昭和38年

年次世界経済報告

昭和38年12月13日

経済企画庁


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第1部 総  論

第2章 成長過程にあらわれた諸問題

2. ドル防衛政策の新展開と国際流動性問題の動き

(1) 新しいドル防衛策

(a)アメリカの国際収支の悪化と金流出

アメリカの国際収支は,1961年頃から,わずかながら改善されつつあるか のごとくであった。総合収支の赤字は,1960年の39億ドルから61年には24億 ドノレ,62年には22億ドルとその幅をせばめていた。しかし,ながら,62年の第 3・四半期ごろから赤字幅は再び大きくなり,63年に入ってからも事態は改 善されず,第2・四半期には年率50億ドノレの巨額に達した。しかも,一時事 態が小康を保っているかにみえたのは,外国政府の戦後対米債務の早期返済 や対米武器購入代金の前払い,あるいは外国政府ないし中央銀行に対する非 交換可能の財務省中期証券の発行があったからで,上記の政府機関取引をの ぞいた通常取引の動向にはあまり変化がなかった。 国際収支のなかで(第10表参照)

① 商品貿易収支は,年ごとに変動を含みつつも大勢としては黒字の拡大をつづけ1951~55年平均の24億ドルから,1960~62年平均では46億ドノレに増加している。

② 1960年末までに715億ドノレに達した対外投資残高よりの投資収益も,このところ急速に上昇し,1962年には33億ドルと1950年代前半(1951~55年平均で16億ドル)の2倍に達した。

③ 商品貿易収支の黒字と対外投資収益の増加にもかかわらず総合収支で赤字がつづいているのは,政府の資本輸出と対外経済援助が伸びていることと,民間の長短期の資本流出が顕著であったためである。長期資本流出は63年で年率42億ドルと62年までの20億ドルをはるかに上回るに至った。短期取引の赤字は各国の国際金融協力などにより,1962年には6億ドルと1961年の14億ドルから半減していたが,63年第2・四半期には一挙に22億ドル(年率)に達した。

このような国際収支の悪化は,金の流出をともない,アメリカはこの14年間に,100億ドル近くの金を失ない,金準備高は63年第2・四半期末で156億ドルの低さにまでおちた。連邦準備法によれば,連邦準備券流通高と連銀への預金を合計した額の25%に相当する金(約120億ドル)を法定準備しなければならないから,いわゆる自由金準備は約36億ドル程度ということになる。これに対して,請求があればいつでも兌換に応じなければならない外国政府および中央銀行保有のドルはこの6月末で123.5億ドルに達しているから,アメリカの対外短期債権(54.7億ドルを)差引いても,その対外準備はすでに不足気味になっている(第13図参照)。

以上のような国際収支赤字の慢性化と金の流出は,世界における金および外国為替準備の分布を第14図のように変化させた。すなわちイギリスと低開発国の支払準備が1950年以降ほとんど増減していないのに対し西欧大陸諸国と日本の金および外為準備が,アメリカの減少に対応して急増している。とりわけ,西欧大陸諸国の増大は著しく,アメリ力の国際収支赤字はこれら諸国に吸収されたといってよい(ちなみに,自由世界の金外貨保有高のうちアメリカの金保有率は1953年の43%から62年には26%におちた)

(b)  ドル防衛のための諸政策とその特徴

国際収支の改善に関するアメリカ政府の対策はつぎの四つに要約することができる。

(a)通商拡大法や国内減税を中心にした輸出の増進

(b)バイ・アメリカン,シップ・アメリカン,シー・アメリカ等の政策強化を中心にした海外ドル支出の節約。

(c)アメリカの資本市場における海外需要の急増の抑制と金利差にもとづく短期資本の流出防止。

(d)物価水準の安定とアメリカ国内での投資の促進。

以上の政策の具体的な措置としてにとく注目されるのは,本年央に行なわれた公定歩合の引上げと金利平衡税の新設提案,およびIMFとのはじめてのスタンドバイ・クレジット取決めである。このうち公定歩合の引上げは,歩合を3%から3.5%に引上げ,同時に3カ月以上,1年未満の定期預金の最高金利を4%に引上げることにより,短期資金の流出を防ごうというものである。また,金利平衡税はアメリカと他の工業諸国との資金借入れのコストを調整することによって外国の株式公社債を通ずる長期資金の流出を防止するために提案されたものであった。

このような諸対策のもとに,アメリカ政府は64年末までに約20億ドル以上の赤字の解消を期待しており,ドルの威信回復をかけた国際収支改善対策には注目すべきものがある。

