をピークとして反落に転じた。その後,81年9月から82年1月まで下げ止まったかにみえたが,アメリカの景気が81年夏から再び後退局面に入ったほか,底入した西欧景気がその後も停滞したため,再び低下して10月には987.7と,ピーク比27.1%下落した。その後も,豊作予想から穀物,綿花,砂糖の値下がり等もあって,ロイター指数は低迷している。

今回(82年10月現在)の下落期間はすでに23か月に及んでおり,前回の第1次石油危機後の74年3月のピークから75年6月のボトムまでの15か月(下落率30.8%)より長くなっている。

こうした低水準の相場は,生産コスト,新規開発コスト等の上昇を考慮すると,銅,砂糖などは1930年台以来の低価格となっており,生産コストを割っているものが多い。このため,減産,閉山,輸出割当て等が実施されているが,実需不振,高金利の新金融商品への資金流出,国際金融不安発生等から一次産品相場は低迷している(第1-2-4図)。

(金価格の動向)

金価格も一次産品同様80年秋以降下落傾向をたどり,80年9月のイラン・イラク紛争による一時的高値1オンス当たり711ドルから82年6月の最安値296.75ドルまで58.3%もの下落をみた。

81年以降の下落主因は,高金利とドル高による金融商品への資金流出,共産圏の金大量売却などによるものであった。その後,82年7月以降は中東緊張の高まり,アメリカの金利低下,国際信用不安の発生等から上昇し,9月初には1オンス当たり481ドルまで戻したが,その後再び軟化し410ドル前後で推移している(第1-2-5図)。