昭和50年
年次世界経済報告
インフレなき繁栄を求めて
昭和50年12月23日
経済企画庁
第3章 世界経済の中期的成長を取りまく諸問題
発展途上諸国の60年以降の経済は第3-9表のとおりであるが,これを国別にみると60年代においてすでに自助努力と先進国からの援助がうまく結びつき,経済的離陸(テイク・オフ)を達成しつつある諸国(中進的工業国)が現われる一方,依然,産業が農業や鉱業に特化しており一次産品輸出に依存している諸国(一次産品輸出国),さらにはこの間ほとんど成長がみられず,工業化も進まず,みるべき一次産品もない経済発展段階上最も遅れた諸国(LLDC)と分極化傾向がみられはじめた。この傾向は60年代後半になるほど強まり,さらにこれを決定づけたのが72年後半以降~74年初にかけての一次産品の高騰,そして73年の石油危機で,これを契機に上記の分極化の促進に加え産油国と非産油国の分化が急激に進んだ。
最近5ヵ年の経済成長を国別にみると,イラン,韓国,台湾,ブラジルと10%を越す高い成長国がある反面,2~3%台成長のインド,スリランカ,ガーナ等低成長国と成長格差が際だっている(第3-10表)。
60年以降の産業構造変化と製造業生産の国内総生産に占めるウエイトの動きを分極化したグループ別に整理し,その中で地域的特徴をみてみよう(第3-11表)。まず中進的工業国についてみると,中南米地域の中進的工業国は概して60年代初期の段階で工業生産のウエイトが20%前後と高い工業化率を達成しており,以降きわだった工業生産の増大はみられない。これに対しアフリカ地域の諸国はその大多数が60年以降に独立(アフリカ大陸の発展途上独立国45ヵ国中,60年以降独立したのは36ヵ国)したことから,国内産業振興はこれからという段階で,最近時でみても製造業は15%未満と工業化(注)を達成した国はない。この両地域の間にあって,中近東,アジア地域の諸国ではイラン,韓国,台湾,シンガポールが極めて高い工業生産の成長を遂げている。これら比較的工業化された地域における鉱工業生産は順調で,最近5ヵ年は先進国の2倍近い8%の成長を続けている。また,近年工業化に成功した諸国での農業生産の成長率は概して大きく(第3-12表),年率で韓国4.1%,台湾4%,イラン3.6%と発展途上国平均の2.5%を上回る成長を示している。逆に,貧困途上国をみると概して60年以降経済成長は2~3%台と低成長である。また,これら諸国の大部分は農業生産のウエイトが40%前後を占め,その成長も60年以降の平均年率でビルマ1.4%,スリランカ1.8%,インド2.0%と人口増加率にも達しない。農業の生産は豊凶の差が大きいことから,国民経済の4~5割を農業で占める諸国では,その豊凶が所得はもとより貿易収支面,物価面等にも大きな影響を与えてきた。
発展途上国の経済発展にとって輸出促進は基本的な重要性をもっており,そのために商品協定の締結や先進国市場における特恵の実施等の努力も行われてきた。
しかし,60~73年にかけての輸出の伸びは先進国が年率12.7%であったのに対し,発展途上国は12.3%であったことから世界貿易の中でのシェアは21.5%から18.9%(底は70年の17.6%)に徐々に減少してきた(第3-13図)。これは全輸出の8割前後が一次産品であるという貿易構造と60年代を通し,交易条件が発展途上国に不利に働いていたことによる(第3-14A図)。
この交易条件が改善されたのは72年央以降の一次産品の高騰および73年のOPEC諸国による石油価格引き上げによるもので,この結果,世界貿易に占める発展途上国のシェアは急速に改善に向い,74年には73年の18.9%から27.5%へと拡大した。
しかし,石油を除いた交易条件指数でみると,発展途上国の一次産品指数は73年の第1四半期に工業製品を上回った後,74年第4四半期以降再び悪化し,75年第1四半期には工業製品指数を下回り,その後第2四半期にかけ悪化幅は拡大している(第3-14B図)。
このような発展途上国の60年と73年の間における貿易構造変化には,以下にみるような特色が示されている。
第1に,輸出では60年には一次産品が85.4%を占めていたが,73年には74.3%と低下し工業製品輸出がようやく全輸出の1/4に達した(第3-15A図)。また,一次産品のうち燃料(石油が中心)のウエイトが全輸出のほぼ4割を占めるようになり,その他一次産品は34.7%に減少した。輸入は工業製品の割合が中南米以外の各地域で徐々に増大している(第3-15B図)。
第2に,貿易相手先別変動をみると,60年から73年にかけ先進国への依存度が若干高まり,なかでもこの間の日本向け輸出は60年の5.3寿から73年14.2%へと著るしく増大した(第3-16図)。一方,輸入先も輸出同様先進国依存度を高めている。
