昭和34年

年次世界経済報告

世界経済の現勢

昭和三四年九月

経済企画庁


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第二部 各  論

第二章 西  欧

第七節 イギリス経済

(一) 景気後退から回復ヘ

イギリス経済は一九五八年に,他の西欧諸国とほぼ同時に戦後第二回目の景気後退を経験した。

この景気後退の根因は,一九五三年以来の好況局面を支えてきた主柱である民間固定投資の増勢が停止したことにある。しかし,それが鉱工業生産の下降と全経済活動の低下となつて波及して行く過程で,主要な役割を果したのは在庫の削減であり,その過程を促進し振幅を増加せしめたものは世界的景気後退を反映した輸出の減退であつた。

この景気後退は比較的軽度のものにとどまり,一九五八年末には回復の兆候があらわれ,本年に入るにおよんで経済活動は再び上昇に転じた。在庫調整の一巡と輸出の立直りが景気後退の終結をもたらしたといつてよいが,景気後退の深化を喰止め,上昇の契機を作り出したものは消費者需要の堅調と昨年秋以降における急増であつた。この消費需要の拡大こそ,政府のとつた緩和政策が最も著しい効果を発揮した部面であつた。

輸入価格の低下による貿貿尻の改善と,ポンドの信認の回復にょる逃避資本の帰還が原因となつて,一九五七年第4・四半期以来金・外貨準備準備は増大を続け,この金外貨準備の蓄積を背景に,一九五八年末ボンドの交換性が回復された。また,本年一月一日から欧州共同市場が発足し,イギリスの努力も空しく,自由貿易地域構想は失敗に終つた。景気後退を抜け出したイギリスは,かようにして大きく変貌した国際環境の中で,新しい拡大の道を探し求めることとなつたのである。

第2-3図 イギリスの鉱工業生産と失業

(二) 一九五八年のイギリス経済

(1) 経済政策の転換

一九五八年初頭には,政府はなお従来の引締政策を堅持していた。しかし年央に近づくにつれ,経済活動の沈滞がひろがり,緩和政策へ転換せざるを得なくなつた。景気対策でばないという弁明つきの公定歩合引下げに始まり,六月に初年度償却制の償却率引上げ,七月に銀行貸出制限の撤廃および資本発行委員会の審査規準の緩和,九月の月賦販売制限の緩和と一〇月におけるその全廃,またこの間に再度にわたつて公定歩合の引下げが行われた。

これら緩和策のうち,即効を現わして景気回復の端緒を作り出したものは月賦販売制限の緩和と全廃であつた。耐久消費財の月賦販売高は一九五八年第4・四半期中に急激に膨れ上り,耐久消費財工業とその関連産業にブーム状態を現出せしめた。

本年に入つても緩和政策は続行され,四月に議会へ提出された一九五九~六〇年度予算案は,大方の予想を上回る刺戟予算となり,その効果が期待されている。

(2) 需要の動き

イギリスの一九五八年における国内総生産は,実質額で前年よりも○・六%減少した。総需要もまた,○・六%の減少を示している。需要の各項目のうち,金額でも比率でも最も大きな減少をみせたものは在庫投資であり,一九九五七年よりも二七五百万ポンドも減少している。

次いで輸出は一三〇百万ポンド,二・三%の減少であり,政府の経常支出は,減退の幅をせばめたとはいえ,なお前年よりも四五百万ポンド縮少している。総固定投資は前年とほぼ同一の水準にとどまつた。

かように大幅な縮少を示した項目があつたにもかかわらず,総需要の減退を○・六%に喰止めたものは消費者支出の増大である。景気後退下にあつても,消費者支出は二九〇百万ポンド,二・四%増大し,過去二カ年のいずれよりも大幅な増加を示した。

この景気を下支えた消費者需要の増加を品目で比較してみると,その原因が耐久消費財の販売急増にあることがわかる。耐久消費財以外の品目に対する消費者支出の増加率は,一・六%であつて,前年,前々年と大差ないが,耐久消費財に対する支出は一四・七%の増加であつた。特に一九五八年第4・四半期の増加は目ざましく,対前年同期比二四・一%も増大しており,これは明らかに月賦販売制限の撤廃がもたらした結果である。なお第1・四半期に自動車の購入が激増しているようにみえるのは,一九五七年初めの自動車販売がスエズ危機による石油の影響で不振だつたためである。また耐久消費財以外の品目に対する支出も第4・四半期には増加しており,第3・四半期に行われた賃金引上げが消費を促進した面もかなりあつたと思われる。

