昭和36年
年次世界経済報告
経済企画庁
第2部 各 論
第2章 西ヨーロッパ
前述したように,西欧経済の拡大は61年中もつづいているが,拡大テンポはしだいに鈍化してきた。これは主として労働力や一部産業のフル操業など供給側の要因によるものである。しかし最近は需要面においても増勢の鈍化が起こっている。
なかでもイギリス経済は7月末のデフレ政策により,今後は停滞的となり,ばあいによっては一時的に後退の可能性すらある。7月末の緊急対策以前においてさえ,投資ブームが峠を越した兆候があったし,国内消費もそれほど活発なわけではなかった。緊急対策以後小売売上げは減少,自動車の売行きも低下している。設備投資は過去の受注残が大きいので,当分は増加をつづけるであろうが,62年中には減少に転ずる可能性がある。61年7月に行なわれた商務省の産業投資調査によると,61年の製造工業投資は前年比21%増の予想だが,上期にすでに28%増だったことからみると,61年下期には増加率が著しく鈍化しよう。62年に関する暫定数字では,製造工業投資は2%減,ただし商業およびサービス業の投資が8%ふえるので,それを加えた産業投資全体は62年に3%増となる。これは前述したように,7月の調査の結果であるが,今後一般景況の悪化につれて設備投資がさらに削減される可能性もある。60年中重要な拡大要因であった在庫投資も本年はじめ以来減少しはじめており,在庫投資のマイナス作用はまだ当分つづこう。問題は輸出の動向であるが,イギリスの輸出の主力をなす機械工業の輸出受注が最近好調であるし,国内デフレによる輸出ドライブもかかるであろうから,アメリカの好況と相まって当面かなり伸びる見込みがあり,全国社会経済研究所の見解によると62年上期の輸出は前年同期を5-8%上回る予想である。したがって輸出の増加が国内需要の減少をある程度相殺するだろうがイギリス経済全体としては61年末から62年初めにかけて一時的に後退的様相を呈することは避けられまい。
西ドイツにおいてもマルク切上げ以後,輸出受注の減退や資本財の国内受注に現われた産業の投資意欲の衰えがみえ始めたことは既述のとおりであるが,これは従来供給能力に比較して過大だった需要をおさえ過熱景気を鎮静化させた程度で,経済の拡大基調には変りがない。現実の設備投資はまだ当分増加しつづけるだろうし大幅な賃上げを背景として個人消費も著増しつづけており,経済拡大は緩慢ながらもまだつづくだろう(61年上期の可処分所得は前年同期比11%増,個人消費は9.5%増)。
他方スカンジナヴィア諸国,オーストリア,スイス,オランダ,などでは労働力や設備面の隘路から経済拡大テンポも鈍化しているが,最近はこれらの諸国でとられた各種のインフレ防止措置の結果として需要面でもやや頭打ち的兆候も現われはじめている。
これに対して従来比較的出遅れていたフランスの景気は61年にはいってむしろ上昇テンポを速めており,最近は民間設備投資も活発となったようである。またイタリアにおいても需要の増勢に衰えがなく,労働力も豊富であるから,まだ当分従来の経済拡大テンポを維持することができよう。
このようにみてくると,大観して西欧経済は過去2カ年つづいた投資ブームの峠をすでにすぎ,循環局面としてはボツボツ好況末期に近づいた感じであり,62年中には一時的に調整局面を迎えるであろうことが当然考えられる。しかし反面において,鉄鋼を中心とする在庫減らしが現在すでに進行中であり,これがおそくとも62年上期中には終わるであろうこと,また欧大陸では個人消費が大幅な賃上げを背景として当分の間伸びつづけるであろうこと,政府投資および支出も一般的に増加が予想されること,さらに当面の西欧景気動向において最も弱いイギリスが62年下期頃には政策転換を行なって現在のきびしい引締め政策をある程度緩和するであろうこと,などの諸要因を考えると,予想される景気の調整過程も前回の調整期である58年よりも軽度で済みそうである。のみならず,もしアメリカ経済が62年中も力強い上昇をつづけていくとすれば,その好影響は当然西欧にも及ぶであろうし,投資景気に代わって輸出景気が新たな拡大要因となり,それが西欧の景気調整をモダレートなものとして新たな上昇局面へ向かう契機となるかもしれない。
また62年末頃にはイギリスのEEC加盟のめどもたち,それに応じて再び設備投資が活発化することも予想される。