昭和50年

年次世界経済報告

インフレなき繁栄を求めて

昭和50年12月23日

経済企画庁


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第3章 世界経済の中期的成長を取りまく諸問題

第1節 先進国経済の成長条件の変化

(1) 成長要因の変化

世界不況の中で,各国の設備投資意欲は沈滞し,またエネルギーの高騰や需要の構造変化による既存資本設備の効率低下等の要因もあって,各国の潜在成長力は大きな影響をこうむっているものと考えられる。

今後の潜在成長力をみるに際して,(1)労働力,(2)資本,(3)資源・エネルギー,(4)技術進歩の4つの点について検討を加える必要があるが,技術進歩率の今後については,過去とくらべさほど変化しないと想定して,(1)~(3)のみについて触れていくことにする。

まず各国においてこれらの問題に対し,どのような考え方が取られているかを観察し,次に,各国での共通の問題点を挙げながら,各国における考え方の評価を行ってみる。

(各国における潜在成長力の評価)

① アメリカ

アメリカでは,潜在成長力の過去の実績については大統領経済諮問委員会

の推計が公式のものといえるが,1969年以降の潜在成長率については,労働統計局予測(注1)の1968年~80年についての結果を利用している。

この予測によれば,1955年~68年の間の潜在成長率は年率3.7%であったのに対し,1968年~80年の間では4.0%にまで高まるものとされている(1980年~85年は3.2%と低まる)。この結論は,1968~80年の間に労働力人口の増加率が高まりを見せることと,労働生産性の上昇率が過去とほとんど変らないことなどの前提条件から導かれている(第3-1表)。

ここでこの予測の問題点を指摘してみよう。第1は労働生産性についての仮定である。近年の設備投資の停滞は,労働生産性の最大の決定要因である資本装備率に影響を与えずにはおかないからである。第2の問題点は,エネルギーの供給制約である。この予測が1973年末にできたものであるため,石油危機後のエネルギー事情およびエネルギー政策の変化は考慮に入れられていない。(注2)

② イギリス

イギリスにおいては潜在成長率の議論は目下のところあまり見られないが,労働力については雇用省の予測(注3)がある。これによると,既婚婦人の労働参加率の高まりなどによって労働力人口は1981年において,1965~1972年に関するOECDの推計(注4)の水準にほぼ等しいものと見られる。労働力人口の横這い状態は1960年代央から見られているものであり,また,ノーマルな労働時間は1960年代初からの減少傾向(年率約マイナス0.7%)であるが,60年代末に週40時間労働の普及が一巡した後はやや鈍化している。従って今後の労働力供給が,潜在成長率鈍化の積極的な要因となるとは必ずしもいい難い。

しかし,イギリスでの論議には見あたらないものの,後述するようにイギリスでも72~73年に盛上った投資意欲がここのところ急速に冷えて来ている。これが潜在成長率の鈍化要因となる事は明らかであるとみられる(後出第3-3表および3-4表参照)。

③ 西ドイツ

経済専門家委員会の分析では潜在成長力と資本ストックの増加率と資本の生産性の変化率によって説明する方式がとられている。この方式に従って過去の潜在成長力の動きをまとめると,過去の平均値に比べて最近の低下が顕著である(第3-2表)。

また,ドイツ経済研究所の調査による企業部門(住宅,政府,家計を除く全部門)の生産能力増加率は,71年の前年比5%増近くから73年4%,74年3,3%,75年2.6%へと低下が目立っている。

今後の潜在成長率の見通しについては,現在2%のものを1980年までに3~3.5%にまで引き上げるという政府の見解が示されている(1975年末の政府,労使の三者協調行動のための準備作業についての新聞報道による)。この政府の見通しが達成されるためには,鉱工業部門の粗投資が今後毎年7~8%の率で増えていくことが必要であるとされている。

また,経済専門家委員会の見通しでは,1978年まで2,5%程度の潜在成長率を前提にしてGNPギャップの解消を論じているようである。同委員会はインフレマインドが高まっていたころは非生産的部門向け投資の比重が高かったが,最近のインフレの落着きは事態を変えている,という明るい材料もあげてはいる。しかし,今後の問題点として,エネルギー・公害問題から資本の生産性の低下が過去よりやや急速に進むことは必至と見ており,適度の潜在成長率を保っためには,技術革新の一層の進展や労働力移動の高まりとともに,資本ストック増加率の回復が必要であるとしている。

なお,労働力については,ベビー・ブームの影響から今後は国内供給の減少傾向に変化が見られるものと思われる。他面,外人労働者は社会問題化の可能性もあり,従来の増加トレンドを今後も保つかどうかには疑問がある。

