昭和47年

年次世界経済報告

福祉志向強まる世界経済

昭和47年12月5日

経済企画庁


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第2部 世界の福祉問題

第2章 先進国―生活の質の追求―

2. 社会保障の拡充と急がれる老人対策

(1) 社会保障の拡充

戦後各国は,すべての国民に対し平等にその時代の基準にふさわしい最低生活を保障しようとする方向で社会保障制度の整備に努め,かなりの実績をあげてきた。しかし,経済社会の変動に伴いそれぞれ制度面の欠陥が表面化し,50年代後半から今日まで各国共通してその解決に苦心している。

a. 最低限の生活保障の確保

社会保障制度の歴史をたどってみると,当初はエリザベス王朝時代の「救貧法」 (1601年)にみられるごとく,貧者に対する慈善として上から一方的に与えられるものであった。これに対し,今日社会保障の理念となっている「国民に最低生活を保障することは国家の責任である」とする考えは,1930年代の大恐慌における大量の失業,悲惨な国民生活の中から強まってきたといえよう。そして,第2次大戦後,個人の基本的人権を守ろうという民主主義思想の一般化を背景として,これが各国に定着した。その重要な指標として,1942年のベバリッジ報告があげられる。

先進各国の社会保障制度は大別して次の諸制度からなっている。

こうした制度のもとで各国は社会保障の拡充に努めた結果,ILO(国際労働機関)基準でみた社会保障費の伸び率は,ほとんどの国でGNPの伸びを上回っている。60年代末,GNPに占める社会保障給付のウエイトは大半の西欧諸国で10%を超える規模になっている(第2-5図)。ただし,アメリカ,日本の社会保障給付費は最近大幅に伸びているものの,それぞれ6.7%,5.3%である。この結果,先進国においては国によって多少の差はあるが,一応最低の生活水準は保障されるようになっている。

b. 給付水準を改善するにあたっての諸問題

ILOは1952年の第35回総会で「社会保障の最低基準に関する条約」(第102号)を採択したがその批准状況をみると,西欧でさえも全制度を批准した国は西ドイツおよびベネルックス3国にとどまっている。社会保障の給付水準を高めるにあたって各国は主として次の2つの問題に当面している。

(a) 財源と負担の問題

先進国の社会保険制度は,医療を別とすれば,大別して二つの型があるが,財源と負担に関してそれぞれつぎのような問題をかかえている。

以上のように,二つの型はそれぞれ試行錯誤の過程で融合の方向にある。

わが国の社会保険制度は,当初は比例型諸国などと同じく雇用者を対象とする制度を中心に発達したあと,60年代に入って国民皆保険が導入されて,均一型の要素もいりまじることになった。

第2-2表 ILOの最低給付基準と第102号条約批准国

(b) 給付の質の問題

社会保障制度によって提供される社会サービスの質の維持ないし向上が現在,各国で大きな問題になっている。なかでも,医療給付の質の改善が強く求められている。

医療給付については,社会保険方式(償還制―フランス,現物給付―西ドイツ,日本)と,イギリスに代表される医療サービス方式の2つがあるが,それぞれに問題が生じている。

前者のうち償還制については,スウエーデンの場合のように,患者の負担転減を図るため,1970年の改正により,公営診療のウエートを高め,医師の公務員制,医療費の無料制(初診料だけ有料)などを導入する動きがみられる。

後者のイギリスの場合には,国民のすべてに平等な治療を保障するという意味で民主的であるとされるが,実際には,①診療の待ち時間が長い,②医者(一般医)の技術水準が低い,③医師など診療側の待遇改善要求が強いなど多くの問題をかかえている。このため,イギリスでは自由診療を受ける患者数が急増しているが,その診療費の高騰が患者にとって大きな負担になっている。

医療サービスの社会化が質の低下を招きやすいのは主に次の原因による。

①医療サービスに対する需要は,所得水準の向上に応じて増加するが,医療の社会化はこうした傾向を一層強める一方,供給がこれに十分伴わない。②医療技術の向上にみあったサービスを多くの人に無料で提供するためには,巨額の政府支出を必要とし,しかもそれが急増する傾向をもつ。しかし,他の政策とのかね合いで予算の増大が制約されると,必要な医療設備の拡充や給料の引上げを十分に行なうことが困難になる。

c. 新たな改善の方向

社会保障負担が増大する一方で,制度の複雑化に伴い負担と給付の関係の不明瞭化,制度間の不公平,不効率な運営によるロスなどの問題がおきている。このため,社会保障の内容を向上していくにあたっては,福祉と負担の兼ねあいをどうするかという基本的な問題と並行して,国民生活の保障という本来の目標にあった制度改善が必要である。

