昭和35年
年次世界経済報告
世界経済の現勢
昭和35年11月18日
経済企画庁
第2部 各 論
第1章 アメリカ
アメリカの国際収支は最近数年間巨額の赤字となり,その影響下に多額の“金”が流出した。アメリカはいつまでもこのような対外支払超過にたえられ,また金流出を放置できるであろうか。この問題をめぐって,アメリカ内外の関心は最近とみに高まってきた。
戦後の国際収支の動向をみると,終戦直後,主要物資の供給がアメリカー国に頼った時代には,膨大な貿易黒字が発生し,アメリカはこのなかから海外軍事支出や対外援助,海外民間投資を行なっても,なお10億ドル以上の黒字になる年が多かった。当時はなお今日ほどの海外軍事費が支出されておらず,また海外民間投資も今日ほど多くはなかったからである。つまり,援助や軍事支出,資本輸出を上回る貿易黒字があったため,非アメリカ諸国は対米収支の不均衡に悩み「ドル不足」を訴えた。
その後,非米諸国の復興が進んで,終戦直後のような異常な対米輸入依存が弱まって一方,アメリカの輸入もふえたため,アメリカの出超幅は漸減した。他方,東西の対立が深まりアメリカの海外軍事支出や海外援助が強化され,また,海外における戦後の社会的,経済的安定が高まるにつれて民間資本も海外に動き始めた。つまり貿易以外の支払いがふえ,それが貿易黒字を上回るに及んで,アメリカの国際収支は赤字に変わったのである。
1)国際収支の赤字の原因
国際収支が赤字になった原因は,貿易収支黒字幅の減少と海外軍事支出,対外援助および海外民間投資の増加に求められる。
景気局面の類似する1955年と59年の国際収支を比べると(第28表),総合収支で27億ドル悪化した。このうち,経常勘定では商品およびサービス取引の黒字が,55年から59年へかけて21億ドルも減少し(商品貿易だけでは18億ドル減),逆に資本勘定では民間資本の海外投資が55年の12億ドルから59年の23億ドルへと11億ドル増加した。このように最近数年間における国際収支悪化の主因は貿易と海外民間資本投資にあった。
海外民間投資のふえた原因を調べてみると,アメリカ国内の資源事情,国内の労賃高などから,近年,政治,社会の安定した工業国に対する民間の直接投資がふえた点に求められる。海外民間投資は比較的高い利潤をもたらすが,他方では,その製品をアメリカ市場へ送り,第三国市場でアメリカ本国製品とはげしく競争する。アメリカ商務省調べによると,アメリカ海外企業の商品売上げは,1957年すでに320億ドルを数え,うち,37億ドルが本国に輸出され,これがアメリカの輸入額の4分の1以上をしめた。このほか,50億ドルが第三国市場に輸出されている。アメリカの輸入品中,とくにこれら在外企業製品の比重が大きいのは,原料,食糧であるが,製品および半製品も10億ドルに達している。これがアメリカ本国の貿易収支を悪化させた一因である。だが,プラスの面もないではない。これらの海外企業がアメリカ本国から輸入する商品が57年に25億ドルもあったからである。ところが,57年にアメリカから海外へ投資された資本は25億ドルあって,利潤送金の25億ドルと相殺されるので,差引11億ドルはアメリカの国際収支を悪化させたことになる。このように海外民間投資がアメリカの国際収支にマイナスの影響を及ぼす傾向は今日も続いているようだ。
2)国際収支悪化の対外的影響
アメリカ国際収支悪化の主要原因の一つとして貿易黒字幅の縮小がある。
アメリカ製品の輸出が停滞している間に欧州および日本の工業製品輸出はかなり増大した。58年と59年を比較してみると,アメリカの工業製品輸出は1億1,000万ドル(1%)減少したのに,他の4大主要国(イギリス,ドイツ,フランス,日本)合計では7%増であった。したがって,世界工業製品輸出中に占めるアメリカのシェアーは,59年にも引続き低下した。
一方,アメリカが輸入に比較的寛大であったことは,西欧および日本の対米輸出を増強するに有意義であったし,とくに59年には,西欧および日本の対米輸出が増大した。
このようにアメリカが少なく輸出してよく多く輸入したことは,アメリカ以外の工業国の貿易収支を好転させる結果となった。また金・外貨面からみると,アメリカから多額のドルや金が流出して西欧および日本の準備を増大させ,戦後多年にわたつた工業国のドル不足を著しく改善した。
1)金流出の背景
金流出と国際収支は一応別個の問題であるが,戦後の前例によれば,アメリカの国際収支が赤字になる年には,多かれ少なかれ,金流出が起こつた。
ドル保有高を増した外国の中央銀行が,その一部を金にかえたからである。
