昭和47年
年次世界経済報告
福祉志向強まる世界経済
昭和47年12月5日
経済企画庁
第1部 通貨調整後の世界経済
第2章 遅れる通貨調整の効果
通貨調整後の国際収支動向をみると,もっとも端的に効果をみせているのは,移民送金,海外旅行など貿易外収支である。今回の通貨調整でも,西ドイツの移民送金支払が増加して経常収支の黒字を減らしているし,他方,イタリアでは受取りがふえて経常収支を支える役割を果している。
これに比べると,貿易収支の変化は明瞭ではない。切下げ国では輸出が伸び,輸入が抑制されて貿易収支は改善し切上げ国では逆に貿易収支は悪化すると考えられる。為替レートの変更は輸出入価格の変化を通じて輸出入数量を変化させるわけであるから,逆に過去における価格変化と数量変化そして貿易額の変化をとらえることによって将来を予測するのも一法である。こういった理論計算が1971年の通貨調整についてもいくつか行なわれているが,若干の相違はあるにせよ,アメリカの貿易収支は60~80億ドル改善,日本,西ドイツについてはそれぞれ40~60億ドルの悪化と見込まれている。しかし,これには前提があって,価格変化と数量変化との関係が過去のとおりであって,この要素だけが作用するとみている。したがって,景気によって輸出圧力が増減したり,あるいは輸入意欲がさかんになったり抑えられたりするといった動きは計算に入っていない。さらに,輸入国側からみれば,外国品に対する嗜好の強さや,輸入品をかわって生産する産業が存在していない場合があるといったこと,また輸出国側からみればいちど確保したシェアはなんとか守ろうとする輸出企業の努力など,現実に貿易を動かしている価格以外の諸要素が無視されている。アメリカでは,価格の変化がこういった諸要素を克服して数量に変化をもたらすとしても,半年や1年では無理であり,全面的に効果が出るとしても,2年先とする見方が強い。
現在得られている貿易統計でみると,アメリカは80億ドル近くの改善期待(ブルッキング・インスティチュートの推計)に対して,1~7月の貿易赤字(輸出入ともFOB)は年率にして60億ドル,1971年に比べると,赤字幅は45億ドル増大している。最近月の6~8月でみても,赤字悪化の幅は49億ドルである。
一方,切上げ国をみると,わが国の貿易黒字(輸入はCIF)は1~7月で年率59億ドル,1971年に比べると,黒字幅は理論値の方向とは逆に16億ドル増大している。もっとも5~7月でみると,黒字増大は8億ドルにまで減って,黒字縮小の方向を思わせる動きになっている(円ベースでみると上期の輸出は大きく落ち込んだ)。西ドイツについてみると,やはり理論値の方向とは逆でその貿易黒字(輸入はCIF)は13億ドル増大,4~6月でみても15億ドル増大している。
それでは,通貨調整の効果は今までに全くあらわれていないかというと,日本および西ドイツの輸出の動向を自国通貨建てでみると,明らかに年初来低迷をつづけていて,これはやはり大幅切上げが響いたものといえよう。だが,これもドル建てに直すと,切上げだけ手取りドル額がふえる結果となり,一方,輸入が停滞しているために,貿易黒字(ドル建て)は期待どおりには減っていない。
8~9ヵ月経過したところでいえば,主要国の貿易収支動向は理論的計算値の示すところからははるかに遠い。どうしてそうであるのかは明らかでないが,その最大の理由は理論的計算値が定常的な状態における長期的効果を示しているのに対して,現実はダイナミックであり,今までに得られた数値は短期的なものだからであろう。短期的には景気循環的要素が支配的であるため,理論的計算値と逆の現象がみられるのであって,これから通貨調整の効果が出るというのが一般的見方である。しかし一方では,従来の理論とは別の新しい経験をしているとの見方もあって,今しばらく事実を観察しつづける必要があろう。