このため,複雑化した既存制度の整理統合を進め,運営の効率化と公平化をはかろうとする動きがあり,たとえば,イギリスでは医療面における行政機構の統合が進められている。

このほか,イギリスで具体化が検討されている逆所得税(ネガティブ・インカム・タックスまたはリバース・インカム・タックス)も注目される。逆所得税はこれまで独立に徴収されていた社会保障負担と所得税を統合して,所得がある一定基準以下の場合にはその差額を給付するものである。これによって,従来の方式では原因別に支給されていた各種の社会保障給付が一元化され,必要最低限の所得保障をよりよく行ないうると最近のイギリス政府青書(1972年10月発表)は主張している。

貧困は一旦そこに足をふみ入れると各種の対策によっても抜け出すことがなかなか難しい。つまり,貧困は特定のグループに定着しやすい。これを放量することは平等の理念に反するばかりか,このグループが犯罪の温床となり,社会崩壊の導火線の役割を果すなど社会にとって直接的な悪影響を与える例も目立っている。このため,貧困発生に対し予防的な施策を積極的に講じていこうとする新しい動きがみられる。たとえば,アメリカでは貧困と多子の悪循環をたち切るために,職業訓練や教育を含む雇用対策を勤労世帯にも適用する計画がすすめられている。

以上,社会保障全般の問題を取り扱ってきたが,次項ではこの中で特にわが国でも重大化しつつある老人問題をとりあげて検討してみることにしよう。

第2-6図 主要国の社会保障給付

(2) 急がれる老人対策

a. 深刻化する欧米の老人問題

一般的にいって,総人口にしめる老人の割合は,先進国ほど高い。65歳以上の老人の割合をみると,発展途上国では3%台であるのに対して,先進国では平均して10%に近い。

西欧諸国における男子の平均寿命は,今世紀はじめ45~50歳といわれたが,第2次大戦後の1950年にはすでに65~70歳にまで延びていた。この平均寿命の延長に伴い,総人口にしめる65歳以上の老人層の割合は,1910年頃の平均6%程度から,1930年には平均7.5%になっていた。今日のわが国の割合は,7.1%とほぼこの水準である。第2次大戦後の1950年にはこれが8.9%,1970年には11.7%となっている。このうちスウェーデン・ベルギー,西ドイツ,フランスの諸国が13%を超えている(第2-7図)。アメリカはヨーロッパほどではないにしてもすでにこれが9.7%になっている。ILO(国際労働機構)の推計によれば1980年に老令化のピークがくるが,そのときの西欧諸国平均は13.1%,うちスウェーデンが15.6%,西ドイツが14.5%である。

日本の現在の水準は,前述のようにまだ7.1%と低いが,1980年には9%となり,その後も急速に老令化がすすんで1995年頃には12%と現在の西欧水準に達し,さらに21世紀にはいると17%を越えて(60歳以上の人口をとれば実に20%をこえる)欧米以上の老令化社会となることが予想されている。

このような老令人口の増大は,他方において生産年令人口の割合の低下を意味する。つまり,相対的により少い稼ぎ手で,より多くの老人層を扶養しなければならない。とくに,イキリス,西ドイツ,スウェーデン,オーストリアのように,今後生産年令人口の停滞が予想される国の事態は深刻である。これらの国では,現在すでに1人の老人(65歳以上)を5人の働き手で養っている計算になるが,1980年には老人1人を4人で養わねばならなくなる。わが国も21世紀のはじめまでに同様な状態となろう。

工業化と技術の進歩は,老人の社会的立場を相対的に弱める。産業技術の急速な進歩と情報化の進展によって,老人が長い間蓄積した知識や技能,経験の有用性がしだいに薄れてくるし,老人の威信も低下する。また高年者は環境の変化に対する適応能力が比較的乏しいことも,老人の社会的立場を不利にする。欧米ではおおむね65歳定年であるから,わが国のように55歳という壮年期に定年となって第2の職場を捜すという苦労は比較的少いが,それでも何らかの事情で失業した場合,その再就職は非常に困難である。

