昭和52年
年次世界経済報告
停滞の克服と新しい国際分業を目指して
昭和52年11月29日
経済企画庁
第5章 変貌する国際分業関係
一部の「中進国」の輸出,とくにその工業品の輸出が近年著しい伸びを示し,労働集約的工業品を中心に先進国市場にめざましい進出振りをみせていることは前述の通りである。数多くの発展途上国の中で,なぜこれら一群の国だけが他に抜きでて輸出拡大に成功したのであろうか。ここでは,アジアと中南米諸国のなかから,輸出伸長の著しい若干の国をとりあげ,その周辺にある国々と対比しながら,どのように輸出拡大テンポが違うのか,またその原因はどこにあるのかを検討する。
まず,非産油発展途上国全体としての輸出をみると,1965年から75年までの間に年平均14.2%の増加を示したが,これは同じ期間における先進工業国の輸出の伸び16.3%をかなり下回っている。
しかし,こうした中にあって非産油発展途上国の一部に急速に輸出力を高めている諸国があらわれた。非産油発展途上国100数か国(ただし,「石油及石油製品」の輸出ウエイトが75年時点で40%以上を占めるエクアドル等11か国及びイスラエルを除く)を対象に65年以降の10年間で先進国の平均を上回る輸出増加率を実現した国をみるとわずか11か国に過ぎない。これら諸国のうち年間50億ドル以上の輸出規模(75年)を持つ国はブラジル,香港,シンガポール,台湾,韓国の5カ国である。そして,非産油発展途上国の輸出は65年の223.8億ドルから75年には792.4億ドルへと568.6億ドル拡大したが,このうち上記5か国の拡大が261.O億ドルとそのおよそ5割を占めている。
この5か国を対象にその輸出構造をみると,各国とも共通に工業製品輸出が急増しており,韓国の年平均44.5%増を筆頭に5か国平均でも年平均26.8%と急伸している。この結果,全輸出に占める工業製品輸出の割合は5か国平均で65年の40%から75年には61%に達している(第V-13表)。
過去10年間におけるアジア諸国にみられる経済パフォーマンスの格差には,まことに著しいものがある。1965年当時には,香港とシンガポールを別にすると,アジア諸国(日本を除く)はすべて農業国であり,輸出の相当部分が一次産品で占められている(第V-14表,第V-15表)。
ところが,わずか10年後の75年になると,大きな変化が生じている。まず韓国,台湾では工業品を中心に輸出が激増し,輸出に占める一次産品の比率は20%以下に低下し,香港ではこの比率は10%を下回るに至っている。シンガポールでは,石油製品輸出の比率が高い(75年で33.6%)ため, 一次産品のウエイトが高いものの,輸出依存度の上昇,工業製品輸出の急増などの点では上記3国と似た性格をもっている(以下ではこれら4国を便宜上「アジア中進国」と呼ぶことにする)。
一方,シンガポールを除くASEAN諸国(タイ,マレーシア,フィリピン,インドネシア)では,輸出に占める一次産品の割合は,75年でも80%以上と未だ高いものの,①次産品の中で多様化がかなり進んでいること,②タイとマレーシアでは工業品の輸出もかなり伸びていること,など,輸出の伸びはかなり高くなっている。
これに対して,もともと綿製品など工業製品輸出の割合が比較的高かったインド,パキスタンや,一次産品輸出国であるビルマ,スリランカなど南西アジア諸国をみると,この間,輸出の伸びも低く,ビルマの如きは輸出が減少さえしている。
このように,現在では,①工業製品を中心とした輸出急増を軸に高成長をつづけ,工業国へと産業構造を転換している「アジア中進国」,②一次産品輸出を中心に比較的順調に成長しているASEAN諸国,及び③この間輸出が低迷し,低成長をつづけている南西アジア諸国と明確に色分けされるに至っている。
つぎに,アジア中進国の輸出が,なぜこんなに急速に増大したのか,その理由を考えてみよう。
(a)輸出市場構成の有利性
まず考えられることは,アジア中進国,とくに韓国,台湾では,日本,アメリカという輸入の伸びの大きな市場に当初から進出したことである。