ところで,今回のアメリ力の国際収支改善対策にみられる著しい特徴は,ぞれが対外的な国際収支の改善とともに,国内の経済成長を犠牲にしてないといういわば二面作戦をとっていることである。たとえば,公定歩合の引上げの目的はあくまでも短資流出防止であって,一般的な金融引締めを意図したものではなく,財務省および連邦準備当局も二重金利操作を強化して長期金利の上昇は極力抑制することとしている。また,資本の自由取引の原則に反するといって一部から非難された金利平衡税の創設についても,それによってさし当って長期資金の流出を喰い止めると同時に,減税法を並行的に実施することによって国内投資を促進しようという配慮が行なわれている。国際収支特別教書は「ドルの対外価値の低下を犠牲に国内の雇用回復をはかるか,経済および国力の低下を犠牲にドルの強化をはかるかという二者択一を排して,アメリカは国内の成長促進,失業の削減および国際収支の赤字の削減によるドルの強化の三つを同時に達成する新しい道をもとめた」とのべている。

そしてアメリカは,その国際収支対策が,国内の減税,物価安定政策等の実施や今後における強力な対欧通商交渉とあいまって,効果をおさめるものと考え,ドルの平価切下げのごとき措置は絶対に行なわないとの決意をかためている。ブルッキングス研究所の「1968年のアメリカの国際収支」では,今後におけるアメリカの対欧国際競争力の改善等を背景に,アメリカの基礎収支は,1968年までに19億ドルの黒字,悪くともほぼ均衡するという見通しをたて,政府側では改善の時期はそれよりも早く,1964年までは赤字はさけられないが,そのご間もなく均衡するであろうとしている。

(2) 国際流動性問題の動き

(a)議論の前進

アメリ力の国際収支の悪化とひきつづく金の流出は,これまで一部の学者や金融実務家たちのあいだで論じられてきた国際流動性とそれに関する国際通貨体制問題に対して,あらためて各国政府や金融当局者の関心をよぶにいたった。とくに,「国際通貨制度の改善策協議」というかたちで従来の消極的態度を前進させたアメリカの国際収支教書の発表とこの秋に開かれたIMF総会の開催とは,この傾向に拍車をかけ,議論もこれまでの理想論的なものから次第に現実的なものになってきた。この問題については昨年の報告書でも紹介したが以下そのごの動きを中心に問題の輪郭をみておこう。

(b)各国間の金融協力とその限界

アメリカの国際収支悪化とそれにともなうドル不安が現行の基幹通貨制度(金および特定国の通貨を対外決済手段として使う制度)を揺さぶっているにもかかわらず,目下のところ国際金融市場は比較的平静を保っている。それは一つには,西欧諸国の通貨に対してドルが一時ほど弱くなくなってきたことにもよるが,アメリカの主体的ドル防衛手段,やつぎのような各種の双務的,多角的な国際金融協力が行なわれてきたためである。

① 西ドイツ等の英米に対する戦後債務の早期償還と武器購入代金の前払い。

② 西欧諸国における公定歩合の水準引下げ。

③ アメジカと国際決済銀行その他とのスワップ取決め。

④ 西欧からの中期資金借入れ(外貨建,ドル建利付中期債券の発行)。

⑤ 金プール(各国中央銀行の手持金抛出とイングランド銀行によるロンドン市場での操作)。

⑥ ポンド不安阻止のための西欧中央銀行間におけるいわゆるバーゼル協定。

⑦ 「一般借入取決め」 (パリクラブ)などのIMFの補強。

これらの国際金融協力が果たした役割は高く評価しなければならないが,これらはいずれも本質的には短期ないし中期の対策であるから,それらと平行して,赤字国の国際収支を基本的に改善することとあわせて長期的な流動性の問題を積極的に研究することが必要になってきた。

(c)国際流動性に関する各種の見解

国際流動性と国際通貨制度改革に関する諸種の議論は,技術的にも複雑であり,現状の認識や将来の見通しについても立場が異なり,それらをいくつかの類型に要約することはむずかしい。各論第2章において,近年とくに注目をひいたいくつかの見解を簡単に整理しておいたが,以下,若干の論点についてのべよう。

第一は,国際流動性が不足しているかどうかという現状認識の問題である。

国際流動性は世界貿易その他の国際取引量の拡大と平行して増加しなければならないという-考え方が一つあるが,その考え方からみれば,一方で産金増加に限度(貨幣用金の年増加率2%)があるから,一般に流動性が不足するという結論になりやすい(第11表は過去10年間における世界貿易量と金外貨準備の推移を示したものである)。こういう意味で流動性が不足だと見る場合は,その流動性不足は準備通貨国が赤字をつづけることによって補わなければならないが,それだと準備通貨の信認を弱めることにもなり,流動性不足の真の解決にはなりえない。逆に,準備通貨国が短期的にその通貨安定のため引締政策をとり,あるいは長期的にその国際収支を均衡していけば,基幹通貨の海外流出はとまるかわりに世界の流動性は不足しデフレ傾向を招くであろう。

