昭和35年
年次世界経済報告
世界経済の現勢
昭和35年11月18日
経済企画庁
第1部 総論
第3章 世界経済の構造的,政策的な諸問題とその展望
1957年3月,ローマで調印されたヨーロッパ経済共同体(EEC)条約,いわゆるローマ条約が共同市場の基本になっているが,それによれば,ヨーロッパ経済共同体はまず。
(イ)商品の移動の自由化
(ロ)資本の移動の自由化
(ハ)労働力の移動の自由化
の3つの自由化を目的とするものであった。そのうち,商品の移動の自由化は最も早くから手がつけられ,域内関税および輸入割当ての徹廃は,60年7月のいわゆるハルシュタイン計画の実施によって,予定の12~15年後にこれを全廃するという見通しよりはるがに早く完成することとなった。その内容は 第5表 に示すとおりである。
つぎの資本の移動の自由化は,域内の企業の提携,あるいは合同ということにも現われるわけであろうが,とくに国際投資信託の設定等はその好例であろう。そのくわしい経緯は第2部において詳述ずるとおりであるが,国としてはフランスが最もこれに熱心であり,業種別には電子工業,自動車工業等のいわゆる成長産業がさかんである。フランスが最も熱心であるということは,それだけフランスが域内において競争力に劣つていたことを物語るものであろう。
労働力の移動の自由化は,前記の3つの自由化の中でば最もおくれているといえる。
西欧の労働力不足は第6表のようにまことに深刻なものがある。しかして,一方域内の自由化の進展によって,各国の産業構造の特化,合理化が進んでいくにしたがって,労働力の移動もこれに伴って円滑に進められなければならないのであるが,域内の国々がイタリア等をのぞいて,一般的にみて超完全雇用ともいうべき状態にあるため,労働力の移動の自由化もまた十分に組織的に行なわれなければならないのである。
しかし,商品や資本の移動の自由化と異なり,労働力の移動の自由化は生活慣習の相違や給与体系の相違等によっていろいろの困難が伴う。
以上のように共同市場は誕生後まだ日も浅いため,ようやく緒についたとでもいうべき段階にあるとはいえ,事務局ならびに各構成国政府においては,共通通貨の設定,共通税制の制定等,困難な問題と真剣に取り組みつつあり,その実施も時間の問題とみられ,一つのヨーロッパの誕生に着々とその歩を進めつつある。
共同市場の結成による最も直接的な効果は,まず域内貿易の増大ということに現われている。商品の移動の自由化が早くから組織的に手がつけられたための当然の帰結といえよう。第18図によって,輸出も輸入もともに域内の比重が増大してきていることを知るのであるが,ここでもうひとつの特徴的な動きは対米貿易の動きである。アメリカから共同市場に対する輸入は減少しているのに,アメリカへの輸出は逆にその比重を増している。むろん,1958~59年の2年だけの比較で,その結果をすべて共同市場の成果として云々することは当を得ていないであろうが,共同市場が対米貿易で優位性を強めた結果ともみられよう。
つぎに域内ならびに域外からの投資の動向であるが,最近の対フランス民間投資は一般に資本の交流が増大してきているが,なかんずくその動向ははなはだ興味深い。
共同市場内ではフランス企業は競争力が弱く,したがつて,フランスの資本が好んで他の構成国の企業と結合しようとしていることは前に述べたとおりであるが,そのようなフランスに対して,最近西欧の民間資本の流入が著増したこと,とくに直接投資よりも証券投資の比重が大きくなっていることは,ドゴール政府の経済安定政策が成功したこととも相まつて,それが,西欧内部,とくに共同市場の中で著しく信用力を増したことの現われとみることができるであろう。
自由貿易連合の方は共同市場に対してかなりその進展がおくれているが,しかし,このようないわゆる地域化の傾向が,前に述べた自由化の潮流と並んで西欧の経済力の向上に寄与しつつあること,ないしはするであろうことは明らかである。それはアメリカの製造業の対欧投資の増大等にも示されるのであるが,結果において工業国間の格差の縮小の大きな推進力となっていることを認識しなければならない。