昭和47年

年次世界経済報告

福祉志向強まる世界経済

昭和47年12月5日

経済企画庁


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第2部 世界の福祉問題

第2章 先進国―生活の質の追求―

1. 経済成長は福祉の達成手段

(1) 所得の増大とその再分配

戦後において福祉政策としてとりあげられたのは,第1に完全雇用政策であり,第2は社会保障政策である。

a. 完全雇用政策の推進

1930年代のアメリカをみると,失業率は平均18.2%,経済成長率(実質)は平均0.8%であった。深刻な事態に対処するため,33年ルーズベルト大統領はTVAなど公共事業を促進し,財政収入を上回る財政支出を行なった。

これがいわゆるニュー・ディール政策とよばれるものである。

第2次大戦後,完全雇用を達成しかつ潜在的成長力に現実の成長率をできるだけ近づけるよう適切な経済運営を行なうことが,政府の当然の責務であると考えられるようになった。

アメリカでは,1946年,完全雇用を達成することが政府のなすべき正当な役割であるという考え方に基づき雇用法が制定された。この法律に基づいて経済の動向分析とそれに基づく政策提言を行なうという役割をになう大統領経済諮問委員会が設置された。しかし,アイゼンハワー政権は伝統的な金融政策中心にもどったため,経済は停滞気味に推移し,50年代末の失業率は6%台に上昇した。これに対して,ケネディ政権は61年新経済政策,いわゆるニュー・エコノミックスを採用した。すなわち,財政政策と金融政策を一体的に使用するポリシー・ミックスがこれである。

イギリスの戦後の経済政策でまず想起されるのは社会保障制度の確立をめざしたベバリッジ報告であるが,その基本理念として,社会保障の前提に完全雇用をおいている。そして,戦前にはみられなかった主要な政策目標について明示的な数字の発表は国民の期待を反映するものであるし,また政府がその目標達成に努力するという意思表示でもある。低成長に悩む62年労使代表と学識経験者で構成されるNEDC(国民経済発展審議会)が設けられ,「経済全体のバランスのとれた予測と計画」を行なうことが任務とされた。

このNEDCは61~66年間の成長率を年平均4%とする暫定的な長期経済計画を発表した。さらに64年には経済省が新設され,そのもとで64~70年を計画期間とする国民計画が発表された。

フランスでは47~50年の第1次近代化計画に始まり,現在は第6次計画(71~75年)が実施されている。これらの計画は命令的な計画ではなく,民間経済に整合的なフレーム・ワークを示し,各部門間のバランスを考えつつ長期的な成長と近代化を達成しようとするものである。

以上のように,各国とも完全雇用を達成するために政府はその役割を強め,積極的にその責任の遂行にあたった。そのさい,多数の国で長期計画を策定し,短期的諸目標と同時に長期的な成長,経済の近代化,各経済主体間の均衡ある発展などを追求した。

b. 所得再分配政策の推進

経済成長は生産の極大化を促すものであるが,所得分配の公正化を保証するものではない。そこで,第1に累進税制が強化された。戦後,各国とも所得税,法人税の対象範囲を拡大し,さらに所得税に関しては高額所得者に対する適用税率を高めた。

第2に社会保障制度がイギリスを先頭に推進された。45年成立した労働党のアトリー内閣は42年のベバリッジ報告を具体化し,いわゆる「揺りかごから墓場まで」の包括的な社会保障制度を実施した。これは45年の家旅手当法,46年の国家産業災害保険法,国民保険法,国民保健サービス法,47年の児童法,48年の国家扶助法という6つの体系からなっている。今日制度の内容,水準の差はあるが,所得再分配政策の整備拡充は各国政府の当然の責務となっている。

第2-1図 主要国の1人当り国民所得

(2) 高度消費社会の実現

50年代,60年代と戦後の経済成長には著しいものがある。

30年代に平均0.8%であったアメリカの実質成長率は,50~60年には平均3.2%,60~71年は平均4%と格段の高まりをみせた。その他の主要国も同様に,50年代,60年代としだいに成長率を高めた。この場合,特徴的なことは平均において成長率が高かったばかりでなく,持続的な成長がなされたことである。53年以降において実質GNPが前年より減少したのは54年のアメリカとカナダ,70年のアメリカだけであるし,しかもその減少分はわずかであった。

持続的な成長の第1の成果は60年代初めにほぼ完全雇用の達成をみたことである(第2-2図)。65年における各国の失業率をみると,いずれも5%を下回っている。たしかに70年代に入ってからアメリカ,カナダでは景気停滞と若年労働者の急増から失業率が5~6%に達し,他方,ヨーロッパ各国でも失業の増加がみられるが,戦前の大量失業とは比較にならないし,各国政府はその解消のために機敏に行動している。