第3に,地域別の商品構造,貿易相手先動向を見た場合,アジア地域の最近の輸出で工業製品が5割を上回っているのに対し,中南米ではその割合の低いことが対照的である。
これはアジア地域の工業化が輸出志向的であったのに対し,工業化率の高い中南米の工業化が国内市場を対象(輸入代替的)としてきたことが主因である。
次にこれを分極化したグループ別にみよう(第3-17表)。産油国は一次産品の輸出ウエイト,先進国への依存度,輸出依存度は他のグループに比し高く,石油値上げによって輸出の増加率も著るしい。
一方,中進的工業国ではアジア地域の韓国と台湾は輸出志向型工業化の結果,一次産品輸出の急減とそして対照的な輸出依存度の高まりがみられ輸出も急増している。
これに対して中南米諸国の工業化国は輸出依存度の低さと一次産品の輸出比率の高さが特徴的である。
また,貧困途上国は概して先進国への依存度が低く,加えてビルマに典型的にみられるように輸出の停滞が大きい。
このように発展途上国輸出の中で工業製品や燃料のウエイトが高まり,先進国との交易の比重が増大するにつれ,これに適した産業構造をもった諸国とそれ以外の諸国との間の格差が増大することとなったのである。
72年央以降高騰に転じた一次産品価格は72年時点で一次産品(除く石油)の輸出が発展途上国輸出の36.6%を占めていたことからも一次産品国経済にとって極めて好ましい影響を与えたが,この交易条件の改善は2年間のみで74年末以降急速に悪化し,加えて73年10月のOPECの石油価格引上げは非産油発展途上国の国際収支を大きく圧迫することになった。実際,74年の非産油途上国の石油輸入増加額は73年末の外貨準備高で比較すると,インドで87%,韓国66%と各国とも相当部分を占めることとなり,各国ともその手当にせまられることとなった。
また,各国の輸入構成はこの一年間で大幅に石油のウエイトを高め,他の商品は甚だしく圧迫を受けることとなった(第3-18表)。
これに対する各国の対応策は,国際収支赤字ファイナンス策と輸入制限策を柱とした(第2章第2節参照)。
国際収支赤字ファイナンス策としてとったもののうち,IMFのオイル・ファシリティのとり入れ及びユーロダラーの取り入れについてみると,非産油発展途上国は74年以降,オイル・ファシリティ及びユーロダラーの取り入れによって約130億ドルの資金手当てを行って,かろうじて石油支払代金の増加分を賄っており,各国の外貨準備にも際だった減少はみら,れない。しかし,この資金配分をみると低所得国はオイル・ファシリティの以外の資金の取り入れはほとんど手当できなかった。このような事態にも照し,オイルマネーの還流の多様化が望ましいと言えよう。
次に輸入制限措置についてみるとこの間多くの国で輸入制限措置がとられたが,各国とも奢侈品等の輸入をなるべく押え,輸出促進に結びつく設備財,原材料等の輸入規制は緩やかにという方向の規制であった。しかし,輸入品の価格高騰も加わり国内の経済活動に大きな影響を与えた。
以上にみたような急激な輸入構造変化は平時には各国ともかつて経験のないことで,この調整も時間がかかるものと思われる。また,同時にこの激変は非産油国のうち貧困途上国に一層甚だしい重圧を加え,このための特別援助のシステムが検討されて,一部は実行に移されてきた。
(経済協力の分化)
発展途上国にとって自国開発を進めるに当り,先進国からの経済協力は不可決である。国連等国際機関も経済協力の推進に努力しており,「第2次国連開発の10年」における経済協力の主要目標は,先進国が自国GNPの1%の経済協力を行い,そのうちGNPの0.7%相当を政府開発援助(ODA)とすること等から成っている。60年以降の先進国からの資金の流れ(純額)をDAC(OECD開発援助委員会)加盟国についてみると,援助額は年率8.9%の伸びを続けてきた(第3-19表)。しかし,72年以降のはげしいインフレによって実質でみた援助額は名目と大きく乖離し,73年から74年にかけては減少を示すに至った(第3-15表最下欄)。つぎにこの中で緩和された条件で供与される政府開発援助(ODA)は年率7.1%増であったのに対し,民間ベース資金による援助は年率10.1%増であったことから,経済協力総額に占めるウエイトは60年のODA57.5%,民間ベース資金38.8%から74年にはODA42.3%,民間ベース資金49.7%となり,民間ベースのウエイトがODAを上回るに至った。ただ,74年は先進国が押しなべて不況に見舞れたことから相対的に民間資金が伸び悩み,両者間の格差は若干ながら縮小した。また,主要援助供与国の動向をみると日本,西独,カナダの伸びが著るしいのに対し,イギリスやアメリカの伸び悩みが目立つ(第3-20図)。
