昭和38年

年次世界経済報告

昭和38年12月13日

経済企画庁


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第1部 総  論

第2章 成長過程にあらわれた諸問題

3. ガット交渉とEECにおける諸問題

(1) ブラッセル交渉中断の波紋

1年余にわたってつづけられたイギリスのEEC加盟交渉(いわゆるブラッセル交渉)は,63年1月28日フランスの反対により遂に中断された。イギリスのEEC加盟およびそれを背景としたアメリカの通商拡大法,この二大工業国のEEC接近策は,われわれが昨年の報告で指摘したように,世界貿易の一層の自由化への歩みとして世界経済の発展に大きな役割を果たすものと期待されていた。それだけにブラッセル交渉中断が世界にあたえた影響も大きかった。その影響を大別するとつぎの二点にしぼられようすなわち第一は,これを契機にEECの閉鎖性が強まるのではないかとの懸念が生ずるとともに,通商拡大法にもとづくガット関税一括引下げ交渉(いわゆるケネディ・ラウンド)の重要性が一段と高まったことである。

まずアメリカの通商拡大法の狙いは対欧輸出の拡大を通じて国際収支の改善をはかることにあった。ところがイギリスのEEC加盟中断により,まず通商拡大法のうちアメリカと拡大したEECとで世界輸出の80%以上を占める品目の関税を全廃しうる対EEC特別権限は,その対象がわずか1,2品目に限定されてしまい,事実上空文化した。すなわち,イギリスのEEC加盟によりヨ-ロッパのEECとEFTAへの分裂をなくし,かくして生じた一大市場を通商拡大法にもとづき開放的な低関税地域として開放するというアメリカの目的が制約されたわけである。そこでアメリカとしては,通商拡大法のうち,のこる関税50%引下げの一般権限と農産物関税撤廃の対EEC特別権限によって,EECの対外共通関税の壁を低くすることに一段と努力を集中しなければならなくなったのである(通商拡大法の詳細については昨年の本報告『1961年~62年世界経済の現勢』を参照されたい)。

またEEC加盟によってその経済体質を改善し高成長への活路を得ようとしていたイギリスが,独自に成長政策を採るとともにケネディ・ラウンドヘの期待を強めたことはいうまでもない。そしてこのイギリスの加盟交渉中断とともにその他EFTA諸国のEEC加盟ないしは連合問題も停頓した。E FTAは,当面EECの外側でその体制の強化を計り,EECと歩調をあわせて域内関税の撤廃を促進することによって,将来の何らかのかたちでのE ECとの結合に備えようとしている。

イギリスは加盟交渉において,英連邦諸国の利益を代弁してEECの開放を要求していが,その努力も交渉中断で一応無に帰した。そこでオーストラリア,ニュージーランドなど温帯農産物輸出国はガット貿易交渉による農産物輸出問題の解決にのぞみを託すことになった。また加盟交渉中断を機に低開発諸国も一般にEECの閉鎖的性格にあらためて警戒をふかめ,ガットその他の場での低開発国のEECに対する不満も強くなって基た。

第二に,ブラッセル交渉中断はこのように域外諸国に影響をあたえただけでなく,EECの内部にも大きな衝撃をあたえた。これを契機に加盟国間の国家的利害対立が表面化し,EECの制度的進展が足踏みするにいたったのである。EEC委員会は加盟交渉中断の原因の一つは,共同体がまだ過渡的な状態にあったことにあると指摘したが,そのEECの過渡的段階における諸困難が表面化したわけである。そしてこのEECの内部的な問題がまたつぎにのべるようにガット交渉やその他の域外との関係における問題の解決をむつかしくしている。

(2) ガット交渉における諸問題

ガット関税一括引下げ問題は,こうしてイギリスのEEC加盟中断により一段と重要性を加え,世界経済の中心問題の一つとなった。だがこの1年,このケネディ・ラウンドははかばかしい進展をみせず,問題のむつかしさを示すに止まった。今回のガット交渉問題が難航している原因はアメリカとE ECとの意見対立にあるが,またアメリカが極めて積極的であるのに対し,EEC側のケネディ・ラウンドに臨む足並みが必ずしも揃っていないこと七,問題を複雑にしている。

