昭和55年
年次世界経済報告
石油危機への対応と1980年代の課題
昭和55年12月9日
経済企画庁
むすび
(4つの課題)
こうした中で世界経済が80年代に新たな発展をとげるためには,世界経済は次の4つの課題に取り組んでいかなければならない。
その第1はエネルギー問題への対応である。
70年代の世界経済は石油に過度に依存する体質となっていたために,2度にわたる石油危機によって大きな攪乱を受けた。稀少化しつつある石油資源への過度の依存から脱却しない限り世界経済は80年代も石油による同様の攪乱を受け続けることとなろう。
80年6月のベニス・サミットでは,こうした事態を打破するため「経済成長と石油消費の結びつきを断ち切る」ことを決意した。その目標としてサミット参加国は「同参加国全体のエネルギー消費増加率と経済成長率との比率がこの10年間で約0.6に低下し,サミット参加国の全エネルギー需要に占める石油の割合が現在の53%から1990年までに約40%に低下し,かつ,1990年のサミット参加国の石油総消費量が現在の水準を大幅に下まわる」ことを掲げた。
本月標を達成するため,先進工業国は価格メカニズムを活用しつつ,必要に応じて政策的措置で補完しながら,省エネルギー,代替エネルギーの開発を推進しなければならない。同時に緊急時対策として備蓄の増強や国際融通対策の国際協力を進めなければならない。
エネルギー需要の大宗は先進工業国で占められているが,エネルギー問題は先進工業国だけの問題ではない。それは発展途上国にとっても等しく死活的な問題であり,発展途上国におけるエネルギー開発への資金・技術援助の大幅な拡大が要請されている。
世界経済第2の課題は生産性の向上と経済効率の改善である。
70年代を通じて世界経済は発展を続けたものの,先進工業国を中心にインフレ傾向の強まり,生産性の伸び悩みが目立つようになっている。80年代に世界経済が再びインフレなき持続的成長を達成するためには,生産性を回復し経済効率を高めるなど,経済の再活性化が必要となっている。生産性の向上は,今後とも石油輸入国から石油輸出国への所得移転が引き続くと想定される現在なお一層の急務である。生産性の向上があってはじめて,中長期的な雇用機会の拡大が保証され,また実質的な生活水準の向上が可能になるのである。
生産性向上のためには,「資源を政府支出から民間部門へ,また消費から投資へ振り向けること,及び特定産業あるいは部門を調整の厳しさから保護するような行動を回避あるいは注意深く制限すること」(ベニス・サミット宣言)が必要である。そのため,税制や規制面で投資,貯蓄,労働を阻害することのないよう注意して,自由な市場メカニズムの活用を図ることが肝要である。
また景気対策の総需要管理対策も中長期的方向づけに基づいて着実に行うことが,インフレ期待を悪化させないために重要である。
世界経済の第3の課題は市場開放を推進し保護主義を回避する等自由貿易体制を維持・強化することである。
欧米主要国を中心にインフレと不況の共存するスタグフレーションが強まる一方新興工業国等の追い上げが盛んになる中で多くの国で貿易摩擦が表面化し,保護主義的風潮が強まっている。保護主義を回避し,自由貿易体制を堅持することは,世界経済の再生にとって,石油依存の脱却と同様に重要なことである。すでに述べたように保護主義の回避は先進国経済の効率化のために不可欠であるだけでなく,発展途上国の成長を促進し,ひいては,世界経済の拡大発展を確保するためには必要不可欠である。景気後退・失業が深刻化する中で自国市場の開放を貫くことは短期的には経済的かつ政治的に困難であるかもしれないが,国際的なルールとプンッジを遵守しつつ前向きの産業調整を進めることによりこれを守り抜かなければならない。
世界経済の第4の課題は南北問題への対応である。
70年代の発展途上国経済は,世界経済全体に混乱が続き先進国経済の成長がかなりの鈍化を余儀なくされた中で,比較的順調な拡大をとげた。しかし発展途上国内部では新興工業国と低所得国との間の格差の拡大,累積債務の増大などの問題点が生じている。こうした発展途上国の問題を放置しておけば地球は21世紀を待たずして,人口過密,環境破壊,南北間の格差拡大から地球上の経済社会不安にさらされかねない。そうした事態を回避するためには,富める国と貧しい国がその分かちがたい命運を認識し協力していく以外に道はない。
