昭和46年
年次世界経済報告
転機に立つブレトンウッズ体制
昭和46年12月14日
経済企画庁
第4章 変貌する世界貿易
1971年7月にEC諸国が,つづいて8月に日本が発展途上国に対する一般特恵関税を実施した。それ自体はガットの標ぼうする無差別原則の重大な修正であるが,その必要性は今から10数年も前に,ガットの内部で叫ばれていたものである。
58年のガット総会に,発展途上国の貿易の分析と対策を検討した「国際貿易の動向」と題する報告書(いわゆるハーバラ報告書)が提出された。この報告書は一次産品の需要および価格の安定の必要性を指摘するとともに,国際流動性の増加,商品協定の拡充,さらには先進国による一次産品に係わる貿易障害の軽減および国内農業保護政策の緩和を提案している。その背景には朝鮮動乱ブーム後,発展途上国の国際収支が急速に悪化したことがあげられる。ガットはこの報告を基礎にして発展途上国の輸出を阻害している原因を究明した結果,63年5月の「閣僚会議」において,発展途上国の輸出拡大のための「実行計画」を採択した。この計画には,発展途上国の主要輸出品である一次産品に対する輸入制限や関税を撤廃することのほか,製品,半製品に対する関税を3年間に最小限50%引下げることが含まれていた。この「実行計画」の骨子には,その後64年11月のガット総会において,発展途上国の貿易拡大のための関税,その他の特別待遇を与える「貿易および開発に関する新章」が採択された。これはガットの二大支柱である互恵主義と無差別主義の原則に大きな修正を加えるものであった。
一方,発展途上国の開発問題は国連にも持ちこまれ,61年の総会において,60年代は「国連開発の10年」とされた。さらに,発展途上国側は国連の枠内で「南北問題」を討議するよう要求し,64年第1回国連貿易開発会議(UNCTAD)が開催された。この会議で発展途上国側は,第1次産品問題や援助問題と並んで,先進国が発展途上国の輸出する製品,半製品に対して一方的に特恵を供与すべきことを要求した。しかしアメリカは,特恵関税が無差別原則に反するものである上に,ケネディ・ラウンド終結前に特恵関税の討議を進めることは,ケネディ・ラウンドに悪影響を及ぼすとして反対した。他の先進国もこれに同調し,日本も棄権するなど,一致した賛成をえられず「専門委員会で特恵実施の方法を検討する」という勧告が採択されるに止まった。なお,オーストラリアだけは66年4月,品目,受益国等を独自に選択し,単独で発展途上国に特恵を供与することにふみきった。
その後,アメリカは特恵供与の可能性について検討を開始するという方針に転じ,他の先進諸国もこれに同調した。そして,OECDの中に特恵小グループ(アメリカ,イギリス,フランス,西ドイツの4カ国)が設けられ,67年10月に最終報告書(いわゆる「4ヵ国レポート」)がとりまとめられた。これにもとづいて同年11月,OECD閣僚理事会は一般的,無差別,かつ暫定的な特恵を与えるという基本方針を決定した。発展途上国側でも,67年10月に77ヵ国グループがアルジェに集まり,第2回UNCTADに臨む態度について総合調整をはかり,特恵に関する統一的見解をまとめた。
68年2月,第2回UNCTADが開かれ,「低開発国特恵」が正式に決議された。しかし,特恵の対象品目,特恵期間,特恵の幅などについて先進国側と発展途上国側で合意がみられず,実施期間を70年初頭とすることなどが決議されただけに終わった。特恵供与の細目に関する先進国側と発展途上国側の協議はUNCTAD特恵特別委員会にもちこまれ,70年10月に報告書がとりまとめられた。70年10月,国連貿易開発理事会(TDB)はこれを採択し,ここに最終的な合意をみるにいたった。同年10月の国連総会においても「第2次国連開発の10年」の開発戦略の一部として特恵が採択され,その早期実施が強く要望された。
