昭和35年
年次世界経済報告
世界経済の現勢
昭和35年11月18日
経済企画庁
第2部 各 論
第1章 アメリカ
アメリカ景気は1959年初めから1960年半ばまで,おおむね好況裡に推移したが,第3四半期以降,新たな下降に転じたようである。
すなわち,58年末までに,国民総生産は実質で後退前のピークを上回って回復過程をおえ,59年初めから上昇期に移つた。鉄鋼ストによる一時的低下はあったが,59年の国民総生産は前年を上回り,60年第1四半期には,半兆ドル経済を達成した。こうして,60年第2四半期までの1年半の間に,実質国民総生産は6.7%(年率で4.4%増加し,工業生産も,この18カ月間に10%上昇した。しかし,60年第2四半期には景気の先行指標の下降が顕著となり,第3四半期には国民総生産が前期から若干減少し,工業生産も低下して,第3四半期に景気の下降が始まったことが明らかになった。
59年初め以降のアメリカ景気は,およそつぎの4期にわけられる。
この期の景気浮揚力の中心は,個人消費支出,在庫畜積,住宅建築の増加であった。
個人消費支出は,個人所得の増加,個人貯蓄率の低下,賦払信用の季節性を上回る増加とその加速化によって急増し,特に,乗用車を中心とする耐久消費財支出が激増した。59年上半年の乗用車とその部品購入は181億ドル(季節差調整済み年率)で,前年同期の34%増,58年下半期の25%増となった。
在庫蓄積は,循環的要因に鉄鋼スト予想による鉄鋼の保険買いが加わって激増し,58年第4四半期の年率29億ドルから59年第2四半期の年率115億ドルに増加した。在庫畜積の半分以上は耐久財製造業在庫の増加であった。
住宅建築は,58年初め以降にとられた一連の住宅建築刺激策が成功して激増した。しかし住宅建築を除く民間固定投資の回復は緩慢であった。輸出は,海外市場における競争激化,石炭,綿花などの輸出不振を反映して減少した。
鉄鋼ストを控えて,59年6月の工業生産指数は110(57年=100),失業率は4.9%と短期的にブーム状態を呈した。製造業新規受注高も,59年第2四半期に今回の循環のピークを記録した。
2)停滞期(59年第3四半期)
7月半ばから116日続いた鉄鋼ストや非鉄金属の長期ストがあったため,第3四半期の国民総生産は前期比実質1.8%減,工業生産は低落して10月には6月の7%減となった。最終需要は,耐久消費財支出,住宅建築,政府支出などで若干減少したものの全体では増加したが,在庫蓄積が止まったため国民総生産は減少した。したがって,この期の景気停滞のほとんどすべでは鉄鋼ストによる在庫変動による。
3)再上昇期(59年第4四半期―60年第2四半
期) 59年11月上旬,タフト・ハートレー法の発動によって鉄鋼ストが終了するとともに,景気は急速な再上昇に転じた。上昇力の中心は,60年春までが在庫蓄積,それ以降が耐久財をのぞく個人消費支出と設備投資であった。
在庫蓄積は,鉄鋼生産再開後,鉄鋼を中心に急速に進み,59年第3四半期の年率1億ドルの削減から,60年第1四半期には年率114億ドルの蓄積となり,在庫変動だけでこの半年間の国民総生産増加の69%を占めた。しかし,第2四半期には蓄積額が減少して,国民総生産増加の主要抵抗要因に逆転した。
個人の非耐久財とサービス支出は,趨勢的に増加を続けたが,耐久財支出の増勢は鈍化した。他方,輸出は工業国向けを中心に大幅に伸長し,60年第2四半期には57年のピーク水準近くにまで回復した。一般建設と設備投資も回復したが,特に60年第2四半期の設備投資の伸びはかなり大幅であった。
しかし,住宅建築は抵当債利率の騰貴などの原因によって緩慢な下降をみせ,政府支出も国防支出を中心に若干減少した。
このように,アメリカ経済は拡大をつづけ,最終需要も住宅建築と政府支出をのぞけば堅調であったが,在庫蓄積の鈍化とともに第2四半期の拡大は著しく緩慢化し,景気は高原状態を呈するに至った。
4)後退期(60年第3四半期以降)
黄金の60年代の初年として大いに期待されたアメリカ景気は,年初以来,次第に暗雲をましていたが,第3四半期には現実に新たな後退期に入ったようである。
すなわち,株価は1月初旬から下落に転じ,短期金利も2月には下がり始めた。製造業新規受注や工作機械受注の増加も,3~4月まで若干回復したに止まり,期待を裏切つた。つまり,現実の景気が上昇しつつあった上半期に,金融面や受注面では,すでに下降の兆が現われていたのである。