一九五三年以来の好況局面の推進力であつた固定投資は,一九五六年以後次第にその勢が衰え,資本財産業の受注残高も減少して,一九五八年に至つて遂にその増勢を停止した。四半期別にみると,一九五七年第4・四半期から減退傾向が現われ,一九五八年第3・四半期以来前年同期を下回り第4・四半期には前年同期比二・期%減となつた。

部門別にみると住宅建設を中心に公共役資がかなりの減少を示した反面,民間投資の五分の二を占め過去の投資ブームの中心だつた製造工業の投資は一九五七年第4・四半期から減退を始め,一九五八年には前年比二・五%の減少をみた。民間投資の増加した部門は住宅建築とサービス産業である。

在庫の削減も主として製造工業において起つた。製造工業における在庫投資の減少は一九五七年第4・四半期に始まり,一九五八年下期に大幅となつた。上期には仕掛品と完成品の在庫が増加しているが,これは非自発的なものがかなりあつたとみられ,これも下期には減少に転じた。製造工業の在庫削減は,特に原料と燃料に集中しており,一九五八年上期に原料,燃料在庫は大幅に減少し,下期はやや緩慢化している。

製造工業以外の部門については,卸売在庫には殆ど増減なく小売業在庫は微減,その他は増加している。しかし,この増加の過半は石炭在庫の増大によるものである。

景気後退の一因となつた輸出の減退は,今回の世界的な景気後退を反映したものである。輸出額の増勢が停止したの,は一九五七年第4・四半期のことであるが,一九五八年に入るにおよんで減少に転じ第2・四半期が減少の底となり,下期にはやや立直りをみせた。

中央,地方政府の経常支出は一九五七年よりも一・七%減少(実質額)しており,景気回復に積極的な役割を果したとは考えられない。しかし国民保険給付金が二七〇百万ポンド増加しており,その約半分は掛金の引上げに伴う給付金の増額であるけれども,失業給付の増大,年金受領者数の増加など,ビルト・イン・スタビライザーとしての機能を果す項目を含んでいる。中央政府の支出は三・五%縮小したが,これは前年の場合と同様,国防支出削減によるものである。地方政府の経常支出は,教育費の増額により前年に引続いて増加し,四%上昇した。

第2-89表 イギリスの支出と供給の変化

第2-90表イギリスの消費者支出

第2-91表イギリスの粗固定投資

第2-4図 製造工業在庫投資

(3) 工業生産と雇用

このような総需要の減退は生産の縮少と輸入の減少をもたらした。鉱工業生産指数(一九五四年=一〇〇季節差調整済み)は一九五七年一〇月に一〇九のピークに達したあと漸減して,一九五八年第2,第3・四半期には一〇六の線にまで下落し,鍋底型のカーブを描きながら第4・四半期以後回復に向い,本年四月には一一〇の水準に達し,景気後退前のピークを超えた。景気後退の影響を最も大きく受けた産業は鉱業と製造工業であるが,その中でも自動車,航空機産業や化学工業などの生産が増えているのに対して,鉄鋼業,石炭業,繊維産業などは不振をきわめた。

経済活動の低下にともない,登録失業者数は一九五七年央の二〇万人台から増加を続けた。一九五八年後半に入つて生産は回復に向つたにもかかわらず,失業数はむしろ増加のテンポを速め,本年一月には六〇万人を突破し,失業率も二・八%となつたが,その後急激に減少している。求人数はこれ上全く逆の動きを示し,一九五七年央から減少の一途を辿り,本年三月以降ようやく増加に転じた。失業率を地域別にみると,北アイルランド,スコットランド,ウエールズが高く近代工業の集中している南部,中部イングランドでは低率である。しかし今回の景気後退で最も大幅な失業増加を示したのはやばり中部,南部イングランドであつた。雇用者数の変化をやや長期的にみると,第一次産業である農業の雇用者が減少しているのに対して,サービス部門の雇用は一貫して増加傾向にあり,景気後退中も減少していない。製造工業と輸送業は景気後退の影響を明白にうけ一九五八年中の減少が著しい。

第2-5図 非軍事雇用

(4) 物価と賃金

一九五八年には物価の上昇は軽微であつた。

賃金率は三・五%上昇し,生産物単位当り労務費は増加したが,最終価格はさほど増大しなかつた。一九五八年の賃金率の上昇は以前よりも小幅であつたが,なお生産性の上昇よりも大きかつた。このギャップを埋めたものが輸入価格の下落であつた。

