昭和53年度
年次世界経済報告
石油ショック後の調整進む世界経済
昭和53年12月15日
経済企画庁
第1章 1978年の世界経済
アメリカ経済は,相つぐ公定歩合の引き上げにもかかわらず,78年下期に入ってからも着実な拡大傾向を維持している。
7~9月期の実質GNPは前期比年率3.4%増となり,上期中の平均伸び率(78年4~6月の77年10~12月比年率4.2%)をやや下回った。しかし,これは主として在庫投資の減少によるもので,最終需要の伸びは,年率4.1%と,上期中の平均3.4%を上回っている。
鉱工業生産も,8月から10月まで,年率6%強の増加を続けており,就業者数も同期間に年率3%程度の増大を示している。
7月以後も経済拡大が続いている理由は4つ挙げられる。
第一は,春から初夏にかけて伸び悩んでいた個人消費が,再び増加したことである。4月から7月までほとんど横ばい状態にあった小売売上高は,8,9月には月平均1.5%の増加となった。これは雇用の増大にともなって,個人所得が増加を続けているうえに,食料品価格の一時的落着きを反映して,消費者物価の上昇率が,上期中の年率10%から,7,8月には同6.5,%に鈍化したことによるところが大きい。
第二は,民間設備投資が増勢を維持していることである。実質民間設備投資は4~6月期の前期比年率21.6%という著増のあと,7~9月期にもこの高水準を維持した。製造業の稼動率が9月には85%に達したこと,4~6月の法人利潤(税引後)が前年同期を17.2%も上回ったことなど,高金利を除けば投資環境はおおむね良好であり,民間設備投資の先行指標である非軍需資本財受注も,7~9月には前年同期を25%も上回っている。
第三は,民間住宅建設が春以後年率200万戸を上回る高水準を維持していることである。従来は,金利が上昇すると,住宅金融機関への資金流入が急減し,住宅着工戸数は大幅に減少する傾向があった。しかし,6月に財務省証券金利(6か月物)に連動する債券発行を認める措置が導入されたこともあって,住宅着工件数は7~9月も,前期比1.7%減と,堅調を示している。
第四は,輸出の増大が続いていることで,7~9月の輸出額(FASベース)は,4~6月6.1%上回った。これは,西ヨーロッパや日本の景気拡大がつづいていることや,ドル安による価格競争力の改善によるものと思われる。
このように,アメリカ経済は75年3月に底入れして以来,すでに3年半以上にわたって回復・上昇を続けているが,最近の景気情勢にみられる一つの特色は,物価高騰を別とすれば,経済内部にいまだ大きな不均衡がみられないことである。
第一に,在庫率(製造業と卸・小売業の合計)はきわめて低い水準で推移している。すなわち,77年までの10年間平均が1,53(か月分)であるのに対して,78年9月は1.41となっている。これは,戦後6回の景気の山における在庫率の平均(1.53)に比べても低い。したがって,在庫削減が本格的な景気後退を誘発するおそれは少ないとみられる。
第二に,受注残高(耐久財)をみると,76年初を底に増加傾向をなお続けている(78年9月までの1年間に21.5%増加)。また,戦後の経験では,1回(73~74年)を除いて,受注残高がピークに達して,2.4か月後に生産(耐久財)がピークとなり,さらに2.2か月後に景気の山に至っている。こうした面では,景気後退の可能性は,当分の間,小さいと考えられる。
ただ,消費者信用の動向にはやや不安がある。消費者信用残高は78年7~9月までの1年間に18.6%も増加した。この結果,個人可処分所得に対する消費者信用返済額の比率は15.8%と,従来の最高である70年4~6月の15.9%に近づいている。この比率は63年以来14.0~15.9%の範囲でかなり安定していることを考えると,今後これ以上消費者信用が大幅にふえ続けるとは期待できず,したがって,個人消費の伸びは鈍化する可能性が大きい。