また,生産と売上げの動向をみると,工業生産は7月まで横ばいをつづけたが,製造業売上げは2月,卸・小売業売上げは4月をピークとして減少しはじめた。受注の減少を考慮すると,この生産動向は上半期中,受注残高の減少,完成品在庫の増加によって支えられていたことになる。
6月初旬の公定歩合引下げ(4%から3.5%へ),7月末から8月中旬にかけての株式証拠金の引下げおよび公定歩合の再引下げ(3.5%から3%へ)と支払準備率の引下げ発表(9月から実施),さらに,10月26日の支払準備率再引下げの発表,公開市場操作の積極化など一連の金融緩和措置は,多かれ少なかれ景気対策の意図をもつており,国際環境が許せば,さらに緩和措置がとられそうである。財政面でも公共事業の繰上げ実施が7月から行なわれた。このため,第3四半期の政府購入は年率1,007億ドルと前四半期から21億ドル増加し,国防発注も増加しているようだ。
このように,政府は早目に景気対策をとっているが,第3四半期の国民総生産は,在庫蓄積の終了,最終需要増加の著しい緩慢化によって,年率5,035億ドルと前四半期から15億ドル減少し,工業生産指数も8月,9月と引きつづき低下した。特に,鉄鋼操業率は7月以降55%以下の水準に低迷し,モデル・チェンジ後の乗用車生産も計画どおりの実績をあげていない。個人所得は今なお若干増加しているが,10月の失業率ば6.4%と増加傾向をみせ,労働時間は減少している。
いずれにしても,アメリカ景気がすでに後退期に入っていることは確かなようである。このように好況が短期に終了して後退を始めたとみられるのは,55~57年の投資ブームによって供給力が増加したため設備投資が早くも頭打ちになったこと,消費者信用残高の累積のため耐久消費財需要が減少に転じたこと,原料を中心とする在庫投資が蓄積から削減に変わったことなどのためである。
1959~60年景気上昇期の特徴は,投資の伸び悩み,相対的に高い失業率,物価の安定に求められよう。このような特徴が生じた理由は,一方では55~57年の投資ブーム期に投資された設備が現実に生産能力化し,加えて合理化,近代化投資によって生産性がさらに高まったことと,他方では政府が安定を重視して引締め政策をとったこと等にあると思われる。
また,鉄鋼ストによって59~60年の正常な景気局面の推移が大幅に攪乱されたことも,別の意味での大きな特徴であった。他方,個人消費支出の型が変わったのではないかと思われる点もかなり顕著に現われてきた。
つぎにこれらの特徴をもう少しくわしく検討してみよう。
1)投資の伸び悩み
(イ)伸び悩みの実態
投資の伸び悩みは,今回の景気上昇期における大きな特徴である。投資は伸び悩んだだけでなく,投資率でもかなり低下した。
9月初め発表の商務省,証券取引委員会共同投資調査によると,60年の工場設備投資は363億7,000万ドルで,59年比12%増と推定された。これは,前回の投資ブーム期の伸び率より低いし,57年の実績369億6,000万ドルをも下回る。もし,この間の投資財価格の騰貴5%を考慮に入れると,60年の予定投資量は57年を6%以上下回ることになる。
この投資調査は四半期毎に行なわれている。3月発表の60年投資予測額は370億ドルで前年比14%増であったが,9月報告では364億ドルに引下げられた。減少の80%以上は製造業投資の減少で,業界の期待に反した景気停滞から,下半期の投資予定額が切下げられたためである(第16表参照)。
製造業を業種別にみると,60年に大幅な投資増を期待された鉄鋼業の投資が,9月報告では前回よりも大幅に切下げられたのを初め,9月報告では3月報告よりも耐久財製造業の推定増加率が鈍化した。非耐久財製造業のうち,食料・飲料,繊維,紙・パルプでは上向き改訂がみられる。
59~60年の鉄鋼業をのぞく業種別増加率は,55~56年よりも小幅であり,前回は57年にもなお多くの業種で増加したが,今回はすでにピークに達したようである。
また,今回の上昇は58年第3四半期から2年でピークに達したと推定されるが,55~57年には2年半続いた。特に今回は,常に実績が予測を下回つていることに注目しなければならない。
投資が伸び悩んだ結果,今回は,第18表にみるように,国民総生産増加に対する寄与率でも,国民総生産中に占める平均投資率でも前回を下回った。