63年5月にジュネーブで開かれたガット閣僚会議は,ガット貿易交渉の交渉原則につき一応の合意に達した。すなわちその主な点は,①交渉は均等な一律引下げ方式を基礎とするが,関税水準に大幅な格差がある場合には特別のルールにもとづく,②農産物を含むすべての産品を対象とする,③関税のみならず関税以外の貿易障壁についても交渉する,というのである。しかしこれはアメリカとEECの両者の主張をごく抽象的なかたちで並記した妥協的な原則論にすぎず,実はこの三交渉原則そのものに大きな意見の相違がある。まず第一点,引下げ方式問題であるが,アメリカが50%の関税一律均等引下げを要求しているのに対し,EEC側はたんに関税の相互的な引下げにとどまらず,同時に関税格差の是正をはかるべきだとの立場を打ち出している。EECの対外共通関税の壁を低めることに主眼をおくアメリカと,逆に高関税品目の多いアメリカの関税率の大幅引下げによって対米輸出拡大の保証を求めるEECとの対立である(第15図参照)。

第二点の農産物の問題については,アメリカは対欧輸出に占める農産物の比重がかなり大きいところから,農産物を今回の貿易交渉の対象に入れることを強く主張しており,オーストラリア,デンマークなどの温帯農産物輸出国もこれを期待している。これに対しEECも原則として農業関税の引下げ交渉に参加することに合意しているものの,今後の実際のガット交渉においては困難が予想される。EECは農産物については原則として関税等にかわる可変的な課徴金制度をとっているため関税一括引下げの対象とするのに技術的困難があるからである。それに周知のごとくEEC各国の農業政策は保護的色彩が濃厚であるが,次節でのべるようにEEC域内においてすら共通農業政策をめぐって加盟諸国間に対立がある実情であって,EECの農産物市場を域外に解放することは当面容易なことではない,EECのアメリカ産鳥肉輸入課徴金をめぐるアメリカ,EE C間の関税問題(いわゆるチキン戦争)はこうした農産物問題のむつかしさの端的なあらわれである。

第三点の関税外貿易障壁の問題においては逆にEECが主として要求する立場にある。EEC側はエスケープクローズやバイ・アメリカン,ダンピング防止法などのアメリカの輸入規制措置あるいは慣行に対する不満が強い。

これに対しアメリカはEECに残存する輸入制限の撤廃を要求して対抗している。なおこの関税外貿易障壁の問題ではわが国は対日差別輸入制限の廃止を強く主張すべき立場にある。

このようにみてくると,今回のケネディ・ラウンドにはいくつかの問題ないしは困難がからまっていることがわかろう。第一にアメリカの国際収支改善,ドル防衛という大きな問題の一環である。第二に受けてたつEECの内部にも問題がある。第三に関税格差の是正,農産物問題など従来のガット交渉で十分な解決をなていない難問が真正面からとり上げられている,などである。

この最後の点は交渉参加国の産業構造あるいは各産業の国際競争力の相違からする関税交渉に一般に存在するむつかしさが,大幅な関税の一括引下げが問題となっているだけに,従来より大きくあらわれていることを意味するわけである。

(3) EECの制度的進展における諸問題

ブラッセル交渉の中断後,フランスの態度に対する反撥による一時的混乱は別としても,EECの内部には加盟国間の利害対立が表面化し,経済統合の進展にも遅れがめだつようになった。主要な対立は西ドイツとフランスのあいだのそれであり,ケネディ・ラウンドに対する態度決定,対英協議機関の設立などの対外政策を優先させようとする西ドイツに対して,フランスは域内共通政策とりわけ共通農業政策の確立による内部の地固めが先決との立場であった。この窮境から抜け出すため,63年4月に入って西ドイツは共同体の対内政策と対外政策の均等発展,諸共通政策にもとづく利益と犠牲の6カ国への均等配分という原則を打ち出した。いわゆるシュレーダー・プランがそれである。だがその後も共通農業政策および対外政策は難航をつづけている。

まずEEC域内の共通農業政策であるが,第一に,問題は西ドイツ農業とフランス農業の調整にある。域内ことに西ドイツへの農産物輸出増大を希望するフランスに対し,その農業が共同体内では相対的に劣位にある西ドイツは自国市場の開放による西ドイツ農民の打撃をできるだけ回避するとともにその代償を要求している。現在問題となっている穀物価格接近,農業基金設置,米穀,酪農品および牛肉の市場規則制定などの諸問題いずれをみても,西ドイツとフランスその他のEEC内での農業国とのあいだの問題であり,それぞれむずかしい利害関係をふくんでいる(EECの共通農業政策の概要と諸問題の内容については各論第2章;5を参照されたい)。