そのため,発展途上国の自助努力を前提として,富める国からの経済協力を拡充する必要がある。援助の拡充に努めるべきは先進工業国だけではない。大幅な経常黒字を積み上げている産油国も,最近その援助を拡大しているが,地域的つながりを越えてより一層その拡充強化を図ることが求められる。また援助比率の極めて低い社会主義諸国も援助拡充努力が強く求められる。また,非産油途上国に対するオイル・マネーの円滑な還流を促進する必要がある。
一方非産油途上国は内部及び外部からの資金を効率的かつ公正に活用して,生産的投資を高め近代化を推進する等,自助努力をつくさなければならない。人口計画の推進,外国資本を誘引する安全な投資環境の整備等も途上国に要請されるものである。
国連,UNCTAD等では発展途上国に対する国際的支援を模索して,一次産品共通基金協定を採択した後も,80年代の新国際開発戦略が決定され南北交渉ラウンド(一次産品,エネルギー,貿易,開発,通貨・金融という南北間の主要課題を一括して交渉しようとするもの)の準備が進められている。またブラント報告に謳われている南北サミットの準備も,メキシコ,オーストリア等を中心に進められている。
それぞれに立場もちがい問題も異る南と北の国々ではあるが,相互扶助,相互利益の精神に則って生存のための戦略を創り出していかなければならない。
(3つの協力)
こうした4つの課題は相互に密接に絡み合っている。これらの課題に有効に対処していくために何よりも必要なのは,世界経済の構成員である先進工業国,産油国,非産油発展途上国等の間の国際協力である。
まず第1に要請されるのは先進工業国間の協力,なかんずく米,西欧,日の3大経済圏の間の協力である。生産工業国は世界のGNPの62%,エネルギー消費の56%,貿易の67%(いずれも78年)を占めており,その経済運営の成否は,非産油途上国をはじめ世界経済に大きな影響を及ぼす。先進工業国グループにとくに期待されるのは,自由な市場志向型経済を相互に結びつけることにより自由貿易体制を守りぬくことである。また先進工業国間の国際協力を推進するに当っては,世界経済運営の責任を従来のように大部分アメリカに依存するのではなく欧・日がその経済力に応じてそれぞれの貢献をすることが要請される。一方アメリカにも世界最大の経済として,その健全性を回復するよう努めることが求められる。
2番目に要請されるのは産油国と石油消費国との間の協力である。急速に稀小化しつつある資源の価格が上昇するのは避けられないにしても,価格が急激に変化し,また供給が突然攪乱されては世界経済は混乱するばかりである。世界経済の混乱は世界インフレ,世界不況,非産油途上国の行き詰り等を通じて,産油国経済にもはね返らざるを得ない。産油国はその経済開発のため,先進国からの技術移転,製品の市場開放,投資機会の拡大等を必要としている。石油の安定的な価格,供給政策は産油国にとっても有益なはずである。産油国,石油消費国(非産油途上国をふくめて)の共通の利益のために,今こそ両者の間の対話と協力が求められる。
第3は南北間の協力である。すでに述べたとおり,長期的にはこれが最も重要な課題であるといえよう。なお東西間においても南北問題の解決のための努力を共にするなど協力が要請されるが,そのためにも緊張緩和維持の努力が両側からなされる必要があろう。
(地球は1つ)
ひっきょう地球は1つである。ベニス・サミットにおいて7大国は「1つのゴンドラに乗っている」と云われた。しかし同じボートに乗っているのは7大国だけではない。ベニス・サミットの「結束」と「連帯」と「協力」の精神を全地球的規模に拡げなければならない。
この80年代前半は世界経済にとって極めて重要な時期である。この間に世界経済が現下の諸問題を乗り越えてこそはじめて,80年代後半さらには21世紀への道が開けるのである。