昭和47年
年次世界経済報告
福祉志向強まる世界経済
昭和47年12月5日
経済企画庁
第1部 通貨調整後の世界経済
第2章 遅れる通貨調整の効果
アメリカの貿易収支は70年22億ドルの黒字から71年27億ドルの赤字に転落した。これを短期的要因からみると,71年のアメリカ経済が目標どおりではなかったにしても,ともかくも消費需要が拡大したものに対して,ヨーロッパ,日本の景気が下降局面にあった。アメリカの輸入需要は増大し,海外市場のアメリカ品に対する需要は伸び悩んだ。
アメリカにおけるインフレが他の国のインフレにくらべて速度がいちじるしかったとして,この急激な貿易収支悪化を価格やコスト面から説明しようとしても,「1972年アメリカ大統領経済諮問委員会経済報告」のいうように,価格競争力を示す満足すべき指標を得ることはむつかしい。製造業の単位労働コストが適当であるように思えるが,総生産と輸出とは商品構成が異なり国際比較には欠陥がある。輸出価格の動きをみても,最近の数年をとるかぎりアメリカの上昇率は低い方に属するのである。
ここではまず,71年の輸出入を商品別の動きからみる。
1971年の輸出は436億ドルで前年比2%の伸びにとどまった。農産物輸出は綿花の価格上昇があったほか,大豆,酪農品の輸出増大などがあって78億ドルと一応の伸びを示したが,工業品はほとんど伸びなかった。自動車(カナダ向け),航空機は好調であったが,基礎資材,機械設備が全く不振であったためである。
1971年の輸入は456億ドルで前年比,14%と高水準であった。このうち消費材は157億ドルで23%の伸び,増加額は30億ドルに近いが,その3分の2が自動車および部品の輸入増である。基礎資材は170億ドルで12%の伸びだが,とくに鉄鋼と石油の輸入増が目立っている。
もっとも,72年に入っても,アメリカの景気がヨーロッパや日本の景気に先行して上昇しているため,貿易収支赤字が悪化している。これは,年初,アメリカ政府が在外公館を通じて行なった市場別見通し調査の中ですでに予想されていたことであった。
① アメリカの輸出
ドル切下げ相当分は,ドル輸出価格の引上げと輸入業者の利幅拡大に吸収されて,最終需要者価格は変わらないといった事例が数多く報告されている。ドル切下げがどれだけアメリカ品を有利にするかについて,西ドイツ市場の場合は次のように考えられている。
a 有利になる商品はわずか20%
a.売上が増加する
b.売上の低下傾向をくいとめる
b 80%は影響がない
a.競争国産品と比ぺて価格差が大きく,大幅なレート変更も響かない
b.価格は取引の決定的要素ではない(たとえば,航空機,コンピュータの如き高度技術商品)
では,価格引下げによって新規市場を開拓できるかというと,確立された既存の市場へのくい込み,すなわちそれまでの取引ルートの変化は容易でないという。結局のところ,アメリカの輸出は工業原材料と機械が主であるから,輸入国の景気の方が重要であって,アメリカの在外公館報告は72年は期待薄とみているが,年央から持ち直している。
② アメリカの輸入
アメリカに売込む立場から考えると,アメリカ市場のウエイトが高い企業ほど「短期的に」価格を引下げ,利幅を減らしてシェアを確保しようとする。
第1章で述べたようにカナダについては,為替相場の数パーセントの変動が問題になっているが,これは貿易最大の相手国アメリカとほぼ同質の経済になっているからであろう。しかし,アメリカとヨーロッパ,日本との関係になると,直線的ではない。通貨調整があったからといって,輸出入価格は短期的,かつ急激に動くものではない。長期的観察からえられる競争価格の変化と輸出入の変化との相関関係は輸出企業の反応によって短期的にはほとんど意味をなさないまでにゆがめられてしまう場合がある。
また,現実の市場は理論が考えるほど,純粋競争的ではないし,異質な経済の間ではレート変更が敏感には響かないのであろう。