昭和55年
年次世界経済報告
石油危機への対応と1980年代の課題
昭和55年12月9日
経済企画庁
むすび
(停滞局面にある世界経済)
80年末の時点で世界経済を展望すると,世界経済は第2次石油危機に対する調整過程の最中にある。
まず世界のGNPの約6割を占める先進国経済は総じて停滞局面にある。
80年初に始まったアメリカの景気後退はすでに底入れしたもの,その根因であったインフレの鎮静化は極めて不十分なままに終り,回復力は弱い。一方,西欧では,イギリスが深い景気後退の最中にあるほか,大陸諸国も景気後退をつづけている。わが国においても景気の拡大テンポが鈍化している。
第2次石油危機の直接的影響に,こうした先進国の景気停滞の影響が加わって,非産油途上国経済も成長鈍化,インフレ悪化及び経常赤字拡大の三重苦に悩まされている。
共産圏諸国もソ連・東欧圏は,,生産性の伸び悩み,計画経済特有の硬直性等構造的問題に,天候不順等による農業不振等が加わって経済的困難が増大している。一方,中国は,華国鋒体制に変って以来自由圏諸国との経済的結びつきを深めて来たが,文革時代の後遺症と経済計画が野心的にすぎたことから,経済を立て直すための調整段階にある。
こうして80年代初頭の世界経済は総じて停滞局面にある。
(前回より軽度で終ると予想される景気後退)
しかし今回の世界的な景気後退は前回より軽度で終るものと見られる。すなわち,アメリカの景気はすでに底入れしている。前回の落込みが5.7%に上ったのに対し,今回の落込み幅は2,5%にとどまった。もっとも今後の回復力は弱いものと見込まれる。西欧の景気も全体としての落込み幅は小幅にとどまり,80年のECの成長率は1.3%とプラスを記録するものと見込まれている(EC委員会推計,75年の成長率はマイナス1.4%)。西欧経済も81年中にはゆるやかながら回復に転じよう。日本についてはもっと軽微ないわゆるグロース・リセッション(成長率の鈍化)ですみそうである。この結果世界経済の成長率も前回ほどの落込みには至らず,又前回はマイナス3%(75年)となった世界貿易も今回はプラスを維持するものと予想されている(ガットによる80年の世界貿易の伸びの予測値は2~3%)。
(その理由)
今回の石油ショックの規模は結局前回のそれとほぼ同じとなった(石油価格上昇による7大国の石油輸入金額増加額のGNP比は73~74年2.2%,79~80年が2.4%)。それにもかかわらず今回世界経済が比較的軽傷で石油危機を切り抜けようとしているのは何故か。それは,石油ショックの最初の影響であるインフレについては総じて前回よりうまく抑制するのに成功したからである。それは次の理由による。
① 前回は石油危機が発生した時には世界経済は同時的景気過熱のピークにあり,すでにインフレは大幅に悪化していたのに対して,今回の場合は,アメリカの景気が成熟から頭打ち段階に入っていたものの,欧,日の景気は上昇の初期段階にあり稼働率等にも余裕があった。
② 賃金の反応が総じて控え目で,実質賃金ギャップ(=現実の実質賃金と生産性上昇率マイナス交易条件悪化分等によって規定される中立的実質賃金との差,これがプラスだとインフレを悪化させる)が拡大しなかった。
③ 各国ともインフレ抑制を最優先の政策課題とし,通貨供給管理を中心とする金融引締め政策が機動的に発動され,為替相場の安定性が重視される等政策的対応が改善された。
こうしてインフレが前回と比較してうまく抑制されたため,家計,企業のコンフィデンスも前回のようには破壊されなかった。そのためまず,家計は貯蓄率を低下させつつ消費支出を維持した。また実質賃金ギャップが拡大せず企業部門の負担が過重にならなかったためもあって,設備投資が(景気の落込みが深まった英・米等を除いて)基調の強さを維持している。こうしたことから気景も石油危機発生後かなり長い間堅調に推移した。
もっとも実質可処分所得の伸び悩みに貯蓄率の下げ止まりないし反騰が加わったため,主要先進国のほとんどの国で80年春以来個人消費が減少に転じているが,インフレの鎮静化が今後とも進めば,それもやがて終了するものと期待される。
また国際収支面では,主要国の経常赤字が前回のように不均衡になっておらず,各国政府の為替相場安定を重視する政策運営と相まって,為替市場が安定的に推移している。
エネルギー政策面でも総じて価格介入から価格メカニズムの活用へと政策転換が図られ,またサミット・IEA等の場における国際協調が進められている等によりエネルギー節約が進展している。