これに加えて,老人にとって,家族の扶養に頼ることが困難になっている。工業化の進展に伴い,都市への人口集中,都市の住宅不足などから,核家族化が進行する。その結果,農業社会でみられたような大家族による家族成員の相互扶助が事実上困難となってくる。わが国では子と同居する老人の比率はまだ80%と圧倒的に多いが,早くから核家族化の進んでいる欧米工業国ではこの比率は非常に低く,イギリス42%,アメリカ28%,デンマーク20%,西ドイツ16%(1968年)となっている。つまり老人の6割ないし8割が別居生活をしている。

ただし別居とはいっても,比較的近い場所に子が住みかなりひんぱんに親子の接触があることは事実である。たとえば,1968年の調査によると,30分以内の距離に1人以上の子供の住んでいる老人の比率は,デンマークで55%,アメリカで49%,イギリスで40%となっている。つまり別居ではあるが親子の間の親密な関係が維持されていて,いわゆる「距離をおいた親密さ」(intimacyatdistance)が形成されている。これが欧米の老人層の心の支えになっていることは事実であるが,親の生活は子がみなければならぬという意識は乏しく,それは社会の責任という考え方が一般的である。

こういった考え方が人々の心のなかにも,制度的にも定着して,老人扶養の柱としての年金制度がひろく発達している。しかし,年金額はまだ必らずしも十分とはいえないし,しかも近年のように高率のインフレーションが慢性化すると,スライド制のある場合でも年金の実値価値は相対的に低下するし,老後のそなえとして蓄積してきたいくばくかの貯蓄もインフレの犠牲となる。このため年金制度が発達している欧米においてさえ,老人の多くは貧困階級に属している。たとえば,1971年のアメリカでは,政府の定義する貧困線(非農家4人家族年間所得4,137ドル)以下の人々2,556万人のうち18.2%が65歳以上の老人層であった。65歳以上の老人をとると,約35%が貧困者である。イギリスにおいては,貧困線(生活保護基準)以下の世帯約200万のうち半分が老人世帯,とくに寡婦世帯であるといわれている。西ドイツにおいても,65歳以上の老人の約6割は貧困線以下の所得である(1965年)。

現代社会における老人の悩みは経済的な面ばかりではない。老人用住宅,医療施設,居宅福祉,あるいは老人ホームなど,老後の生活に必要な施設や制度は欧米においてもなお改善の余地がある。

老年期はまた,隠退により職場との接触を失うばかりでなく,配偶者,親族,古くからの友人をつぎつぎと失っていく時期でもある。社会的,人的接触がますます失われ,老人の孤独感がいよいよふかまっていく。その上,かれらをとりまく現代社会は,はげしく変化し,長い間慣れ親しんできた自然の美しさが失われる一方,大気汚染,都市騒音などの公害がひろがる。

ここに工業社会特有の老人問題が発生する。こういったことから,欧米諸国においては老人問題が早くから発生し,その対策もまた早くからすすめられてきた。

b. 定年と就業の問題

働く意志と能力をもつ老人ができるだけ長く働けるようにすることは,老人の所得を確保し,生理的機能の低下を防止し,社会とのつながりを維持し,老人に生き甲斐を与える最良の手段である。したがって働いている老人には,いわゆる老人問題は発生しない。社会の側からみても,老人扶養の負担が軽くなるし,とくに労働力不足経済の下では,潜在労働者の活用という見地から望ましいことである。その意味で,定年と就労の問題が老人問題において基本的な重要性をもっている。

わが国では,定年(概ね55歳)と厚生年金の受給年令(60歳)との間に5年ものギャップがあるが,欧米においては,原則として年金受給年令がすなわち定年である。しかも,年金受給年令(男子の場合)は,フランス(ただし第2-3表の脚注参照)とイタリアの60歳を別にすれば,65歳が普通であって,67歳ないし70歳となっている国も若干である(第2-3表)。

また,年金の受給に退職要件のない国では,年金を受給しながら働くこともできる。他方,何かの理由で早く退職したい者に対しても年金を支給する減額の早期年金制を採用している国が多い。その場合,無条件で減額年金を認めている国もあるが(スウエーデン,ベルギー,アメリカ)一定の条件の下で(一定期間の保険料支払,1年以上の失業,病弱など)認めている国の方が多い。

このように,年金受給年令がそのまま定年というのが原則とはいえ,本人の意志によりある程度まで退職を早めることが可能となっている。結局,欧米の定年制の特徴は,①定年年令が高いこと,②或る程度の弾力性があること,にあるといえよう。