この両方を考慮すれば,労働力供給の傾向には大きな変化がなく,資本の生産性の傾向にも従って大きな変化がないと思われる。

④ フランス

目下作成中の第7次計画に関する予備的作業の資料(予備委員会報告および政府予備報告)からの潜在成長経路に関する考え方をみよう。

過去30年間の高成長を支えて来た要因のうち,海外からの技術,経営方式の導入の効果と,ECの成立によるより効率的な分業体制の発展の効果は今後少なくなろう。また労働条件の改善が労働時間の減少をもたらし,公害防止のための努力が労働生産性の増加にとって障害となる可能性もある。しかし,以上を総合しても労働生産性は過去とくらべて大差ない増加テンポを示すだろうという見方がとられている。これと労働力が生産年令人口の増加から過去と同じテンポで増加するという予測とを合わせれば,潜在成長率の鈍化は,おこったとしても目立ったものとはならない筈である。政府は,労働力は年1%以上増加し,労働生産性は1980年までの間,年5~5.5%増加すると見ている。

フランスでは,資源,エネルギーが供給制約となって成長率を引下げるという可能性については特に重視されていない。石油禁輸等の異常事態が生じない限り,資源・エネルギーが量的に不足することは考えられないという見方である。従ってエネルギーの高価格は国際収支を通じて成長に制約を与えるのであって,生産能力を通じてではないというものであろう。

(共通の問題点)

① 資本ストック増加率鈍化の影響

以上にみたように西ドイツ以外では資本ストック増加率鈍化の影響についてはさほど論議が見られない。しかし最近の投資の減退の傾向は各国共通である。これを反映した資本ストックの動きは,第3-3表に示されるように75年の粗資本ストック増加率の明らかな減少として現われている。さらに資本ストックの増加率の変化がどの程度潜在GNPの成長率に影響を与えるかは,資本ストックの増加率に資本から生ずる所得の国民所得に占める割合をかけることによって,その概数値が求められる(第3-4表)。これによると,75年の潜在成長率に対する資本の寄与度は,各国とも0.1~0.5ポイント低下しており,投資の回復が起るまではその水準が持続するものと考えられる。しかも表中の数字は期末の資本ストックに関すものでるあるから,生産能力増大の鈍化がおこるのは投資の減少がおこった次の年が中心ということになろう。従って,現時点での短期見通しにもとずいた試算でも1977年頃までは生産能力の伸びの鈍化が続くということが明らかになる。

② 資源・エネルギーからの制約

資源・エネルギー,特にそれらの輸入が,量的に制約をうけることになれば,生産の増加に影響を与えることは明らかである。そして,その影響の度合は付加価値率が低いほど影響は大きい。しかし,目下の石油などの資源の供給状況から考えて,重大な経済外的な要因が発生しない限り,量的な制約といった事態は少なくとも,ここ数年の間には考えられない。

問題は,石油価格の引上げによって生じたエネルギーの相対価格の上昇に対する調整期間において,資本効率の低下が起ることである。石油価格の高騰は,各種エネルギー価格の相対関係とアウトプットの価格とインプットの価格の相対関係を変える。また,エネルギー価格上昇にともなう需要構造の変化もあるであろう。このための代替エネルギーの導入やエネルギー節約のための技術革新,産業構造の変化などが今後進むと思われるが,このことは,資本の陳腐化や衰退部門での資本の非効率な利用が進むことを意味する。既存の資本設備のうちでエネルギーが低廉であれば,あるいは,需要構造がもとのままであれば,稼動可能な多くの旧式の設備,機械が有効に活用され得なくなるわけで,これらの陳腐化した資本設備をも含めた資本全体の効率は,取替え投資が軌道に乗るまでは低下をみることになろう。

以上の共通の問題点と各国での議論を合せると,最近の潜在成長率の鈍化がさらに今後2~3年続く可能性は大きい。この鈍化が4,5年以上の中期にわたるものか否かは,景気回復による投資環境の好転,産業構造改善政策,資源エネルギー政策に関する各国の努力と協調の成否等の多くの要因に左右される。上記の成長力低下要因のうちには,石油価格のように極めて流動的な性格のものを含み,また,資本効率の低下のように調整の一巡にある程度の時間を要するものも含むので,中期的にみた潜在成長力も過去の実績より若干低下する可能性がある。

(2) 需給ギャップと潜在成長経路への復帰過程での諸問題

(経済活動水準の低下)

