昭和34年

年次世界経済報告

世界経済の現勢

昭和三四年九月

経済企画庁


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第二部 各  論

第五章 「躍進」的発展をうち出した中国

第三節 経済の「躍進」的発展の所産―「人民公社」

五八年度における中国の経済的発展の過程において,生産力の「躍進」の側面とともに,もう一つ国際的視聴を集めたものは,「新しい社会組織」としての人民公社の成立と発展であつた。

人民公社は,従来存在した農業生産協同組合の基礎の上に,これを合併して成立したものであるが,この人民公社化運動は五八年の夏にはじまつて以来数カ月の間に,全国七四万あまり存在していた農業生産協同組合が,二万六,○○○あまりの人民公社に編成がえされてしまつた。現在では,人民公社に参加している農家は一億二千余万戸で,全国農家数の九九%以上を占めている。

人民公社の特徴は「大規模な,工,農,商,学,兵が結合し,行政機構と公社が合体して一つになつた」 (中共中央「人民公社のいくつかの問題についての決議」五八・一二)ものとされているが,農業生産協同組合から人民公社への発展について,中共中央のこの決議は,「それはわが国の経済と政治の発展の産物であり,党の社会主義整風運動,社会主義建設の総路線,一九五八年の社会主義建設大躍進の産物である」といつている。その経済的側面についていえば,五八年とくに集中的にあらわれた生産力の「躍進」的発展によつて必然的に引きおこされた生産関係の上での変化である。

人民公社の成立過程をみると,それは,五七年末からはじまつた大規模な水利・灌慨建設と農業の増産運動のなかから,必然的な要請として生まれた点が注目される。従来の農業生産協同組合は,全国平均一組合あたり一〇〇戸あまりしかなく,労働力も少いし,公共積立金の額も小さい。このような協同組合にとつて,かなりの規模の水利建設を行い,農業の技術的措置をとり入れ,機械化と電化を漸進的にとり入れ,各種の必要な工業をおこし,またひろく生活を改善し,教育・衛生・文化事業を発展させるという大きな,多面的な任務はとうてい果すことができない。これを実行して生産力を飛躍的に高めるためには,どうしても「組合と組合,郷と郷,県と県の境界をうちやぶる大規模な協力と,組織の軍隊化,行動の戦闘化,生活の集団化」 (中共中央「農村に人民公社をつくる問題についての決議」五八・八)が必要となつてくる。人民公社の特徴は「大」と「公」だといわれるが,「大」とは規模が大きいことで,一社は大体郷を単位とし,一社平均五,〇〇〇戸,労働力は一万人前後となつているから,中型の水利工事や,やや複雑な工場・鉱山建設,道路・住宅建設,中等学校以上の学校経営などが現在の公社では可能となつてきている。例をあげれば,河南省のある地域では,最初四八の協同組合が,丹水河の両岸に,それぞれ防水工事を行つた。

が,統一的な計画がたたないため出水によつて八〇%が被害をうけた。公社が設立されたのちに,この工事は根本的に改善されたという。おなじく河南省商城県の超英公社は,公社になるまえには資源条件が非常にすぐれていたにもかかわらず,協同組合単位で工業をおこすようなことはできなかつた。それが合併して公社になつてからは,二,五〇〇人の幹部と一万七,五〇〇人の社員を動員して,鉄鋼,機械,化学肥料,セメントなど三,二五〇にのぱる小規模なあるいは零細な工場を建設して生産に入つた。河南省全体では,公社の経営する工場の数が三七万あまりにのぼつている。湖南省の人民公社はすでに小規模なダムを三一七つくりあげ,安徽省滌県では自動車道路を敷き,遼寧省の人民公社は林業所二六九カ所を新設した。このような例は無数である(五八・九・三〇新華社電)。

人民公社のきわめて重要な作用は,その組織によつて農村における遊休労働力の高度の動員と季節的な労働力の合理的な調整を可能にしまた労働生産性を向上させたことにある。このことはあとでみるように生産の「躍進」をもたらした大きな原因である。とくに公共食堂,託児所,裁縫,洗濯などの組織を設け生活の集団化を実施して女子の労働力を動員し,また労働生産性の向上を可能にした。河南省など七つの省で総計二,〇〇〇万人以上の女子がこれによつて生産に参加するようになつたといわれる。また各地で労働力の合理的な組織化が行われ,これによつて労働能率は「二〇%ないし三〇%高まつた」と報道されている。顕著な事例をあげると,遼寧省の黒山県,鉄嶺県,康平県などでは,以前毎年秋の収穫に二〇~三〇日もかかつていたのが今年は一〇日間で終つたといわれ,四川省でも中稲の収穫日数を短縮し,また半月間で数百億ピクルに達する積肥をも行つた。

公社の経営する文教,衛生,社会福祉事業もかなりの成果があげられているようで,河南省では人民公社の経営する中,小学校一〇万余,小規模な図書室二八,三七三,素人劇団一万余,映画館一八四,病院六,八九三,産院一七,七六二となつており,その他養老院,クラブなどが数多くつくられている(以上は五八年九月末の数字)。

このように公社の活動が多面的になれば,郷の権力は当然単独に存在する必要がなくなり,公社の社務委員会が郷(の人民委員会を兼ね,社長が郷長となる。さらにすすんで公社の県単位の連合組織である県連合社と県人民委員会とが合体する方向にすすむものとされている。

人民公社の軍事的性格については,人民公社が民兵組織をもつて軍事訓練を行い,社会の治安維持にあたる側面と「労働組織の軍事化,行動の戦闘化」,生活の集団化という側面の両面がある。後者については,農業生産に工場生産の規律化をもちこむのがその眼目とされている。

現在の段階での人民公社の基本的な性格について,前出の中共中央の一二月決議はつぎのようにいつている。「人民公社は,わが国の社会主義社会を構成する工・農・商・学・兵が相互に結合した基礎単位であり,同時にまた社会主義の権力組織の基礎単位である。」現在の人民公社は「いくつかの全人民的所有制の要素を帯びるようになつた」が,これまでの集団所有制から全人民所有制にかわつたのでなく,そのためには「なおかなりの期間を必要とする」としている。また人民公社の今後の発展について,同決議はつぎのようにのべている。「人民公社はわが国の社会主義建設のテンポをますますはやめるであろうし,かつまたわが国がつぎの二つの移行を実現するもつともよい形態となるであろう。第一に,わが国の農村が集団的所有制から全人民的所有制に移行する最良の形態となり,第二にわが国が社会主義社会から共産主義社会に移行する最良の形態となるであろう。現在また,将来の共産主義社会においては,人民公社がいぜんとして社会構成の基礎単位となるであろうと予測することができる。」


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