昭和46年
年次世界経済報告
転機に立つブレトンウッズ体制
昭和46年12月14日
経済企画庁
第4章 変貌する世界貿易
戦後の世界貿易の推移をみると,次の3つの拡大期に分けることができる( 第4-1図 )。
① 1952年から57年にかけての時期
② 1958年から66年にかけての時期
③ 1967年から現在までの時期
第1の時期は,アメリカの経済力が圧倒的優位をもっていたが,しだいにそれがヨーロッパ諸国と日本の復興によって崩れ出し,この期の末頃にはそれまでのドル不足がほぼ解消した時期である。
第2の時期は,EECが成立し,広域市場の創出に伴う「規模の利益」を享受することによって,アメリカの経済力に接近すると同時に,一方のアメリカもまき返しをはかった時期である。当時,アメリカのヨーロッパ向け直接投資が急増して,EC内部の分業体制の再編成,企業の合併,巣中など大規模経済への移行を促進した。他方,日本も高度成長過程で新技術を吸収し,経済力を急速に増大させた。
第3の時期は,画期的な世界貿易の拡大が続くなかで,ECの経済力がさらに強まり,他方,アメリカでは完全雇用下のベトナム戦争拡大によりインフレが進行した結果,競争力がさらに低下し,その圧倒的優位のもとでつくら社た戦後の貿易体制が動揺し始めた時期である。世界貿易(輸出)は第1の時期に年率6.8%増,第2の時期に8.3%増としだいに拡大テンポを高め,第3の時期(67~70年)には,13.3%にも達している。(これを実質にすると,それぞれ6.9%,7.5%,10.7%である)。
第3の時期だけをとってみると,68年には11.9%増,69年には14.5%増,70年には14.3%増と3年連続して10%を大きく上回った。ことに70年に14%を上回る拡大を示したのは,戦後においては朝鮮動乱以降初めてのことであった。70年前半をピークとして増勢は鈍化しているが,71年に入ってもなお10%をこえる拡大を維持している。こうした大幅でしかも長期にわたる貿易の拡大は,他の拡大期にも類をみないものである。しかし一方,世界の輸出価格は,68年にわずかながら低落したあと,69年は3.8%高,70年は5.6%高と騰貴速度を高めている。60年代の世界の輸出価格の平均上昇率は1.2%であるから,69年以降の価格上昇はきわめて大幅なものであって,世界的なインフレーションの影響が貿易面に波及したことを物語っている。
したがって,世界輸出を実質に直してみると,68年の12.7%増をピークとして,69年は10.6%増,70年は9.0%増と推移し,71年第1四半期には前年同期比6.4%増と60年代の平均増加率8%を下回るにいたった。ちなみに,70年を上期と下期に分けると,70年上期は前年同期比10.5%増であったのが,下期には8.1%増である。このように画期的な拡大を続けた世界貿易も実質でみると70年後半から鈍化局面に入ったといえよう。
ところで,今回の貿易拡大は,先進国における景気回復の段階でスタートしている( 第4-2図 )。68年にまずアメリカの輸入需要が大きく拡大し,ついで69,70年にEC諸国および日本がその中心となった( 第4-3図 )。しかし,それもしだいに鈍化に転じ,70年に入ると,アメリカの景気回復といったプラスの要因もあったが,他方,ヨーロッパ,日本ともに景気が鎮静化し,輸入需要は鈍化している。71年後半にはアメリカの輸入課徴金設定,国際通貨不安といった特殊要因が加わり,新たな拡大へ転ずるには,なお,しばらく時を要すると思われる。
以下,今回の世界貿易拡大期にみられた特徴を,第1に生産との関連で,第2に地域別,商品別の特徴という点から分析し,さらに拡大を支えた要因および,この拡大の中で生じた問題点を明らかにして,将来展望への足がかりとしたい。
1)生産を大幅に上回る貿易の拡大
戦後の世界経済の最も輝かしい成果の1つは,戦後一貫して貿易が生産の伸びを上回って拡大したことである(輸入の生産に対する弾性値は1950年から70年にかけて1.27となっている)。 第4-4図 は,世界の鉱工業生産と実質輸入(実質)の関係をみたもので,戦後についてみると,貿易の伸びが生産を上回っていることを示している。戦前にはこうした現象はみられず,とくに1930年代と大きく異っている。