持続的な成長の第2の成果は所得の上昇(第2-1図)とそれに伴なう消費生活の充実である。いま63年を100として71年の賃金所得をみると,アメリカ145,西ドイツ190,フランス195,日本290と飛躍的に増加し,しかも所得の平準化がみられる(第2-3図)。

所得水準の一般的な上昇の結果,個人消費支出のうち生活必需的な支出の割合が下がり,選択的随意的な支出の割合が増加している。つまり,エンゲル係数の持続的な低下がみられる一方,耐久消費財,サービスに対する支出構成比が高まっている(第2-4図)。豊かな消費生活を代表するものとして乗用車の普及率をみると,アメリカの場合,第1次世界大戦後の急速な普及から,1930年には1台当たり5.4人に達しているが,70年にはこれが2.3人になっている。その他の主要先進国の場合,普及率が急速に高まったのは戦後で,70年現在,カナダ3.2人,フランス4.0人となっている(世界の平均は19.6人)。

物質生活が豊かになるにしたがって高学歴化がすすんでいる。人口1,000当たり高等教育機関在学者をみると,51年現在,アメリカ17.8人,イギリス1.3人,日本4.9人であったが,最近ではそれぞれ36.1人(69年),5.7人(68年),15.3人(69年)と急速に増加している。

(3) 成長の過程で生じた問題

a. 成長と福祉のかい離

60年代の中頃以降になると,教育・医療等の公共サービスや公共施設の立ち遅れ,大気や水の汚染,大都市における生活環境の悪化,インフレの進行など国民生活に脅威を与える諸問題がしだいに深刻化してきた。また,組織の肥大化に伴なう人間疎外など精神的な面でも社会的な障害が発生してきた。他方,資源の消費量が急増するとともに,資源の有限性に対する認識が世界的にひろまっている。

問題の現われ方はそれぞれの国の自然条件および歴史的精神的風土を反映し,かなりの相異をみせている。一般的にいって,長い歴史を背景に西欧社会は比較的に安定していて,インフレを除けば概して隠やかであるが,アメリカではベトナム戦争,黒人問題等の特殊要因もあって都市問題,社会問題が深刻である。他方,わが国は狭い国土で高度の経済成長をつづけたことから,公害問題,都市問題が欧米にはみられない程急速に進展する一方,公共サービスや公共施設の立ち遅れが目立っている。

b. 新しい問題が発生した原因

先進各国が当面している諸問題は,a.市場機構自体とそれをめぐる問題,b.科学技術がもたらす問題,c.人々の欲求水準の向上に伴なう問題,に分けることができる。

(a) 市場機構自体とそれをめぐる問題

資本主義社会では価格によって誘導される市場機構を通じて資源配分が行なわれるが,福祉の向上という視点からみて市場機構には次のような限界がある。

    i) 私的消費需要を満たす財・サービスの供給は,市場機構を通じて自動的に増加する反面,社会的消費需要を満たす財・サービスの供給には市場機構にのらないものが多く,その充足のための投資も遅れがちとなる。また,老人や身体障害者など働く能力に制限がある人々は,市場機構に十分参加することができないため豊かさからとり残されがちである。

    ii) 消費者または生産者が市場機構を通じないで他の消費者の福祉や生産者の利益に直接的に影響を与える外部効果は,それを生みだした主体がそのコストを直接負担することも,また,外部効果による犠牲者がその不利益の対価を受けることもないために,大気,水等の汚染,美しい自然環境の破壊などをもたらしている。

    iii) 経済成長の過程で規模の利益,集積の利益を大いに享受してきたのであるが,これは反面で生産と人間の都市集中をもたらし都市問題を激化させている。さらに,企業規模の大型化は市場支配力の強化を,労働組合の巨大化は賃金交渉圧力の増大を招来し,両者がからみあってインフレの克服を困難にする1つの要因となっている。消費者運動も企業に対する拮抗力として生れている。

(b) 科学技術がもたらす問題

これまで技術進歩は経済社会進歩の大きな原動力としての役割を果してきた。しかし一方において科学技術が社会経済に広く普及し浸透してゆく過程で公害・人体に悪影響を及ぼす製品等,社会的にみて好ましくない問題も新たに表面化してきている。したがって,科学技術をかかる問題の解決に役立て,国民の福祉に寄与するという観点から見直しをする必要が高まっている。

(c) 人々の欲求水準の向上に伴なう問題

消費生活の向上,高等教育の普及,情報化の進展によって人々の欲求水準は向上し多様化している。人々は余暇利用,住民参加,働きがいなど精神的な面での充実を求めるようになってきている。今後福祉を向上させていくためには,物質的な豊かさを追求するにしても,そこに,精精的な面を十分考慮に入れる対策が必要であろう。たとえば,公共施設をふやすにしても,そこの住民や利用者の意向を無視しえないのであって単的にいえば,モノを整備するにもヒトの要素を前提にしなければならない。

