昭和35年
年次世界経済報告
世界経済の現勢
昭和35年11月18日
経済企画庁
第2部 各 論
第4章 共産圏
1)概 況
ソ連の7カ年計画は1959年に始まり,今年でその第2年目に入った。現在,ソ連では7カ年計画の「期限前達成」が強調されており,すでに60年にその基礎ができると計画機関当局者は言明している。では,7カ年計画は60年上半期までにどの程度進捗しているか,それを主要経済指標からみよう(第75表参照)。
第75表にあげた経済指標について,59年および60年上半期の実績を7カ年計画の年平均と比較してみると,多少の凹凸はあるが,だいたいにおいて前者が後者を上回っている。このことから,7カ年計画はほぼ順調に進捗しているといえる。ただし,ソ連の公表する工業生産や国民所得の伸び率を自由圏諸国の指標と直接比較することは,統計上無理があるので,種々の調整が加えられている。たとえば,ソ連の公表した1950~58年の国民所得の年間成長率は約10%であるが,アメリカ議会の上下両院合同経済委員会の資料では,同じ期間の成長率は国民総生産でアメリカの2.9%に対して6.7~7.5%とされている。またロンドン大学のアレック・ノーブ教授によれば,7カ年計画における成長率は工業生産7~8%,国民所得6%と計算されている。1959~60年にはこれらの数字を少し上回るテンポでソ連経済は成長したのである。
工業生産は計画以上の伸びを示しているが,これは近年の傾向として計画自体が幾分低目に設定されていることによるもので,その成長率は過去の成長率にくらべると幾分鈍化している。第2次大戦当時の出生率の減少から新規労働力の補充には限界があるから,今後の生産増大は労働生産性の向上に大きく依存しているのであって,1960年計画でも工業生産の増加の3/4が生産性の向上によることになっている。さらに,他方では7時間労働制の全面的実施が公約されているため,1時間当たり生産性の向上はそれだけ大幅でなければならない。この点で60年下半期にはかなりな実績をおさめたといえる。
1959年の国民所得の伸びが工業生産の伸びにくらべて計画より相対的に低かつたのは,明らかに綿花以外が前年にくらべて減収という農業の予想外の不作を反映している。これに反して,60年には農作物の記録的な収穫が計画されているが,800万ヘクタールにのぼる冬蒔作物の枯死など不利な条件が生じており,その達成は危ぶまれる。
固定投資(国家計画による投資で,コルホーズその他の投資をのぞく)は,59年には計画に達しなかったし,60年上半期にも計画の93%にとどまったが,その増大率は国民所得の伸び率をこえている。しかし投資額でみると,59年が2,140億ルーブル,60年上半期が1,130億ルーブルで,7カ年計画の全投資額の年平均2,770~2,800億ルーブルの水準をかなり下回っている。すでに60年の計画は2,550億ループルと7カ年計画の平均水準に近づいているが,今後さらに大幅な増加が必要となろう。
これと関連して注目されるのは個人消費の動きである。個人消費の指標は公表されていないので,これを小売売上高からみると,国民所得と平行したテンポで上昇し,7カ年計画の平均をかなり上回っている。したがって,この傾向が今後もつづけば,内外の情勢いかんによっては,投資のテンポを緩め,個人消費の比率を増大させるという方向に7カ年計画が修正されてゆくことも考えられる。
貿易は59年に著しく拡大し,前年の入超から大福な出超に転じた。圏内貿易は金額で24%ふえ,圏外貿易の15%拡大を上回った。60年の貿易額は430億ルーブルと前年実績にくらべてわずか2%の増加しか予定されていないが,さきに述べたように,60年に入って圏外貿易が目立つて増加しているので,圏内貿易(統計は未公表)の拡大は鈍化しているのではないかと推測される。
2)産業部門別の動向
59年および60年1~9月における産業部門別の動向は第76表に示すとおりである。ここで,主なる部門を取上げてみよう。
イ)鉄鋼,非鉄金属
この部門は1960年に入って増産の幅を拡げている。鉄鋼生産の増加率は59年以来7カ年計画の平均をこえているが,従来のボトルネックであった鉄鉱石の生産も60年に入って大幅に向上している。しかし鉄鋼(とくにある種の鋼材,鋼管),銅などの非鉄金属の需給は依然として逼迫しているようで,その「合理的利用」が強調されている。
ロ)エネルギー部門