今回の上昇期には設備投資が伸び悩んだため,設備投資の有力な先行指標である工作機械国内受注高は,59年6月のピークでも前回の上昇期のピーク時の50%にも達せず,早期に減少に転じたのである。
(ロ)伸び悩みの原因
1)過剰能力の存在
投資の伸び悩んだ最大の原因は,過剰能力の存在にあると思われる。産業全体の過剰能力がどの程度かについての資料は入手できないが,過剰能力の測定が容易で,かつ,過剰能力がもつとも顕在化していると思われる原料製造業では,第35図にみるように,能力の増加が産出の増加を上回り,その差は拡大している。このギャップは60年上半期を56年とくらべると50%以上も大きい。これは,55~57年の投資ブームによって生産能力が拡大し,また,57~58年の景気後退期には短時日で景気が回復に向かつたため,過剰な設備が廃棄されなかったためである。
持に,鉄鋼業の過剰能力の圧力は深刻で,60年1~10月の製鋼操業率は70%,11月,12月にも操業率はほとんど回復を望めないので,通年の操業率は恐らく67%程度に止まるものとみられる。
完成財製造業の過剰能力の包括的数字はえられないが,たとえば現在の自動車工業の年間乗用車生産能力は900万台以上あるといわれている。
ii)期待はずれの景気動向
60年初頭におけるアメリカ企業家の景気見通しは極めて強気であった。たとえば,60年の国民総生産を5,100億~5,150億ドルとみ,鉄鋼生産も史上最高を予想した。しかるに,実際の動向は,第1四半期に在庫蓄積を中心に急上昇したうち,第2四半期には高原に近い状態となり,第3四半期には下降に転じた.このような経済拡大の早朝緩慢化とその終了は,企業売上げの増加を緩慢化し,現に4月をピークとして,商業および製造業売上げは減退している。
このため60年上半期における製造業の売上高利潤率と自己資本利潤率は証券取引委員会の調査によると,58年をのぞく50年以降の低率となった。
また,景気後退によって,61年の売上げと利潤率の見通しもバラ色ではない。
つまり,60年の景気は企業家の期待を下回って,売上げは伸びず,利潤率は低下した。また,近い将来の売上げと利潤率の見通しもよくない。これが,企業間の競争激化に伴う近代化投資の必要性の増大,長期的成長の見通しにもかかわらず,59~60年に投資が伸び悩んだ第2の原因である。
2)相対的に高率の失業
59~60年の失業率(季節差調整済み)は60年2月の4.8%を最低に,おおむね5%をこえ,59年1月~60年6月の平均失業率は5.4%である。前回の上昇期である55年4月~57年8月の平均4.2%にくらべると,1.2%も高い。
この原因は労働生産性の上昇,相対的に低い経済成長率と相対的に高い労働力人口の増加のためである。
(イ)生産性の上昇
今回の上昇期に失業率が相対的に高かつた第1の原因ば生産比の上昇に求められる。最近6カ年半の間に,国民経済全体の生産性は年率1.8%,製造業の生産性は年率3.8%の割合で上昇した。
最近,多くの製造業に遊休設備の増加がみられるにもかかわらず,製造業を中心に生産性が大幅に増加しているのは,この数年間における活発な合理化,近代化投資のためである。このため,製造業法人企業の固定資産(時価)は最近の4年間に32%増加して,資本コストは高くなったが,他方では,単位産出当りの労働量が少なくてすむようになった。
(ロ)低い経済成長率と相対的に高い労働力人口の増加率
アメリカの経済成長率は,53~57年で年率2.3%,57~60年上半期で年率2.7%である。これに対し,労働力人口は年間1.1%の割合で増加しており,加えて,生産性上昇が著しい。これらが失業率を高める要因となった。
第36図にみるように,ここ数年の雇用動向をみると,生産性上昇率の高い鉱工業雇用が微減し,特に生産労働者は100万人(7.5%)も減少して,かわりに生産性上昇率の低い第3次産業の雇用が増加している。しかし,第3次産業の雇用吸収力には限界があるので,全体の雇用は緩慢にしか増加しなかった。
× ×この2つの理由によつて雇用が緩慢にしか増加しなかったことが,59~60年に失業を相対的に高くした原因である。
3)物価の安定
今回の景気上昇期には,卸売物価は全く安定し,消費者物価も55~58年の騰貴にくらべれば大福に安定していた。要ずるに,物価の安定が今回の景気上昇期における主要な特徴であった。
(イ)卸売物価の安定
