昭和52年

年次世界経済報告

停滞の克服と新しい国際分業を目指して

昭和52年11月29日

経済企画庁


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第5章 変貌する国際分業関係

第2節 「中進国」の工業製品輸出の増大

1. 中進的工業品輸出国の台頭

世界の工業品輸出額(共産圏を除く)に占める発展途上国の割合をみると,1955年の7.6%から74年の8.5%へと,ゆるやかにたかまっているにとどまるが,これは主として銅・錫など地下資源を簡単に加工した一次金属の輸出の伸びが低いためである。一次金属を除いてみると,発展途上国の割合は,55年の5.6%から74年には7.7%へと,水準は未だ低いもののかなりのテンポで拡大している。

さらに注目されるのは,一部の発展途上国の工業品輸出がめざましい伸びを示していることである。このような現象は,韓国,台湾などに限らず,かなりの国にみられる。

第V-3表は,1974年の工業品輸出額が4億ドル(世界輸出の0.1%)をこえる発展途上国13か国についてその工業品輸出額を比較したものである。この表からは,つぎのような興味ある点がよみとれる。

第一に,これら13か国の工業品輸出額は,1955年の17億ドルから74年には270億ドルに増大し,世界の工業品輸出に占めるシェアも,この間に4.3%から6.7%にたかまっている。

第二に,最近の主な発展途上国の工業品輸出の規模を,55年当時の主要先進国の輸出規模と比較しても余り遜色がない程度に達している。たとえば,香港の工業品輸出額は74年には55億ドルにのぼったが,これを55年の価格に換算すると27億ドルとなる。これは,当時世界第4位の工業品輸出国であったフランス(31億ドル)にほぼ匹敵する。同様に計算すると,最近の韓国の輸出量は55年当時の日本の輸出量に相応するし,インド,シンガポール,ブラジル,チリの工業品輸出規模は,いずれも55年当時のイタリアに近い。

第三に,第V-3表に掲げた13か国のうち,インド,チリを除くと,工業品輸出の増加テンポは著しく急速である。とくに韓国,台湾,ブラジル,タイの工業品輸出は,55年には合計35百万ドルで,当時のフランスの百分の一にすぎなかったが,74年には110億ドルに増加し,同年のフランスの3分の1に相当するに至っている。

2. 先進国市場への中進国製品の進出

(1)先進国の工業品輸入

つぎに,これらの「中進国」をはじめとする発展途上国の工業製品が,どのように先進国市場に進出しているかを調べてみよう。

まず, OECD諸国の世界全体からの工業製品輸入が過去10年間にどの程度ふえたかをみると,第V-4表の通りである。OECD全体では,1965年から75年までの10年間に工業品輸入額は,650億ドルから3,193億ドルヘ,年平均17.3%の増加を示した。商品別に増加率をみると,化学品,機械などいわゆる重化学工業品も平均を上回っているが,とくに注目されるのは,衣類,その他の軽工業品(合板,はきもの,雑貨など)や軽機械類(事務用機器,ラジオ,テレビ,カメラなど)など労働集約度の高い工業品が平均を大きく上回る急テンポの伸びを示していることである。これに対して鉄鋼や非鉄金属の伸びは比較的小さい。しかもこのような特徴は,西ヨーロッパ,アメリカ,日本のそれぞれについてもほぼ共通している。また,表には示してないが,この10年間を前半と後半に分けて調べてみても,この特徴は変化がなく,衣類,軽工業品,軽機械の伸びは相対的にみてむしろ70年代に入ってたかまる傾向さえみせている。

(2)発展途上国の進出

一方, OECD諸国が発展途上国から輸入した工業製品は,1965年の46億ドルから75年の259億ドルヘ,年平均18.9%の増加であった。この結果,OECD諸国の工業製品輸入に占める発展途上国の割合(シェア)は,この10年間に7.1%から8.1%へと上昇しているが,そのふえ方は決して大きいとはいえない。しかし,これは主として従来から発展途上国の輸出に大きな比重を占めていた非鉄金属(銅,亜鉛など)の伸びが低かったためで,その他の工業製品では発展途上国のシェアは急速にたかまっている。第V-5表はOECD諸国の輸入に占める発展途上国のシェアの推移を商品グループ別にみたものである。この表から読みとれる興味ある傾向としては,つぎの4点が挙げられる。