一方,物価上昇率は上期に比べれば鈍っているものの,これは主として食料品価格の一時的落着きを反映したものであり,インフレ傾向には根強いものがある。たとえば,7~9月の完成財卸売物価の月平均上昇率は0.4%と,4~6月の0.9%に比べて半減したが,食料品を除くと,月平均0.6%の上昇となっている。
このようなインフレ傾向に加えて,ドルの低下が続いたために,アメリカの経済政策の重点は,春ごろからインフレの抑制,ドルの防衛に置かれるようになり,秋以後は強力な金融引締め策がとられている。
すなわち,公定歩合は年初来,11月までに7回にわたって6%から史上最高の9.5%にまで引上げられた。
財政面でも,年初にカーター大統領は78年10月から平年度250億ドルの減税を提案していたが,5月にはインフレ抑制の見地から,減税規模を約200億ドルに圧縮し,実施時期を79年1月に延ばす方針が決められた。
また,4月には連邦政府職員の賃上げ抑制などの「インフレ対策」を発表し,民間労使にも,賃上げ,値上げの自粛を呼びかけた。しかし,その後も物価の騰勢がつづいているため,政府は10月下旬,新しいインフレ対策を発表した。これは,①79年の賃金上昇率基準を7%とし,物価については76,77年平均値上げ率を0.5%下回ることを原則とし(最終目標は5.75%),②民間労使にこの基準を守るよう呼びかけるとともに,基準に従わない企業に対しては,政府発注の停止など制裁措置をとり,③一方,賃金基準に協力した労働者の実賃所得が減少しないように,物価上昇が7%を超える場合には税の割戻しを行なう。④連邦政府支出の削減に努め,80年度(79年10月~80年9月)の赤字幅を300億ドル程度にへらす(79年度は389億ドル)などを骨子とするものである。政府は,これによって,現在年率8%程度にのぼっている物価上昇率を,79年には6.0~6.5%に引下げることをねらっている。
さらに,11月はじめには,ドル防衛策の一環として公定歩合の一挙1%の引上げ(9.5%へ)預金準備率の引上げが行なわれた。
以上のような事情を考慮すると,アメリカ経済は高金利にもかかわらず設備投資の堅調,輸出の増大などに支えられて年内は拡大傾向をつづけ,78年の実賃成長率は政府年央見通しの4.1%をやや下回るものになると思われる。
しかし,79年になると,金融引締め策の影響が次第に表面化し,住宅建設の減少,個人消費の鈍化などから経済成長率は著しく鈍化し,一時的にはゼロ成長状態に陥ることも考えられる。ただ,根強い物価上昇を除けば経済内部に大きな不均衡がみられないことを考えると,これ以上の引締め政策強化が行われない限り,上半期中は比較的底固い動きを示すとみられる。
西ヨーロッパでは,主要4か国の景気は緩やかな拡大傾向を示していることは前述の通りである。
西ドイツでは,78年はじめから春にかけて再び景気が停滞し,6月ごろから持直すなど,不安定な動きを示しているが,基調としては,77年秋に決定された刺激策の効果もあって,緩やかな回復傾向にあるとみられる。
実質GNPは1~3月期の前期比横ばいのあと,4~6月期には年率8.7%増とかなりの増加を示した。しかし,需要項目別にみると,増加の中心は公共投資を主体とする建設投資と在庫投資であり,個人消費は高水準ながらほぼ横ばい,機械設備投資は停滞をつづけ,輸出も伸び悩み状態にある。この結果,雇用情勢はあまり改善されていない。
ただ,6月ごろから製造業の国内受注や鉱工業生産がかなり増加しており,企業マインドも改善している。
また,政府は7月のボン主要国首脳会議における宣言の線に沿って7月末,79~80年の2か年にわたる財政上の刺激策(79年について,GNPの1%相当)を決定したが,これが企業のコンフィデンスに好影響を及ぼしているとみられる。
このような状況からみると,下期の景気情勢は,上期に比べると改善されると思われ,78年の経済成長率(実質)は,当初政府目標3.5%に近い線に達するものとみられている(五大研見通しでは3~3,5%)。79年については,上記の刺激策の効果も加わって,成長率は78年をやや上回るとの見方が多く,10月に発表された五大経済研究所の見通しでは,4%の成長を予測している。
