昭和53年度
年次世界経済報告
石油ショック後の調整進む世界経済
昭和53年12月15日
経済企画庁
第4章 中進工業国の進出と先進国経済
発展途上国の中でも,比較的所得水準が高く,工業化も進んでいる国と,低所得国の間には経済成長率に大きな格差がみられる。1970~76年の実質成長率をみると,「低所得国」では年平均2.9%にとどまったのに対して,「中所得国」では6.0%にのぼっている。中所得国の中でも,近年工業品の輸出が急速に拡大している諸国の経済発展にはめざましいものがある。
いま,これらの国々の中から,①76年の工業品輸出額が10億ドルをこえ,②しかも,その増加率が65~76年の世界の工業品輸出増加率(年平均16.7%)を上回っている国をとり上げると,アジアでは韓国,台湾,香港,シンガポールが,また中南米ではメキシコ,ブラジルの計6つの国又は地域(以下説明の便宣上「中進国」と呼ぶ)がある。また,非産油途上国のなかでこれらの国ほどではないが,工業品の輸出を急速に伸ばしている国も少なくない。①最近年次の工業品輸出額が3億ドル以上にのぼり,②しかも,その増加率が高く,③また,その他の経済・社会諸指標からみて高いポテンシャルをもつ国として,タイ,フィリピン,マレーシア,アルゼンチン,コロンビアの5ヵ国を挙げることができる(以下,説明の便宣上「準中進国」と呼ぶ)。これら中進国及び準中進国の経済動向を示すと第IV-2-1表の通りである。
この表にもみられるように,上記11ヵ国の70~76年における実質経済成長率は年平均7.7%に達し,OECD諸国の3.1%はもとより,発展途上国の平均6.3%にくらべても大きく上回っている。とくに工業品輸出の伸びは著しく,中進国6ヵ国では70~76年に年平均32.6%にのぼり,先進国の増加率19.6%をはるかに凌駕している。この結果,この6ヵ国の工業品輸出額は76年には279億ドルにのぼり,全世界の4.8%を占めた。同年における発展途上国の工業品輸出額(非鉄金属をのぞく)は416億ドルであったから,中進6ヵ国だけでその67%を占めており,これに準中進国5ヵ国を加えるとこの比率は73%に達する。
この11ヵ国を,発展途上国全体とくらべると,人口では18%にすぎないが,GNPでは29%,輸出額では24%を占めている
中進国をはじめとする発展途上国の工業品は,先進国市場に急速に進出している(第IV-2-1図)。
発展途上国のOECD諸国向け工業品輸出額は,65年の28億ドルから76年の309億ドルへと,11年間に11倍(年平均24.4%)に増大した。この間,O ECD諸国の工業品輸入総額は6倍(年平均17.7%)に増加したにとどまる。この結果,工業品輸入に占める発展途上国の割合(シエア)は,65年の4.7%から76年には8.7%へと高まっている。
第IV-2-2表は,工業品をその性格に従って4分類に分け,それぞれについて発展途上国と日本のシエアの推移をみたものである。この表から読みとれる興味ある特色は3つあげられる。
第一は,繊維品・雑貨などの労働集約的軽工業品については発展途上国のシエアが著しく高いことである。76年についてみると,全輸入の21%が発展途上国製品で占められ,とくに,繊維品(衣類を含む)のシエアは30%に達している。この表には示していないが,アメリカ,日本では発展途上国のシエアはさらに高く44~45%にのぼり,繊維品については日本では63%,アメリカでは69%が発展途上国製品である。
なお,この種の製品についてはわが国の競争力は急速に低下しており,とくに,70年代に入ってからは円レートの上昇も加わって,わが国のシエアは急速に下っている。
第二は,ラジオ,テレビ,カメラなどの「軽機械等」のシエアが急速にたかまっていることである。OECD輸入市場における発展途上国のシエアは70年には3.6%に過ぎなかったものが,76年には8.6%を占めるに至っている。
これは近年中進国などの工業化が一段と進み,テレビ,ラジオ,電卓など,電子製品の加工,組立てなどが大規模に行なわれるようになってきたためである。もっとも,これらの製品分野においてはわが国の競争力はなお比較的強く,このため,わが国のシエアも76年までは徐々に高まっている。
