昭和35年

年次世界経済報告

世界経済の現勢

昭和35年11月18日

経済企画庁


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第2部 各  論

第4章 共産圏

1 1959~60年の経済動向

(1) 圏内経済動向

1) 1959年の経済実績

1959年における共産圏経済の著しい特徴は,工業生産や国民所得の伸びにくらべて貿易の拡大が大幅だったことである。国連の「1959年世界経済報告」によると,とくに異常な動きを示した中国とブルガリアをのぞいて,58年には工業生産がソ連と東欧全体としてほぼ10%,国民所得が各国別で4~11%伸び,他方貿易が各国の輸出入合計額で5%(圏外貿易はわずか1%)しか増大しなかったのに対して,59年には,工業生産約11%,国民所得5~8%(ルーマニアは13%)という伸びにくらべて,貿易は18%(圏外貿易は11%)と目立つた拡大を示した。このような特徴に留意しながら,以下59年の主なる経済指標をみてゆこう。

イ)工業生産

共産圏諸国の工業総生産(企業別の総生産額を集計したもので,自由圏諸国の生産指数とは直接に比較できない)は,59年には全体として前年にくらべ14.6%増したが,その伸び率は58年の16.9%を少し下回った。これは中国の工業生産の伸びが,行き過ぎ是正のため66.2%から39.3%へと大幅に低下したためで,他の大部分の国の工業生産の増加率は前年のそれをわずかながら上回った(第67表参照)。このような工業の拡大は,労働力の増加よりも生産能力と原料供給量の増加によるところが多かった。

中国,ソ連,ハンガリー以外の国々では生産財生産の伸びが拡大し,消費財生産の伸びは鈍化した。このような動きは,従来からの重工業優先政策に加えて,投資の促進と農業生産の不振を反映している。

ロ)国民所得

二,三の国々をのぞいて,各国の国民所得(サービスをのぞいた純生産領で,自由圏諸国の指標とは直接比較できない)の伸び率は前年より低下した(第68表参照)。これは主として,気象条件が悪かつたのと,一部の東欧諸国で農業の集団化の促進にともなう混乱が生じたため,ブルガリアをのぞいて農業生産が不振だったことによるのである。またこの農業生産の不振は一部の国の食糧,農産物輸入を増大させる要因となった。

ハ)投資と消費

固定投資の増大率はソ連,東ドイツで前年より多少鈍化し,中国では大幅に低下した。しかしどの国でも58年と同様,固定投資の増大率は国民所得の伸び率を上回った(第68表参照)。在庫投資は指標が発表されていないが,一部の国々では農業生産の不振によってかなり影響されるところがあったと思われる。

個人消費についても,一部の国をのぞいて指標が公表されていないが,小売売上高によってほぼその動きを知ることができる(第68表参照)。この小売売上高ないし個人消費と国民所得の伸び率から見ると,58年にはほとんどすべての国で国民所得に占める消費の比率が前年より低下したのに,59年にはこの消費の比率が横ばいあるいは前年より向上した国も出て来ている。しかし,農業の不振のため一部の東欧諸国では食糧の不足が生じた。

ニ)貿  易

さきに述べた固定投資の促進,原料手当の増加,農業の不振などの諸要因によって,東欧5カ国の輸入は大幅に増加し,貿易収支は前年にくらべて,悪化した。これと関連して,ソ連の貿易は入超から出超に変わっている(第69表参照)。ソ連と東欧4カ国の貿易総額(各国の輸出入合計)は前年にくらべて18%増加したが,そのうち圏内貿易は21%も伸び,ソ連とハンガリーをのぞく諸国では圏内貿易,とくに対ソ貿易の比重がかなり増大した(第70表参照)。

以上にみたことは,次のように要約できる。すなわち,第1に共産圏は依然として高度成長政策をとっていること,第2に農産部門が成長の弱点となったこと,第3にこれらと関連して貿易,とくに圏内貿易が大幅に拡大したことである。

2) 1960年以降の展望

イ)1960年の経済計画とその推移

共産圏諸国の1960年計画(第71表参照)によると,中国,ルーマニアをのぞき,工業生産の増加率は59年より鈍化するのに対して,国民所得の伸び率は逆に向上することになっている。他方,固定投資と個入消費の増加率はほとんどすべての国で前年より低くなっているが,国民所得の伸び率にくらべると,固定投資はそれを上回り,個人消費の方はそれを下回っている。貿易は大部分の国で59年より小幅な増加が計画されており,また発表されたかぎりでみると,輸出の増加率が輸入のそれより大きくなっており,前年の動きを調整する方向を示している。

以上の計画に対して,60年に入ってからの共産圏諸国の経済の推移をみると,ソ連では1~9月の工業生産は前年同期にくらべて10%増で計画を上回ったが,一部の建設部門は設備の不足のため立遅れている。59年下半期以降調整から発展への途を歩んできた中国では労働力不足,食糧および農産原料の不足など新たな隘路が発生している。東欧のうち工業化の進んだチェコ,ポーランド,東ドイツでば依然として原料需要の増大と食糧不足のため,また他の諸国では老朽設備の取替え,近代化,新規生産部門の創設などのため,圏内外からの輸入の必要ば減つていないようである。

