昭和46年

年次世界経済報告

転機に立つブレトンウッズ体制

昭和46年12月14日

経済企画庁


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第5章 主要国の経済動向

2. スタグフレーション下のイギリス経済

長期にわたる引締め政策の持続により70年のイギリス経済は前年にひきつづき停滞的であったが(実質GDPの成長率69年1.7%,70年1.7%),71年になるとさらに停滞色がつよまった。しかも他方で賃金,物価の上昇テンポがむしろ加速化して,典型的なスタグフレーションが71年中もつづいた。70年央に政権の座に返りざいた保守党政府は,財政の建直しや労使関係の正常化など,各種の構造改革にとり組むとともに,71年春以降かなり積極的なリフレ政策を打出し,すでにある程度の効果をあげている。

(1) 生産の停滞と失業の増加

70年の低成長のあと,71年の生産も失望的であった。第1四半期の実質G DPは郵便ストやフォードストなどもあって,前期比5%減と大幅に減少したあと,第2四半期に回復したが,上期全体では70年下期を1%下回っており,全体として停滞的であったといえる。鉱工業生産も第1四半期に落込んだあと,第2四半期に回復したものの,7~8月に横ばい,9月にようやく再上昇するなど,回復テンポに力づよいものがみられない。

こうした生産の低迷を反映して,失業数は増加の一途をたどり,完全失業数は70年平均の57.4万人,同第4四半期の58.1万人から71年中ふえつづけ,9月には82万人となり,失業率も70年末の2.6%から71年9月の3.6%へ上昇した。

こうした景気不振は内外需要の停滞によるものである。ポンド切下げ後,一時輸出先導型の成長パターンをたどるかにみえたイギリス経済は,70年になって輸出数量の伸びが著しく鈍化し,その増加率は68年14.3%,69年10.3%に対して70年はわずか3.3%にすぎなくなったが,71年1~7月においても前年同期比の2.3%増にとどまった。ただし70年には港湾スト,71年上期には郵便ストやフォードストなどにより輸出が阻害された面があったことも見逃せない。

他方,国内需要も全般的に不振となった。とくに設備投資は71年上期に70年下期比5.8%減(実質)となり,前年同期にくらべても2.8%減となった。

貿易産業省の投資予測調査(10月)をみても,71年の設備投資は実質で前年比6~8%減とされている。稼働率の大幅低下と景気の悪化が原因である。

住宅建築も第1四半期減少のあと,第2四半期に回復したが,上期全体としては70年下期を1.5%下回った。また製造業を中心に在庫べらしが進行したことも大きなマイナス要因となった。

消費需要は,ストの影響もあって第1四半期に急減したあと,第2四半期には回復したが,これまた全体としては70年下期の水準にとどまった。(個人消費の約半分をしめる小売売上高でみると,上期の実績は70年下期比1.5%減)。このように個人消費が伸び悩んだのは,高率の賃上げにもかかわらず,雇用減,超勤減,物価上昇の加速化等で71年上期の実質可処分所得が70年下期比1%減となったからである。

このように個人消費は71年上期中概して不振であったが,後述のように4月と7月に打出された一連の刺激措置により7月以降小売売上げの増加,新車販売台数の急増など,耐久消費財を中心に個人消費増加のきざしがみえはじめた。

(2) 激化するインフレーション

経済活動の全般的な停滞がつづくなかで,物価と賃金だけは急角度の上昇をつづけている。卸売物価の前年同期比上昇率をみると,第1四半期8.2%,第2四半期8.4%,第3四半期8.2%とあまり変らない。他方,消費者物価の上昇テンポはますます高まり,70年平均6.4%(69年5.4%)のあと,71年第1四半期8.6%,第2四半期9.8%,第3四半期10.1%となった。