こうした情勢をうけて先進国側は71年実施を目標に準備を進め,はじめに述べたように,ECは7月1日から,日本は8月1日,およびノルウェーは10月1日から実施した。他の西欧諸国は72年1月に実施する見込みである。
しかしながら,アメリカは国内経済の不振と国際収支の悪化から実施の見通しがたっていない。こうしたアメリカの態度について,8月末に開かれたU NCTADの第11回TDB(貿易開発理事会)では,発展途上国側は強い不満を表明した。
特恵を供与する国はEC諸国,日本,アメリカ,イギリスを初めとするO ECD19ヵ国である。
特恵の実施期間については,最終的には10年間とすることで合意されている。期間終了前に,特恵実施の状況を審査した上,特恵関税制度をさらに継続すべきか否かを決めることになっている。
特恵の供与品目は,当初,工業製品,半製品が対象とされたが,発展途上国側が農産物についても特恵供与を強く要望したことから,最終的には若干の農水産物を含むものとなっている。鉱工業品については,国内産業の事情を考慮して定める例外品目のほかは,原則として特恵を供与することになっている。鉱工業品に対する特恵供与の方式としては,EC,日本およびオーストラリアが採用している一定の限度枠までは特恵輸入を認めるシーリング方式とアメリカ,イギリス等が採用することとしている無制限に特恵輸入を認めるが,国内産業に重大な損害を及ぼす場合には緊急措置を発動し,特恵輸入を停止するというエスケープ・クローズ方式とに大別される。
農水産品に対する特恵供与については,当初から先進国側は消極的であったが,発展途上国側の強い要望により,品目ごとに検討のうえ可能な産品につき特恵を供与することになった。その品目は日本59,アメリカ76,イギリス69,EC51である。関税の引下げ幅は,現在実施している日本,ECはともに20~100%程度となっている。なお,EC,日本,アメリカ,イギリスとも農水産品輸入の増大により,国内産業に被害が生じた場合,または生じるおそれがある場合にはエスケープ・クローズを発動することとしている。主な先進諸国の特恵の供与方式を比較すると第4-16表のようになっている。
次に,いかなる国が特恵の受益国になるかという点であるが,UNCTA D加盟の発展途上国が特恵関税を供与してほしい旨の意見表明を行ない,これにもとづいて各先進国がそれぞれ受益国を決定することになった。しかし,スペイン,ポルトガルなどのOECD加盟国および属領に対して特恵を供与するかどうかについては最終的合意に達せず,各先進国にまかされることになった。また,既存特恵,逆特恵に反対してきたアメリカは,最終的には75年までに逆特恵の廃止を公約しない国に対しては特恵を供与しないこととしている。
発展途上国の工業製品輸出は年々増大しているとはいえ,69年で118億ドル,世界の工業製品輸出額の6.7%にすぎない。発展途上国の全輸出額からみても23.7%と4分の1弱である。この中から銅・錫など鉱産物の粗製ないしは精製による非鉄金属を除いてみると,83億8,000万ドルと,世界のそれの5.1%を占めるにすぎない。主力となる商品はもちろん労働集約商品であって繊維,雑貨などの軽工業製品が大きなウエイトをもっている( 第4-17表 )。
工業製品輸出の主な相手国はアメリカ(1969年の発展途上国の工業製品輸出全体の26.2%),EC(同,19.5%),イギリス(同,9.2%),日本(同,7.1%),カナダ(同,1.6%)であり,これら諸地域で発展途上国の工業製品総輸出の63.6%を占めている( 第4-18表 )。発展途上国のOECD諸国向け工業製品輸出のうち5,000万ドル以上の輸出品目を選んでみると,品目数にして22品目であり,これだけでOECD向け工業製品の92.2%を占めている。しかし,このうち,OECD市場で20%以上の輸出比率を占めている衣類,綿織物,ベニヤ板,合板,皮革製品およびはきものについては先進諸国は自国産業の保護のために特恵を留保したり,無税にはせずに関税率引下げに止まっている。