しかし,国際流動性はたんに世界貿易取引量との関係だけでなく,国際収支不均衡の度合,それを解消しようという関係国の努力,あるいは当事国の潜在借入能力にもかかわるとも考えられる。

この考え方からすれば流動性は現在必ずしも不足していない。この場合は,赤字国が国際収支改善を行なうということが当面の急務であるということになる。しかし,その場合でも,国際収支改善が金融的手段によって比較的短期に実現されるとみるか,あるいは現在の不均衡は自由世界の防衛,経済援助,生産技術,ある2いは経済構造の変化と結びついているのでかなり長期を要するとみるかという見解の相違はある。一般に,今日多くの国では国際収支改善という理由だけでは成長政策を放棄しにくいという事情にあるので,長期的には流動性が不足してくることは十分考えられる。いずれにしてもこの際,特定国の通貨を準備通貨として使用している現行通貨体制を慎重に再検討しなければならないであろう。

第二は,今後流動性の悪化を防ぎ,積極的にそれを増強するための方法に関する問題である。短期的には,対外準備としてドル,ポンドを保有している西欧諸国が当分金への兌換をひかえ,できればそれを一時棚上げするなり,IMFに予託することなどが考えられているが,長期的対策としてはつぎのような提案がみられる。

① 現行IMF体制を改善強化すること。

具体的には

(イ) 各国間の双務的,多角的信用取決めの拡大。

(ロ) IMFの資金源および引出権の拡大。

(ハ) ドル,金のほかに西欧の主要通貨をも国際通貨に加える多数主要国通貨制の採用

などが考えられている。

② 新しい準備通貨を作り,各国の公的対外準備は金とこの新準備をもって構成する。ただし新国際通貨制度の創設は,最初から世界的規模で行なうのでなく,先進国間の取決めから漸進する。

③ 金価格の引上げ。これは一般に金本位制復帰の主張と結びついているが,金価格引上げは金生産を刺激するなど一面において国際流動性を高めるが,反面ドル価値を落すことによりドル不安を激化せしめる面をもっている。金本位制は国際収支難解決のために国内経済成長を犠牲にするおそれもあり,現在成長政策をとっている国からは歓迎されないであろう。アメリカ当局はもちろん10カ国蔵相会議も,国際通貨問,題を検討しはするが,1オンス35ドルの現行金価格は絶対変更しないと言明している。

④ 為替相場の上下に幅をもたせ,その範囲での自由変動をみとめる屈伸為替相場制の採用。全面的な採用はともかく,次善策としてブロック間の屈伸制採用の意見もあるが,IMFなどでは現行固定為替相場制の維持を前提として問題の研究をすすめている。

国際流動性と国際通貨体制問題に対する関心はさきにのべたように最近急速にたかまっている。しかし,問題が技術的に複雑であるばかりでなく,各国の見解のあいだにも微妙な相違があってここ短時日のあいだに具体的な共同意見に達するとは思われない。とくに,現在多くの金・ドルを保有し,これをバックにアメリカに対する発言力を強めている西欧側が,国際決済制度の基本的な問題は流動性でなく,国際収支の不均衡であるとして,アメリカの節度ある国際収支改善をのぞんでいるのに対し,当のアメリカ側では,将来については関税一括引下げ交渉を通じてもみられるように国際収支改善に対し並々ならぬ意欲と自信をもち,「国際流動性の新たな供給源を必要とするに至るであろうと考える理由は,一つにはアメリカの赤字が消滅するにともない,他の諸国に対するドルの供給が削減されるからである」として,当面の国際収支不均衡と国際流動性とは別個の問題であるとみており,両者の間に見解の差がみられる。

63年秋開かれたIMF総会でも,現体制を前提とした金融協力の強化の方向が確認され,より具体的な問題の検討は,64年の東京総会に持ち越されることになったが,流動性の問題は世界貿易,したがって各国の成長にも大きい影響をおよぼすものなので,その間にも10カ国蔵相からなる研究委員会などを中心に研究を進めることになっている。わが国としても日本経済の特殊事情を考慮しつつも,国際流動性をたかめ国際通貨制度を安定させる方向でいっそうの国際協力を進めるとともに,問題を慎重に研究する必要があろう。


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