第V-6表 OECD市場の品目別・国別輸入動向

第一に,非鉄金属,化学品を除くと,多くの分野で発展途上国のシェアは急速に高まっている。なかでも先進国の輸入自体が急テンポで増大している労働集約的商品でのシェア拡大は著しく,繊維・衣類では65年の16%から,75年には26%に達しているし,軽機械の場合,65年のシェアは2%にも満たなかったものが,75年には9%にたかまっている。

第二に,発展途上国の内訳をみると,韓国,台湾,シンガポールなどを中心とする「アジア」(中東を除く)のウエイトが大きく,75年でも労働集約的商品に関しては全発展途上国の三分の二以上を占めている。

しかし,第三に,70年代に入ってからは中南米諸国の進出が目立っている。たとえば繊維・衣類に関する中南米のシェアは,70年代前半の5年間に1.7ポイント上昇したが,これは60年代後半にみられたアジア諸国のシェア拡大テンポ(1.5ポイント)を上回っている。つまり60年代までは,工業品輸出を大幅に伸ばしていた発展途上国は,主としてアジア諸国であったが,70年代に入ると中南米にも大規模な輸出国が出現しはじめている。

第V-7表 OECD工業品輸入に占める発展途上国と日本のシェア

第四に注目されるのは,労働集約的商品の分野ではわが国のシェアが近年低下ないし頭打ちになっていることである。60年代前半まで,この種の商品についてはわが国の国際競争力は著しく強く,先進国でのシェアもアメリカを中心に急速に上昇していた。しかし,わが国の賃金コストが上昇し,産業構造が高度化される一方,前述のような新しい中進的工業国が出現するにつれて,わが国の優位性は次第に弱まり,とくに70年代に入ってからは円レートの上昇も加わって,この傾向はますます激しくなっている。このほかに繊維品の輸出自主規制の影響もあって, OECD諸国の繊維・衣類輸入に占める日本のシェアは65年以後低下に転じ,その他軽工業品でも70年代に入って低下しており,軽機械についても頭打ち傾向が生じている。

もっとも,ひと口に先進国といっても,アメリカ・西ヨーロッパと日本では,所得水準,産業構造,貿易構造にかなりの相違があり,したがって発展途上国製品の進出状況にも少なからぬ差がみられる。以下ではこの三地域について個別に,発展途上国製品の進出状況を検討してみよう。

① アメリカ

アメリカの工業製品輸入にみられる大きな特徴は,かなり早くから日本や発展途上国製品の比率が高いことである。すでに65年に日本のシェアは20%,発展途上国のそれは14%に達していた。これに対し,西ヨーロッパ市場における同年の日本のシェアは2%,発展途上国のシェアも6%に過ぎなかった。

その後,第V-8表にみられるように,発展途上国のシェアは75年には19%に上昇したのに対して,日本の比率は21%でほぼ横ばいである。商品別にみると,鉄鋼では日本のシェアは65年の40%から75年にはさらに48%にたかまり,発展途上国のシェアも低水準ながら3%から7%へ上昇している。

繊維・衣類では,発展途上国のシェアが37%から67%へと大幅に上昇する一方,日本のシェアは前述のような事情からこの間に27%から11%へ大きく下っている。また,軽機械の輸入に占める発展途上国のシェアが,この10年間に5%から29%へ激増している点も注目される。

② 西ヨーロッパ

西ヨーロッパの工業製品輸入に占める発展途上国のシェアは,第V-9表のように,65年以後6%弱でほぼ横ばいであり,日本のシェアは上昇しているものの,75年でも4%にも満たない。このように日本や発展途上国からの輸入がアメリカにくらべて著しく低いのは,①西ヨーロッパ諸国の相互貿易が著しく大きい,②日本や新興工業国から地理的に遠い,などの事情にもよるが,③アメリカにくらべると所得水準が低く,労働集約商品での競争力も強かったことが大きく響いていると考えられる。

しかし,近年では鉄鋼や労働集約商品の域外からの輸入は急速にふえており,70年から75年までの5年間に,繊維・衣類では発展途上国のシェアは11%から18%へ,軽機械では1%から4%へとたかまっている。一方,日本のシェアは繊維・衣類については,65年の2%から75年にはついに1%未満にまで低下してしまったが,軽機械のシェアは未だ上昇する傾向をつづけている。また,鉄鋼については,日本と発展途上国のシェアが漸増しており,両者を合わせると75年には9%にたかまっている。

