昭和35年

年次世界経済報告

世界経済の現勢

昭和35年11月18日

経済企画庁


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第1部 総論

第3章 世界経済の構造的,政策的な諸問題とその展望

3 工業国間の格差の縮小と“金”の問題

(1) 工業国間の格差の縮小

以上のような自由化ならびに地域化の進展は,結局,西欧諸国の体質改善に著しく寄与し,国際収支をおおいに好転せしめたのであるが,西欧におけるこのような成果と相呼応するかのごとく,日本の経済力の向上も目ざましいものがあった。西欧と違って,自由化や地域化の潮流とも一応はかかわりなく,むしろ西欧以上の発展を示した日本の経済力は,たしかに目を見張らせるものがあったといっていいだろう。それは何よりも次のような目ざましい生産性の向上に現われている。ことに,機械工業や自動車工業のような,日本としては必ずしも恵まれた環境にはいたいように思われした産業の生産性が,1955年ごろから著しく伸びてきたことは,十分に注目されてしかるべきことであった。

第19図 主要工業国の労働生産性の推移

このような日本のそれを含めて,総じていえることは西欧,日本といったような工業国の生産性の向上がアメリカのそれをしのいでいるという事実は,ここ数年来のきわだった特色であった。

生産性の伸びが高ければ,当然それだけ輸出品の価格を安くることを可能にするはずである。

いま,アメリカ市場における日,独,英3国からの輸入相対価格(国内物価指数と輸入価格指数との比)の推移を比較してみると,第9表のように漸次低下してきていることがわかる。

つぎに,アメリカと西欧ならびに日本の輸出構造をみると,第20図および第21図のように西欧や日本の対米輸出は工業製品がきわめて高い比率を占めているのに対し,アメリカの対西欧および対日輸出では原料や燃料等の比重が相当に高い。むろん同じく工業製品といっても西欧のそれと日本のそれとは商品としてはかなり違っている。西欧のそれは自動車その他の耐久消費財を主体としているのに対し,日本のそれはその多くが非耐久消費財である。

しかし,いずれにしてもこのような工業製品が食料,原燃料とくらべて共通的な特質としていえることは,もともと所得に対する弾力性がはるかに高いうえに,戦後その傾向がますます顕著になってきているという事実である。むろん弾力性の問題だけですべてを論ずるわけにはいくまいが,これが大きな鍵となることは間違いあるまい,戦前のアメリカ市場について測定された所得弾性値は,Chang氏によれば工業製品1.39,原料1.02,Hinshaw氏によれば,それぞれ1.109,0.781となっている。これに対し,戦後の1950~59年について所得弾性値を算出してみると,それぞれ2.31,0.47となった(詳細は第3部参照)。

工業製品の所得弾性値が原料のそれよりも高いということは,所得が高まればそれだけ工業製品の方が原料よりも輸入のふえ方が大きいことを意味する。

これには工業国における消費水準の向上に伴う消費需要の高度化,多様化という傾向も大きな要因となつていると思われる。

このように工業製品の輸入性向が大きくなった結果,アメリカの西欧や日本からの輸入は漸次増加のすう勢をたどつた。

このような西欧や日本等の工業国の経済的実力の向上,およびそれらにとって有利な貿易構造の変化は,その貿易上のポジションを好転せしめ,結局,これら工業国の金・外貨準備高を激増せしめる結果になった。

このような西欧や日本等の工業国の経済力の向上によつて,アメリカの企業家はこれら工業国への対外投資を次第に重視するようになった。とくに西欧の共同市場向けの投資は第25図のように著しく増大した。

このようなわけで,経常勘定でも資本勘定でもアメリカのドルの流出は漸増し,工業国におけるドル不足の改善に大きな寄与をした。

第22図 アメリカの輸入のすう勢

(2) 国際通貨と金問題

戦後,世界で最も信用のある国際通貨として,ドルがかつての金と同じような役割を果たしてきたことは周知のことである。もし金が唯一の国際決済手段として用いられたならば,もともと国際的な取引量の増大に対して金の量が絶対的に過少であることは第26図にも示すとおりであるから,いわゆる金問題はもつと早く起こつたにちがいない。したがって,ドルが国際通貨の役割を果たしてきたことには大きな意義がある。そしてドルがこの役割を果たし得たのは,アメリカの生産性が他の工業国のそれに比してとび抜けて高く,したがって,労賃を上げ,インフレ気味になっても,それが国際収支にはさしてひびにとなく,いわゆる高能率,高賃金の広大な国内市場にささえられたアメリカの経済力は世界経済の中で絶対的な優性を保持していたからであった。しかし西欧や日本等のような工業国の目ざましい台頭は次第にアメリカの経済力との間の格差を縮小し,世界市場の中でドル商品の優位性が相対的に弱くなり,一方,海外投資,海外援助が増大するに伴ってアメリカの国際収支も赤字をつづけるようになった。このような傾向がつづけばドルよりも金を持とうとする傾向が強まってくる。

しかるに一方,金の公定価格は1934年以来1オンス35ドルにすえ置かれたままであるので,このような情勢のもとでは金の公定価格が引き上げられるのではないかという思惑がでてくる。これが今回の金相場暴騰の主たる要因であった。しかし,金の公定価格を引き上げることはドルの切下げを意味し,これはアメリカにとって大きな経済波瀾をひき起こすとともに,ドルが現実に国際通貨の役割を果たしている現状を考えると2国際経済にとっても重大問題である。したがって,アメリカの国内経済としても,また国際経済の立場からも,国際通貨としてのドルを安定させることは最大の要請であり,アメリカ政府はもとより,各国政府はこのために最大の努力と協力をつくすであろう。

第23図 世界の工業製品輸出に占める比重

アメリカが国際収支の改善をはかり,ドルの信用を維持するための方策としては,輸出増大,輸入節減,海外投資の削減,援助の縮小,海外駐留軍費の節減等が考えられるが,この中には実際問題として実行困難なものが多いし,また西欧各国がアメリカとの金利差を縮小するために自国の金利引下げを行なった場合,それが各国経済および世界経済にどのような影響をひき起こすかという問題は残る。しかし,当面ドルの安定のために金の公定価格の引上げが行なわれるような事態にならないであろうことは,各国の責任当局の言明からみても,またすでにイギリス,西ドイツの公定歩合の引下げが行なわれたことからみても間違いないところであろう。かくして,アメリカの適切な政策の実施,他の工業国の協調等によってドルの信用は保持されるとしても,それだけで今後の国際決済問題がすべて解決されるかどうかはやはり問題であろう。

今日では,昔のような形での,つまり,金のみが国際決済の手段として認められるといったような形での金本位制ではなくなっていて,形式的には金の問題は国際決済の問題とは関係がないようであるが,各国通貨が対ドレートを公定し,そのドルが1ドル1/35オンスという金の公定価格とリンクしているのであるから,いわば形をかえた金本位制をつづけているともいえるわけである。しかし,この金の1ドル1/35オンスという公定価格は1934年に決められたもので,他の物価が何倍にも上がつているのに金の価格だけが26年間もすえ置かれたままであることや,前述したように産金量が絶対的に過少であること等を考えると,金問題ひいては国際通貨の問題は常に残されているといえよう。

そこで将来の問題として全然新しい国際決済の手段に関するなんらかの措置が必要となってくることも考えられ,すでにケインズ案とか,トリフファン案とかいう直接金とは関係のない国際決済の方法が提案されていることは注目されよう。