昭和47年

年次世界経済報告

福祉志向強まる世界経済

昭和47年12月5日

経済企画庁


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第1部 通貨調整後の世界経済

第2章 遅れる通貨調整の効果

5. 国際収支改善のためのアメリカの対外政策

アメリカの基礎収支赤字が70年の30億ドルから71年の93億ドルへと広がった基本的な原因の一つは,すでに述べた貿易収支の赤字転落であるが,民間部門の資本移動もまた,巨額のマイナス要因となった。アメリカからの直接投資は投資収益と差引してしまうことができるし,アメリカの場合,前述のとおり,後者が前者を上回っているので,これを除いて考えると,「外国の対米厘接投資」と「その他長期資本移動」が,それぞれ71年にマイナスに変っている。通貨調整見込み,すなわち,為替リスク回避の資金移動が大きく作用したといえよう。結局,基礎収支の構成項目(経常取引と長期資本取引)の中から,民間部門だけをとり出してみると,70年50億ドルの黒字が,71年は2億ドルの赤字になっている。

ドル切下げとともに所得政策を断行したことは,アメリカ政府の民間部門収支改善のための並々ならぬ決意を物語るものである。これと平行して対外的にも各国がアメリカ産品に対する輸入障壁を除去しなければ十分な効果はえられないとの立場をとり,71年12月のスミソニアン会議では,多角通貨調整が先決であるとするヨーロッパ側の意向を入れたが,その後各国との通商交渉においてアメリカ産品の購入を強く要求している。ECとの間では,72年2月11日,農産物貿易について合意をみた。

こういった民間部門の収支改善の動きのほかに,政府部門の収支についても手が打たれている。

アメリカの政府部門は,一貫して大きな赤字を記録している。その中味は「軍事取引」「政府贈与」(軍事援助を除く)および「長期政府資本取引」に分かれるが,そのいずれもが他国に類をみないほど巨額であるのは,自由主義圏のリーダーとしての役割りから出ているといえよう。

1940年代の政府海外支出はマーシャル援助などの経済援助が中心であったが,朝鮮戦争勃発によって「軍事取引」の赤字が急増してこれを上回った。

60年代に入って「直接軍事支出」(海外での軍人給与,雇用者給与,物資調達)は,ほぼ30億ドルと横ばいであったが,「軍事売却」(海外軍事売却契約による武器売却)が60年の3億ドルから65年の8億ドルと増加し,両者の差として計算される「軍事取引」赤字は65年21億ドルまで減少した。しかし,ベトナム戦争の本格化とともに,「直接軍事支出」は急増し,64年以降は48億ドル前後の高水準にある。一方,「軍事売却」も年々増加して70年には15億ドルに達し,さらに71年には19億ドルにのぼったため,「軍事取引」赤字は結局70年の34億ドルから71年の29億ドルに改善された。

「政府贈与」と「長期政府資本取引」(政府借款の供与が大部分)は71年前年比3億ドル前後の増加となり,20億ドルと24億ドルの純支出になった。

この両者を合計した44億ドルをそのまま外国に対する援助とみてもよいであろう。そこで,政府部門全体では71年,92億ドルの赤字になった。このように内容的には変化があるものの,66年以降政府部門の国際収支赤字は70~90億ドルに達している。

ドル流出をとめるためには,政府部門の国際収支にも手をつけざるをえない。71年8月の新経済政策は10%の対外援助削減を打ち出している。72年の外交白書は「1950年代と1960年代の大半を通して,アメリカは開発援助総額の優に半分以上を供与した。このような情勢は変化した。われわれがその再建に多大の貢献をした他の諸国も,開発途上諸国に対する援助を増大しうるようになった」と述べて,他の先進国への肩代りをほのめかしている。

防衛負担の分担についても,アメリカは強い態度をとらざるをえなくなっている。大西洋同盟防衛増強にあたって,各国の負担分担は遂年増大している。また,ヨーロッパ駐留米軍の国際収支上の経費は長年の懸案であるが,71年末成立したアメリカ,西ドイツ間の第7次協定(71年7月~73年6月)では,西ドイツの支払う補償額は2年間にその駐留軍収入の8割見当,20億ドルとなった。

海外軍事支出の積極的削減の方策は戦争そのもの,あるいはその危険性を根本から除去することである。ニクソン大統領は72年2月に中国を,また5月にソ連を訪問し,冷戦時代に終止符を打った。さらに,ベトナム戦争の終結によって今後,海外軍事支出の減少が見込まれるし,たとえこれが復興援助に置きかえられたとしても,輸出の増加にはねかえるので,アメリカの国際収支の将来を明るくするものといえよう。

第2-11図 71年アメリカにおける民間部門国際収支(基礎収支)の悪化の原因は貿易収支の赤字転落と切下げ見越しの資本移動

第2-12図 アメリカの地域別貿易収支は72年に入って引続き悪化

第2-13図 アメリカの国際収支構造


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