各国の政策意識もこうした事情を背景に,成長を進めるにしても,経済成長のあり方やその成果の配分の仕方を吟味した上ですすめるという気運が強くなっている。国連の社会発展研究所や,フランス,日本等の国々で,GN P指標の欠陥を補正して社会的厚生の水準を表わすための指標システムを開発しようとしているのも,その1つのあらわれである。

(4) 各国にみられる政策意識の変化

上述のような政策意識の変化は,60年代の初頭まずアメリカにおいてみられ,60年代後半になると,西欧や日本にもこれがひろがった。

a. アメリカ

アメリカにおいて完全雇用以外の広範な政策目標の作成を意識的に取り上げたのは,アイゼンハワー政権である。60年に国家目標委員会(ThePresi-dent′sComissiononNationalGoals)が設置され,第2-1表に示される「アメリカ人の目標」が発表された。これを整理してみると,その重点は生活水準の向上,都市問題の解決という「生活の質」の向上にある。これを,政策として具体化したのは,ジョンソン政権(63~68年)の時代である。ベトナム戦争が進行して,黒人暴動,大学紛争など社会的な緊張が高まるなかでジョンソン大統領は「偉大な社会」の建設を目指して,貧乏の追放,65歳以上の老令者の保護の強化,教育と技術訓練とに対する連邦政府支出の増加,都市の再開発,大気汚染の防止等の実現を公約した。これは,個人の自由を尊重し,政府の活動範囲を極力小さくしようというアメリカの伝統的価値観からみて,一つの転換である。この計画はインフレの昂進やベトナム戦争のエスカレーションによって十分に実現されたとはいえないが,ニクソン政権(69年以降)になってからも,その基本理念は継承されている。ニクソン大統領は70年の一般教書で,「この国の膨大なエネルギーと豊かさを新しいアメリカの経験-より豊かにより深くより真実に,人間精神の美と美質の反映であるような経験-のために利用すべき時がきている。……重要なのは,われわれが成長するかどうかではなく,われわれがその成果をいかに使うかである」と述べ,福祉制度の全面的改革,平等な投票の権利等,国民の可能性の範囲を拡大するような改革の必要性を唱えたのである。

b. 西欧諸国

フランスで大学紛争が尖鋭化した68年頃からヨーロッパ諸国で,学生運動,労働者ストライキなどの事件が多発して社会的緊張が強まったこともあって,各国とも政策意識の転換がしだいに表面化してきた。

まず,フランスは,71年から始まる第6次5ヵ年計画で,高成長にともなう種々の不均衡を避けるため,目標成長率を高いものにせず,5~6%に抑える必要があるとしている。つづいて,72年6月に財政・経済省が国際会議を招集し,「経済と人間社会」というテーマで成長の功罪を討議したことは注目に値する。また,最近,ジスカールデスタン蔵相は,「経済成長は,50年代にそう信じられたような唯一無二の目標として追求しえなくなった。われわれの目標は,社会的文化的均衡のとれた成長にある」と発言し,より調和のとれた成長を強く志向している。

次に,西ドイツをみると,第2次大戦後の極度のインフレを経験して以来,物価安定を基本目標に置きつつ,経済成長を図ってきたが,69年に成立したブラント政権は,環境対策と内政改革(教育,病院等の社会資本の充実,年金制度の改善等)を新しい重点目標にしている。

こうした各国の動きを総合した形で,72年10月拡大EC首脳会議はその共同コミュニケの前文で「経済発展は,それ自体が目的でなく,……生活の質および生活水準の改善に反映されるべきである。ヨーロッパは,……進歩を人類の利用に供するため,非物質的な価値と財産,ならびに環境保護のために特別の注意を払うであろう」とのべている。

c. 日本

わが国についてみると,67年の計画から名称も経済社会発展計画となり,単に経済的な側面にとどまらず,社会的にも均衡がとれ充実した経済社会への発展を目標とした。さらに,70年の新経済社会発展計画では人間性豊かな経済社会へと,福祉優先が一層強く打出されている。

d. OECD(経済協力開発機構)

こうした各国の動きを反映して,70年1月にレネップOECD事務総長は,「現代社会の諸問題」という報告書の申で,「経済の安定を維持しつつ経済成長の促進をはかる政策を追求することは必要であるが,達成可能な最高の成長率の達成を目標とすることなく,成長の質的側面に重点を置くべきである」と主張した。続いて,70年5月には,閣僚理事会も,「成長それ自体が目的ではなく,むしろよりよい生活条件をつくりだす道具である。成長の質的側面と成果の配分にももっと目を向けなければならないというコミュニケを発表した。

以上のように,今日では,先進資本主義国はいずれも,「生活の質」を求め,成長と福祉のかい離を是正するための政策を進めている。第2節以下においては,これらの国でほぼ共通してみられる社会保障と老人問題,インフレーション,環境問題,消費者の権利の問題,余暇のあり方の問題を順次とりあげ,各国における問題の現状とその解決の姿勢をみることにする。


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