昭和47年

年次世界経済報告

福祉志向強まる世界経済

昭和47年12月5日

経済企画庁


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第1部 通貨調整後の世界経済

第1章 適正な為替レート水準を求めて

3. EC通貨間の変動幅縮小

1国内におけると同様に,世界的にも単一通貨が実現すれば,通貨の有用性は最大になる。それには為替手数料がかからないとかりスクがなくなるといった直接的な利点もあるが,基本的には貨幣価値の均等化を通じて自由競争が促進され,資源の最適配分が達成されるところにある。IMFの固定相場制は,世界レベルでこの単一通貨の利点を確保しようとしたものである。

しかし,実体経済の歴史的変化によって,その上部構造である為替相場システムが従来に比してゆるい固定相場制に変更されてきているのであるが,この大勢とは逆に,ECは単一通貨をめざす一つの部分システム追求を開始したのである。

12月のスミソニアン会議のあと,ECは域内変動幅の縮小について検討を行なった。これは本来,71年6月15日から実施される予定であったが,その寸前の5月,西ドイツ・マルクが投機に見舞われ変動相場制に移行したため実施をみあわせていたものである。

経済統合の中心的な柱はいうまでもなく,すべての商品について共同市場,すなわち一つの市場を形成することにあるが,農産物については,その特性にかんがみすでに,共通農業政策をスタートさせている。域内諸国に共通な価格を各農産物に毎年設定することがその基本的仕組みになっている。

共通価格の単価はUC(Unitede Compte計算単位の意)とよばれ,金0.888671グラム(切下げ前のドルの価値)に相当する。各国の農民にとって重要なのは,UC建共通価格が自国建通貨でいくらになるかということである。スミソニアン会議の結果,対ドル・レートの変動幅が上下各々2.25%,すなわち合計4.5%に拡大されたが,これにともない,域内通貨相互間では上下各々4.5%まで開きうることになった。それだけ,相対価格が大幅に変動する可能性があるわけである。

したがって域内通貨相互間の変動幅縮小は,ECの維持発展のために,その前の年よりもいっそう緊急を要するものとなった。

3月7日,EC蔵相会議は一連の通貨金融措置を決定した。その内容は,71年始めに合意をみたEC経済通貨同盟形成を再確認するもので,

など,相場の安定が中心になっている。4月10日,EC中央銀行総裁会議は,上記のうち,まず,変動幅縮小を4月24日から実施することに決定した。

EC中央銀行の市場介入方式は次のとおりである。

71年6月実施予定の方式によれば,域内通貨それぞれの対ドル・レートの平均値である共同体水準を必要の都度協議によって決定することになっていた。そして,この共同体水準の上下0.6%の範囲内に加盟国通貨の対ドル相場をとどめるよう,加盟国中央銀行が共同介入するはずであった。これに対して今回の方式は直接,域内通貨の売買を通して域内通貨相互間の変動幅を2.25%におさえようとするものである。前の方式では,対ドル相場にドルで介入することにより,間接的にクロスレートの変動幅を1.2%におさえることをねらったのに対して,今回の方式では,ドルの介入を全く排除している。基軸通貨の地位(金との交換を保証されているという意味での)をすべり落ちたドルは,その結果としてさらにヨーロッパにおいて,部分的に介入通貨としての機能を停止させられたのである。また,強い通貨の中央銀行は弱い通貨を買入れることになるが,弱い通貨の中央銀行は1~2ヵ月のうちに,対外準備の割合にしたがって買戻すことになる。

ECのこの措置に5月1日イギリス,デンマーク,アイルランド,また23日ノルウエーが参加した。ジスカールデスタン仏蔵相は,多くの国がこのシステムに参加することを歓迎する旨述べている。

このようにして,EC6ヵ国だけでなく,ヨーロッパ全体が一つの通貨圏の形成に向おうとしている。だがスミソニアン体制を否定しきっているわけではなく,域内各国は上述のように域内通貨相互間の為替相場の安定をはかりつつ,別途対ドル相場については,上下2.25%の変動幅の上下限でドルにより介入する仕組みをとっている。ECはIMF体制を是認しつつ,その中に一つの通貨地域を形成するという実験を行なっているわけである。ここでいう通貨地域とは,域内諸通貨が互いに固定相場で結ばれ完全な交換性をもつような地域をいう。こういった試みがEC諸通貨の「信認」を増す役割を果たしている。

ECにとっては,ドルから脱却し,独自の共通通貨をもつことが最終目標である。

これによって,通貨統合への接近がより効果的に行なわれる可能性が強まったとはいえ,前途はなお多難である。

第1に,域内通貨間の変動幅縮小を手はじめとする平価の固定化は技術的にむずかしい問題を含むばかりでなく,基本的には加盟国の物価,賃金,生産性の上昇に大きな差異があってはならない性格のもので,このため協調のための委員会設立を決定した。しかし,これは一方で,各国の政策決定権をしだいに共同体に移すことを意味するが,その程度,時期などについて,域内各国は必ずしも一致しているわけではない。

第2に,今回の措置によって,域内市場のドルに対する依存度はかなり低下するものとみられるものの,完全にドルから離脱するまでにはかなりの時間がかかるとみられる点である。すでに,ECの貿易構造は域内取引が約半分に達しており,その決済はかなりの程度までEC通貨建てによって行なわれている。しかし,資本取引についてはユーロダラー市場の存在もあって,ドル為替の占める比率が大部分である。

第3に,ECがドルから分離する過程で,ドルにかわってどのような準備通貨を創出するかについての具体的な構想が必ずしも明らかでないことである。域内各国はいずれも自国通貨が準備通貨となることについては反対を表明しているので,SDRに類似した何らかの共通準備資産をもつことが必要となろう。UCが準備通貨となり,さらに民間の取引通貨となるためには,その価値の安定性が十分に保証されなければならない。

長期展望はともあれ,次節に述べるようにECの変動幅縮小の試みは発足2ヵ月目に,ポンドの一時的離脱という危機に直面し早くも上記3つの問題の複雑さが表面化したが,そのことをもって,通貨同盟の前途を否定的に考えてはならない。ECの成立過程とその後の発展をふり返ってみるとき,われわれは迂余曲折の根底にヨーロッパが一つになろうとする大きな歴史的流れをみるのである。


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