ロ)共産圏諸国の長期計画

現在,すべての東欧諸国は,ソ連の7カ年計画に歩調を合わせて,それぞれの長期計画を実施している。とくに工業国たる東ドイツ,チェコや比較的工業化の進んだポーランド,ハンガリーがソ連とほぼ同じ程度の工業の増産を図ろうとしていることは注目に値する(第72表参照)。さらに1960年7月の経済相互援助会議,いわゆるコメコンの第13回総会では1980年を目標とする20カ年長期計画を各国で立案することが承認され,ソ連,東欧ブロック全体としての共同の長期計画に進もうとしている。

ひるがえつてアジア共産圏をみると,中国では59年の国民所得が1957年の水準を62.9%上回り,62年までに50%ふやすという第2次5カ年計画の最終目標を超えたとされており,現在,60年以降の追加計画案が作成されている。

また北鮮では,58年までに電力,石炭,肥料の人口1人当たり生産量で日本に追いついたが,さらに65年までに工業生産を3~4倍(電力200億KWH,粗鋼300~350万トン)にする予定であるといわれている。

(2) 東西貿易と低開発国援助

1)東西貿易の推移

共産圏と自由圏との貿易は,ソ連と東欧共産圏4カ国の貿易総額のうち58年には約29%,59年には27%を占め,中国の貿易額のうちではそれぞれ25.4%および20.5%を占め,その比重ば58年から59年にかけて幾分小さくなった(第70および89表参照)。また,59年(1~10月)全共産圏の自由圏に対する貿易は輸出入ともに前年にくらべて6%増加したが,58年に輸出が7%,輸入が6.5%増加したのにくらべると,その伸びは鈍化した( 第73表 参照)。

しかし以上のことは,前述のように,59年に東欧諸国の圏内輸入が大幅に増したことと,中国の自由圏との貿易が,農産物の輸出力の停滞によって大幅に減つたことによるのであって,ソ連と東欧の圏外貿易は,輸出が58年の3%増から59年の10.5%増へ,輸入が同じく4.5%増から12%増と拡大の幅を拡げた。

共産圏の低開発諸国との貿易はここ二,三年大きく伸びた。59年(1~10月)における全共産圏の極東,アジア(日本をのぞく),アフリカ,中近東,ラテン・アメリカとの貿易は,中国のこれら地域との貿易が前年より減少したにもかかわらず,輸出入合計で15億6,670万ドルで,57年(1~10月)の11億9,040万ドルにくらべて32%もふえている。これに反して,以上の地域以外の先進国(日本,大洋州を含む)との貿易は同じ期間に37億7,530万ドルから41億7,520万ドルヘ11%の増加にとどまり,低開発地域との貿易の伸び率をはるかに下回っている。

1960年に入ってからの東西貿易は59年に不振だった中国をも含めて,かなり大幅にふえているようである。ここでは比較的データの入手しやすい西欧諸国の場合をみると,1月から4月まで,国により異なった期間内における各国の共産圏貿易の総額は,共産圏への輸出が前年同期にくらべて23%,同じく共産圏からの輸入が26%ふえている。とくに,ソ連への輸出と中国からの輸入の伸びが目立つている。

2)共産圏の低開発国援助

共産圏の低開発地域との貿易と並んで注目に値するものはその低開発国援助である。59年11月に発表されたアメリカ議会の上下両院合同経済委員会の資料(第74表参照)によると,全共産圏の対外援助は1954年7月から59年6月までの間に27億4,800万ドル(うち経済援助19億7,500万ドル)にのぼり,その88%がソ連の援助で,被援助国ば中近東,アフリカ,アジアを中心とする20カ国に達している。

共産圏の援助額は,同じ20カ国に対するアメリカの経済援助にくらべると,その1/2に満たないが,アラブ連合,イラクなどでは共産圏の援助が圧倒的に大きい。さらに注意しなければならないのは,その援助額が急激にふえていることで,54年当時1,100万ドルに過ぎなかったが,59年半ばには前記の額に達し,その後のソ連の主たる援助だけでも59年9月のインドに対する15億ルーブル(公定レートで3億7,500万ドル),60年2月のアラブ連合に対する2億8,000万ドル,インドネシアに対する3億5,000万ドル,キューバに対する1億ドルの借款をあげることができる。

共産圏の対外援助協定がほとんど贈与ではなく借款で,いわゆる「ヒモつき」の印象を与えることを避け,大部分が2.5%という低利で,かつ商品輸出による長期償還をみとめるなど,被援助国にとって魅力があることはしばしば指摘されている。そのほか共産圏の援助の特徴と見られる点は,重工業部門の大企業の建設資材や技術の提供によって,被援助国の工業化を促進しようとしており,かつ国際情勢の変化に応じてその重点を移動することにある。