今回の不況が先進国経済に与えた被害は戦後最大のものであり,75年後半に入って一部の国にやや改善の傾向がみられるものの,いずれも大規模の需給ギャップが存在し,大量の遊休設備と深刻な失業をかかえている(第3-5表)。

まず,実質GNPギャップ率は,75年に入って一段と拡大した。不況の進行する中で,新規実質投資はほとんど伸びなかったことから潜在GNP水準もかなり低下したと考えられるが,これを考慮しても,需給ギャップ率は多くの国で10%程度に達している。

失業率でみても,75年に入って,ほとんどが戦後最高を記録し,各国が目標としている完全雇用に対する失業率を3~4%も上回っている。

先進諸国にとって需給ギャップの改善はいまだ多くの時間を要するものであり,雇用の好転も短期間に望み得るものでもない。各国の根づよいインフレ圧力の下に,今後の世界景気回復の足どりは極めて漸進的と考えられ,高い需給ギャップと失業は今回不況の後遺症として,長期間残存するものと思われる。

(主要国の中期経済見通しに見られる潜在成長経路への復帰家庭)

主要国政府の中期経済見通し等を見ると,いずれも今後数年にわたってかなり高い成長を持続することによって,1980年頃までに,一応の完全雇用の達成と物価の安定および対外均衡の回復をはかろうとしているようである(第3-6表)。

以下では,各国が意図している中期成長の姿,これに接近するための政策の特徴,およびそれらがかんがえている問題を検討する。

① アメリカ

i 中期成長パターン

予算局の中期財政計画作成のための前提とされた中期的経済見通し(75年5月末発表)よると,実質GNPについては1976年~80年に年平均6.5%増と,これまでも最も息の長い景気上昇過程のそれ(1962年~66年,約5.8%)をかなり上回る拡大テンポを想定している。

こうした高成長の維持にもかかわらず,失業率の低下は緩慢であり,1980年までに完全雇用水準にほぼ達した失業率(4%)をかなり上回る5.1%へ低下すると想定されている。

また,物価についも,なだらかな騰勢鈍化を想定しており,80年の上昇率は,GNPデフレーター・消費者物価とも4%とされている。

アメリカの60年代の経験では,実質GNPが1%増加する場合の失業率の低下はやく1/3%とされている。これおあてがめると,現在の8%台の失業率を一応の完全雇用目標とされる5%の水準まで引き下げるためには,10%程度の実質GNPの追加上昇を必要とすることになる。需給ギャップ率は現在13~14%にも達しており,失業率も記録的高水準にあることから,ここ数年はかなり高い成長率を目指すことが望ましいと政府は考えているようであるが,それでも需給ギャップを完全に解消するには4~5年かかるようである。

ii 中期経済見通しを達成するための政策

すでにアメリカ経済は,75年央頃から回復過程に入っているが,75年3月成立の減税に加えて,その恒久化を含む76年以降の新たな減税案が提案され(75年10月)ているほか,金融面でも秋に入って従来のやや引締めぎみの運営を緩和するうごきがみられるなど,景気回復の持続をはかる措置がとられている。

こうした政策運営と対比して,60年代前半の景気上昇面で試みられた「新しい経済学」の大幅減税を中心とする積極的な財政刺激と,当時の経済情勢をここでふりかえってみよう。

アメリカ経済は,60年代に入って間もなく景気下降に転じ,実質GNPは60年第2四半期より4期連続低下した。この景気後退は,前回の後退期(1957.7~1958.4)ほど大型ではなかったが,前回の後退からの回復が不十分なままに再び下降に転じたために,61年初の景気の底ではこれまでにない大幅な需給ギャップ(約500億ドル,GNPの約10%)と高失業が発生した(第3-7表)。

その後の回復はかなりテンポが速く,年率6~8%の成長が続いあたにもかかわらず需給ギャップの縮小はきわめて緩慢であり,これが解消したのはべトナムヘの介入が本格化しはじめた65年第4四半期になってからであった。失業率でみても,回復の初期には7%から5.5%に急速に低下したが,4%台に低下するまでにその後,約3年かかっている(第3-7表)。