③日 本

わが国の工業製品輸入の輸入総額に占める割合は,75年においても22%で,アメリカ(54%),西ヨーロッパ(58%)にくらべると著しく低いが,近年はかなりのテンポで増大している(第V-4表)。とくに,衣類,繊維品,雑貨などの増加は急速であるが,その中でも韓国,台湾などアジアの発展途上地域からの輸入は大幅にふえている。その結果,わが国の工業製品輸入に占める発展途上国のシェアは,65年の13%から,75年には22%にたかまっている(第V-10表)。なかでも衣類については3分の2,繊維品の場合も4割が発展途上国製品で占められるに至っている。

3. 先進国産業への影響

前節でみたように,先進国の工業製品輸入は,1970年代に入ってからもかなりのテンポで増大する傾向をつづけており,とくに,繊維・衣類,その他の軽工業品,軽機械類などの増加率が高い。しかもその中で,発展途上国からの輸入割合がたかまっている。

ここでは,輸入の増大が先進国の産業にどのような影響を与えているかを,主要工業国の生産額と輸出入額を比較することによって検討してみよう。

欧米諸国では,工業品の相互貿易が次第にさかんになっているためもあって,工業品輸出・輸入の生産額に対する比率(以下,輸出・輸入比率と呼ぶことにする)は上昇する傾向を示している。しかし,資料の得られる米,独,仏,伊の4か国のうち,西ドイツ以外では,工業品全体としてみても,輸入比率の上昇は輸出比率の上昇を上回っており輸入依存度がたかまる方向にあることを示している(第V-11表)。たとえばアメリカでは,1965年から73年までの8年間に,輸出比率は4.2%から5.9%へと1.7ポイント高まっているが,輸入比率は2.7%から6.1%へとさらに大幅に3.4ポイントも上昇し,73年には工業品では輸入超過となっている。この傾向は,繊維・衣類など労働集約的な産業ではとくに顕著で,衣類の輸入比率の上昇はこの8年間で5.4ポイントにのぼったのに対して,輸出比率は0.1ポイントの上昇と,ほぼ横ばい状態にある。はきもの,電気機械,自動車,鉄鋼なども同様の傾向を示している。

工業品全体としては輸出比率の方が大幅に上昇している西ドイツにおいてさえ,衣類の輸入比率は,65年の13.9%から73年の40.4%へ26.5ポイントも上昇したのに対し,輸出比率の上昇は6.7ポイントにとどまった。

つぎに,主要な産業群について,各国の輸入比率が65年から73年にかけてどのように変化しているかをみると,第V-1図に示す通りである。すなわち,繊維・衣類や革・木製品・はきものなど,労働集約的な軽工業品では概して輸入比率が高く,しかも速いテンポで上昇する傾向をみせている。たとえば,衣類の輸入比率は,65年から73年までの間に,西ドイツでは14%から40%へ,イギリスでは10%から25%へとたかまっている。しかもこの間に,衣類の輸入額に占める発展途上国からの割合は,西ドイツでは20%から28%へ,アメリカでも35%から69%へ著しく高まっている。

このように,軽工業部門における輸入の増大,とくに発展途上国製品の追い上げは,第V-1図に示されている73年以後もますますはげしくなっているとみられる。たとえば,GATTの資料によると,アメリカの繊維・衣類の純輸入額は,73年の23億ドルから,76年には28億ドルにふえているが,とくに非産油発展途上国からの純輸入は16億ドルから29億ドルへと大幅に増加している。また, EC諸国の場合には,73年には繊維・衣類貿易は輸出超過であったものが,76年には13億ドルの輸入超過となり,なかでも非産油発展途上国との間では28億ドルの輸入超過となっている。

一方,繊維産業や鉄鋼産業の生産は多くの先進国で成長テンポが低く,操業度の低下,利益の減退に悩まされている国が多い。第V-12表は主要先進国の76年における工業生産の水準を業種別に示したものであるが,工業生産全体としては,76年の生産量は70年を10~20%上回っているのに対し,繊維産業の生産は,アメリカを除きほとんど増加がみられない。鉄鋼の場合は,76年の生産は,日本を除いて,6年前の水準並みか,むしろ下回っている国が多い。

このため,最近では全般的な経済活動水準の低さや失業の増大を背景に,これらの産業ではとくに失業問題が深刻になっており,政府の救済策や輸入制限を求める声がたかまっていることは前述の通りである(第2章参照)。