昭和36年

年次世界経済報告

経済企画庁


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第2部 各論

第1章 アメリカ

2 停滞から高度成長へ

(1) アメリカ経済近年の停滞

1)アメリカ経済の伸び悩み

「地上最も資源に富み,工業化されたアメリカ経済が,経済成長では最も遅れた仲間の1人であり」「アメリカ経済はいまや難局にある」とケネディ大統領は61年1月末の一般教書で,卒直な見解を披瀝した。事実ケネディ大統領が就任した当時は,戦後第4回目の景気後退のまっ只中にあった。しかもこの後退は57年夏に始まった戦後第3回の景気後退からの回復が不十分なままに第4回目の景気後退となったのであり,近年におけるアメリカ経済の伸び悩みを端的に物語るものであった。大統領はそのいくつかの現れを「7年にわたる農家収入の低下,大恐慌以来最高の破産件数,異例の高い失業者数,低い操業率,巨額の国際収支赤字」だとした。この表現には前政権に対する批判も合まれていたではあろうが,近年の経済成長率からみると鈍化した事実は争う余地がない。事実1950~60年の10年間は2.9%で,大体今世紀前半の長期成長率に等しいが)1953~60年の7年間でみると,年間2.5%しか伸びていない。このような停滞は,アメリカ経済の伸びられる力を十分に発揮させなかったために起きたものだとしてケネディ大統領は,「アメリカの労働力は年間1.5%ふえ,1人当たりの産出は,新しい,よりよい工場,設備,近代技術向上の結果として,年間2%増大している。だから,この二つを合わせると,アメリカの国民総生産は年間3.5%引き上げられるはずである。

ところが現実には,そこまで行っていない。つまり現実と能力の間には,かなりの開きがある。それを60年についてみると,この年には年間5,350億ドルの生産が可能であったはずなのに,実際には5,030億ドルの,生産にとどまっている。つまり6%のギャップがあったわけである。もし,この年,能力一杯に生産できたと仮定すれば150万人以上の失業者‐61年1月半ばの失業者の3分の1以上‐が職場をもてたはずだし,60年の個人所得は200億ドルもふえていたはずである。しかも労働力や資材機械にはゆとりがあり,かつまた,たやすく入手できる状態にあったから,物価騰貴を起こすこともなかったであろう」と強調する。

このようなギャップは,現実に高い失業率や輸出の停滞などの形をとって,表面化している。これをつぎに説明しよう。

2)失業者の増大

アメリカ経済は成長しても,失業者はいぜん多く,失業率は,今回の景気回復から景気上昇期に向かっても,なお7%という高水準にあることは多くの問題を投げかけている。第2次世界大戦直後の数年間は別としても,50~54年の平均失業率4.0%から55~59年の5.0%へ1%も増大し,60年には上半期の好況時にさえ5.1%と55年~59平均を上回るに至った。このような5年平均の比較では好,不況による循環的変動が除去されない恨みがあるので,戦後4回の景気循環のピーク時における失業率をとってみると,48年では4%,53年3%,57年4%,60年5%と,戦後の一時的影響を受けた48年を除けば,しだいに失業率が高まったといえる。

このような傾向は労働力人口の増加と生産性の向上に相応ずるだけの生産が行なわれないところから発生したのであるが,オートメーションの進展その他によって労働力が節約され,また労働移動性が低いために地域的に失業者が偏在するなどの諸要因によるものであったが根本的には総需要の伸びが緩慢であっとが大きく作用したとみられる。つまりアメリカ経済の低い成長からもたらされるものである。

3)輸出の伸び悩み

アメリカの輸出は1957年をピークとして,その後停滞している。また角度を変えて工業製品の世界輸出市場におけるアメリカのシェアーをみると近年低下した。すなわち,アメリカの比率は50年の27.3%から60年の21.6%へ著しく後退したが,これに代わって西ドイツ,フランス,日本の進出が注目される。50年代にアメリカとイギリスが世界市場における足場を失った主因は西欧,日本の生産力拡充にもよることながら,アメリカの輸出単価が輸出競争相手国以上に上がったからであるが,この騰貴原因は元来賃金騰貴が激しかったからではなく,むしろ生産性の向上が他国よりもゆるやかであったからである。これが製品単価を競争国以上に引き上げた。