需給ギャップの縮小が緩慢だったのは,当初は順調えあった需要回復が程なく鈍化し,本格的な,持続的景気拡大過程がはじまるまでにかなりの時間がかかったためである。62年央までの1年間の経済拡大は,実質GNPで年率6~9%とかなり速いテンポですすんだが,2年目には2~4%程度に鈍化した。これは主として,景気上昇の要因だった在庫投資がほぼいとなり,民間住宅投資,耐久消費財も需要の一巡などによって伸び悩んだためであった。しかし,63年下期以降は,設備投資償却期間の短縮(平均15年→12年,62年7月),投資減税(7%の税額控除,62年10月)などの刺激措置もあって非住宅投資需要が回復し,大幅な上昇を続けたこと,また,64年2月の大幅一般減税(個人所得税110億ドル,法人税30億ドル,合計140億ドル),および,65年7月の消費税減税(5年間に47億ドル,初年度の65年は17億ドル)により,耐久消費財を中心に消費ブームを招来し,年率5~9%のかなりテンポの速い景気上昇が66年春頃まで続いた。

金融政策も60年代前半は,対内的には,民間投資促進のためにイージー・マネー政策をとっており,海外金利の上昇傾向に対しては二重金利操作によって長期金利を低目に抑制するなど財政面との協調がはかられた。

このように,60年代前半の景気上昇過程では,当初の景気回復を先導した要因に伸びなやみがみられた段階で,積極的な減税措置がとられたことが成長持続に大きな役割を演じたことがわかる。

65年末以降は,需給ギャップがマイナスに転じたにもかかわらず,ベトナムへの介入がエスカレートして軍事支出が急増し,加えて,ジョンソン大統領による「偉大な社会」をスローガンとする福祉的支出の急拡大から超過需要局面に転じた。

iii 再拡大過程での中期的問題点

今後の景気回復局面で遭遇すると思われる問題点を,上にみてきたような60年代前半の状況と比較してみよう。

第1は,現在,需給ギャップ率が61年初の9%台と比較してきわめて高く,潜在GNPの13~14%にも達していることである。

今回の不況局面で導入された減税措置にいる75年の減税額は228億ドルであり,対GNP比率でみると1.6%に達している。64年の一般減税は,個人所得税,法人税など合計140億であるが,64,65年の2年にわたって実施されたことを考慮すると,対GNP比率は約1%であった。

現在,景気は急速に回復に向い,第3四半期の実質GNPも前期比年率13.4%増となったが,ギャップ縮小には60年代前半と同様に,なおかなりの時間がかかるものと思われる。

第2は,60年代前半と比較して,最近の物価上昇圧力は著しく高まっていることである。75年9月現在,消費者物価の上昇テンポは年率6%へ鈍化しているものの,今後も石油をはじめとする原材料の上昇基調など,騰勢加速化の懸念がある。60年代前半には,ガイトポスト政策の効果もあって消費者物価は1~2%の上昇にとどまっていた。

現在では,根強い物価上昇圧力を背景としているために,総需要の刺激に対して政府が保有する政策選択の幅は著しく狭められている。こうして,政府の政策運営は,60年代前半よりも一層慎重とならざるをえない情勢にある。

② 西ドイツ

i 新中期財政計画(1975~1979年)にみられる潜在成長経路への復帰

西ドイツの新中期財政計画(75年8月末発表)にみられる成長目標の特色はつぎの通りである。

第1に,計画の基礎となった中期経済見通しでは,76~79年の実質GNP成長率は平均5%(名目9.5%)であり,従来のどの計画よりも高い平均成長率を想定し,過去の潜在成長率(1962~72年平均約4.5%)をも上回るテンポとなっている(第3-6表参照)。

石油危機後に作成された前回の計画(74年7月発表)では,①石油価格引上げの影響,②物価安定化のための慎重な政策運営の必要性,③環境保護投資の必要などから,成長目標は従来の4~4.5%から3.5~4%へ引下げられた。

今回の新計画の成長目標が引上げられたのは,①戦後最大の不況により需給ギャップが急速に拡大していること,②現在の大量失業を解消するため雇用の回復がいそがれること,とくに,③75~79年間には,ベビー・ブームの影響で労働力人口が約30万人増に逆転すると予想されること(1960~75年には約200万人減,外人労働者を除く)などの政策目標を達成するためとされている。

第2に,この成長目標は現在の需給ギャップからみるとむしろ低目におさえられており(第3-5表参照),物価および対外収支面での均衡を重視していることである。

最近の経済専門委員会の特別報告(8月中旬発表)は,現在の大幅な需給ギャップの存在を考慮すると76~78年の3年間に年平均実質6%の成長が可能であり,これにより,(過去10年間の平均稼働率を前提として推定された)需給ギャップは78年までにほぼ解消するとしていた。政府はこの委員会の意見をとらず,インフレ問題を考慮して,やや長い期間をかけて潜在成長経路に復帰することが望ましいと判断したものと思われる。