こうした先進国からの援助は発展途上国にどのように配分されているのであろうか。当然ながら1人当たり所得の高い国には主として民間資金ベースの援助が,1人当たり所得の低い国にはODAによる援助がなされ,また産油国,資源保有国には1人当たり所得が低くても民間資金が流入している。また,貧困途上国には民間資金の流入はきわめて少ない。特に,1人当たり所得1000ドル以上の諸国の人口は発展途上国(一部社会主義諸国を含む)人口の僅か4.5%でありながら総援助の17.5%が配分されているのに対し,200ドル未満の低所得国には人口で60.5%を占めながら援助は25.4%のシェアをもつにすぎない(第3-21表)。
さらに発展途上国81カ国について65年以降の援助資金流入状況をみると,中高所得国及び産油国では増大しているのに対し,低所得国へはほとんど停滞している(第3-18表)。1人た当り援助受取額でみるとさらに明確である。への資金の流れ高所得国は65年10.97ドルから72年には26.61ドルとなっているのに対し,低所得国は2.66ドルから2.71ドルとほとんど増大せず,72年では高所得国の約1/10の受取りとなる。しかも,政府開発援助の受取額(72年)でみても(第3-22表)1人当たり受取り額は一番少い。
(経済協力体制の整備)
以上のような状況を背景として,75年に入ってから中・低所得国を対象とするいくつかの重要な動きがみられた。
第1にIMFのオイル・ファシリティの利用に関し,75年8月には最も深刻に影響をうけた低所得国への利子補給勘定の設置が決定された。
第2にIMFの輸出変動補償融資制度について,輸出所得が一時的要因で落込んだ際の融資限度額の拡大(注1)をすること等の検討が行われている。
第3に75年8月から9月にかけてのIMF暫定委員会及びIMF・世銀合同開発委員会でIMFの保有金の1/6(注2)を売却し,その利益を発展途上国の利益のために使用すること,また,低所得国に対する国際収支支援のためにこの売却益を利用して特別信託基金を設置することが原則的に合意された。
第4にOECD開発援助委員会において,一定率以上の政府開発援助(ODA)を貧困国に集中する提案を考慮していると伝えられる。
第5に75年9月の第7回国連特別総会において,アメリカ代表は上記第3の補償融資制度を年間25億ドル,残高で100億ドル程度に拡大した開発保障制度を創設すること及び,最貧困の返済不能や追加貸付けの原資とするため,これを上記第3の特別信託基金で補強する旨の提案を行った。
以上のように,世界不況の中でとりわけ深刻な打撃をうけている諸国に対する努力は多面的に行われつつある。
なお,これ以外に76年度限りの措置として世界銀行に中間条件の貸付制度(サード・ウィンドウ)が設けられた。
しかし援助の手をさしのべるべき先進国側も不況に悩んでいるところに最大の問題があり,産油国の一層の協力と世界景気の回復がこの局面を打開する鍵となるものであろう。
発展途上国の分極化によって各国の進む方向は多様となり,先進国からの経済協力もこれに対応する変化が必要とされるようになってきた。
まず産油国グループについてみると,石油収入の急増から国内経済開発は発展途上国の中で一番有利な立場にある。これら諸国のうちには国内産業構造の変革を目指し,急激な工業化の道を進もうとしている国もあるが,技術的・人的資源の不足,インフラストラクチャーの未整備といった構造問題,さらには国際収支の問題やインフレの高進等の影響が現われている国もあって,開発計画の慎重な検討が望まれている。
先進国の経済協力としては主として開発推進のための各般にわたる技術協力を中心とすべきであろう。
中進的工業国は軽工業を中心としながら一部には重化学工業の開発へと進んだ国もあり,こうした諸国の発展には先進国市場の開放と国際分業関係への考慮も必要であり,先進国の経済協力も民間ベース資金協力と技術協力が重視される。
非産油一次産品国は発展段階が様々であるが,いずれも農業または鉱業が経済開発の鍵を握っているので,先進国による一次産品の安定的輪入が望まれる。先進国の経済協力は相手国の自助努力を助けるものとして政府開発援助及び民間ベース資金協力を併用してその経済的特長を助長し,またこれを活用して工業化の推進及び食料自給力等向上のための農業開発の促進を図っていく必要がある。
貧困途上国(LLDC及びMSAC)においては経済開発は食料生産の増大,インフラストラクチヤーの整備をはじめとし教育や保健衛生等社会開発にも重点をおいた基礎的な開発を一歩一歩地道に進めねばならない。先進国の経済協力も,資金的には民間資本の流入する可能性が少ないことから,,政府開発援助の重点的配分をこのグループに行うことが望まれるのである。