卸売物価指数は,58年半ば以降安定し,55~58年に騰貴が著しかつた中間製品や完成品価格の騰貴率も小幅になった。第20表にみるように,55~57年には機械類と金属の卸売価格が著騰し,これが全体の卸売価格騰貴の主動力となった。しかるに,58年8月~60年8月の騰貴幅は,55~57年よりもずつと小幅で,安定度が58~59年よりも59~60年にさらに高まったことは注目に1直する。
卸売物価安定の要因は,i)55~57年の投資ブームによる供給力の大幅増大と海外原材料価格の安定,ii)国の内外における販売競争の激化によって市場が買手市場に転換したこと,iii)59年以降の生産性上昇率の加速化と賃上げ幅の相対的鈍化,iv)60年5月末までの金融引締めによって,商工業に対する銀行貸出が上昇期としては小幅だったこと,などによる。
これらの要因のうち,もつとも主要なのはi)で,供給力の増加によって,需給バランスが需要者側に有利に働き,販売競争が激化した。このため,供給者側は従来の利潤率以下で製品を販売せざるをえなくなる。需要圧力が強かつた時には,賃上げによるコスト増をそのまま販売価格に転稼できたが,現在では,鉄鋼業にみられるように,たとえ,賃金騰貴率が生産性の上昇率を上回ったとしても,これをそのまま価格に転嫁できなくなったからである。
(ロ)比較的安定的な消費者物価
卸売物価は安定しているが,消費者物価は,59~60年にも年間1%強の騰貴を示した。この騰貴率は,前回の上昇期である55~57年よりも小幅であり,前回は58年の景気後退期にも大幅な騰貴がみられたが,今回の消費者物価動向は比較的落ち着いており,近い将来にも騰貴は予想できない。
たしかに,59~60年の消費者物価動向は卸売物価動向にくらべると安定性が少ない。しかし,48~58年に消費者物価が年率2.2%の騰貴をみせたことにくらべると,59~60年の動向は安定的であるといえよう。
59~60年における消費者物価騰貴の中心は医療費や家事費などの民間サービス料金と電気,ガス,電車賃などの公共サービス料金である。これら公私サービス料金の騰貴は,主として,賃金上昇率と生産性上昇率とのギャップの拡大,つまり,賃金は一般産業並みに騰貴するが,生産性はサービス産業の特殊性からあまり上昇しないために起こる両者の差の拡大のためである。
4)消費パターンの変化
今回の景気上昇期において,個人耐久財消費支出は55年の自動車ブームのような状態はみられなかったが,59年半ばまで急増したうち,その増勢を落し,60年第3四半期には前四半期から年率で18億ドルも減少した。サービス支出の趨勢的な増加と耐久財消費支出の景気動向に敏感な変動,耐久消費財支出のシェアーの漸減,これらの事実から,アメリカの個人消費支出はそのパターンを変えつつあるのではないかという意見が有力になった。
最近発表された有力調査機関の消費調査も耐久財支出の伸び悩みないし漸減と,家庭における耐久消費財所有の現段階における飽和を発表した。
以下,これらの消費調査を検討してみよう。
第1に,60年第2四半期中に行なわれた全米産業評議会(NICB)調査によると,耐久消費財のうち新車購入計画が前期比あるいは前年同期比で微増したに止まり,エアコンディショナー,皿洗い機,ドライヤー,フリザー,レンジは前年同期よりも20%減,冷蔵庫およびテレビは10%減,住宅購入は30%近くも低下している。
第2に,60年7月に行なわれたセンサス・ビューローの消費者調査では,新車の購入計画さえも,前年同期比で微減し,また,60年4月調査当時よりも減少している。中古車の購入計画も微減し,テレビは前年同期比不変,冷蔵庫,洗濯機は微減であった。この調査結果は前記のNICB調査よりもやや良好である。
第3に,最も最近の調査であるミシガン大学のそれは前二者よりも悲観的である。すなわち,この調査は600世帯以上のサンプルについて耐久消費財や住宅購入計画を調べたものであるが,前回調査にくらべて,自動車,家具を買う潮時と考える世帯がふえてはいるが,実際に向こう6カ月間に購入する計画のある世帯は前回と変わっていないし,住宅購入意欲がやや好転しただけだ。要するに,景気の見通し難から,全米の消費者は「なお,ちゆうちよ」しているようである。