まず,目立つているのは,石炭の増産率がここ2年間2%ときわめく低く,7カ年計画の年平均2.6~3%をも下回っているのに対して,石油,ガスの増産ば最近では本来高率な7カ年計画のテンポさえも上回っていることである。このように,ソ連でもエネルギー革命,いわゆる「燃料バランスの改変」が進んでいる。すなわち,燃料生産に占める石油,ガスの比重は58年の31%に対して,59年実績が35.3%,60年が計画で38.7%,65年の目標が51%となつている。
なお,エネルギー部門では電力について一言しなければならない。なるほど,電力生産は工業全体の増加率とほぼおなじテンポで伸びている。しかし全工業の増大が7カ年計画の年平均をかなり上回っているのに,発電量は7カ年計画の平均の上限に達していない。現在,ソ連では電力が不足がちのようであり,前述の鉄鋼,非鉄金属と並んでその「合理的利用」が要請されている。
ハ)化学工業
化学工業は7カ年計画の重点部門の一つで,その総生産高は7年間で3倍,年率約17%増大する予定となっているが,いまだ10%程度の増産にとどまつている。化学肥料も,農業増産の緊急性にもかかわらず,増産テンポが遅く,7カ年計画の3倍増産の目標にはほど遠い。しかし60年上半期には前年同期にくらべてポリエチレン66%,合板および家具用合成樹脂56%の増産というように,化学製品の一部が増産の軌道に乗つてきたことが注目される。
二)機械,金属加工工業
この部門も7カ年計画の一つの重点部門で,生産額は7年間に2倍,年間平均にして約10%余の増産を予定している。59年には前年にくらべて14%の増産をみたが,冶金,化学,石油など重要部門の設備の生産計画が達成されず,また自動車や農業機械の生産機種の転換で一部減産となった。しかし,60年に入ってから石油,化学工業設備もかなりな増産をおさめ,生産機種の転換も完了した模様で,機械,金属加工工業の増産テンポは前年より上昇している。
ホ)消費財産業
軽工業,とくに食品工業は59年から60年にかけて,増産のテンポが鈍化している。これは恐らく農業の不調によるものであろう。しかし耐久消費財の生産(部門の分類では金属加工に入る)は依然として比較的高い増大率を示している。たとえば60年1~9月には前年同期にくらべてテレビが33%(123万台),洗濯機が36%(70万台),冷蔵庫が21%(38万6,000台)となっている。
1)産業構造の高度化
以上のような部門別動向は,ソ連の産業構造の高度化の一端を示しているが,さらにさかのぼつて過去の趨勢からみると,このことはーそう明かになる(第77表参照)。
産業構造の高度化と並んで注目されるのは技術革新と近代化である。7カ年計画は労働生産性の向上のための「生産の総合的機械化と自動化」を一つの主要目標としてうたっている。1959~60年のソ連経済の顕著な特色は,この線に沿って技術革新と近代化が進んでいることである。二,三の例をあげると,ソ連中央統計局の報告によれば,全経済部門に導入された発明や合理化の件数は,59年には200万件余,60年上半期には130万件にのぼつたといわれる。
機械工業における生産機種の転換についてはさきにも触れたが,これはすでに58年に顕著となり,59年には600種の機械,設備の生産が停止される一方,新型400種の生産が開始されたほか,2,000種以上の新型機械,設備が研究,試作され,さらに60年にも生産停止500種,新型の量産4,000種,試作1,400種が予定されている。ただし,これらの最新設備が各部門,とくに従来から設備の近代化のおくれていた軽工業部門に広汎に導入されるには,なおかなりな時間と重点的な措置が必要であろう。
現在のところ,重点がおかれているのは,もちろん重工業,機械工業である。
この部門でば,工作機械,鍛圧,鋳造設備の近代化が59年には5万台,60年上半期には3万台にのぼつたと報告されている。近代化のもうーつの例を鉄道輸送にとると,7カ年計画を通じてその電化,ディーゼル化が大幅に進められることになっている。すなわち,貨物取扱量に占める電化,ディーゼル化牽引の比重は58年の26.5%から65年の85~87%に増大する予定であるが,その比重は59年には33.5%,60年上半期には41.5%に達している。
以上のような,産業構造の高度化と技術,設備の近代化を通じて,ソ連は経済発展の水準を高め,自由世界の工業国のそれへ接近しようとしているとみられる。
2)消費構造の変化