これに対して,インド,スリランカなどの南西アジア諸国では,伝統的にイギリス向けの輸出が多かったが,イギリスの輸入の増加テンポは低かったので,輸出の市場構成という点で不利であったといえる。
65年におけるアジア諸国の輸出市場構成をみると,日本とアメリカ向けの割合は韓国,台湾ではそれぞれ60%,54%に達していたのに対し,インドでは25%,スリランカでは10%に過ぎなかった。一方,イギリス向けの比率は,韓国3%,台湾では1%にとどまっていたのに対して,インドでは19%,スリランカでは26%にものぼっていた。
ところが,その後10年間における日,米,英の非産油発展途上国からの輸入増加率をみると,日本とアメリカではそれぞれ年平均17%に達したのに対して,イギリスでは6.5%の伸びにとどまっている。したがって,アジア諸国の輸出が,日,米,英各国で,輸入需要の伸びと同じテンポで伸びた(つまりシェア一定)と仮定しても,韓国,台湾などの輸出の伸びは,インド,スリランカのそれを大きく上回ったはずである。つまり,韓国や台湾などは日本のような高成長国や,アメリカのように労働集約商品の輸入が急速にふえる国を主要市場としていたために,大いに有利であったということができる。
(b)国際競争力の強化
しかし,輸出市場構成にみられる有利性は,アジア中進国の急成長にとって,決定的な要因とはいえない。国際競争力の強化や,新商品の輸出こそがその最大の理由であった。この点は,インドがその伝統的輸出市場であるイギリス向け輸出の低迷に悩んでいる間に,韓国,台湾などは,イギリスへの輸出を急速に伸ばしたという事実に端的に示されている。たとえば,65年から74年までにイギリスの繊維製品(SITC 65)輸入は3.8倍に拡大しているが,そのうちインドからは1.25倍にとどまっているのに対し,韓国からは16倍,台湾からは65倍と激増し,明らかに競争力の相違がみられ,まfこ,ラジオ・テレビ等分野での韓国,台湾からの輸入増加も著しい。
(c)工業化の急速な進展
アジア中進国のこのような工業品輸出急増を支えたのは,60年代後半に入って急テンポで進展した工業化である。たとえば,韓国では製造業の国内総生産に占める割合は65年には18%で,農業の39%の半分以下であった。しかし,75年になると工業の割合は28%に上昇して,農業の25%を上回り,工業国と呼べる状態になっている。これは工業の振興が輸出の拡大を可能にし,それがまた市場の拡大一生産の増大一生産性の向上により輸出の伸長をもたらすという一種の好循環をひき起こした結果とみられる。
このような産業構造の転換は台湾でもみられる。
アジア中進国が工業化に成功した理由は多岐にわたるが,とくに南西アジア諸国との対比で注目されるのは以下の三点であろう。
第一は,農業生産が順調に拡大していることである。60年代前半と70年代前半を比較すると,1人当り食料生産は韓国では8%増加し,米の自給を達成しようとしている。この間インドとスリランカでは1人当り食料生産が減少し,穀物輸入が国際収支上大きな負担となっているのと対照的である。
第二は,韓国や台湾では製造業の設備近代化,競争力の強化を図るために外国資本の導入を積極的に進め,優遇策をとっているのに対して,インドでは持株比率のきびしい規制,現地人雇用の義務づけ,一部業種の投資制限など,外資にきびしい態度をとっている。この結果,韓国,台湾などでは,70年代に入って外国からの直接投資は大幅にふえているが,インドやスリランカでは純投資はほとんど行なわれていない(第V-18表)。
第三は,輸出指向型の工業化に向けて活発な投資が行なわれたことである。国内総生産に対する総固定投資の比率をみると,韓国,台湾では65年の15~17%から,最近では25~30%へと著しく上昇している。同時に政府は積極的な輸出奨励策(加工輸出区の創設,輸出金融の優遇等)を進めてきており,この両国の60年代における経済計画の中でも輸出拡大は重点目標の1つに掲げられている。一方,インド,スリランカでは,投資比率は14~16%程度でほとんど上昇がみられない。