ここで注目されることは,とくに,68年以降はこれまでのトレンドを上回って貿易が拡大したことである。これを地域別にみると,先進国においてトレンドからの乖離が著しい。先進国の中をさらに国別にみると,とくにアメリカ,そしてイギリスにおいて,これまでの傾向を上回る輸入の増大がみられる。最近,アメリカの輸入依存度が増大したのは,日本,ヨーロッパ諸国が一段とキャッチアップしたことのほかに,ベトナム戦争の拡大による軍需関係の輸入増大と国内インフレの高進による国内市場における競争力の低下が響いているとみられる。そして,これが後述するように問題点として現われているのである。
2)地域別の動き
68年から70年にわたる今回の貿易拡大期においても,先進国間貿易あるいは工業品貿易が拡大の中心であって,この点,従来の拡大期と大きな相違はみられない( 第4-1表 )(戦前においては,垂置貿易が中心であって,工業品と第1次産品が同程度の伸びを示した)。
先進国間貿易は年率15,5%(67~70年)の急速な拡大を示し,世界貿易増加に対する寄与率は61%にも上った。発展途上国は,輸出全体の7割近くをしめる1次産品輸出が停滞しているためにこの間に10.6%増と相対的に伸びが遅れ,戦後から一貫して世界貿易にしめるシエアを低下させているが,70年には17.4%となった。社会主義国の世界貿易に占めるシエアは,従来横這いに推移してきたが,今回の拡大期には,シエアを微減させている( 第4-5図 )。
先進国の輸出増加率をみると,EC諸国が,ヨーロッパ相互間の貿易を中心として,また日本がアメリカ向け東南アジア向けを中心として,それぞれ年率16.4%増,22.8%増(67~70年)と顕著な伸びを示したのに対して,アメリカ,イギリスはそれぞれ12.4%,12.0%と相対的に遅れをとっている。この結果,工業品貿易に占める地位も,アメリカ,イギリスのシエア低下,日本,ECのシエア上昇といったパターンがいっそう明確になった( 第4-6図 )。
発展途上国は,全体として世界貿易に占めるシエアを低下させているとはいえ,そのうちの先発発展途上国は工業品輸出を増大させているし,産油国は先進国の旺盛な石油需要の高まりを背景に原油輸出を伸ばしている。
社会主義国では地域内部の取引が約6割をしめて,域内貿易の貿易結合度も他の地域を大きく上回るものとなっている( 第4-2表 )。ただ,その中にあって,中ソ貿易の急減が注目される。なお,東欧とヨーロッパとの貿易をみると,近年やや増大気運にあるが,従来と同様,西側は機械,設備,化学品など工業完成品を輸出し,東側は原燃料,農産物を輸出している。
3)商品別の特徴
商品別にみると,とくに注目されるのは,先進国間における技術集約商品貿易の増大と発展途上国における工業品を中心とする輸出構造の多様化への動きである。
(イ)先進国間における技術集約商品貿易の増大
先進国間貿易において,60年代を通じて輸出増加率が高かったのは,耐久消費財と技術集約商品であった。第4-3表はOECD域内貿易にしめる技術集約商品の伸び率と国別割合を示したものである。これによると技術集約商品がOECD域内輸出にしめる割合は約24%をしめ,61~69年の世界貿易拡大期においても16.9%増と域内総輸出の増加率15.4%を上回っている。技術集約度の観点から主要国の輸出構造をみると,アメリカ,西ドイツ,イギている。
リスは類似した構造を示している。日本は近年急速に技術集約商品の輸出を増加させ,輸出構造を高度化させている。
技術集約商品の国別シエアをみるとやはりアメリカが大きな比重をしめている。しかし,これをさらに商品別にみると,アメリカは航空機においていぜんとして圧倒的な地位を維持しているが,化学,石油製品,電気機械については,西ドイツ,イタリア,日本にマーケットシエアをしだいに奪われつつあることが分る。これには,アメリカ企業のヨーロッパ進出という要因も大きいと考えられるが,EC諸国,日本が先端技術を吸収することにより,この分野でも国際競争力を強めていることを示していよう。
(ロ)発展途上国における輸出構造の多様化
発展途上国の輸出が相対的に伸び悩みを続けているのは全輸出の7割をしめる1次産品の輸出が概して不振を続けているためである。他方,工業品の全輸出にしめるシエアは23.7%(69年)とまだ小さいが,67~69年の世界貿易拡大期には「その他工業品(原料別製品,雑製品)」が年率約20%増と先進国の同製品輸出の伸び(15.8%)を大きく上回った。発展途上国全体としてみると,65年頃から工業品輸出が急増して,68年には,石油輸出額とほぼ等しくなった。
発展途上国においても,工業品輸出のシエアが相対的に大きくかつ輸出品の多様化に成功している国ほど輸出の伸びが高い。 第4-7図 は輸出品の集中度と輸出増加率の関係をみたものであるが,韓国,台湾,香港,イスラエルなどでは工業品中心に輸出品の多様化を進めている。このほかタイなどのように新たな1次産品を基盤にして輸出増加をはかっている国もある。