(5) 貿  易

一九五八年のイギリスの貿易は,輸出入ともに前年より減少した。輸出を地誠別にみると,欧大陸向けは前年より七・五%減少し,スターリング地域向けとラテンアメリカ向けはいずれも三%程度の減少であつた。アメリカ向け輸出は逆に一一・七%も増加している。四半期別の動きをみると,欧大陸向け輸出の減退は第1,第2・四半期に集中し,下期に入つてかなりの立直りを示した。アメリカ向け輸出は第1・四半期に停滞した後,尻上りの増加をみせて,第4・四半期には前年同期を四〇%近く上回る好調であつた。スターリング地域とラテンアメリカ向け輸出は,第1・四半期にはなお前年同期を上回つていたものの,第2・四半期以後減少に転じ,上記工業国向け輸出と逆の動きを示した。

品目では,航空機および同エンヂンの輸出が一四八百万ポンド(三三%),乗用自動車の輸出が一八九百万ポンド(二〇%)増加したが,いずれもアメリ力市場で伸びたもので,特に乗用車の増加は下期に目ざましく,対米輸出増加の主力となつた。石炭輸出は世界的な石炭過剰を反映して半減,特に欧大陸向けとスターリング地域向けが減つている。繊維品の輸出も一五%減少したが,これはどの地域向けのものも減少している。

船舶輸出は二〇%緘,機械類も数減,鉄斜は一二%培加した。

一九五八年の輸入額は前年を七・二%下回つたが,数量でみるとほぼ不変である。つまり輸入価格の低落が輸入額の減少をもたらしたわけである。輸入額の増加は,一九五七年第4・四半期に停止し,一九五八年第1・四半期には対前年同期比一一・七%減と大きく落込んだが,以後徐々に回復し,第4・四半期には前年同期を僅かながら上回るに至つた。

地域別では対米輸入の減少が最も甚だしく,前年より二・七%も低い。これに次いで対ラテンアメリカ輸入が一五%減,スターリング地域からの輸入が八%減となつている。欧大陸からの輸入は年間を通じてほぼ前年の水準を維持した。欧大陸以外の各地域からの輸入は,一九五八年前半に大きべ減少し,後半に立直つてきている。

対米輸入で最も大幅に減少したものは燃料と原料であり,工業製品もかなり減つている。スターリング地域からの輸入でぱ原料が二三%減少したのが目につき増加したものは燃料であつた。ラテンアメリカからの輸入のうち,減少率が高かつたものは原料および工業製品である。欧大陸からの輸入では原料が減少し燃料が増加している。

輸入額の減少が輸出額の減少の二倍以上に達したので,貿易尻は好転して一二〇百万ポンドの受超となつた(一九五年は五八百万ポンドの払超)。貿貿収支が黒字になつたのは戦後はじめてのことである。貿易外取引でもかなり大幅な黒字を出しており,資本勘定を考慮に入れても国際収支は極めて良好であつた。

第2-92表 イギリス輸出額の対前年同期増減率

第2-6図

第2-93表 イギリス輸入額の対前年同期増減率

第2-94表 イギリスの国際収支

(6) ポンドの交換性回復

イギリスは一九五八年末に,懸案であつたポンドの交換性回復を断行した。これは非居住者の保有するポンドに関するものであり,また資本取引については制限が解かれたわけではなく完全な交換性回復とはいえない。しかし,ポンドが自由に金やドルその他の通貨と交換できるようになつたのは一九三九年以後初めてのことである。また同時に他の西欧諸国通貨の大部分が交換性回復を実施したことからいつて,イギリス経済のみならず国際経済にとつても一紀元を画する出来事といえよう。

一九五一年,対外経済政策の破綻が原因となつて退陣した労働党の後を受け,政権に帰り咲いた保守党の念願が,ポンドの地位を強化しイギリスを再び「世界の銀行」の地位に引上げて昔日の面目を取返すことにあつたとすれば,その幾分かは交換性回復によつて実現されたことになる。今やポンドは世界通貨の名に恥じぬ姿をなり,ロンドン金融市場はとみに活気を増してきた。

一九五五争二月以来,イギリス政府はチューリッヒその他の海外の市場で振替可能ポンドの支持を行つてきた。

そのため公定ポンドより僅かだけ低い比率で振替可能ポンドをドルと交換することができ,「事実上」の交換性が既に存在していたのである。しかし「正式に」交換性を回復することは,やはり影響するところが大きいので,イギリス政府は好機の到来するのを待つていた。その時期が予想されたより早く一九五八年末にやつてきたわけである。

