昭和36年

年次世界経済報告

経済企画庁


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第2部 各  論

第2章 西ヨーロッパ

5 イギリスのEEC加盟と欧州大統合への機運

前述したEEC諸国の目ざましい経済発展から,外部世界のEECに対する関心が高まり,EEC向け投資も増大しつつあるが,このようなEECの吸引的作用はしだいに他の西欧諸国にも波及し,ついにイギリスのEEC加盟交渉とEFTAの事実上の崩壊を呼び起こしつつある。

すなわち61年7月末に至ってイギリス政府はついにEECへの正式加盟を決意し,加盟のための交渉を開始ずる旨を発表,これにつづいてデンマークもEECへ正式加盟の申請を行なった。EFTA諸国のなかで最も問題のある中立3国(スエーデン,スイス,オーストリア)も9月末にEECへの準加盟の意向を表明した。残るEFTA加盟国中,ノルウェーも加盟の意向のようであり,ポルトガルもおそらくEECへの加盟をよぎなくされるものと思われる。EFTA諸国以外では,ギリシャがすでに61年7月にEECへ準加盟しており,トルコも準加盟の交渉をつづけている。エールもイギリスのすぐあとでEECへ正式加盟を申請している。

このようにみてくると,おそらく遠からぬ将来に全西欧を打って一丸とする一大統合地域が誕生するものと思われる。これが西欧のみならず広く世界経済全体に対して深大な影響を及ぼすであろうことは想像に難くない。

イギリスがその伝統的な大陸孤立政策を一擲して政治的統合体たるEECへの加盟へ踏み切った理由については既述したとおりであるが,要するにEEC加盟によって停滞的なイギリス経済にダイナミズムを吹込み,成長市場であるEECのなかにはいることで相共に繁栄を享受しようというのがねらいである。イギリスはすでにEFTAというゆるい形での貿易圏を欧州に持っているものの,欧大陸における最もダイナミックな市場はEEC諸国であり,事実イギリスの対EEC輸出額はEFTA向け輸出額よりも大きく,しかもEEC向け輸出の(伸び率はEFTA向けを上回ている(第2-32表参照)。他のEFTA諸国はどちらかといえばイギリスにひきづられてEEC加盟をよぎなくされた形であるが,経済的にみてもこれら諸国のEEC向け輸出額はスカンジナヴィア3国を除いてEFTA向けより大きく,またその比重もノルウェー,デンマーク,ポルトガルを除いて漸次高まりつつある。

イギリスのEEC加盟の決定には,欧州大統合に対するアメリカ政府の方針変更や最近のベルリン危機などの政治的要因が作用したことも見逃せないが,それはむしろイギリスのEEC加盟を容易ならしめた要因であって,それを必然的ならしめた要因は,やはり前述した経済的理由に求めるべきであろう。

ところでイギリスのEEC加盟については,あらかじめ解決を要するいくつかの難問がある。それを列挙すると,(1)英連邦諸国との特恵関税の問題,(2)イギリスの農業問題,(3)EFTA諸国との関係等である。これらの問題点の解決についてEECとの間に交渉をする必要があるため,EECとの加盟交渉が妥結してイギリスが正式にEECへ加盟するのはおそらく1963年初めであろうとみられている。EEC諸国側において問題となるのはフランスの態度であるが,フランスもEEC発足来の目ざましい経済発展により現在では自国産業の競争力についてかなりの自信を持つに至ったことと,東西緊張の激化による欧州の政治的結束強化の必要性から,最近ではイギリスのEEC加盟についてかなり好意的であるから,細部の事項については迂余曲折があっても,結局はイギリスのEEC加盟,ひいては西欧の大統合の実現する可能性が濃厚である。

イギリスのEEC加盟に伴う前記三つの問題点のうち,(3)のEFTA諸国との関係については,すでに大部分のEFTA諸国がEECへ加盟または準加盟の意思を表明しているので,この問題は実質的にはすでに解消したとみてよかろう。また(2)のイギリス農業の問題についても,最近の諸研究によれば一時懸念されていたほど重大な問題ではなくなったようである。この問題はイギリスの農業保護政策(低関税―低価格―補助金支給)をEEC諸国の農業保護政策(輸入制限―高関税―高価格支持制度)へ転換させることに帰着する。換言すればイギリス式の納税者の負担によや農業保護政策を消費者の負担による農業保護政策へ切り換えるわけである。EEC加盟により補助金が廃止されることはイギリスの農民にとって苦痛であろうがその代り高価格支持制度が採用されれば農民の所得に実質的な変化はない。むしろ問題は,域内の自由競争にイギリスの農業が耐えうるかという点であるがイギリス農業の生産性はオランダを除く欧大陸諸国のそれと大差ないとみられており,また農産物の域内自由化も現在のEEC共通農業政策案によれば6年という長い期間をかけて漸進的に実施されるので新環境への適応を行なう余地も十分に残されている。またイギリスがEECの農業政策を受け入れたばあい,食糧価格の騰貴から生計費の高騰をきたすという懸念があったが,この点も最近におけるコーリン・クラーク教授や政治経済計画協会(P.E.P)の研究では,食糧価格騰貴によるイギリス生計費の上昇は今後6年間年平均0.5%程度にすぎないとされている。