第4に,ウォール・ストリート・ジャーナル紙が最近,全米22都市の中産階級に面接調査したところによれば,60年第3四半期に150ドル以上の大口買い物を計画している消費者は39%であるが(60年第2四半期44%),60年第4四半期になると36%に減少する。第4四半期といえば,通例この種の買い物がふえる時期であるにもかかわらず,逆に低下したのは買うものがないからとされている。また,被調査者の景気後退予想から消費態度が慎重化したことも原因の1つであるようである。
以上,4つの消費予測調査は調査時期,対策,方法などがそれぞれ異なつているが,共通的に見いだされる事実は,自動車を初め多くの耐久消費財の購入意欲が衰えたことである。いま一つ重大な事実は,中級所得層が買うものがないと答えたことである。彼らはすでに100%近くまで自動車をもつており,全米世帯の98%が冷蔵庫,89.9%がテレビ,91.3%が洗濯機をもつているのだから,耐久消費財の需要は今後鈍化するだろう。
したがって,耐久消費財支出が減退すれば,全米の産業に大きな打撃を与えようが,他面,その他の支出,たとえばボート,その他のレクリエーションのためのサービス支出はふえると期待される。だが,このような支出がふえても,耐久財支出ほど多くの産業に波及効果をもたらさないので,さし引きすれば国民総生産に対する寄与はマイナスとなるかもしれない。
このように,アメリカの個人耐久消費財支出は,耐久消費財の普及によつて,趨勢的にそのシェアーを減ずるものと予想されるが,短期的には消費者信用返済の一巡によって,61年下期ごろから回復するものと期待される。
5)大幅な在庫変動
59~60年には在庫が大幅に変動して景気動向に大きな影響を与えたが,その実態と影響をここで検討してみよう。
(イ)在庫変動の実態
58年10月に,事業在庫の削減が止まり蓄積に移つた。だが,景気変動にもつとも敏感な製造業在庫の削減は12月まで続いた。
59年における在庫残高のピークは7月末で,年初以来,事業在庫は季節差を調整して48億ドル蓄積された。このうち,耐久財製造業だけで全体の52%を蓄積した。耐久財製造業在庫を製造段階別にみると,この間にもつとも大幅に蓄積されたのは原料在庫で,蓄積の半ば以上を占め,すでに景気後退前のピークを上回った。
このような,耐久財製造業原料在庫の早期回復は通常な景気局面の展開ではみられないことで,たとえば,54~57年には,耐久財製造業原料在庫の回復はもつとも遅れたのである。この原料在庫の大きな部分は鉄鋼在庫であるから,59年上半期の大幅な在庫蓄積は高率の鉄鋼在庫蓄積によるものであつたといえる。
鉄鋼ストによって,事業在庫総額は10月末までの3カ月間に11億ドル減少したが,耐久財製造業原料在庫だけでその80%を占めた。鉄鋼在庫の激減が主因であることはいうまでもない。
11月半ばから鉄鋼生産が再開されると耐久財製造業原料在庫は急増した。
しかし,耐久財製造業の製品在庫は年末まで横ばい,耐久財小売在庫は売上げ減少にもかかわらず年末まで減少した。鉄鋼生産が再開されても,製品段階や流通段階の在庫がふえだすまでに一定の期間を必要とするためである。
耐久財製造業原料在庫は,60年3月までに8億ドル蓄積され,ほぼ59年半ばの水準にかえつた。しかし,鉄鋼の在庫補充が一巡した4月以降,この増加は停止し,夏には減少に転じた。
60年第2四半期以降の在庫動向をみると,耐久財製造業完成品在庫の増加が特徴的で,9月末には57年末のピークを9億ドル上回り,この間の価格騰貴を考慮した在庫量でも,売上げに対する在庫率でもともに57年末の水準を上回った。このうちには,滞貨的在庫もあるようだ。今までの景気後退期の経験によると,製造業原料在庫は生産の低下に数カ月先立つて減少し始め,製造業完成品在庫は生産低下の始まった段階では,むしろ著増している。
最近の在庫の動きが一時的なものであるか,趨勢的なものであるかは軽卒に判断できないが,とにかく,今後数カ月の在庫動向には注目すべきものがある。
(ロ)在庫変動の影響
59年第1四半期から60年第2四半期までの1年半の間の実質国民総生産と最終需要の増加率は,第27表にみるように,0.2%の相違しかないが,四半期別では,かなり異なる。
1四半期の国民総生産増加年率は,対前期比で,10.7%から―7.3%へと18%も変動した四半期があるが,変動の大部分は在庫変動のためである。
最終需要は,59年下半期に増勢が鈍化したものの,おおむね順調に増加した。しかし,国民総生産は激しい在庫変動によって,増加率を大幅に変動させながら増加した。在庫変動が正常な景気局面の展開の攪乱要因となったというのはこのためである。