こうしたひかえ目な成長過程で,物価は最終的に4,5~5%(個人消費デフレーター)に鈍化すると想定される。経常海外余剰の対GNP比率も74年実績の4%から1.5~2%に低下を想定している。また目標失業率は2.5~3%とかなり高水準になっている。

第3は,設備投資を中心とする成長パターンをとっていることである。政府当局者は,これまでも年間4%の実質成長率を達成するためには,設備投資の年平均実質5~6%の増加が必要だとする見解をしばしば述べており,当面の景気回復ならびに中期的な成長確保のために企業の設備投資を振興することが必要であるとの基本的認識に立っている。

本計画では,工業設備投資の実質成長率は平均7~8%とされている。これは68~73年の実績(年平均8.8%)に近い伸びである。

ii 潜在成長経路へ復帰するための政策

これを実現するため政府がすすめようとしている基木的な方針はつぎのものである。

第1に,当面の景気刺激のために,74年秋から現在までにすでに一連の財政金融面からの総需要回復措置がとられており,とくに設備投資刺激のために,期限つきではあるが投資補助金制度が導入された。

第2は,賃金上昇をおだやかにするよう努力がはらわれており,75年はじめの賃上げは不況を反映して低く抑えられたが,これには政府,経営者団体および労組中央組織の代表者の話合いによる「協調ある行動」の効果も大きかった。

第3は,財政構造改善によって政府部門赤字の削減をはかっていることである。74~75年には,不況による収入減や不況対策による支出増のため政府部門の赤字額は600億マルク以上(GNPの約6%)に達した。こうした巨額の財政赤字は,景気回復の予想される76年以降において民間投資を圧迫する原因となるものである。

このため,76年から5ヵ年間に各種の法定経費の削減と,増税により赤字額を漸次減らす方針を打ち出している(1979年の改善幅は235.3億マルク)。

iii 新中期経済見通しの問題点

以上のような基本的政策は,適切かつ十分なものであろうか。とくに,来年度からの財政赤字幅縮小政策は,当面の景気政策とは相反する性格をもつ点が注目される。こうした財政政策の手法はすでに67年の不況期からの回復局面で実験ずみのものであるが,最近の景気情勢は以下のように67年当時とはかなり大きく異っている点に注目すべきであろう。

第1は,現在の需給ギャップが67年不況当時よりも著しく高いことである。()このギャップを解消するためには,67年当時よりも高率な持続的な需要拡大が必要となる。

67年当時は,67年の実質GNPは0.2%減少したが,68年には輸出の急増を軸として急速に回復し,実質成長率も7%増となった。これに対して,今回は74年0.4%増のあと75年は約3%減になる見通しであり,76年についても,政府見通しの5%増には達しないとする見方が多い。とくに,今回は,最近の近隣諸国の不況の広がりから,早急な輸出の回復を期待することがむずかしいためである。

第2は,現在の高い設備の遊休と冷却した企業の投資意欲を考慮すると,投資需要が自律的に回復するには時間がかかるとみられ,目標の達成のためにはかなり積極的な中期的投資政策が必要とされることである。

以上の諸要因はいずれも今回の潜在成長率への復帰過程が,漸進的なものとなることを示唆していると考えられる。

③ フランス

i 第7次計画予備委員会の中期経済見通し

フランスでは,現在,第7次経済社会発展計画(1976~80年)を策定中であるが,その前段階である予備委員会報告(75年3月発表)によって中期的な経済成長の考え方をみることにする。

まず,成長に関する前提としては,ケース(1)が5.2%,ケース(2)は2.8%の実質平均成長率をかかげている。ケース(1)は国際環境が有利に展開することを前提としており,ケース(2)はこれが不利に展開した場合を想定したものである。ケース(1)では,過去の実績値(1966~73年5.9%)を若干下回るもののかなり高い成長を前提としていることになる。

しかし,物価上昇率はケース(1)が年平均9.2%,ケース(2)が11.8%とあまり鈍化せず,求職者数(1980年)もケース(1)が60万人と現在(75年9月88万人)よりは減少するものの完全雇用にはほど遠く,とくに,ケース(2)では100~120万人の大量失業をかかえることになる。計画最終年次の経常収支の赤字幅もケース(1)が280億フラン,ケース(2)が370億フランと74年の赤字幅289億フランと比較して改善を示していない(第3-6表参照)。

経済成長の中心となる需要要因は,ケース(1)では設備投資であり,ケース(2)では政府支出である。しかし,ケース(1)の設備投資でも年平均6.1%増であり,60年代後半,70年代初の実績(それぞれ年平均8.5%,5.9%増)と比較すると小幅である。