最近のビジネスウィーク誌によると,日本,ドイツが戦災から復興し,産業能力が再建され,戦後インフレの落ちついたとみられる年を基準とすると,アメリカの工業製品輸出価格は59年までに16%騰貴したが,他の有力競争国ではイギリス10%,西ドイツ5%にすぎず,フランを切下げたフランスでは5%安となった。この期間にアメリカの時間賃金は‐社会保障や年金支払のような付加的賃金を含めて‐31%騰貴したが,他の競争国ではこれ以上に騰貴した(西ドイツ69%,イギリス60%,日本49%,イタリア45%,フランス34%),アメリカの賃金騰貴はゆるやかであったとしても,生産性の伸びが他国をはるがに下回っているため,結局は単位製品当たりの労務費が騰貴し,輸出単価値上りの原因となった。試みに製造業におけるマンアワー当たりの生産高をみると,アメリカでは53年から60年までに15%しか上がっていないのに,イギリス29%,西ドイツ53%,フランス54%,イタリア58%,日本71%と,最高,最低の開きはかなり拡大した。このため単位製品当たりの労務費は,アメリカ14%増となったが,イタリア,フランス,日本では低下し(それぞれ8%,13%,15%減),ひとりイギリスだけが24%増と,アメリカ以上の騰貴を示した。ここから当然アメリカ製品の割高という結果がでてくるわけである。ところで,いま一つ注意しなくてはならないのは,1次金属工業における賃金騰貴が生産性の伸びを上回った割合は,製造業平均よりも大きく,これが,アメリカの主要輸出品‐機械,自動車,電気機器‐に悪影響をもたらしたことである。

第1-8表 世界工業製品輸出比率

上述のように輸出停滞要因は種々あるけれども,コスト・インフレがアメリカの輸出競争力を減退させ,輸出の停滞を招いた事実は疑えない。いま仮にアメリカ経済の成長がもっと急速であったとするならば,設備投資も進み,生産性もより多く向上したであろう。そうすれば,賃金コスト高もある程度は吸収されたであろう。そこでケネディ大統領は投資の促進あるいは物価の安定によって生産性を向上するなり,あるいは賃上げを抑制し,また企業努力の強化によって,国際競争力の増大をはかろうとしている。

第1-3図 世界工業製品輸出比率

4)停滞の原因

次に停滞の原因を分析してみよう。

(イ)設備投資の伸び悩み

設備投資の伸び悩みは,近年における労働者1人当たりの資本ストック増加率の低下,保有設備の平均年数の長期化にもみられる。伸び悩みは民間の工場,設備ばかりでなく,政府の教育,保健,天然資源開発投資についても同様である。

とくに民間設備投資はここ数年間伸び悩んでいる。国民総生産に対する生産者耐久財の比率は第1-9表のごとく,40年代末期の7%から50~55年には6%に落ち,その後56年には6.2%とやや回復したものの,それ以降再び減少傾向に転じ,60年には5.1%になった。もちろん金額(1954年価格)では1950年から60年までに7%ふえたけれども,国民総生産は39%も伸びているから,設備投資は著しく立ち遅れているといえる。その原因は55~57年の投資ブームで生産能力は著しく増大したにもかかわらず,製品売上げはさほど伸びず,

利潤も期待を下回り,そのうえ旺盛な需要も見越せないので,企業の投資意欲が減退したのである。

第1-10表は操業度を示したものであるが,これによってもかなり大きな過剰能力をかかえていることが明らかとなろう。

(ロ)伸び悩む耐久消費財

国民総生産の6~7割を占める個人消費支出は,絶えずふえているのに,これが製造工業を潤す割合はしだいに少なくなっている。とくに耐久消費財工業についてそういえる。しかも耐久消費財支出がふえないと,アメリカには,ほんとうのブームは訪れないところに今後の問題がある。

耐久消費財支出の伸び悩みは,いうまでもなく近年,自動車,冷蔵庫,洗濯機,テレビその他家具の普及率が高くなり,最近では過去の速度で伸びにくくなったからである。また嗜好の変化から質的な転換も起きているようだ。第1-4図からも明らかなように,耐久消費財の伸びたのは57年までで,

それ以後は,伸び悩み状態にある。これに対し非耐久財とくにサービス支出は持続的に増大している。教育,旅行,医療費,身だしなみの支出は56年から60年までにいずれも40%以上ふえ,サービス支出の平均増加率(約30%)をはるかに上回っている。