なお,こうした外資受入れの結果,債務残高も急増している。債務残高の内訳をみると,アジア中進国は65年時点では,政府及び国際機関ベースの資金ウエイトが高かったが,近年では5割前後が民間ベース資金となっている。これに対し,南西アジア諸国では,民間ベース資金の流入はほとんどない。また,アジア中進国は債務残高が急増し,かつ,その5割前後が民間ベース資金でありながら輸出急増に支えられ,債務返済比率は逆に70年前後をピークに下がっているのに対し,南西アジア諸国は,政府べ一ス中心の極めて有利な条件の資金流入がほとんどであり,債務残高の増加率も低いが,輸出の低迷から債務返済比率はかえって高くなっている(第V-19表)。
中南米請国のうち,近年とくに輸出増加テンポを高めているブラジル,メキシコをとりあげ,どうしてこのような輸出増加が生じたかを検討してみよう。
まず,中南米全体(石油輸出国であるヴエネズエラを除く)の輸出の推移をみると,1960年代後半の年平均増加率は7.4%で,非産油発展途上国の平均8.2%を下回っていた。しかし,70~75年には年平均20.O%の伸びを示し,非産油発展途上国の平均(20.4%)とほぼ等しくなっている。70年代に入ってとくに輸出の増勢を強めているのはブラジル(平均25.9%)とメキシコ(17.6%)であり,これに対して,アルゼンチン(10.8%),チリ (6.1%)などの伸びは低い。
ブラジル,メキシコの近年における工業品の増加はめざましいものがあり,いずれも年平均40%をこえている。その結果,輸出総額に占める工業品の割合も,ブラジルでは65年の8%から75年の25%へ,メキシコでは65年の15%から73年の42%へと急速にたかまっている。
品目別にみても,第V-22表のようにほとんどの分野で大幅にふえているが,繊維品はもとより,近年では自動車,電気製品をはじめとする機械類の伸びが目立っている。また,表には示してないが,アルゼンチン,コロンビアでも,工業品についてはかなり高い輸出の伸びがみられる。
中南米諸国では,全般に,アジアとちがって比較的早い時期から工業化がすすめられていた。その結果,1965年についてみると,国内総生産に占める製造業の比率も20~25%に達していた国が多く,香港以外のアジア諸国にくらべると,工業化ははるかに進んでいた。しかし,工業品の輸出についてはむしろアジアにくらべて出遅れていた。たとえば,65年における工業品(除非鉄金属)の輸出額をみると,アジア諸国(日本,中国,中近東をのぞく)の27.6億ドルに対して,中南米では5.4億ドルにすぎなかった。
これは,中南米諸国の多くが,主として国内市場向けの工業化を進め,手厚い保護政策のもとで,いわゆる「輸入代替」を中心とする政策をとっていたことによるところが大きい。とくにブラジル,メキシコなど主要国では人口も大きく,所得水準もアジアにくらべて格段に高かった(65年の1人当りGDPは,韓国106ドル,メキシコ472ドル)ため,工業品の国内市場が比較的大きかった。したがって,国内市場を中心としながらも,かなりの規模で工業を発展させることが可能であった。
しかし,次第に国内市場の限界につき当るようになる一方,従来の高い保護障壁のもとで発展してきた工業の多くは,コスト,品質の面で対外競争力が劣るだけでなく,工業化に必要な原材料,機械の輸入が増大して,国際収支の負担が重くなるなど,輸入代替工業化の限界が問題となった。
この結果,60年代に入ると,ブラジル,メキシコなどが次第に輸出に重点をおいた政策をとるようになってきた。たとえば,ブラジルでは64年の新政権のもとで,①割高であった為替レートの是正,②輸出奨励,③外国資本の優遇など,輸出振興策がとられrこ。また,メキシコでも70年代に入って,輸出工業品に対する部品輸入税の払戻しなど,各種の輸出振興措置がとられた。とくに,自動車産業に対しては,輸入額の一定比率の輸出が義務づけられた。このような政策の結果,外国資本の流入も増加していることも,近年における自動車,電気機械などの輸出拡大に貢献しているとみられる。第V-23表にもみられるように,メキシコ,ブラジルでは70年代に入って多額の外国直接投資が行なわれているのに対して,アルゼンチン,チリなど,工業品輸出のふるわない国では,直接投資の流入もごくわずかにとどまっている。