それが58年に23億ドルという異常な金額に達したのは,イ)58年の国際収支の赤字が34億ドルに達し,ドル保有高を増した西欧諸国がその一部を金にかえたこと,ロ)アメリカの低金利とドルの購買力減退からドルを金にかえる運動が起きた。58年アメリカは景気後退から回復過程にあり,金利は低目におさえられた(同年の公定歩合は1.75%まで下げられた)。このため金利は比較的安く,僅かな金利をかせぐよりもドルを金にかえて,金価格の引上げをまつ投機運動がみられたこと,による。
金価格の引上げは,イ)世界貿易量の伸長に見合うほど,金供給量が増大しないこと,ロ)諸商品相場は騰貴しているのに金価格は1934年以来固定されていること,ハ)このため産金国では産金コスト割れになること,等の理由から,かねてよりアメリカ以外の国の要望が強かつた。これに対しアメリカは,金価格の引上げが主要産金国であってアメリカに次ぐ大量の金保有国とみられるソ連を有利にし,世界最大の産金国である南ア連那を益するにすぎず,またそれはインフレを招来することを主たる理由として,たえず反対してきた。
ところが,「アメリカでは1957~58年の景気後退下にも,しのびよるインフレが続いており,景気回復段階ではさらにインフレが継続激化する。したがってドルの購買力は下がる。国際収支は赤字の継続で,この建て直しにも金のドル価格は変更されるだろう」というような思惑が,価値の変動するドルよりも価値の最終的標準である金をもとうとする動きをよび覚した。
2)金流出の動向
大幅な金流出は58年初めから59年上期まで続いたが,59年5月末,公定歩合が3.5%,9月中旬には4%に引上げられて,米欧金利差は縮小あるいはアメリカの割高となった。このため西欧諸国は,その獲得したドルをアメリカの銀行に預金し,欧州にもち帰ることをしなかった。そのうえ,59年第4四半期から60年第2四半期にかけて輸出の著増と輸入の減少によって経常収支黒字幅が拡大し,60年上半期の国際収支赤字は季節差調整済み年率27億ドル(前年同期は41億ドル)にまで縮小した。そのうえ,物価の上昇傾向が59年上期いらい停止したため,金流出は一時鎮静化した。
ところが60年6月,西ドイツ,イギリスで公定歩合を引上げ,逆にアメリカは引下げるに及んで国際金利差が拡大し,利ざやかせぎの短期資金がアメリカからヨーロッパに移動し始めた。さらに,8月にはアメリカの金利が引下げられて短期移動を促進した。そのうえ,輸出の増勢が鈍つて,60年第3四半期の国際収支赤字は年率43億ドル(季節差調整済み)にも達して59年を5億ドル上回った。このため,ドル手持ちの増大した西欧の中央銀行は,その手持ちドルの一部を再び“金”に換えるようになった。また,例年上半期中に金を大量に売却したソ連が今年はその挙に出なかったため,民間の金需要が各国中央銀行を通して,アメリカに向かつた。
また一方では,アメリカの大統領選挙後の新政策がインフレ的となり,ドル価値の下落あるいは金価格の引上げが起こるのではないかという思惑も,ロンドン市場における金需要を増大させた。こうして年初以来11月2日まで金の流出額は11億2,200万ドルとなり,すでに59年の総額を4,400万ドル上回って,アメリカの金保有高は183億8,500万ドル,1940年以来の最低になった。
3)金相場の暴騰
1960年8月,9月のころから時折,金現送点に近い相場をつけていたロンドン市場は,10月中旬に入って突如,1オンス=35ドルの公定相場をはるかに上回る40ドル以上の相場を呼んだ。この背景をなすものは,前述したような金価格の問題,アメリカ国際収支赤字であると思われるが,今回の暴騰をもたらした主な要因をとり上げてみると次のとおりであるとみられる。
(イ)中央銀行の金買入れ
アメリカ以外の国の中央銀行と政府のもつ対米短期債権は,アメリカの国際収支逆調を反映して1960年春ごろから急増し,他方では民間の対米短期債権もまたふえてきた。このため,このような債権を著しく増大した西欧の中央銀行は過去の伝統にしたがってその保有するドルを金の形で保有するため,ニューヨーク連邦準備銀行でドルを金にかえていた。ところが,10月中旬に入って西欧中央銀行は,アメリカに金流出の負担をかけることを遠慮して,本来,ニューヨークで買うべき金をロンドンで購入したので,民間の金需要と重なり合つて供給不足をきたした。
(ロ) ドル切下げの憶測
西欧にアメリカ景気の不振が伝えられると,景気振興策としてリフレ政策が実施されるだろうと予想される一方,ケネディはドルを切り下げるのではないかという憶測が西欧に広まった。
(ハ)民間の投機
以上のような金の供給不足と金価格引上げの風説は民間の思惑買いを助長させ,とくに,西ドイツ,スイスへの流入をさえぎられたキューバ,ベルギー領コンゴからの逃避資金がロンドンに流入して金に換えられた。