このように,高い成長を目標とするケース(1)の場合でも,現在の需給ギャップ(第3-5表参照)の規模からすると十分な拡大テンポとはいえず,計画最終年次においても雇用問題が残る。それだけ,今後のインフレ圧力が強く,経常収支の天井も低くなっていることを反映したものとみられる。

ii 計画達成のための政策

フランスの経済計画は,「指示的」または「誘導的」計画であり,政府介入は間接的である。しかし,計画立案過程における民間の幅広い参加と政府による誘導政策(減税,利子補給,返還義務付助成金,設備奨励金など)が強力にすすめられていること,公共投資の比高が高く,また,公的金融機関の比重も高いなどの理由から,その実効性がかなり高いのが特徴である。

現行の第6次計画(1971-1975年)が検討されていた70年代初のフランス経済は,小幅な景気後退局面にあった。このため,金融政策は70年春以来相ついで緩和され,設備投資資金の増額,輸出信用規制の除外,消費者信用規制の緩和,市中貸出し規制の段階的緩和などが景気が拡大に転じた後も持続して行われた。公定歩合も70年8月の引下げ(8→7.5%)についで,72年4月までに4回引下げられて5,75%となり,貸出し準備率も72年6月の再引上げ前は2%にまで引下げられた。

財政面でも一連の景気対策が導入され,71年度予算の所得税減税など(総額36億フラン),景気調整基金の一部凍結解除(約3.5億フラン),付加価値税の一部引下げなどの措置に続いて,72年度予算も「均衡堅持,成長指向型」とされた。また,72年初には,企業の付加価値税負担の軽減,国有企業・公共投資の繰上げ実施などの財政面からの景気支持政策が発表された。このような積極的な財政金融政策の導入によって景気ば回復軌道に乗り,石油危機まではほぼ計画目標(GNP成長率5.9%)にそった実績をあげた。

今回の景気後退局面でも,74年秋頃から景気引締めの手直しがすすめられて来たが,75年に入って,さらに景気対策は強化され,とくに,9月初には一連の本格的景気対策が導入された。財政面では,公共事業費の拡大,社会保障給付の拡充,設備投資減税など総額305億フラン,GNPの2.3%に相当する措置がとられた。金融面では,公定歩合の引下げ(9.5→8%),預金準備率引下げ(要求払い11→2%),割賦金融条件の緩和などが導入された。

とくに財政面での措置は,かなりの需要創出効果をもつものと思われる。しかし,今回の不況は,前回よりも著しく大型であり,需給ギャップ率でみても8%強と過去のどの不況期よりもずばぬけて高率となっている(戦後の最高は68年上期の5.3%)。

加えて,70年代初の景気回復には,輸出が海外環境の好調持続を背景に順調な伸びを続けたのに対して,今回は,輸出環境が著しく悪化している。また,財政赤字の制約やインフレーションへの配慮などから,財政金融政策も慎重な運営にかたむく可能性が強い。

こうした事情もあって,今後の需給ギャップの縮小にば,相当の時間がかかるものと思われる。

(安定成長への政策的対応)

安定した均衡成長を目指す各国にとって,潜在成長力に対する制約を漸次克服し,これを徐々に引上げる努力が不断に必要である。

資源制約および価格や需要の大幅な変化はこれに対応した産業構造の変化を必要とする。同時に設備能力不足により阻害されることのない高水準の雇用を維持した安定的成長を実現するために,投資の拡大を促進する政策に寄せられる期待は大きい。

次に,各国経済の緊密な結合関係が高まるにつれて,安定的成長の達成とそれに復帰する景気回復政策は相互に影響を与え合う効果に配慮する必要が増大する。75年夏から秋にかけての一連の国際会議や首脳会談は,主要国首脳会談を頂点として,このような国際的な政策協調に関して大きく道を開くものであった。この点については本章第4節で述べることにする。

さらに,各国の不況からの脱出と新しい安定成長の中で,各種の制度的な再検討や再調整が必要となるが,財政上の制約がいずれの国でもきびしくなっている折から,福祉政策のあり方が特に注目されるところである。以下それぞれの動向を概観してみよう。