第三に,自動車,船舶,産業用機械,重電機などの「重機械等」の分野でも,発展途上国が漸次進出を始めている。もっとも,シエアは76年でも3%で未だ低いが,70年代に入ってからはかなりのテンポで上昇する傾向を示している。
次に,発展途上国のうちどの地域の工業品輸出がとくに伸びているかをみると,第IV-2-3表の通りで,65~76年の年平均増加率ではアジア(27%),中南米(26%)が群を抜いている。これも主として「中進国」がこの両地域に集中しているためである。
このように,65年以降発展途上国の工業品輸出は先進国向けを中心に急速に拡大しているが,これを中進国とそれ以外の発展途上国に分けてみると大きな格差を生じているのがわかる。65年の発展途上国の工業品輸出額は,4,485百万ドルで,うち中進国の輸出は42%の1,870百万ドルであった。しかし,76年時点では中進国のシエアは67%に高まっている。これは中進国の工業品輸出が年率27.9%で増加したのに対し,その他の発展途上国は年率16.2%の増加にとどまったことによる。とくに,アジア中進国は65年でも発展途上国の工業品輸出の35%を占めていたが,その後の急伸から76年には同59%に達している。
このように発展途上国の工業品輸出は先進国向けを中心に主として中進国の急増によって拡大してきたが,どのような商品で伸びているのかややくわしく検討しよう。
第IV-2-4表は,中進国のOECD諸国向け工業品輸出の動きを1965年から75年までについて,商品類別にみたものである。この表から読みとれる第一の特徴は,重機械等の伸びがとくに高く,中進国全体ではこの10年間,年平均50%という驚異的な増加を記録していることで・ある。もっとも,アジア中進国の場合伸びは急速であるが,工業品輸出全体に占める比率は75年でも12%と未だそれ程高くない。これに対して,中南米中進国の場合増加率が高いうえに,輸出総額に占める割合も近年では30%をこえている。具体的にみると,ブラジルマは内燃機関(航空機用を除く),自動車,事務用機械などが大きく,メキシコでは発電機,電動機,自動車が目立っている。とくに,自動車の場合この両国の先進国向け輸出は76年には173百万ドルにのぼり,全発展途上国の3/4を占めている。
第二に,軽機械等(ラジオ,テレビ,カメラなど)の輸出も年39%という高い伸びを続けていることである。
第三に,労働集約的軽工業品の輸出の伸びは工業品全体とほぼ同程度であるが,輸出額としてはもっとも多く,とくにアジア中進国の場合には75年でも工業品輸出額の68%と圧倒的な割合を占めている。また,アジア中進国ではとくに繊維品,衣類の割合が高く,全体の43%にものぼっている。
以上のように,アジア中進国の場合は繊維,衣類,雑貨,はきもの,合板などの割合が大きく,中南米では重機械等の比率が高い。これは中南米諸国の工業化は第一次大戦以来と比較的早くから進んでおり,産業の据野が広がっているのに対して,アジア中進国の工業化は主として60年以降に本格化したもので,産業高度化はこれからの課題となっていることになる。
メキシコ,ブラジルの場合には,米欧巨大企業の子会社が大挙して進出していることも,重機械等の輸出増大に貢献している。最近発表されたブラジル企画庁の主要企業動態調査によれば,工業生産額の57%,は外資系企業で占められており,各業界の指導的企業とみられるものの半数以上が外資系企業である。特に,自動車,電子の主要2市場は大手の多国籍企業によって完全に独占されている。また,ブラジル銀行が発表した主要企業100社の輸出入額リストによると,77年の輸出額が大きかった外資系企業は自動車部門ではフォルクスワーゲン(西独,169百万ドル),フォード(米,78百万ドル)をはじめベンツ(西独),GM(米),フィアット(伊)など世界の大手企業が揃っている。重電機ではGE(米,11百万ドル),シーメンス(西独),事務用機器部門ではIBM(米,78百万ドル),オリベッティ(伊),バローズ(米)などが活躍している。
つぎに,中進国の先進国向け工業品輸出を市場別にみると第IV-2-5表の通りで,メキシコの輸出の9割近くが隣国のアメリカ向けであるのは当然としても,全体にアメリカ向けの割合が高く,韓国,台湾でも40~50%にのぼっている。これに対して,日本向けの比率は韓国で25%,台湾で12%と比較的低いが,近年もっとも急テンポで伸びている。