景気後退の結果輸入量の増加が止み,また国際商品価格の下落によつて輸入価格が低落したため貿易尻が著しく改善され,またポンドの信認の回復により逃避資本が帰還してきたので,一九五七年第4・四半期から金外貨準備は増大を続け一一億ポンド(約三一億ドル)を突破するに至つた。

事実上の交換性は既に存在していたのであるから,交換性回復は急激な影響を生み出すようなことはなかつたが,ポンドの地位は益々高まつており,また戦後の自由化の一つの到達点としての意義も大きい。ニューヨークやチューリッヒの金融市場で行われていたポンド取引の多くがロンドンヘ帰つてきた。交換性回復によつて意味が失われてきつつあつたドル輸入制限は本年に入つてから,その大部分が撤廃されている。

第2-7図 金・外貨準備

(三) イギリス経済の現状

イギリス経済には,一九五八年末既に景気回復の兆が現われていたが,本年初めの状況をみると経済活動の急上昇をもたらすような好材料があまり見当らず,一九五九~六〇年度予算に全幅の期待が寄せられた。この期待に答えて四月に議会へ提出された新予算案は一般の予想を上回る刺激予算となつたのである。

しかし,鉱工業生産は,第1・四半期中に上昇を開始しており,登録失業者数も一月に六二万人のピークに達した後,着実に減少してきた。第2・四半期に入ると回復はますます顕著となり,四月に鉱工業生産は景気後退前のピークを超え,失業者数は減少のテンポを早めて一九五八年初めの水準に帰つた。

第1・四半期には消費財部門の活況と資本財部門の不振というコントラストがまだ明瞭であり,在庫削減は勢を弱めながらもまだ終了するに至らず,輸出の伸びもはかばかしくなかつた。けれども第2・四半期に入ると,長い間待たれていた消費財部門の活況の資本財部門に対する浸透が始まり,輸出は飛躍的増大を示し,多くの産業が次々と沈滞を脱しつつある。

この回復をもたらしたものは何であつたかといえば,第一に本年に入つても衰えをみせぬばかりか増加の一途を辿る耐久消費財ブームであり,第二は輸出の立直りであり,第三に在庫削減の終了ないしテンポの緩慢化である。

まず消費財部門に目をむけよう。前回の景気後退の場合と逆に消費者支出が増加して景気の下支えをしてきたことは既に述べたところであるが,回復の先導を務めつつあるものもまた消費財部門,特に耐久消費財部門である。耐久消費財の売上高は,昨年一〇月に月賦販売制限が撤廃されるや,忽ち急増し,以後その増勢を保持している。月賦販売条件の緩和が与えた刺激は本年初めに衰えるのではないかと予想した論者も多かつたが,第1・四半期に増加テンポが少しく緩慢化したものの,四月以降再び増勢をつよめた。これには予算案で示された仕入税の引下げが効果を及ぼした面もあるが,それのみでは説明できぬ強力な底流があるようだ。乗用車は勿論,最近の消費財購入増加の主力である家庭用耐久財に対する需要の増大傾向は短期的なものとは思われず,イギリス人の消費パターンの変更が底流として進行しつつあり,それが経済に大きな影響を与えているもののようである。

また昨年以来沈滞の底にあつた幾つかの消費財産業,例えば衣料および履物も最近回復をみせてきている。

こういつた消費需要の増大に支えられた消費財部門の活況は他の諸事情の好転と相まつて,資本財部門へ浸透し日経済全般に活気を甦らせつつある。

次に輸出の回復を検討する。本年第1・四半期の輸出額ば前年同期を三%下回りあまり香しい成績ではなかつた。

地域別では欧大陸向けとアメリカ向け輸出が増加し,スターリング地域(対前年同期比一四%減)とラテンアメリカ向けおよびカナダ向け輸出が減少している。品目では原料輸出が大幅に増えているが外の品目は減少した。工業製品も総額としてはかなり減つたが,化学製品,電気機械を除いた機械類,自動車,非鉄金属などは増加した。

だが第2・四半期に入ると,四月および五月に輸出は飛躍的な増大を示し,六月には減少をみたものの,第2・四半期全体で前年同期を一〇%(昨年のドック・ストライキを考慮に入れれば四%程度)上回つた。増加は品目,地域ともに広範囲にわたつており,世界景気の回復を反映している。地域別ではやはり北米,欧大陸向けの輸出が最も好調であるが,スタリング地域向けも第1・四半期の減少をかなり取戻した。ラテンアメリカ向けはあまり変化がない。品目では自動車,航空機,化学製品が増加した外,電気機械も含めて機械類も増加,繊維品が僅かながら好転している。