① 投資刺激政策

投資刺激政策は,アメリカ,西ドイツ,フランス等で景気回復策の一部として実施されているが,これは同時に中,長期的な生産能力増強をも意図するものである。

アメリカは75,76暦年について,これまで7%であった投資税額控除を10%へ引き上げた。控除を受ける資産は企業(公益事業を含む)の新規購入資産(耐用年数3年以上)であって,減税規模は75年に33億ドルと推定された。減税が法制化された75年3月末以降では法人利潤はふえ始めたが,稼働率75%と今回不況中の最低水準にあり,設備余力はかなりのものであったためにいまだ明瞭な刺激効果をみせていない。大統領は10月にこの減税を76年度以降も恒久的に実施する提案を行ったが,これによって景気回復の進行につれて立直ってくる設備投資を促進拡大することが期待される。

西ドイツは74年12月初め発表された一連の景気対策のなかで,投資補助金(取得価格の7.5%)を12月1日から75年6月30日までに着手する民間設備投資支出に交付することにした。67年制定の安定成長法では,すでに景気対策としての投資税額控除の制度を定めているが,今回は特別立法によって減税より効果の高い補助金制度を選択したものであった。導入当時の製造業設備稼働率は76%で,以後更に低下傾向にあり,投資意欲は容易に盛上らなかったが,期限を月末に控えた6月の製造業新規受注は前月比22.8数増と急増した。その後7,8月は反動減となったものの,9月には再び11.7%と大幅に増加し,10月も9月の水準に近かった。フランスでも,75年4月に設備投資減税(75年末までの発注,設備額の10%税額控除)や長期低利の設備投資優遇金融を実施し,74年8月と75年5月には輸出増進目的の設備金融優遇が行なわれた。

エネルギー高価格の下で消費,投資などの需要面の構造変化がみられ,それ,に対応した産業構造の調整が行なわれる必要がある。現在のところ,各国とも不況の後遺症が大きく,産業構造のシフトが進行するまでには,到っていないが,世界景気の再拡大期にそなえた産業構造変化の促進が今後の課題であろう。

② 福祉と財政的制約

不況下の財政収入の伸び悩みに加えて,雇用対策や景気刺激策のような支出増の必要から,財政収支はアメリカの史上最大の赤字幅をはじめとし,各国ともその乖離が拡大している。このような中で,福祉関係支出に関する各国の態度にも多様な対応がみられるようになった。

i イギリス

イギリスでは現在,政策の重点をインフレ抑制におき,財政面でも抑制型の運営が行なわれているが,この中で,福祉的支出は労働党政権の重点的政策の一つとして大幅な伸びを続けている。75年度予算における社会福祉費(社会保障,国民保健および対個人社会サービス)の伸びは,16.1%で統合国庫資金予算(日本の一般会計にほぼ相当する)の伸び15.1%を上回っている。

とくに,社会保障費(退職年金,付加給付,家族手当,失業手当,疾病手当など)は26.4%の大幅増となっており,歳出に占める比率は前年の9.3%から10.2%へ高まった。さらに,住宅,環境サービス,教育などの社会サービス的支出を加えると,社会福祉関係費は歳出の約1/3に相当する規模となっている。

こうした福祉的支出は,社会保障を必要とする高令者の増加のような人口構成の変化ばかりでなく,給付水準を賃金に見合って引上げる必要があることなどから,今後も増加傾向を続けるとみられる。たとえば,最新の中期公共支出計画によると,1974~78年度間の社会保障費の伸びは,年平均実質3.7%と予想され,政府部門全体の伸び(平均実質2.8%増)をはるかに上回っている。

このように財政支出の抑制にもかかわらず,社会福祉関係支出の削減は可能な限り避けられているが,74年末からの歳出急増もあって拡大する財政赤字に対し,政府は,75年度にも前年に引続き所得税,付加価値税の一部引上げ(総額12億5,100万ポンド)を行ったほか,国債や大蔵省証券の増発による補填に努めている。

ii 西ドイツ

西ドイツは,戦後復興が一応おわった1950年代後半頃から社会福祉の充実に力をいれてきた。たとえば,年金の賃金スライド制導入(1957年),,貯蓄割増法の制定(1959年),勤労者財産形成法の制定(1961年)等があげられる。

そのため西ドイツは既に60年代に世界有数の福祉国家であった(たとえば,GNPに対する社会保障給付費の割合は,ILOの資料によると,1966年に西ドイツは16.5%で,スエーデンの15.2%,イギリスの11.8%を抜いて先進国中第一位をしめていた)。

1969年に成立した現社会民主党政権は,各種福祉の充実と経済民主化など,いわゆる「内政改革」を政策の基本方針としており,社会保障制度の一層の充実につとめてきた。その結果,社会保障費が急増し,財政圧迫の一因となった。1969~75年の6年間における連邦政府の社会保障費(財産形成促進費も含む)の増加率は109%にも達しており(61~69年の8年間における増加率は44%),歳出にしめるシェアも69年の30.3%から75年の33.7%へ上昇した。