(ハ)高金利政策

アイゼンハワー政府が,インフレ防止の見地から高金利政策を採用したことも,アメリカ経済の成長をそぐ一因となったと思われる。第1-11表から明らかなように,1953/54年の景気循環以降,公定歩合が1%台に引き下げられたのは1958年の景気後退の底だけであった。それ以降回復が始まるや間もなく金利は引き上げられて,総需要を抑制する結果となった。このような高金利政策はアイゼンハワー政権の安定第一主義にも根ざすのはもちろんであるが,アメリカの金利を余り低くすると西欧との金利差が拡大して,アメリカからホットマネーが流出し,国際収支尻を悪化させるという対外的な考慮も働いていた。

(2) 高度成長政策の方向

1)高度成長政策と目標

上述したように近年のアメリカの経済はたしかに能力一杯の成長をとげていない。その原因は設備投資や耐久消費財の伸び悩みであるが,それにはアイゼンハワー政府下で安定第一政策から財政の均衡が重視され,金利は比較的高く保たれたという原因も作用しているだろう。以上の理由からアメリカ経済に内在する成長能力が十分発揮されない結果となったのであるが,これはいぜん高い失業率に象徴されるごとく,決して望ましいことではない。そこで持つだけの力を伸ばし,より多くの所得と,より高い生活水準を確保する新しい政策‐高度成長政策‐が望まれるのは当然であろう。国内的にそうであるばかりでなく,国際的にもそういえる。すなわち,もし,これまでの低速成長がつづくならば,何年かの後にはソ連に追いつかれるであろうし,西欧もアメリカに対抗するだけの力をもつに至るだろう。このような国際競争のなかで,アメリカの優位を維持するためにも高度成長が必要とされる。

もし高度の成長が理想通り実現したとすれば,生産の増大につれて,就業者はふえて,失業は減り,所得もふえ,対外的には単位製品当たりのコスト低減から輸出競争力も増大するであろう。こうして安定を重視した過去の政策がもたらした悪循環は避けられるとみる。

ケネディ大統領はさる1月の経済教書で,前記のようにアメリカ経済のもつ3.5%成長能力さえも「十分高いとはいえない」とし,このため物的資源,人的資源,科学,技術にもつと多くの投資を行なうよう提言している。

なお具体的な高度成長政策として提起されているのは,

1. 生産投資奨励……長期金利を引き下げるかたわら,民間の工場,設備投資を税制面から優遇する。

2. 人的資源への投資……教育,保健,研究,訓練活動を強化して,増大する人口の生産性を高める。

3. 物価の安定……健全な賃金,物価政策,産業平和を促進するため,労働,商務両長官,民間,労使代表をもって組織する「労務管理政策大統領諮問委員会」を設ける。

というのであった。このような線にそって,長期成長率4.5%,失業率4%アメリカでは一応完全雇用と考えられる水準一を目標とし,漸次,立法,行政措置が講じられている。

いまその主なものをあげてみると,第1は設備投資の促進である。まず,投資刺激政策としての長期金利の引下げは,安定論者のマーチン連邦準備理事長のちゅうちょを押し切って実施され,長期債の-連邦準備銀行買い入れの形をとった。また投資減税法案は今春議会に上程されたものの,その裏はらをなす税法上の経費計算方法の改正案がきらわれて,修正を余儀なくされ議会通過が遅れている。しかし,「ドル防衛と国際収支の問題」〔1の(2)〕に述べたような耐用年数の短縮がはかられた。また人的投資の面では大学施設建設助成が行なわれたが,大学の新規建設,教員給与補助金(2億3,000万ドル),職業再教育助成金,8年間に9億ドル予定の大学給費生制度は行き悩んでいる。

その第2は物価,労務対策である。景気回復につづいて起きる問題は,コスト・インフレであるが,政府はこの点について,労使に値上げないしは賃上げを自粛するように呼びかけた。すなわち61年7月,自動車工業の賃上げ労使交渉をめぐって,大統領は双方に対してストと自動車価格の引上げ回避を要請して,間接的に大幅な賃上げにブレーキをかけ,また10月に予想された鉄鋼値上げについても大統領は強い反対を表明,鉄鋼業界はその他の理由もあってさし当たり値上げを見送った。一方政府は鉄鋼労組から62年年央の鉄鋼労使交渉に自粛の約束をとりつけた。また6月の海員ストにタフト・ハートレー法を発動し,5月末の飛行士組合と整備員組合の紛争,6月中旬のミサイル基地労務者の労使交渉にすばやく事情調査委員会を通じて,妥協条件を示し,これによって早目の解決をはかった。今後政府が介入して問題を解決する方式が,主要産業の労使紛争の平和的解決により多く発動されることは,ゴールドバーグ労働長官の宣明をまつまでもなく明らかである。これはアイゼンハワー政府時代よりは労働行政を強化したものと,みられている。