(ニ)イングランド銀行の介入停止
金価格を公定の水準に保つため,イングランド銀行はこれまで,主としてアフリカの新産金を市場に投入し,10月の暴騰時にはさらに手持ちの金準備を売却したけれども支えきれず,ついに介入を停止した。このため売却が少ない反面,買い手が殺到して,一時的に1オンス=40ドルを上回る異例な相場を出現したのである(取引額とすれば,大きなものではなかった)。
このような背景のもとに,金価格は暴騰したが,その後,イ)アメリカ政府が市場調整を目的とする諸外国中央銀行への金売却を認めたためイングランド銀行の市場への再介入,ロ)ケネディ氏の再三にわたるドル切下げの否定,ハ)10月6日のフランス銀行,同27日のイングランド銀行,11月11日のブンデスバンクの公定歩合引下げなどによって,ようやく小康状態を保つに至ったが,相場はなお公定をやや上回っている。
金流出の根本的な原因は巨額な国際収支赤字とドルの減価にある。したがつてこの問題の解決がまず第1に急がれるわけであるつこのため当局は貿易収支,貿易外収支の両面から,国際収支赤字の圧縮に乗り昌した。
1)貿易収支面の対策
まず,経常収支の改善,とくに輸出増強については,第1に59年末に商務,財務両省次官,予算局長等関係各省代表をもつて組織する各省輸出作業部会が設けられ,内外における輸出努力を調整強化することとなった。まず,実施面の重複をさけるため,12の小委員会を設けて,実行案を検討し,大統領は本年3月,全米輸出促進計画(National Export Program)に関する特別教書を議会に送つた。その方法としては,貿易見本市の開催,海外貿易センターの設置,貿易使節団の派遣,輸出入銀行の輸出信用強化,在外公館における貿易専門担当官の配置,貿易関係情報の蒐集ならびに業界への配布,民間の輸出意欲振興,海外観光客の招致などがあるが,全面的に効果を発揮するには2~3年を要するものとみられている。
第2の方法は,戦後のドル不足時代から続いているドル物資の輸入制限撤廃の要求である。ドル商品の輸入国からいえばドル商品の自由化であるが,西欧および日本では国際収支の好転もあって,59年と60年中にかなりの品目を自由化した。
第3の方法は,アメリカの対外援助をアメリカ製品輸出に結びつけることである。アンダーソン財務長官は早くから数10億ドルの国際収支赤字を気にし,対外援助や諸外国への借款にバイ・アメリカン・アクト(アメリカ商品優先購入法)を拡大適用することを主張した。しかし,この主張はいわゆるヒモ付き援助の強化を意味し,ヒモ付き援助の不評判を知るハーター国務長官と激しく対立した。このため,59年秋の開発援助基金(DLF)借款にはアメリカ商品優先購入条件をつけたが,他の対外援助は従前どおりとした。
2)貿易外収支面の対策
以上は主として貿易面からするアメリカのまき返し政策であったが,貿易外の部面では,海外軍事支出,対外援助が再検討されている。
第1に海外軍事支出については,国際収支は悪化しても,対外援助や海外軍事支出の削減は,これまでタブーとされていたが,60年10月,アメリカの大規模金流出が約4カ月を継続するにおよんで,国防省はついに,域外軍事発注を削減する新方針を発表した。だが,域外調達は55年の6億4,000万ドルをピークとして漸減しており,59年でも約2億ドルであるから,国内調達切替えの影響は比較的少ないであろう。ファイナンシァル・タイムズはこれを5,000万ドル程度とみている。これはまだ域外調達の問題に止まるが,このような傾向の現われたことは,削減しがたいとみられていた軍事支出についての1つの注目すべき動きであろう。他方,対外援助についても国際収支の好調な西ドイツ,イタリア等に対してはその積極的な協力を強く要望することになろう。また,その他の国際協力の面では,英仏独当局に金利の引下げを要望し,すでに3国の公定歩合は下げられた。いうまでもなく,欧米金利差を縮小して,ホット・マネーの流出を防ぐためである。
上述のように,アメリカは国際収支の大幅逆調を是正するため,あらゆる手をうつている。この効果のいかんによっては,世界にかなりの影響をもたらすものと予想される。
1)対策の効果
アメリカがいま躍気になっている国際収支是正策がどれほどの効果をもつものか,次に検討してみよう。
(イ)貿易および貿易外の対策
まず貿易面では,多くの対策がいま動き始めたばかりであるから,効果の測定はむずかしい。各国に対するアメリカ商品の差別待遇撤廃を求めることは,もつともな要求であると思われるが,西欧諸国の多くはすでに高率の自由化を行なっており,これ以上の自由化の余地は比較的少ないし,低開発国では国内の幼稚産業の保護,外貨準備の不足などの問題があって早急な実現は困難であろう。