特恵実施によって発展途上国が今後どのくらい輸出を伸ばすことができるかは興味深い問題である。もしこれが先進国による関税率の一括引下げであるならば,適当な輸入の価格弾性値を用いて試算することも可能であろう。しかし, 第4-16表 の供与方式を一目すればわかるように,シーリング方式の場合は過去の実績にもとづいて計算されるため,品目によっては輸入の当然増の中に埋没しでしまうものもある。アメリカなどのように,一定品目以外は無税というのは簡明であるが,輸入が急増すれば緊急輸入制限するというのでは,そのめどを立てにくい。前節で指摘したように,保護貿易措置の発動はそれを数量的に定式化しえないところに特徴がある。すでにアメリカ国内では,原案より後退した意見が出ている。すなわち,ウイリアムズ委員会報告は議会が特恵供与制度の権限を大統領に与える際に,「制度の中に適当な調整をなしうるような追加権限」を含ませるべきだと提言している。「われわれの考えでは,かかる調整は二つの点を考慮すべきである。個々の国の個々の品目における競争力,すなわち特定産品で競争力の強い国にはそれらの品目に特恵を与えない。また,発展途上国のために市場を開くという責任が先進国,とくにECと日本で公平に分担されている度合。」と述べている。
アメリカの態度はこのように流動的であるし,イギリス,カナダもいまだに実施していない現在,供与方式を比較したり,発展途上国の輸出拡大効果を予測することはきわめて困難である。ただいえることは,発展途上国側が関心をもっている品目は先進国側が例外品目や関税引下げに止めるということで,特恵の効果はかなり限定されたものとならざるをえない。しかも,特恵の恩恵を亨受できるのは香港,韓国,インド,メキシコなど,すでに工業化にある程度成功し輸出を伸ばし高成長をとげている一部の国にすぎない。これらの国に対しては,特恵実施を機に低賃金をめざした先進国からの直接投資がいっそう増大し,経済成長を加速させることになろうが,他方,第1次産品中心の低成長国はますます取り残されることになりかねない。このような意味から,成長のきっかけを与えるための公的援助の重要性は一段と大きくなっている。近年,公的援助の重視が叫ばれているし,本来低成長の国により多くの公的援助を与えられるべきだが,一人当たり受取り額でみると,そうはなっていない( 第4-19図 )。
一般特恵の発想はガットの中から芽生えたものであるが,ガットの枠内では処理しきれず,UNCTAD OECDというより多くの国を包含した機構の中で解決されざるをえなかった。ガットという限定された枠組を超える間題であったといえる。しかも,地域特恵を一般特恵に止揚するのがガット本来の役割であるにもかかわらず,EC諸国とアフリカ諸国の特恵関係はついに崩すことができず,せいぜい地域特恵のもつ差別性をいくぶん軽減したにとどまってしまった。とはいえ,ブレトン・ウッズ体制がめざす均衡ある世界貿易の発展といった理念からみれば,先進諸国が輸出拡大の機会を発展途上国に与えて,その産業構造の高度化を援助する姿勢を示したことは大きな前進といえる。それは自国の産業とくに労働集約産業に対する関税保護を低減し産業転換を促す方向を明確に表明したと解しうるからである。
こうした先進国の発展途上国に対する一般特恵の供与と並んで,発展途上国相互間で特恵を供与しあおうという気運が高まっている。64年のプレビッシュ報告はすでに発展途上国相互間の特恵供与の必要性をとりあげていたが,70年11月,ガット加盟の14ヵ国(エジプト,韓国,ユーゴ,ブラジル,チリ,ギリシャ,インド,イスラエル,ペルー,チュニジア,トルコ,パキスタン,スペイン,ウルグアイ)と非加盟の2カ国(メキシコ,フィリピシ)で特恵同盟といったものをつくることについて合意がみられている。すべての発展途上国に門戸が開かれると,世界貿易体制に小なからぬ影響を与えるであろう。