次に老人の就業状態をみてみよう。西欧平均でみると,1950年頃は65歳の老人10人のうち4人が働いていたが,その後この割合が次第に低下して,1960年には3.3人となり,1970年には2.9人となった。ただし国によってかなりの差があって,西ドイツ,フランス,イタリア,スウェーデンなどはとくに低く,2人足らずである。同じような傾向は,アメリカにもみられる(第2-8図)。

このような老人層の労働力率の低下傾向は,1つには自営業や農業の縮少など産業構造の変化,企業合併等による職場の喪失,余暇に対する考え方の変化などが原因となっているが,社会保障の拡充により老後の生活不安が少なくなったことも,一因とみられている。

わが国の場合は,1960年代央からやや低下傾向がみられるものの,1970年においてもなお65歳以上人口10人のうち5.4人弱が働いている。

以上のように欧米諸国では近年各種の理由から,従来より早めに隠退する傾向がある。このような傾向に対しては,年金コストの増加や労働力不足下での労働力不完全利用といった社会的費用の増大を指摘する見解もあるが,勤労者の福祉向上の点から年金受給年令の引下げをはかる国も出ている。たとえば,カナダでは以前70歳であった年金受給年令を1965年から70年までの間に段階的に65歳まで引下げた。また西ドイツでは,現在65歳であるが,73年から保険期間35年以上の者に対して63歳からの受給を認め,また67歳まで受給を延期する場合には1年につき5%づつの加算を認めることになった。

スウェーデンでは,71年央に成立した労働協約によって,企業年金の受給年令が75年までに段階的に現在の67歳から65歳へ引下げられることになった。また,フランスでも71年5月に,2大労組が企業年金の受給年令を65歳から60歳へ引下げることを要求してストを行なった。

以上のように,欧米の労働者は定年の面ではかなり恵まれているが,それでもいったん何かの理由で失業した場合には,中高年者の再就職はかなり困難である。そこで,一つは労働力不足対策もあって,近年中高年者の雇用の促進をはかる国がふえてきた。中高年層の雇用促進の方法としては,中高年層専門の職業紹介機関によるあっせん,中高年層に適した職種の開発,職業再訓練などが実施されている。なかには西ドイツの雇用促進法(1969年制定)のように,中高年労働者の雇入れに対する助成措置(賃金の一部補助,低利融資など)を実施している国もある。スウェーデンは老人や身体障害者に対して特別に保護された職場を提供しているし(1969年はじめ現在で約3万),また1971年の新立法で55~65歳までの労働者を解雇する場合には6ヵ月間の給料継続支払いを義務づけている。

わが国においても,1971年の中高年令者等雇用促進特別措置法により,中高年令者の適職の研究,職業紹介施設の整備,各種の雇用奨励措置など,広汎な中高年令者雇用促進策を打出している。

c. 欧米の年金制度とその実状

GNPに対する公的年金支払額の比率を工LOの資料で主要国についてみると,西欧諸国は4~9%,北米は2~3%,そして日本は0.3%の水準にある(第2-4表)。この比率が1人当たりGNPの高さと必らずしも比例していないのは,人口老令化,制度成熟化の度合いおよび制度の違いによるものである。

欧米の年金制度は,国によってさまざまであるが,

    ① 一律定額制を主とし,それに所得比例制を併用している国(イギリス,北欧諸国,カナダ)

    ② 社会保険方式による所得比例年金を建前としている国(その他のヨーロッパ,アメリカ)に分類できよう。

前者の場合,原則として国民皆年金であるため,年金の恩恵に浴する層は広くなるが,平等主義の限界として年金水準はあまり高くない。このため,これらの国では1960年代に定額年金の補足として,所得比例制年金を発足させたが,日も浅く,今日の年金生活者に対してはあまり寄与していない。

後者の場合,所得比例であるために年金水準は比較的高いが,半面では雇用者中心の制度であるため対象範囲が限定される。しかし,近年はこれらの国でも年金適用範囲を漸次拡大しているため,その差は小さくなっている。

たとえば,年金年令人口に対する年金受給者の比率をみると,スウェーデン100%,イギリス84%(1968年),アメリカ83%(1967年),西ドイツ約77%(1970年)である。これに対してわが国では60歳以上人口にしめる年金受給者の割合は44%,65歳以上では64%といわれているが,月に3,300円という低額の老令福祉年金受給者を除いて計算すると,60歳以上人口で21%,65歳以上人口で23%にすぎない。

