昭和55年

年次世界経済報告

石油危機への対応と1980年代の課題

昭和55年12月9日

経済企画庁


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むすび

2. 80年代の世界経済

以上のように世界経済は今迄のところ石油ショックに対して前回よりうまく対応している。しかし世界経済は現時点ですでにいくつかの不確実性に直面している上,80年代前半を展望するとさらに困難な問題点にさらされている。

(当面の不確実性)

まず,世界景気の当面の先行きに関しては次の3つの不確実性がある。

その第1は石油をめぐる不確実性である。80年9月に発生したイラン・イラク紛争は日量約400万バーレルの石油を国際市場から消滅させたが,今までのところ国際石油市場に目立った影響は与えていない。それは主要石油消費国が高水準の在庫を保有している上,景気低迷と節約の進展で需要が落込んでいるためである。一部産油国の増産もそれに寄与している。しかしイラン・イラク紛争は自由世界の石油供給の4割強をにぎる中東がいかに政治的に不安定な地域かを如実に示した。政治不安定等から供給が攪乱されるおそれは常に存在している。また産油国は生産を制限しながら原油の実質価格の上昇を求めていこうとする動きをみせている。

その第2はインフレ再燃の可能性である。アメリカ,ソ連等の不作から農産物価格が高騰し出しており,また各国とも生産性の伸び悩む中で賃金上昇率が高まったりすると,収まりつつあるインフレも再び頭をもたげかねない。

その第3は主要国の同時的引締め政策がそのデフレ効果を増幅する可能性である。主要国が一様に採用している引締め政策が予期以上に大きい相乗的デフレ効果をもたらすと景気の谷が深まりかねない。そのほか,産油国の輸入需要が予想外に伸び悩んだり,失業増大等による先行き不安から貯蓄率が大幅に上昇した場合も景気の谷は深まることになろう。

より高いインフレとより深い不況を避ける道はいぜんとして狭い。世界経済は81年中には回復過程に入ると期待されるものの,その力は極めて弱いものにとどまる可能性が大きい。

(中長期的な困難)

より中長期的に世界経済を展望する時,そこには更に厳しい条件変化が控えているのを見出す.その第1は,世界経済は,70年代の重い後遺症を背負いつつ80年代に旅立たなければならないという事実である。低い生産性,底上げされたインフレと失業率,主要国の財政赤字,非産油途上国の累積債務等70年代から残された構造的後遺症は80年代の世界経済の足取りを制約せずにはいない。

その第2は,今後の回復過程ではもはやアメリカに世界経済の機関車としての役割を期待することはできないということである。アメリカは前回の石油ショック後他の主要国に先駈けて力強い景気回復に転じ,他の主要国,新興工業国等の景気回復を牽引した。しかし現在のアメリカは前回の景気回復時とは異り,生産性の伸び悩み,基調インフレ率の高まり等で体力が弱っており,アメリカに前回のような世界景気牽引の役割を期待することはできなくなっている。

その第3は,今回はオイル・マネーが縮小しにくく,また残ったオイルマネーの還流も前回より困難になる可能性が大きいことである。そのため世界経済に対して永続的なデフレ効果がもたらされると懸念される。これは産油国の輸入拡大が前回程には急速に進まないと予想される上,民間銀行の財務状況の悪化やカントリー・リスクの増大などから民間部門を通ずる還流が前回より困難になると見られるからである。

こうしたことから,当面の石油ショックを比較的軽傷で切り抜けつつある世界経済も,中長期的には困難な増大すると見なければならない。とくに懸念される困難は2つある。

その第1は先進国の困難である。短期的には前回のような極端な2極分化に陥らずに済んだ先進国経済も,以上のような厳しい条件の中で生産性やインフレ,国際競争力等基礎的要件の差に従って,次第にパフォーマンスの差がはっきりして来ることも考えられる。多くの先進国が内外の条件悪化に押し流されて一層深くスタグフレーションに落込んでいく危険性が大きい。その結果保護主義的傾向が強まり,国際摩擦が増大するおそれがある。その芽はすでに最近の先進国間の貿易摩擦に現れかかっている。

その第2は,非産油途上国の困難である。アメリカを始め多くの先進国がスタグフレーション体質の強まりから成長力を弱め保護主義的傾向を強めると,それは非産油途上国とくに新興工業国の輸出に大きな影響を与える。それがオイル・マネーの還流のむずかしさと相まって非産油途上国の今後の成長見込みを暗いものとしている。低所得国の困難が引き続き大きいのは言うまでもない。


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