準中進国5ヵ国の工業品輸出額は75年で合計14億ドルで,中進6ヵ国の140億ドルの10分の1にすぎないが,65~75年の年平均増加率は25%にのぼり,中進国(30%)には及ばないものの,かなり急テンポで伸びている(第IV-2-6表)。とくに,タイ,マレーシアの輸出増加は年平均40%内外にのぼっている。品目別にみると,アジア,中南米とも繊維を中心とする軽工業品の比率が高く,75年ではそれぞれ5割を占めているのが特徴である。
これら諸国の工業品輸出はまだ極めて小規模であるが,近年着実に工業化が進められており,5年,10年後には無視できない力になるものと考えられ,その動向は注目に値する。
上述のような中進国を主体とする発展途上国の工業品輸出の急増は,「中進国の追い上げ」として近年注目を集めている。とくに,そふ輸出が繊維品,はきもの,テレビなど特定商品に集中していることもあって,先進国一部産業には少なからぬ打撃を与えているとの声も多く,石油ショック以来先進国経済が停滞し,失業水準がたかまっていることとも相まって,発展途上国からの製品輸入を抑制しようという動きがみられる。
しかし,先進国の工業品生産額に対する発展途上国製品輸入額の比率をみると,現在までのところ極めて低い水準にとどまっている。
第IV-2-7表は,アメリカ,日本,西ドイツ,イギリスについて,工業品生産額に対する発展途上国製品輸入額の比率を示したものである。すなわち,この比率(輸入比率と呼ぶことにする)は近年高まっているものの,76年においても1.0~1.6%に過ぎない。また,65年以来11年間のふえ方をみても,せいぜい1.1ポイントにとどまっている。つまり,工業全体としてみれば発展途上国製品のシエアは,年に0.1%づつふえているにすぎないことになる。仮に,先進国の工業品需要が年平均5%ふえるとすれば,国内生産による分が発展途上国製品の進出によって4.9%の伸びに下るということである。
もとより,特定の産業部門における影響はもっと大きい。たとえば,繊維産業では76年における発展途上国製品の輸入比率はアメリカで1.9%,日本で2.9%,西ドイツでは5.1%に達しているし,衣類部門ではそれぞれ9.3%,12.2%,21.7%にのぼっている。
仮に,この6年間西ドイツの衣料品需要が全く増加しないという極端な仮定をおけば,発展途上国製品の進出によって西ドイツの衣料産業の雇用は16%,6万人減少した計算になる。
しかし,その反面機械産業などの発展途上国向け輸出の増大によって,先進諸国の生産,雇用に少なからぬ好影響が及んでいることも忘れてはならない。たとえば,西ドイツの場合一般機械の生産高のうち,発展途上国向け純輸出額の占める比率は70年の7.1%から,76年の15.0%へ7.9ポイント上昇している。仮に,衣類の場合と同様な仮定をおいて試算してみると,発展途上国向け純輸出の増加によって,西ドイツの一般機械産業の雇用はこの6年間で10万人ふえた計算になる(第IV-2-8表)。
上述のようないわゆる発展途上国の進出に加えて,ユーゴスラビア(以下ユーゴと略す),スペイン,ポルトガル,ギリシアなど,ヨーロッパ諸国の中で比較的工業化のおくれていた国々(以下,ヨーロッパ新工業国と呼ぶことにする)からの輸出もかなり急テンポで増加している。
いま,スペイン,ユーゴ,ギリシアの3か国の輸出が西ヨーロッパ諸国の輸入総額に占めるシエアをみると,第IV-2-9表の通りで,工業製品全体では65年の0.7%から76年の1.9%へとたかまっている。11年間のシエア上昇が1.2ポイントというのは,非常に小さいようにみえる。しかし,日本製品の進出として大きな問題になったわが国の西ヨーロッパ市場におけるシエアも,この11年間に1.9%から4.3%へと2.4%たかまったにすぎないことと比較すれば,決して小さいとはいえない。とくに,鉄鋼,自動車,船舶などでのこれら3国の進出振りはかなり顕著なものがある。たとえば,この3国から西ヨーロッパ諸国への自動車の輸出は,70年の42百万ドルから76年には414百万ドルヘ10倍に,また,船舶の輸出は61百万ドルから244百万ドルヘ4倍にふえている。この結果,76年の西ヨーロッパ諸国の輸入総額に占めるこの3か国のシエアは,自動車で1.6%,船舶では4.6%に達している。