フランスでは春以後上昇テンポは多少鈍化しているものの,回復傾向が続いており,7~8月の鉱工業生産は前年末(11~12月平均)を2.4%上回っている。回復の主因は小売売上げの増加と輸出の漸増にあり,民間固定投資は伸び悩んでいる。景気上昇が緩やかなものにとどまっているため,雇用情勢は悪化傾向を続けている。
一方,物価の騰勢には根強いものがあり,とくに春以後は,公共料金の引上げ,工業品価格規制の解除などの影響もあって,9月までの半年間の消費者物価上昇率は10.6%に達している。
政府は,インフレ抑制重視の方針を維持しており,賃上げの自粛を要請する一方,マネー・サプライ(M2)の目標を名目GNP増加率より低めに設定している。同時に雇用情勢の悪化を阻止するため,財政面では若干の赤字も甘受するとの態度がみられ,79年度予算案(9月閣議決定)では,78年度実績見込みに比べて歳出を12%程度ふやし,150億フランの赤字を見込んでいる。ただ,この歳出の伸びは予想される名目GNPの伸び(12.9%)を下回り,また赤字幅も78年の見込み(298億フラン)より小幅な点からみて,79年度予算案は景気に対しほぼ中立的とみられる。
78年の実質成長率は3%程度とみられており(政府見通しは3.2%),79年はこれを多少上回るとの見方が多い。
イギリスでも,景気は春以後も緩やかな上昇傾向を続けており,7~9月の鉱工業生産は,4~6月の高水準を維持している。拡大の中心は個人消費の増大にあり,7~9月の小売売上げ数量は前年同期を6.6%も上回った。
これは,インフレの鎮静化と減税によって,75年以来減少していた実質個人可処分所得が77年7~9月以来大幅な増大をつづけているためである。また,固定投資も,製造業を中心に78年初以来持直し傾向を示している。輸出は漸増傾向を続けているが,輸入も増加しているため,経常収支の改善はこのところ足踏み状態にある。
物価はこれまでのところ比較的落着いており,9月までの半年間の消費者物価上昇率は年率8.7%となっている。政府は物価の安定傾向を定着させるため,8月以後1年間の賃上げ目標を5%としたが,労働組合はこれに反発しており,最近の賃上げ要求は20~40%に達するものが多く,今後の成行が注目される。
景気は少なくとも年内は緩やかな拡大を続け,78年の実質成長率は政府当初見通しの2.0%を上回り,3%程度に達するものとみられている。しかし,79年については,個人消費が78年ほど大幅には伸びないとみられ,成長率も78年を下回る可能性が大きい。
イタリアの景気も年初来の回復傾向を続けている。鉱工業生産は,月々の変化が大きいが,ならしてみると7~9月の水準は前年10~12月を4.0%上回っており,雇用情勢にもわずかながら改善の兆しがみられる。景気の上昇は主として個人消費の拡大と輸出の漸増によると考えられる。
一方,輸入が比較的落着いているうえに,観光収入が増加したことも加わって,国際収支は黒字を続け,対外債務の繰上げ返済を行う一方で金・外貨準備も大幅に増加している。物価の騰勢はなお強いものがあるが,前年に比べれば相当改善されている。
このような情勢を背景に,9月には公定歩合が1年ぶりに1%引下げられた。しかし,財政赤字が大幅なため,79年度予算案(9月議会提出)では支出の抑制と増税が図られ,赤字幅のGNP比率を前年度より若干引下げることが目標とされている。
景気は秋以後も緩やかな上昇を続けるとみられ,政府は78年の成長率は2.0%,79年は4%近くに達するとみている。
以上のように,主要4か国の景気が上昇傾向をみせているほか,オーストリア,ベルギー,オランダなどでも緩やかながら景気は上向きに転じている。10月に発表されたEC委員会の報告によると,78年のEC諸国の経済成長率は2.6%と見込んでいるが,79年については,ボン主要国首脳会議の線に沿って各国が刺激策をとっていることを考慮し,3.5%にたかまると予測している。