昭和47年

年次世界経済報告

福祉志向強まる世界経済

昭和47年12月5日

経済企画庁


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第1部 通貨調整後の世界経済

第1章 適正な為替レート水準を求めて

6. 投機要因の強い為替市場

ポンドに対する売り圧力の大きさを考えれば,適切な措置であるにしても,その売り圧力をさそった原因の一つといわれるバーバー蔵相の発言,そしてその申にみられる為替調整に関する「慣行」の変化があらためて重視されたのであった。71年のアメリカ大統領経済諮問委員会報告は,「平価の小幅かつ頻繁な変更は,必ずしも現行I MF協定の修正を要しない。ただ加盟国が一般的にしたがってきた慣行を変えるだけでよい。」と述ぺている。今日の状況で「小きざみかつ,頻繁に平価変更」する旨,政策当局者が宣言することは「平価変更の予想」を国際金融市場に定着させることになる。6月のポンド投機をみると,「非現実的な為替相場を維持するために,国内経済を許容できない程度にまでゆがめる必要性もないし,望ましくもない。」というバーバー蔵相の発言があって,これが6月のポンド売り投機の一つの原因だとされていることは注目に値する。

1970年のIMF理事会報告(国際収支調整における為替相場の役割)の一節が想起される。

資本が国際的に移動しうる現在においては,平価変更の予想が大量かつ攪乱的な資金の移動をもたらすことがありうる。現在では,国際通貨制度の中で,国際的な資本移動が,ブレトン・ウッズ体制創設当時よりもはるかに大きな影響を有するようになっているため,このような平価変更の予想の与える衝撃は増大している。

結局のところ,交換性のない大量のドルが世界各国に滞留し,しかも資金移動が迅速に行なわれやすい状況下にあっては,固定相場の維持はけっして容易ではない。「小きざみかつ頻繁な調整」についても,現実には適正なレート水準の模索を妨げるほどに投機が巨大化する可能性に考慮を払わねばならない。

変動相場制についても同様である。全体的に国際収支は均衡しても,それが資本流入によるもので,その場合のレートが輸出を抑圧するほどに高ければ,政策当局としては看過しえない。変動相場制をとっているとはいいながら,カナダ中央銀行は切上げ見越しで流入する米ドルを随時買入れているようで,米ドルの保有高の増加は71年8月以降末までに8億ドル,今年に入っても5月までに3億ドル増加している。これはカナダがインフレ懸念から通貨供給を抑え気味にしているために,アメリカとの金利差が開いて短資が流入したほか,州政府の外債発行が増加したからである。中央銀行の米ドル買入れにもかかわらず,カナダ・ドル相場は高騰して3月に100米セントを突破,6月には102セントに達した。これはわずか3%強の上昇にすぎないが輸出産業および輸入品競合産業に深刻な影響を与え,100セント以下の水準でのリペッグ(固定相場への復帰)を要求する声が出ている。かつて62年のときも似た状況下でリペッグしたが,米ドル資金があまりにも流動的である現在では,固定相場にもふみきれないようである。

カナダ・ドルの直面している悩みは,今日の為替相場制度のあり方のむずかしさをあらわしている。国際金融市場が安定していれば,変動相場制でもさしつかえないし,固定相場に徹することもできる。固定相場制は不適であって,変動相場制あるいはクローリング・ペッグ制ならば万事うまくいくといった単純な状況にはない。カナダでは,変動相場制か固定相場制かが問題なのではなく,レートの水準が問題であるという受けとり方をしている。通貨当局の課題は適切なレートをどうやって安定的に維持するかにある。不確実性の大きい現在の国際金融情勢のなかでは,諸外国との相互関係の変化に気をくばりながら,柔軟に,すなわち時には断固として時には機敏に,波瀾に対処することが必要なのであろう。

第1-8図 資金移動の集中豪雨をおそれる各国

第1-9図 カナダ・ドルの高騰


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