このようにみてくると,イギリスのEEC加盟に伴う最大の難問題は,英連邦との特恵関税をいかにするかという問題である。イギリスがEECへ加盟すれば,理論上イギリスは英連邦諸国を含めて第3国に対しEEC対外共通関税を賦課せざるをえず,そうなれば従来無税またはきわめて低い税率でイギリスに商品を輸出していた英連邦諸国は,程度の差こそあれ何らかの形で対英輸出面で打撃をこうむらざるをえない。

英連邦諸国の対英輸出品のうち,1次原料品についてはEECの対外共通関税も一部の例外を除いて無税であるため,ほとんど影響をうけない。むしろ羊毛,ジュート,ゴム,錫その他の鉱産物はイギリスのEEC加盟による経済成長率の上昇から利益を受けるであろう。

イギリスのEEC加盟により主として打撃を受けるものは,茶,ココア,コーヒーなど熱帯性食糧,穀物,酪農品,食肉,砂糖,果実などの温帯性食糧であり,またインド,パキスタン,ホンコン等の繊維品その他の軽工業品である(第2-33表参照)。

しかし,このうちコーヒー,ココアなどの主産地であるアフリカの英連邦諸国については,フランス系アフリカ諸国のばあいと同様,EECへ準加盟するという方向で解決され,セイロン,インドの茶はイギリス人の長年の嗜好からたとえ共通関税を賦課されてもあまり打撃は受けまいとする見方もあり,カナダの硬質小麦についてもほぼ同様な見方がある。またインド,パキスタン,ホンコンからの繊維品輸出は現在すでに自主規制をよぎなくされているほどであり,関税面より輸入制限の方が重要であるとみられ,これはむしろ低賃金国の工業製品輸出問題として世界的規模で解決されねばならぬ問題であろう。

以上のように英連邦諸国はイギリスのEEC加盟により程度の差こそあれ影響を受けるが,なかでも酪農品の対英輸出に大きく頼っているニュージーランドがオランダやデンマークからの競争で最も重大な打撃を受けるものとみられている。

ところでこれらの問題は,前述した(1)1部英連邦諸国のEEC準加盟,(2)イギリスの関税割当制の設置や長期購入契約などの諸方法によって解決されるほかはなく,さればこそイギリスはこれから1カ年の日時をかけてこの問題の交渉を行なうわけである。交渉の結果については今後の推移にまつほかないが,いずれにせよ英連邦諸国を完全に満足させうることは困難であろうから,これら諸国の貿易先転換の問題も起こってこよう。

英連邦にとって貿易のつぎに問題となるのは,イギリスの英連邦向け投資がEEC加盟により減少するのではないかという問題であるが,この点は目下のところ容易に断定できない。EEC加盟によりイギリスは欧州投資銀行や海外開発基金に出資しなければならぬが,反面交渉のいかんによってはE EC諸国の資本が英連邦諸国へ流入することも考えられる。

イギリスがEECへ加盟すれば,域内関税の撤廃により競争が激化し,それによりイギリス産業の体質が改善される。なかには欧大陸諸国からの競争により衰退する産業もあるだろうが,逆に競争過程を通じて競争力を強化して市場を拡大する産業もあるだろう。いずれにせよ労働力を含めて生産資源の最適利用が進められれば,EECという高成長市場への参加と相まって,イギリスの経済成長率が高まるであろう。ポンドの立場も,イギリス産業の競争力増大とEEC諸国の金外貨準備のプール化ないし協力により,むしろ強化され,従来のようなポンド危機の瀕発による国内需要抑制の必要性も少なくなろう。

旧来のEEC諸国や新たに加盟を予想されるイギリス以外の西欧諸国についても事情はほぼ同様であり,彼等の経済力は広大な域内市場をバックとして一段と強化され,西欧全体の経済成長率が高まるであろう。

そのことは外部世界にとっても需要の拡大という見地から長期的には有利であるが,短期的には特恵地域(共同市場)の地域的拡大による対外差別化の拡大という事態をもたらす。しかし日本のばあいには,総論で述べたように,日本の対欧輸出は関税面の差別化よりも日本に対する差別的な輸入制限が重大な阻害要因となっているので,むしろこの差別的輸入制限の撤廃のために努力せねばなるまい。

つぎに第3国市場についてみると,西欧の経済力がますます強化されて,第3国市場における彼等からの競争がさらに激化することが予想される。これに対しては日本は自由化と近代化投資の推進により自己の競争力を高めることで対処するほかないであろう。

第2-34表 西欧大統合地域の経済力


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