近年におけるソ連経済の質的変化の一つは,消費構造が変わってきていることである。すなわち,長期的な傾向として個人消費が量的にかなり急速に伸びているのみならず,その内容において,食料より非食料の消費が増すと同時に,食料では畜産品,果物など,非食料では比較的高級な繊維品や機械工業品,教養・娯楽用品などの消費が増し,また欧米先進国よりはるかにおくれてはいるが,耐久消費財の消費も漸次増大してきている。これは主要商品別の小売売上高の増加とその構成(第78表および第55図)と耐久消費財の生産量の推移にみることができる。
こういった傾向は,7カ年計画にも現われている。それによると,小売売上高が7年間に全体で57~62%(対比価格)ふえるなかにあって,畜産品が2.2倍,果物が2.5~3倍増すといわれ,また耐久消費財の販売高は過去7カ年にくらべて冷蔵庫が5.6倍,洗濯機が8.8倍,テレビが4.6倍ふえる予定だとされている。
このように,経済水準が向上するにしたがって,ソ連の消費構造も次第に変化しつつあるものとみることができる。
1)貿易の商品別,地域別構成の変化
以上にみたソ連経済の質的変化は貿易の商品別構成に反映している(第79表および第56図参照)。すなわち,輸出では機械,設備(1959年は21.5%)や石油,鉄鋼,非鉄金属など重工業半成品の比重が増大した反面,穀物その他の農産物の比重が低下し,輸入でも機械,設備が総額の約1/4(59年には26.6%)を占め,また消費財の比重が目立つてふえている。
この商品別構成からみると,ソ連は高度の先進国に対しては,機械その他の完成品の輸入,基礎資材の輸出,低開発国との間には機械,資材の輸出,一次産品の輸入という貿易関係を結んでいることが明らかになる。そしてその産業構造が高度化するにしたがって,次第に東西貿易の部面では主として低開発国をめぐって自由世界工業国の競争相手となり,また自由世界工業国との間に工業国間貿易を拡大してゆくであろう。これが,競争的共存という国際環境のもとで,いわゆる「貿易・援助攻勢」と東西貿易の拡大という二つの面に現われている。
では,低開発国を含めた東西貿易はソ連の貿易においてどのような地位を占めているであろうか。
これをその地域別貿易額の推移にみよう(第80表参照)。
ソ連の圏外貿易は圏内貿易にくらべて大幅にふえ,前者の総額に占める比率は55年の21%から57年の26%まで向上した(第57図参照)。もつとも第81表に示すように,58年には圏内外とも同率の伸びを示し,59年には圏内貿易が圏外貿易にくらべてはるかに大きく拡大した。とくに輸出は前年の減少とは反対に大幅にふえ,なかんずく中国向け輸出は58手に結ばれた中ソ援助協定によって著増を示したのである。このようにして,現在の貿易総額に占める圏内貿易の比重はなお75%を占めているが,それだけにソ連は圏外貿易に拡大の余地を認めているようである。すなわち,7カ年計画では圏内貿易を50%増すと予定しているのに対して,同計画に関連して当局者の言明したところでは,圏内外の貿易総額を2倍に拡大することが可能だといわれ,圏外貿易の大幅な増加が示唆されている。
2)低開発国との貿易
近年,ソ連の圏外貿易が目立つて伸びていることは,すでにみたとおりであるが,なかでも低開発地域との貿易は急激にふえている。いま,ソ連側の輸入についてみると,圏外からの輸入が全体として55年から59年までの間に72%増加したのに対して,アジア,アフリカからの輸入は3.5倍余となり,圏外からの輸入総額に占める比重は17%から35%に増大したといわれる。とくに東南アジア諸国との貿易は大幅にふえている(第82表参照)。ただ,59年の東南アジア向け輸出が激減しているのは,圏内輸出が大幅にふえたためにソ連の圏外輸出余力が減殺されたことによるのではないかと考えられる。
ソ連の低開発国に対する輸出の主なるものば,もちろん重工業品で,機械設備(圏外輸出の90%),鋼材(59年のインド向け輸出24万トンのみで圏外輸出の半ばをこえる),原油(58年214万トン,59年161万トン,主としてエジプト,アルゼンチン),石油製品(58年132万トン,59年201万トン,主としてエジプト,シリア,アルゼンチン)が目立つている。
とくに東南アジアの場合では機械,設備と鋼材だけで輸出総額の大部分を占めた。なかでも機械,設備のうち全工場設備1式が80%(低開発国全体では70%)で,工場建設の援助がソ連の輸出に大きな役割を果たしていることを物語つている。