一九五八年末以来の輸出立直りの主役を演じた自動車産業は,既に述べたように国内でも耐久消費財ブームの先頭に立つている。鉄鋼,石炭,繊維の三大不振産業が今回の景気後退の象徴であるとするならば,自動車こそは景気回復の象徴であるといえよう。本年に入つて自動車の生産台数は急上昇し,四月にはレコードを作つた。五月にはストライキがあつて生産台数は低下したが,輸出台数では四月の記録を更に破つている。

景気が回復しているにかかわらず在庫の再蓄積はまだ始まつていない。原料の輸入が低稠なことはこれを物語るが,おかげで貿易収支は好調である。しかし,産業によつては在庫削減が終つたとみられるものもあり,少くともそのテンポはかなり緩慢化しており,それが景気回復に好影響を及ぼしたことは疑いない。

在庫削減の中心となつた製造業の在庫は本年第1・四半期に僅かに増加しているけれども,例年の季節的増加にくらべるとまだ少い。鉄鋼業は各産業における在庫削減の影響を累積的に受け,最も被害の大きかつた産業であるが,鉄鋼消費者の在庫削減はまだ続いている。しかし景気回復の影響はこの産業にも及び,建築業その他からの発注増加がみられ,鉄鋼消費の増加に伴つて生産は上昇してきている。昨年鉄鋼業の操業率は七五%であつたが,現在八〇%を上回るに至つたと伝えられる。

今後の景気上昇を決定する一つの重要な要因である固定投資は投資ブーム衰退の後であるだけに,大幅な増加は期待できない。これまでのところ民間投資の低調を公共投資の増加で補つて行く計画が立てられてきた。もつともごく最近の指標からみると固定投資の見通しもやや明るくなつてきたようである。工作機械の受注高は第1・四半期には輸出向けが微増したが,国内向けの受注は減少を続けていた。それが最近国内向けのものが増加し始め,工場建築許可数も,第1・四半期にやや立直つたあと第2・四半期は大幅に増加している。

このように景気回復の波が各所に拡がりつつある中で,いくつがの産業はなお不振をかこつている。その主なものをあげれば,石炭業,造船業,国鉄,その他いくつかの資本財産業である。

繊維産業には本年に入つてから需要の増加による立直りがみられ,ランカシア綿業は商務省の援助の下に過剰設備と過剰労働力の整理に乗り出している。鉄鋼業の生産が回復していることは既にみたところである。しがるに石炭業だけは回復の見通しがまだついていない。生産量は削減されているけれども,石油の進出は本年に入つてますます盛んであり,石炭庁は石油と競合する部面での炭価の切下げを考慮している。

いくつかの不振産業を残しながらも,景気はようやくに回復してきた。今後の経済の動向を探る上に逸してならないのは一九五九~六〇年度予算の経済拡大的性格である。既に回復は始まつているとはいえ,投資ブーム衰退の後を受けて,需要が急速に増大して経済拡大をもたらすことは見込であるため,新予算の需要造出効果に期待が寄せられた。過去の投資が生み出した設備能力の余裕と余剰労働力を持ち,輸入増加に耐えうる金外貨の蓄積を行つたイギリス経済の拡張余力をたのんで,政府は大方の予想を上回る刺激予算を打出したのである。

所得税と仕入税を中心とする大幅な減税措置(二九五百万ポンド)と戦後特別所得税の早期返済(七一百万ポンド)によつて一九五九~六〇年度には,三〇〇百万ポンド前後の購買力が造出されるものとみられる。また投資控除制が復活され,投資の促進が目論まれた。また地方公共団体や公社などに対する融資も公共投資を容易にするであろう。

減税措置は既にその効果を現わし,回復を助けている模様であるが,予算の拡大的刺激策が全面的に効果を発揮するのは本年下期と考えられている。

本年に入つてからの回復状況と,予算の拡大的性格を考慮すれば,イギリス経済は新しい拡大の戸口に立つているように思われる。

第2-8図 耐久消費財月賦残高

第2-95表 イギリスの自動車生産台数

第2-9図 イギリスの粗鋼生産

第2-96表 イギリスの工場建設許可数と面積

第2-10図 鉱工業における石炭と石油の消費量


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