当面する巨額の財政危機(中央政府のみで400億マルクの赤字)を乗切るため,75年8月末に発表された中期財政計画(76~79年)と財政構造改革法では,76~79年間に各種支出の削減と増税等を行うこととし,主として社会福祉関連支出を削減する予定である。その主なものは,(1)職業再教育手当の削減,(2)失業保険金支給条件の厳格化,(3)住宅手当のスライド制一時停止,(4)貯蓄割増金の削減,(5)奨学金の削減,(6)病院建設連邦負担分の削減などである。

これによって,従来の福祉制度による支出の一部が削減されるばかりでなく,新規施策導入の余地も,少くともここ当分の間,全くないとみなければならない(中期財政計画によると,76~79年間の連邦歳出の年平均増加率はわずか4.8%で,同期間における名目GNPの平均増加率9.5%を大きく下回る)。

中期財政計画発表後,シュミット首相は「(1)社会民主党政権成立以来の6年間に,社会保障の網の目は一層細かく,かつ広く補強されてきたが,それを今後とも維持するという方針に変りはない。(2)今後は,共同決定法の改正のように金のかからぬ改革は依然推進するが,(3)金のかかる改革,とくに社会政策分野における改革は,一時小休止する」旨述べている。

iii フランス

フランスでは,75年2月,不況下における弱者救済策として老令年金や家族手当の引上げ(計16.5億フラン)を行ったが,9月発表した景気刺激策は画期的規模のもので,中期的視点からの「新しい経済」造りをも配慮したものとされている。これは一回限りの臨時措置であるが,高令者,身体障害者および児童に対する社会給付金支給や病院,低所得者向け公営住宅建設等にも重点がおかれている(総額305億フランの約1/4)。

以上の措置を含めてフランス中央財政の赤字幅は約400億フランと見込まれ,大蔵省証券発行によって補填される。76年度予算政府原案は例年通り均衡予算として組まれた。歳出規模は当初予算比では名目GDP成長率(13%増)に見合っているが,この中で家族手当等の社会的移転給付は10.5%増に止められている。なお.補正後予算からみた歳出規模の伸びは4.6%増となる。

政府の中期的な福祉政策に対する考え方は,目下策定中の第7次経済計画(76~80)の中で詳細に展開されている。政府の中間報告(75年5月)からその概要をみると,福祉は「生活水準の改善」,「不平等の是正」,「権限の再配分」という三つの観点からその増進が予定されている。なかでも,「不平等の是正」に力点が与えられているが,そのねらいは過去30年間縮小を見せなかった所得格差の是正と教育,保健,衛生など集団サービスの効率化,料金適正化等にある。このうち所得格差の是正については,直接税の比重を高め所得再分配機能を高めること,家計の可処分所得の約30%に及んでいる移転的給付の効率的配分をはかること,社会保障負担が所得に対して逆進的にならないように是正すること等の方向で検討されることとなっている。

iv アメリカ

アメリカでは75年6月,景気浮揚のために減税と併行した消費刺激の一時的措置として,社会保険を受給している高令者,不具者および盲人に1人50ドルのボーナスを支給し,また低所得勤労者に納税額と特別税額控除との差額を還付する「勤労者ボーナス」を実施した。

他方,連邦政府76年度予算においては,硬直的経費の削減に努力が払われ,社会保障関係費についても,新規の支出を認めず,既存のものについても消費者物価指数にスライドする補正分の上限を5%で頭打ちとすることとなった。このうちには老令者・不具者年金,貧困者食料スタンプ,児童栄養プログラムも例外なく含まれた。しかし,そのような方策によっても,社会保障費,医療保障費等の合計は15.1%増と連邦予算総額の増加率11.5%を上回るものであった。

このように,政府1よ一時的な景気刺激策と制度的硬直化を伴う社会福祉的経費支出との間を載然と区分し,将来5カ年間の硬直的経費()の削減を折込んだ財政見通しを発表しており,従来の硬直的経費のシェアの拡大(67年度の45.8%から76年度の67.9%)に比して,そのシェアは微減となっている。しかし,社会福祉関係の経費は,削減の努力を行ってもなお財政支出総額より大きく増加するためシェアが増大している(第3-8表)。

以上にみたように,各国とも対応の仕方に相違はあるが,総じて社会福祉政策については「量から質」への転換期にあり,その新しい姿を創り出す過程にあるものと考えることができよう。