こうした発展途上国の輸出構造の多様化が進むなかで,一般特恵が実施されたことは南北問題解決のために大きな意味をもっているといえよう。よく知られているように,これまで発展途上国の輸出が伸び悩んできたのは1つには発展途上国自身の問題(適切な工業化政策や適正為替レートの設定がなかったこと)もあるが,先進国の側が,高関税,非関税障壁を設けて発展途上国の輸出に十分門戸を解放してこなかったことにもよるからである。
それでは過去数年,画期的な貿易の拡大はいかなる要因によってもたらされたのであろうか。まず先進国における景気局面の一致があげられる。68年には,前年の景気後退からの回復要因が働いて,アメリカの輸入需要が増大した。そしてその後,世界貿易拡大の主役がアメリカからヨーロッパへと推移しつつも,主要先進国の景気が69年前半まで一致して上昇局面にあったことは,貿易の拡大を支える大きな要因であった。69年後半から,アメリカは景気後退に入ったが,生産に比して,輸入がこれまでの景気後退期ほど減少せず,貿易に対する影響は比較的少なかった。
また,ケネディ・ラウンドなど一連の関税引下げが行なわれたことがあげられる。1968年1月に,アメリカ,カナダ,スイス,オーストリア,ポルトガルなどがケネディ・ラウンドで決められた全体の関税引下げのうちの最初の5分の1の関税引下げを行ない,EC,日本,スウェーデン,ノルウェ一,デンマーク,フィンランド,スペイン,ギリシャ,イスラエルは同年7月に5分の2の引下げを行なった。また同時にECは残されていた10%の域内関税を撤廃した。(EFTAはこれより先の67年1月に残存域内関税を撤廃している。)これらの関税引下げにより関税率は68年に平均して2ポイント引下げられたとみられ,貿易拡大を刺激した。ケネディ・ラウンドの場合には,5ヵ年にわたって毎年関税引下げが行なわれることになっているので,72年まで68年と同様の効果が期待できる。 第4-4表 は,ケネディ・ラウンドによって72年までに工業品の関税が平均して35%引下げられた時の静態的な貿易拡大効果を示している。このほか65年に締結されたアメリカとカナダの「自動車協定」の影響もあってカナダのアメリカ向け輸出が急増した。
69年以降は,名目と実質とで貿易の拡大テンポに乖離がみられたが,これは,69年以降の世界的インフレーシミンの進行によるところが大きい。
68年末の西ドイツの国境税調整と69年のマルク切上げは西ドイツの輸出価格を高めたし,フランの切下げもそれがインフレ的な環境の中で行なわれたためにフランスの輸出価格が予想されたほど下らず全体として貿易価格を高める方向に働いた。70年には世界の貿易価格は約6%高となり,国内の価格もほぼ等しい率で上昇した。この世界的インフレの進行の下でインフレ速度の激しい国では,国内市場においても国産品の競争力が弱まり生産が不振であるにもかかわらず輸入が増大するといった現象が生ずるとともに,世界全体としての名目貿易額も大きく増加した。
画期的な貿易拡大が続く中で,各国の世界貿易にしめる地位が様々に変化し,それが世界貿易体制に多くの問題を提起するようになった。この相対的な地位の変化は60年代を通じてみられたものであるが,最近の急速な貿易拡大の中で加速された。第4-5表は先進諸国の工業品輸出がどのような要因によって促進されたかをみたものである。第1欄は先進諸国のOECD地域向け輸出増加率を示し,第2~4欄はその増加要因を先進国の需要増加,地域別需要増加,商品別需要増加に分けたものであり,第5欄はこれらの要因以外の輸出商品の価格,品質納期の相違など国際競争力を示していると考えられる。これによるとOECD市場の需要増加率は各国でほぼ等しいが,60年代後半(67~69年)には増加率が各国とも底上げされている。地域別の需要増加をみると,,フランス,イタリアは60年代前半(60~66年)はプラスであったのが,後半にはマイナスに転じており,経済統合による効果がほぼ出つくしたのではないかと推定される。
国際競争力については,60年代を通じて競争力が強かったのは,日本,イタリアであり,弱かったのはイギリス,アメリカである。60年代後半には特にアメリカの競争力が大きく低下している。また,最近は「米加自動車協定」の影響もあって,カナダが競争力を強めている。こうした国際競争力の相違が世界貿易に占める各国の地位を変化させ,それがアメリカの場合には,競争力の強い日本との間で大きな摩擦を生じ保護主義が台頭する背景をなしているといえよう。