ところで,以上のような新政府の賃金抑制策がどれほどの効果をあげたであろうか。この点について,はっきり計数的に示せるものはないが,しかし,民間の統計調査機関であるビューロー・オブ・ナショナル・アフェアーズ社調べによると,61年上半期中の労使交渉による賃上げは時間当たり平均8.3セントで,前年同期の9.2セントを10%も下回っている。そのうえ今春は例年ほど賃上げ交渉が盛り上がらなかった。つまり賃上げ攻勢は前年ほどではなく賃上げ幅も落ちたわけである。その背景には,前年の好況に反し,今年の景気後退という条件を見逃せないが,政府の圧力も作用したとみられよう。

このような政府の物価,労務対策は労使の双方に批判的な声を呼び起こしているが,ケネディ大統領は,(1)今後コスト・インフレを抑制し,(2)工業製品の国際競争力強化の見地から,介入方針を緩和する原則は変えないとみられる。

なお,重要法案である最低賃金法は上下両院でもみぬいたあげく,大統領要請通り現行1時間1ドルを1.15ドルに引上げた。この結果適用範囲は360万人に拡大され,低所得層の賃金引上げに貢献するであろうし,不況地域援助法(工場誘致に融資,補助金を合わせ3億9,400万ドル)も失業手当の増額,社会保障計画による年金制の改正とともに,低所得層に購買力をつけることになった。

一方公共建設面では自動車道路資金計画の増額,汚水管理計画(連邦の補助金を3年間に倍加して1億ドルとする)が通過し,住宅建設助成は,連邦住宅保証局の保証する融資の最高利子率を5.75%から5.5%に引き下げて,すでに実施され,都市再建計画法案も通過した。なお,空港建設補助金(5カ年間に3億7,500万ドル)は審議段階にあるが,老令者に対する医療費補助法案は通過をあやぶまれている。

こうしてみると,ケネディ政策の特色であった投資減税も,教育投資も,現状では意のままには運んでいないけれども,最低賃金法,不況地域援助法,一部社会保障の増強等の法案は通過しており,成長政策は漸進する様相を呈している。

ところでケネディ大統領の高度成長政策が実現した暁に,はたして設備投資や個人消費の急増が期待できるか,多少の疑問がなくもない。また高度成長政策それ自体についても1952年に始まる故スリクター教授,H・E・リューディク論争が長らく尾を引いたように,アメリカ議会には安定論者もかなり多いので,実現までの道程は必ずしもなだらかでないだろう。それはともかくとして,新政府の努力によって,高度成長が実現したと仮定するならばつぎのような問題の発生を避けられまい。

2)高度成長に付随する問題

高度成長はアメリカ経済の停滞を打破するための有効な施策ではあるが,しかし,万能薬ではない。長らく安定論者と成長論者の間に意見がたたかわされたように,高度成長にはインフレを伴いやすい。これを防げる保証があれば,思い切った成長策を推進できるわけであるが,不幸にして,しのびよる程度のインフレは避けられそうにはない。高度成長に伴う資金,給与の増大は,物資に対する需要を過大にするかもしれないし,売上げ増加は独占的な価格形成や売手市場による物価騰貴をもたらす可能性を含み,もしまた失業が4%以下に下がるようなら,労働組合の賃上げ圧力も強まるだろう。ここに需要,コストの両面から,物価の騰貴圧力が増大する。

だが,それはかなり先の話であって,現状とすれば,設備余力はなおかなりあり,当分需要面からのインフレはさほど恐れるに当たらない。戦後の事例に省みても,超過需要の換起したインフレは,55年後半から57年初めにみられただけである。投資の増大が間もなく生産力を拡大し,供給が需要に追いつくからである。

むしろ問題になるのは生産性を上回る賃金騰貴である。したがってケネディ高度成長政策の試金石は賃金政策にあるといえよう。

また対外面をみると,高度成,長によって,設備の近代化が進み,国内市場の拡大によって単価の低減がはかられるので,‐コスト・インフレの発生しない限り‐国際競争力がつき,輸出は増大し,輸入を食い止めることにはなるであろうが,一方では原料需要,消費財需要の増大から,ある程度輸入の増大は避けられないであろう。この辺のかねあいがどうなるかによって,国際収支動向が決まるから,今後のかじのとり方はかなりむつかしくなるであろう。


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