昭和55年

年次世界経済報告

石油危機への対応と1980年代の課題

昭和55年12月9日

経済企画庁


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第3章 オイル・マネーの再出現と国際通貨問題の新展開

第2節 国際通貨安定化への努力

オイル・マネーが増大する中で,ドルの地位が相対的に低下しマルク等ドル以外の通貨の役割が増大してきている。

70年代に入ってからの公的外貨準備の構成をみると,次のようにかなり目立った変化がみられる。すなわち,まず第1に,77年末までの間にポンドのシェアの低下とマルク,スイス・フラン,円のシェアの増大がみられる。この間ドルのシェアは一時下ったもののほぼ85%前後で安定していた5もっともこれは主要先進国がドルの保有をつづけたためで,その他の国ではドルのシェアは低下したと見られる。

その第二の特徴は78年以降のドルのシェアの急減である。ドルのシェアは77年末の85.1%から78年末82.1%,79年末には77.8%となった(ドル預託を見合いに発行されたECUを別の通貨と考えると79年末のドルのシェアはさらに下って65.1%となる)(第3-2-1表)。

こうした準備通貨の多様化の中で,国際通貨を安定させる努力がなされている。この努力の例としては78年11月以降のアメリカのドル防衛努力等にみられる各国通貨当局間の協調,79年3月欧州通貨制度の発足,IMFによる監視(サーベイランス)への協力,SDRの役割の強化等があげられる。

1. アメリカのドル防衛努力

78年11月アメリカはドルの急落に対処するため,公定歩合の引き上げ(8.5→9.5%)などの金融引き締め策と為替市場安定化のための300億ドルの資金調達等から成る総合的なドル防衛策を発表した。資金調達の内訳は,①IMFからの引出し30億ドル,②SDRの売却20億ドル,③日本,西ドイツ,及びスイスのスワップ取極めの拡大150億ドル,④外貨建て財務省証券の発行100億ドル,計300億ドルである。なおこのほか金売却をそれまでの月75万オンスから12月以降同150万オンス以上に拡大することも決められた。

それまでアメリカは71年のドルの金交換停止以降も,ドル相場の安定は政策目標とせず,いわゆるビナイン・ニグレクトの立場をとってきたが,この時点で自らもドル安定のために為替市場に介入する政策をとるようになった。

2. 欧州通貨制度の発足

欧州通貨制度(European Monetary System,以下EMSと略す)は1979年3月13日正式に発足した。参加国は西ドイツ,フランス,イタリア,オランダ,ベルギー,ルクセンブルグ,デンマーク,アイルランドのイギリスを除くEC加盟8か国である。

(EMSの仕組み)

EMS運営の中核となっているのは欧州通貨単位(European Currency Unit,以下ECUと略す)である。ECUの機能は,①為替相場メカニズムの表示(ニューメレール),②乖離指標の基準,③介入および信用制度の運営のための表示単位,④中央銀行間の決済手段,となっている。

○ 為替相場メカニズムの共通表示単位

参加国通貨はECUに対してセントラル・レートが設定され(IECU=2.48208マルク,IECU=5.847フランス・フランなど)これをもとにして参加国通貨相互間の中心相場(パリティ・グリッド)が決定される。

○ 乗離指標の基準

各国通貨の変動幅は旧スネーク時と同様平価の上下2.25%とされた(イタリアは6%の拡大変動幅)。EMSにおける新しい視点は中心相場からの乗離指標としてECUを用いたことである。ECUという共通尺度からの采離の度合いによってどちらの国が介入の負担を負うべきかを明らかにすることができる。また早期警戒指標として当該通貨のECU相場と基準相場の最大乖離幅の75%を乖離点として定め,この乗離点に到達した場合には,①各種通貨による介入,②国内金融政策,③基準相場の変更,④その他の経済政策をとることを定められている(78年12月ブラッセル首脳会議)。