どの程度の生活を保障しているかについては,年金の最低基準をきめた工LOの条約が1つの参考となる。1952年の102号条約では,資格期間30年の夫婦2人で,従来の賃金の40%(定額制の場合は男子未熟練労働者の賃金の40%)となっていたが,その後1967年の128号条約で45%へ引上げられた。この点を一応念頭において,主要国の年金水準をその国の平均賃金と比較したものが,第2-5表である。ここでは,定額制の代表としてイギリスとスウェーデンをとり,所得比例制の代表として西ドイツとアメリカをとった。

まず,イギリスの年金であるが,71年9月から独身者週6ポンド,夫婦9.7ポンドになった。この年金水準は1971年の製造業労務者の平均賃金(週31.37ポンド)にくらべて,独身者19%,夫婦者30.9%にすぎない。IL0の基準40~45%に及ばないのは勿論のこと,生活保護水準(現在独身者週約8ポンド)をすら下回っている。このため年金受給者の3割近くが生活保護手当て(補足給付をよばれている)をうけている。定額年金の水準がこのように低いために,それを補足するものとして1961年以来,雇用者中心の所得比例制の付加年金制度を発足させたが,その金額は今のところ小さい。

「定額年金も現在の定額プラス付加年金も,適当な年金の提供に失敗した。……現在,老年期の生活を保障してくれるものは,国民年金制度ではなくて,生活保護手当である。」(前労働党政府の年金白書1969年)福祉国家スタート後20数年たった今日,イギリスの年金制度の失敗が当のイギリス政府によって宣言されねばならなかった理由の一つは,前労働党政府の説明によると,定額拠出制であるため拠出水準が低く,一方財政に余裕がないため,年金額を大幅にふやすことができなかったことにあったようである。

現行年金制度の根本的改革のための方途として,現保守党政府は定額年金を全面的に定率拠出制へ切換えるほか,企業年金の充実をはかるという改革案を71年9月に発表したが,その後72年10月には年金額を12.5%引上げ,また長期的な税制改革の一環として逆所得税の導入を発表,それにより年金と併せて年金生活者の所得改善の意向を明らかにした。

スエーデンの定額年金は72年7月現在で独身者年額6,570クローネ(月額547.5クローネ),夫婦10,220クローネ(月額851.7クローネ)となっている。

平均賃金と比較してみると,独身者25%,夫婦36%となる。イギリスの水準にくらべればまだかなり高いが,老人ホームに入った場合,住宅手当をもらってホームの費用を払ったあと,手許に若干の小使いが残る程度といわれている。

このように定額年金だけでは不十分なため,スウェーデンは1960年から所得比例制の付加年金制度を発足させたが,まだ受給者数も支給額も少いので過渡的な措置として,付加年金を貰っていないか少額である者に対して特別加給金を69年から支給している。付加年金が完全支給される1980年以降になれば,定額年金を含めてかなりゆとりある老後を送ることができよう。

次に西ドイツについては,保険期間40年の平均所得者の年金額は現在平均賃金の42%となっている。この比率は近年のインフレで低下したが,過去数カ年の平均をとれば45%前後であった。インフレによる年金の立遅れをとり戻し,少額年金を引上げるために,西ドイツ議会は,与野党のはげしい論争の末72年10月,①年金引上げの繰上げ実施(73年1月から72年7月へ繰上げ)②最低年金制の導入,③年金水準の保証(保険期間40年の場合中期的に平均賃金の50%を目標とし,短期的にも45%以下にはしない)などを主内容とする年金改革案を発効させた。

アメリカでは元来自助の精神がつよく,年金制度の発足は西欧諸国にくらべて著しくおそく,年金水準も長い間比較的低かった。しかし,あいつぐ引上げによって近年,給付水準が改善され,71年の実績では夫婦年金は製造業平均賃金の36%と,西欧にくらべてもそれほど遜色がなくなった。さらに72年10月からは年金をさらに20%引上げ,給付水準の一層の改善をはかっている。

以上のように,欧米主要国の年金水準は国によりまちまちであるが,いずれも最低生活の保証にとどまり,老人の多くは貧しい生活を余儀なくされている。「豊かな老後」の夢は,欧米においてもまだ一部の老人にしか実現していないようである。