開発援助基金(DLF)の借款をタイド・ローンとする決定にはいくらかの効果が期待される。59年までの実績によると,DLFの借入国では借款の56%をアメリカ商品の購入にあて,44%を主として西欧からの輸入に使った。
アメリカ商品優先購入法の適用された60財政年度で,DLFの貸付け予算の枠は5億5,000万ドル,うち1部はすでに貸し出しずみのものもあったので,この年度の優先購入法の適用をうけるDLF借款は5億ドル,このうち44%,すなわち2億2,000万ドルが新措置によってアメリカ商品の輸入需要となって現われるにすぎない。61年度のDLF予算は多少増額されているが,このような方法は低開発国における資金の使途を局限するため,借入国側に割高なアメリカ品を買わせることになりかねないし,そのために借入意欲を衰えさせるかもしれない。また「多角貿易が促進されねばならない時に双務貿易を促進」するというフルブライト上院外交委員長の批判もある。
また,海運収支改善のために対外援助物資の輸送をすべてアメリカ船に切りがえようとする動きもあるが,これも公正競争という面から問題があろう。
つぎに貿易外取引面では,対外支払超過の大きな要因である海外直接民間投資を税制面から抑えようという声もあるが,少数意見にすぎないし,間接投資が規制される動きはないので,この面からの悪影響が海外に現われるとは思えない。しかし,その他の対外支出超過要因である海外軍事支出や対外援助については前述のとおり,域外調達の削減,西欧諸国の対外援助負担の増額等による諸影響が現われよう。
(ロ)西欧中央銀行への協力要請
以上のような貿易,貿易外の対策のほか,西欧主要中央銀行の協力をえて,西欧側金利を引下げ,国際金利差の縮小による短資流出抑制努力もあったが去る10月程度の引下げでば,なおニューヨーク・ロンドン間の短資移動抑制は不十分である。現段階では,対米協力という一点だけで金利を引下げうる余地は僅少である。
以上みてきたように,アメリカの国際収支ばん回対策は効果未知数のものもあるが,いま,急にドルや金の流出を食い止めるだけの力を発揮するとは思えない。しかし,アメリカの決意にはなみなみならぬものが感じられ,一方,西欧にも対米協力の気運が生まれたようだ。また漸進的に年を追つて効果の期待されるものもある。したがって輸入が増大しないかぎり,少なくとも,60年5月以来輸入は対前年同月比で減少している-そしてまた,ホット・マネーの異常流出が起こらぬ限り,国際収支は好転しよう。だが,51~56年の年平均15億ドルまでに赤字幅を圧縮するためには格段の努力を必要としよう。
2)金価格問題の行方
ロンドン金市場は小康を保っているが,新政府の政策に対する反応いかんによっては,再燃の恐れがまつたくないとは断定できない。しがし,新政府による金価格の引上げ,ドルの切下げは急には行なわれないだろう。だが,景気振興策としての低金利あるいは赤字財政政策がホット・マネーの流出を招く恐れは十分にあるので,金流出の継続は十分予想されるところである。
もしも,アメリカ人自体がドルを持ち出して金にかえるような風潮が現われてきたならば,これは大問題であるから,政府としてもなんらかの手を打つだろう。それがドル持出しの禁止であるか,金準備率の引下げであるか,あるいはその他の対策であるかはわからないが,少なくとも金価格引上げ決意以前に前記のような国際収支の逆調是正策を強化するに相違ない。
このような対策が奏功しなかった場合には金価格の引上げもありうることである。しかし,その場合の影響を2,3考えて見ると,アメリカ単独の金価格の引上げで,他国は単に対米レートの引上げだけに終わったとすると,アメリカ以外の国ではアメリカに売り込みにくくなり,逆にアメリカからは買いやすくなるので,貿易尻が対米逆調に転ずるなり,逆調幅を拡大することになろう。そればかりではなく第三国市場でのアメリカ商品の競争力が増大するので,恐らくイギリス,フランス,ドイツ,日本には打撃が現われよう。そうなると,これら4カ国のうち西ドイツ以外の国では対米レートを再調整する必要を生じ,結局はドルの切下げに続くこととなろう。これが連鎖反応を起こして,つぎつぎに為替レートの再調整をよぶかもしれない。このような散発的な再調整は,結局,一時的に世界の貿易や資本取引を阻害するおそれがある。この場合に問題になるのは,永らく棚ざらしになっているマルク問題であろう。以上のように,金価格の引上げが行なわれる場合には,他の国にも悪影響がある。他国が金相場の維持に協力する理由もここにある。したがって,アメリカ政府の施策と相まつて金価格の引上げは回避されよう。