昭和47年

年次世界経済報告

福祉志向強まる世界経済

昭和47年12月5日

経済企画庁


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第1部 通貨調整後の世界経済

第2章 遅れる通貨調整の効果

3. 切下げ後も景気拡大策をとったアメリカ

アメリカはドル切下げ後も引続き,巨額の赤字財政と積極的な金融緩和をすすめた。この点,今回のドル切下げは数ある切下げ事例の中でもきわめて特異である。切下げの効果を出やすくするためには,補完的な国内政策すなわち引締め措置が必要だが,アメリカは不況克服のための景気拡大策を続けた。

過去の例としてフランスとイギリスをとりあげてみよう。政策指標として公定歩合の動きをみると,フランスは1969年8月にフラン切下げを行なった。その1年も前から引締めにふみきり,切下げ後さらにこれを強化している。これに対して,67年11月にポンドを切下げたイギリスは,その前の時期において大量失業発生のおそれからリフレ政策をとっていた。これが輸入増大を招き,ついに切下げに追いこまれたのであるが,直ちに公定歩合を8%という危機レートに一挙に引上げた。他方アメリカの場合は,景気後退が深刻化したため,70年から71年にかけて,公定歩合を数次にわたり引下げ,7月に若干引上げて5%にしたあと,8月に実質的な切下げへ移行した。市場のドル・レートは下落していくなかで,公定歩合を11月に4.75%,そして12月に,さらにに4.5%に下げている。つまり,切下げ時を基準にその前後の金融政策をこの3国について比較すると次のとおりである。

こういった政策の違いは,切下げ時の景気局面の差に帰することができる。フランスの場合は過熱状態であったため,財政緊縮措置が平行してとられた。イギリスの場合は不況であったから,実は公定歩合の大幅引上げをしたとはいうものの,財政面の引締めは漸進的に行なわざるをえなかった。アメリカの場合も不況であったため,ドルの交換性を停止したあとも最近までひたすら景気回復をはかる方向で財政,金融両面の拡大策をとりつづけた。

フランスの貿易収支均衡は政府目標よりも早く,半年後に達成された。切下げを反映して輸入価格が大きく上昇し,このため輸入数量の増加率が69年の21.5%から70年の6.4%へと大幅に縮小したのである。この成功の原因は次のように考えられる。

イギリスの場合,国際収支の改善は当初の予定より半年ほどおくれ,ほぼ1年半経過した69年央頃に達成された。すなわち,68年下期に経常収支,基礎収支とも赤字額が減少し,69年第1四半期に経常収支が,また69年第2四半期に基礎収支が黒字化した。おくれの原因は抑制措置が漸進的で国内消費の堅調を背景に輸入の増勢がかなりの期間つづいたためである。しかし,その後はまれにみる世界貿易の拡大基調の中で,切下げ効果が輸出面でしだいににあらわれてきた。そのことは,世界の工業品輸出に占めるイギリスのシエアがそれまでの長期低落傾向から一応脱却し,68年以降安定化してきたことからも窺われる。

アメリカの場合,上述のように需要管理政策は切下げに対して補完的であるよりも,減殺的である。したがって,貿易収支の早期改善は,これからの世界の貿易環境すなわち各国の景気回復のテンポに依存する場合が大きい。しかし,先になればなるほど,国際的な相対価格の動向,アメリカ系企業の現地生産の先行きなどのほか,拡大ECの影響などがからんでくる。将来のことについては,さらに次のようなアメリカ経済の構造変化をも考察しなければならない。

第2-5図 平価切下げ前後の公定歩合


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