次に年金のスライド制についてみると,第2-6表のように欧米諸国は概ね物価スライドまたは賃金スライド制を採用している。

たとえば,スウェーデンは物価スライド制をとっていて消費者物価が3%上昇するごとに年金額を引上げている。その間のラグは約4ヵ月といわれ,事実上つねに年金の購買力が維持されていることになる(1971年中にスライド制による引上げが3回行われた。)しかし政策スライド(政策的な給付水準の引上げ)を採用しないかぎり,年々の賃金の実質上昇分だけ年金額が相対的に低下することは免れない。平均賃金水準に対する夫婦年金(欧米では妻に対して大幅な加給があるのが普通)の比率は1957年には70%近くであったが,その後次第に低下して,1960年には約50%,1971年にはほぼ36%にまで低下している。

賃金スライド制をとっている国についてみると,年金額が平均賃金の上昇に応じて引上げられる仕組みになっているが,最近のようにインフレの進行が加速化すると,平均賃金の上昇率にくらべて年金の上昇率が遅れがちとなる。たとえば,西ドイツを例にとると,賃金と年金のラグは3~4年あるといわれていて,平均的所得者の年金額(保険期間40年)は1968年には平均賃金の47%であったが,71年にはこれが42%へ低下して,政治問題となった。

このように,物価スライド制だけでは平均賃金と年金との較差が年とともに開いていく。その点,賃金スライド制の方が年金生活者の立場からみれば望ましいが,はげしいインフレによる名目賃金の大幅上昇期には,年金の相対的遅れが或る程度避けられない。

d. 老人に対する生活環境の整備

アメリカでは近年,退職者用住宅として大規模な老人用コミュニテイが都市から離れたところに続々と建設され,その数は現在約20,住民数は20万人に達しているという。しかし,ヨーロッパでは,逆に老人専用の団地の建設については反省期に入っていて,一般の団地のなかに老人用アパートを一緒に建設する傾向がある。また,低所得老人に対しては住宅手当を支給する国が多い。

しかし欧米においても,住宅の供給は需要に追いつかず,新しい老人用住宅に入居できるまでには長い期間待たねばならないのが実状である。その上老人が現に住んでいる住宅の質は,一般の住宅にくらべて概して劣悪である。

老人の罹病率は当然のことであるが,相対的に高く,常時医師や看護婦の世話を必要とする慢性的な老人病が少なくない。イギリスのように医療国営化によって国民すべてに無料の医療サービスを提供している国では,老人は医療費を心配しないですむ。わが国と同様に健康保険制度をとっている他の西欧諸国では,退職後も同じ健保を利用できる。フランス,スウェーデンは75%(入院80%)給付であるが,西ドイツ,イタリアなどはほぼ100%給付となっている。また,年金受給者は健康保険の保険料を免除される国が多い(西ドイツ,フランス,イタリア,スウェーデンなど)。

その半面,医師,看護婦,ベッドの不足などから,入院が容易でないことや,外来だと長く待たされ,しかも診察は簡単といった難点があるようである。

病弱な老人やひとり暮しの老人の日常の世話をする制度を充実させることも,老人対策の重要な柱である。ホーム・ヘルパーやホーム・ナース制度,あるいは巡回給食や入浴サービスも必要である。こうした老人居宅サービスの点で最もすすんでいるのは,イギリスとスウェーデンであるといわれている。イギリスではホーム・ヘルパー数は1970年9月末現在で6万4,811人,その家事サービスをうけた65歳以上の老人の数は37万3,321人で,これは65歳以上人口の5.2%に相当する。

また,スウェーデンではホーム・ヘルパー数は70年現在で5万8,230人,また69年現在65歳以上人口の21.3%がそのサービスをうけている。これに対してわが国の現状をみると,71年4月の厚生省調査ではヘルパー数は約6,000人,そのサービスをうけている老人家庭は28,464で,65歳以上人口の約0.4%にすぎない。

欧米では,一般的な住宅不足から,老人ホームに老人用住居の機能を兼用させている国もないではないが,大勢としては老人の世話はなるたけ在宅のままで行ない,やむをえない場合に老人ホームなどの施設に収容するという方針がとられている。老人人口に対する老人ホーム収容者数の比率をみると,西欧諸国では概ね4~6%でわが国の1.2%より高いが,それでも老人ホームの入所希望者を収容し切れず,長い時待たされるようである。

以上のように,先進国の老人対策にはみるべきものがあるが,半面それぞれの問題を抱え,その是正に努力していることに注目すべきである。