第二に,この共通農業政策には対外的摩擦という問題が加わっている。E ECの農業政策の保護的色彩に対し,アメリカ,カナダ,オーストラリア,デンマークなど域外の農産物輸出国から強い不満がでており,EECは共通農業政策の確立途上で,ケネディ・ラウンドなどの外からの要求にも対処していかなければならなない。

第三に,この共通農業政策はEECが経済同盟を建設するに当ってのきわめて重要な問題である。農産物はその生産者がおもに小規模な独立営業者(農民)であり,その農民にはあつい保護政策がとられているため,たんに関税や数量制限の撤廃のみでは市場の統合は不可能であり,加盟諸国の農業保護政策の調整,共通農業政策がどうしても必要である。すなわち農産物の共同市場創設問題は,関税同盟的側面と経済同盟的側面の両面にわたる問題であって,EECが第2段階において経済同盟の建設に進むに当ってまず最初に解決すべき問題である。

つぎにEECの対外政策では,EECの対外的性格について開放的でなければならないとする西ドイツその他の諸国に比べて,フランスはこの点消極的な態度である。この加盟国間の立場の相違には,加盟各国の経済的利害関係のほか,EECの将来の政治的統合をどのように進めるかという問題や防衛問題など政治的要因も強く働いていることは周知のところであろう。ブラッセル交渉中断後西ドイツその他が強く要求していた対英協議機関設置問題は,フランスの妥協により西欧同盟(WEU)の枠内で3カ月ごとに閣僚級の接触を行なうことで一応解決をみた。しかしケネディ・ラウンドへの態度決定,EFTA諸国との関係の調整,共通通商政策など,EECが早急に対処を迫られている問題は多い。

このように,58年のローマ条約発効後めざましい進展をみせてきたEECは,対内,対外の両面で多難な時期を迎えている。しかしその反面で,そうした対立を克服しようとする努力も重ねられており,緩慢ながらもEECの制度的進展がすすみつつあることも看過できない。すなわち,内部に対立をはらみながらもジュネーブにおいてはEECとしてまとまった態度を打ち出しているし,国際流動性問題についてもEECとしての共通態度を固めているなど,6カ国の結束には依然として固いものがある。それに予定通り63年7月1日,域内関税の第6次引下げ(通算60%),域外共通関税の第2次接近(通算60%)が行なわれたほか,金融財政政策や長短期の景気政策における協力と調整もじょじょにではあるが進んでいるのであって,EEC内部の対立を過大に評価することはあやまりであろう。

(4) 国際協調による世界貿易の拡大へ

このようにみてくると,ブラッセル交渉中断をーつの契機としてあらわれてきたガット交渉の難航やEECの制度的進展の足踏みは,貿易の自由化や経済統合を通じて進められつつある新しい国際分業体制が,その深化の過程で必然的に迎えざるをえなかった現象とみることができよう。すなわち,すでに指摘したようにケネディ・ラウンドには,国際収支改善をめざすアメリカの強い主張,EEC内部の足なみの不一致など交渉に臨む態度の差異に起因する困難がふくまれるもの,基本的には,関税格差の是正,農産物の自由化,関税外障壁の撤廃などをめぐる意見対立にもみられるごとく,各国の産業構造あるいは国際競争力の相違をいかに調整していくかということが問題なのである。EECの諸共通政策の遅れにしても,EECがたんなる関税同盟から経済同盟の建設へと一歩前進し,加盟諸国の経済,産業政策の具体的な調整が必要となるにいたって,あらわれたものである。

つまりこうした諸困難は,これまでに進められてきた貿易の自由化あるいは経済統合によって,各国が相互にその経済的障壁をとりのぞくことにともなって生じてきた問題といえる。それゆえ,国際分業体制の発展途上にあらわれたこれら諸問題の解決には,各国の国際的視野での努力と長い時間とが必要とされることはむしろ当然といえるのである。そして実際にも世界経済と貿易の一層の発展をめざし,世界的な協調を求める各国のねばり強い努力がつづけられている。


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