ソ連の低開発国向け輸出のもうーつの特徴は,それが国際情勢の動きに直結して機動的に運営されることである。キューバに対する最近の原油輸出はその著しい例であるが,過去においても,56年のスエズ動乱当時エジプトに小麦,石油製品,建設資材を供給したことがある。
ソ連の低開発地域からの輸入は,羊毛,綿花,原料皮革,乾燥果物,茶,米,砂糖,コーヒー,カカオ豆,バナナ,甘キツ類,香料,コルク,タバコなどの一次産品を主とするものである。近年ソ連国内の消費内容の変化にともなって,それら一次産品の品目,輸入量,輸入相手国ともに目立つた増加を示してきた。
この一次産品輸入には注目すべき特徴が見られる。そのーつは,ソ連が一次産品買付国として国際市場にも影響を及ぼしてきつつあることである。その著しい例はゴムの場合で,ソ連が東南アジアからの買付けを57年の7万800トンから58年の18万8,900トン(59年は21万3,200トン)にふやしたことは,58年下期におけるゴム相場の回復を促進する要因となった。もうーつの特徴は,ソ連が外国系の商社の手を通さず,主として直接に相手国商社や政府機関から買付けることに努めていることである。たとえば,58年にはコーヒーの輸入量の3/4はイェーメン,インド,インドネシア,エチオピアなどの原産国から輸入している。ソ連と低開発国との貿易関係は,このような面からも拡大する可能性をもつている。
3) 自由世界工業国との貿易
ソ連における産業構造の高度化や消費構造の変化にともなって,設備の近代化,新規産業の創設,新技術の導入,消費財の質的向上にとって大きな役割を果たしているのは,自由世界工業国からの機械設備の輸入である。このような技術的な点ばかりでなく,新型機械を国産化するよりも外国から輸入する方がコスト面でも有利な場合があり,時間の経済という見地からも有利であることは,ミコヤン副首相も認めているところである(60年5月30日付ハンデルス・ブラット紙への寄稿)。このことは,とくにソ連が国民経済にとって不可欠でないと考えているような,優先順位の低い非重点部門についていえるであろう。自由世界工業国からの技術の導入,機械の輸入が以上のような利点をもつていることはいうまでもない。そのような機械,設備の輸入を西欧工業国の例でみると,イギリスの化学工業,軽工業,食品工業設備,船舶,西ドイツの化学工業および建設用設備,計器類,プレス,フランスの化学工業および軽工業,食品工業設備,建設用設備,工作機械,電気機関車,イタリアの工作機械,化学工業および軽工業設備,フィンランドの船舶,木材,製紙工業設備などが目立つている。西欧からの輸入には鋼材も多く,とくに59年には鋼管の輸入が著増していることは,ソ連国内および東欧との間の送油管の増設と関連して注目される。
自由世界工業国向けの輸出においては近年石油がかなりな役割を演ずるようになってきている。ソ連は西欧諸国向けに58年に原油174万トン,石油製品394万トン,59年に原油439万トン,石油製品590万トンを輸出し,その金額は輸出総額のうちの10%を占めた。59年の主なる輸出先を数量の多い順に見ると,原油はイタリア,フィンランド,オーストリア,ギリシア,西ドイツ,フランス,石油製品は,スエーデン,フィンランド,西ドイツ,フランス,イタリア,アイスランドとなっている。
そのほか,ソ連の自由世界工業国への輸出はマンガンおよびクローム鉱,木材など主として原料品から構成されているが,一部に機械工業製品(その約半分は自動車などの運搬機器)が輸出されていることは注目に値しよう。
以上のような型をもつソ連と自由世界工業国とくに西欧諸国との貿易は,58年には多かれ少なかれ西欧の景気後退の影響もあって,フランスをのぞいて減少ないし横ばいであった。ところが,59年には西欧の景気回復と長期協定の更新や発効という恵まれた条件のもとで,軒並みに増加した(第83表参照)。60年に入ってからのソ連の主要西欧諸国との貿易額を各国の統計でみると,前年同期にくらべてイギリス(1~7月)に対する輸出13%,輸入81%の増加,西独(1~6月)に対する輸出26%,輸入3.5倍余の増加,フランス(1~4月)に対する輸出21%減,輸入2倍余の増加,イタリア(1~3月)に対する輸出入ともに2倍前後の増加となっている。
ソ連は貿易の拡大と,恐らくは国家計画への組入れのために長期協定による安定的な貿易関係を設定し,設備の輸入に延べ払いの適用を要望している。
現在多くの西欧諸国とソ連との間にはこの種の貿易協定が結ばれており,東西貿易はほほ順調に発展するであろう。