こうした経済停滞下におけるインフレの主因が過大な賃上げにあることはいうまでもなく,大量の失業の増加のなかで賃金上昇テンポはますます高まっている。全産業の時間あたり賃金率は70年(10.3%増)にひきつづき,71年も大幅に上昇した(1~7月間に前年同期比13.5%増)。他方,生産性は停滞的であるから,生産物単位あたり賃金コストは70年上期8.6%増(前年同期比),下期に12.1,増のあと,71年第1四半期も12.4,と大幅な上昇をみせた。労働協約の更新による賃金アップ率をみると,さすがに最近は9%前後とやや小幅化しているが,秋の労働攻勢の最大のやま場とみられる機械工組合の賃上げ要求はなお過大であり,賃金問題はなお当分イギリス経済の悩みの種であることをやめないだろう。

(3) 国際収支の好調つづく

経常収支の大幅黒字に加えて,短資の大量流入があって,国際収支は異常な黒字をつづけており,71年上期には17.3億ポンドの黒字を出した(70年上期は13.1億ポンド)。68年の赤字14.1億ポンドからみると隔世の感がある。

そのうち経常収支黒字幅は3.2億ポンドで,前年同期とほぼ同じである。経常収支大幅黒字の原因は主として貿易収支の好調にあり,貿易収支赤字という伝統的なパターンが70年以来変って,僅かながら黒字化している(71年上期は500万ポンドの黒字)。だがこの貿易収支の黒字が景気停滞下の黒字であり,しかもそれが主として交易条件の大幅改善によるものである点に注意する必要がある。すなわち,71年上期の輸入価格が前年同期比2.7,高にとどまったのに対して,輸出価格は7.9,も上昇しており,輸入数量の伸びはわずか1.3,にすぎなかった。主要国のなかで最大の上昇率であって,この調子がつづけば,ポンド切下げの利点も遠からず全く失われてしまうおそれがある。

こうした経常収支の好調持続のほか,資本収支も金利差や投機による短資の大量流入で大幅な黒字を出し,企業の対外借入禁止や(1月),非居住者預金の利付停止および新規預金受入停止(8月末),公定歩合引下げ(9月はじめ)など,短資流入阻止措置をとったほどであった。

(4) 拡大政策への転換

70年央に政権についた保守党政府は,当初インフレ克服の見地からリフレ政策の採用に慎重な構えを示していたが,71年にはいって前記のように景気停滞と失業増加がつづいたため,4月の予算では(1)法人税,所得税を中心とする減税,(2)銀行貸出制限の緩和など若干のリフレ措置をとったあと,7月には(1)賦払信用規制の撤廃(3)特別償却制の拡充など,かなり思い切ったリフレ措置がとられた。ついで11月下旬,失業対策として公共事業費の増額がはかられた。

その一つの背景として,イギリス産業連盟の自主的な価格規制提案が指摘される。これは今後12ヵ月間商品,サービス価格の上昇率を5%以内へ抑えようとするもので,この民間産業界の自主的価格規制に呼応して政府は国有産業についても同様な措置をとることにした。いわば成長と安定の同時達成を狙ったものである。

いずれにせよ,こうした自主的価格規制に加えて7月のリフレ措置のなかに仕入税引下げという価格引下げ効果をもつ措置が含まれていたので,賃金の行方になお疑問が残るものの,72年の物価上昇率鈍化の可能性が出てきた。すでに9月以降物価上昇率に若干の鈍化のきざしがみえはじめている。NIESR(全国経済社会研究所)によれば,72年のインフレ率は仕入税引下げで3/4%,国有産業の自主規制で3/4%,産業界の自主規制で1/2%,合計約2%低下するだろうとされている。他方,実質成長率は71年の0.5%に対して72年は約3.2%へ上昇すると予想されており,政府もほぼ同様の見解である。もしこの予想が正しいとすれば,72年はイギリスにとって成長と安定の同時達成が或る程度実現する年となる。

第5-2図 イギリスの主要経済指標

だがニクソン大統領の新経済政策により,このような比較的楽観的な見通しを修正する必要がありそうである。イギリスの対米輸出依存度は約12%で西欧のなかで最も高い。多角的平価調整の場においてポンドはおそらく相対的に実質切下げとなる可能性があるが,欧大陸の景況悪化予想を考慮すると,海外環境は総合して悪化する可能性がつよい。実際また7月の補正予算(ミニ・バジエット)で好転した企業の景気見通しも,ニクソン・ショックで最近は再びかげりが出てきたようである。


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