○ 介入および信用制度運営のための表示単位及び中央銀行間の決済手段

EMSにおける市場介入は参加国通貨で行うのを原則とし,また無制眼の介入を義務づけている(複数通貨介入制度)。このため市場介入資金ファイナンスを目的とした超短期信用供与制度が設けられたが,これらはすべてECU建表示で行なわれる。したがって中央銀行間の債権,債務の決済手段としてECUが用いられる。以上のような機能をもつECUは当初,参加国の保有する金準備の20%,外貨(ドル)準備の20%の預託に対して欧州通貨協力基金(European Monetary Cooporation Fund)から供給された。ここで金の評価はロンドン金市場の過去6か月間の平均価格がとられている。ECUそのものはヨーロッパ通貨のバスケットとして位置づけられるが,ECUの供給量については金とのつながりができている。

したがって金価格が上昇すればECUの供給量は増加することになる。

1979年末の世界の外貨準備に占めるECUの割合は14.7%となっている。

(EMSの成果と今後の問題点)

EMSは発足以来1年半を経過したが,その間,為替の安定目的はほぼ達成してきたといえる。発足後の平価調整は79年9月と11月の2回行われたがいずれも小幅かつ予防的なものであり,スムーズに行われた。また発足後の加盟国間の為替変動率はドルの安定,マルクの相対的弱化に助けられた面もあったが,発足以前の1/3に縮小した。

第二段階として予定されているのは欧州通貨基金(European Monetary Fund,以下EMFと略す)の設立である。同時にECUを決済手段,準備資産として全面的に使用することが予定されている。しかしEMFが各国中央銀行の権限をどれだけ吸い上げて「欧州中央銀行」的なものになれるか問題も多く,81年3月設立の予定も延期の公算が大きくなっている。

3. IMFによる監視への協力

70年代の国際通貨制度改革論議の結実であるIMFの第2次改正協定(78年4月)は加盟国に為替取極選択の自由を与えた。しかしそれは為替レートのどんな動きをも放置し,またそれを自分勝手に操作してもよいということではない。

そのためIMFは77年4月に「加盟国の為替相場政策の指針となる原則」を採択し,加盟国の為替政策について次の三点を求めた。

またIMF改正協定では,加盟国に為替制度選択の自由を与える一方で,それが為替市場の安定を阻害することのないよう各国がIMF及び他の加盟国と協力することも求めている(改正協定第4条)。またIMFは加盟の為替政策がこうした広い目的に背馳しないよう厳格に監視(サーベイランス)することを義務づけられている。

そのためIMFは前記「為替相場の指針となる原則」とともに「為替相場政策監視の原則」を定めている。これによると,次の場合にはIMFと加盟国が協議する必要があるとされている。

80年4月1日に発表されたIMFの「監視原則についてのレビュー」では,①為替制度選択に与えられた自由からしてIMFによる監視は必要不可欠であること,②監視は単に為替政策のみならず一般経済政策にも向けられるべきこと,③監視は,指令より説得に基づき,秘密性,弾力性が重要なこと,④監視は,公平,一様に行うことが大切なこと等を述べている。

4. SDRの役割の強化

SDRは,1969年7月に従来の準備資産(ドル,金)を補完することを目的として創設された。それ以来5回にわたって計173.8億SDR(約230億ドル)のSDRが発行されたが,80年8月の時点のIMF加盟国のSDR保有額の公的外貨準備に占めるシェアは5.3%にすぎない。

しかしながら,こうした中でIMFはSDRの中心的役割を増大させるための努力をつづけている。すなわちOPEC特別基金等をSDRの「その他の保有者」として認知し,SDRの使用方式を拡大した(先物取引,スワップ,贈与等)。またSDRの金利は5か国の短期金利の加重平均の60%から80%に引き上げられた(第3-2-1図)。さらに80年9月のIMF理事会ではSDRの構成通貨を従来の16通貨から5通貨-ドル,マルク,円,フランス・フラン,ポンド-に81年1月1日から変更することを決定した。


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