昭和34年

年次世界経済報告

世界経済の現勢

昭和三四年九月

経済企画庁


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第二部 各  論

第一章 景気回復に転じたアメリカ経済

第三節 将来の展望

(1) 将来の経済成長

五九年第1・四半期の国民総生産はすでに景気後退前の水準をこえ,第2・四半期にはさらに一四三億ドルを追加して四,八四五億ドルになつた。本年上半期の経済活動が七月に始まつた鉄鋼ストの影響で,過大に刺激された面もあるけれども,スト期間中一時停滞したのち,再び活況を取り戻し,年末には五,〇〇〇億ドルの大台に迫ると予想される。まことに急速な回復から拡大への移行であるが,近年の成長率は西欧先進国よりもかなり低い。たとえ一時的な停滞はあつたにしても過去数十年にわたつて,長い成長の記録を残しており,一人当り国民総生産においては最も高い水準を維持しているので,一人当り総生産の低い国のように大きな成長率を今後に期待するわけにはゆかないわけである。しかしソ連の経済成長がほぼ計画通り進行し,今後数次の計画をくり返していくうちには,いくつかの部門で,ソ連が追いつくことも考えられよう。これが刺激となつて,今後もアメリカの優位を確保するために,高い成長率を維持する必要が広く認められてきた。だが,ひとり国防やアメリカの威信という見地だけからでなく,国民生活水準とくに数百万世帯にのぼる低所得層の生活水準を向上させ,増大する労働人口を完全就業させるためにも高い成長率は望ましい。ただその付随物としてのインフレが断ち切れるかどうかに疑問があるので,現政府はいぜん三%程度の成長を目安にしている。安定か成長かの問題をめぐつて,目下政府および議会の調査が続けられているが,世論は最近,軽微なインフレはあつても高い成長を維持する方向に移つていることは注目される。

(2) 通貨問題

アメリカの物価は景気後退中も騰貴した。ところが西欧でも昨年を除くと程度の差こそあれ,多くの国で騰貴している。第1-43表に示すように四八年から五三年までの間ではスイス,ベルギーを除けば西欧諸国の騰貴率がアメリ力以上であり,五三~五七年になると,アメリカと同じ幅か,それ以上の幅で騰貴した。四八年から五八年までの一〇年間を前後五カ年間ずつ区切つてみると,ベルギー,スイス,西ドイツを除く一〇カ国では前半よりも後半において騰貴率が鈍つており,後半の五カ年間でアメリカの騰貴率を下回つた国はスイスだけである。また五七年から五八年へかけてもアメリカの騰貴率は,とくに高いわけではない。つまりアメリカの生計指数は過去一〇年間長期的にみても短期的にみても,決して大幅に騰貴したわけではない。

このような背景があるにもかかわらず,ドルの減価が叫ばれるのは,世界で強力通貨といわれるポンド,マルク,スイス・フランの流通国,イギリス,ドイツ,スイスのうち,後の二カ国ではアメリカほど騰貴しておらず,アメリ力以上に騰貴したイギリスでは四九年に対米レートを切下げており,ドイツの切下げはイギリスよりも小幅であり,スイスは切下げなかつた事実に由来する。だから,過去一〇年の間に西欧二国からみれば,ドルの方が減価しているわけである。減価の幅がまちまちであるため,通貨の標準となる金を中心として,金平価を再評価せよという要望が昨年あたりから海外に強い。これが金価格引上げのうわさをよび,一九五八年における大量流出を引おこす一つの要因となつた。このような臆測に対して,現在の金価格は一三〇〇年以来のロンドン市場における趨勢からみても無根拠である。金価格の引上げは主要産金国であるソ連を利益するなどの強い反対があり,米議会の承認を得ることはむずかしい。

第1-38図 ロンドン市場における金価格

(3) 貿  易

昨年の輸入はわずか対前年比二%弱しか減らなかつたのに輸出は一六%以上減少したし,今年に入つても輸入は増大し,輸出は停滞を続けている。

ジャーナル・オブ・コマース紙最近の推定によれば,五九年の輸入は一四五億ドルで,前回の推定一三五億ドルを七%上回り,五八年の一二八億,五七年の一二九億ドルよりも,それぞれ一三%,一二%増である。商品別には,輸入を制限されている石油が減るが,コーヒーも値下りすれば,大幅な輸入減となる。ただし半成品および原料,自動車はふえ,原料のなかでは非鉄金属,鉱物の輸入増加が予想されるとしている。また商務省すじの推定によれば,五九年中残りの三四半期中,確実に輸出の増加を予想されるものは,輸出補助金の引上げに起因する綿花(五九年第1・四半期よりも年率で約三~四億ドル増),航空機であるが,西欧の景気が上昇過程にあるので,この面からの需要も増加するであろう。通貨交換性の回復,諸外国におけるドル商品の輸入増期待など今後アメリカの輸出を伸ばす要因がないわけではないが,一方最近でもアメリカが輸入制限を強化した品目もあるので,これが相手国の輸出所得を減少させ,今後の対米需要をへらすなり,あるいは報復的にアメリカ製品の輪入制限措置に訴えて,アメリカの輸出を抑制することもあろう。五八年秋の鉛,亜鉛の輸入制限で,中南米諸国の対米輸入は五八年中に一億五,〇〇〇万ドル減少するといわれるのがその一例である。

だが,今後アメリカ景気が急速に上昇して,国内企業の競争力ができても,なおしばらく輸入制限は容易に廃止されないであろうから,これが諸外国の対外需要を削減する結果になる。

その他前述のような国際商品価格面からの競争力劣化などによつて,アメリカの輸出は縮小するかのようにもみえるが,欧州景気の好転によつて,例えばイギリスのように対米輸入制限を大幅に撤廃する国ができてくれば,景気好転と制限緩和の両面から,アメリカの輸出はふえよう。だが,もう少し長期的にみれば,共同市場の発足後,アメリカの対欧投資がふえ,こんご自由貿易地域案が成功すれば,対英投資の増加も予想され,アメリカ企業はアメリカ国内から輸出するのをやめて,現地生産を行うことも考えられるので,将来,世界貿易に占めるアメリカの比重は軽減するであろう。

景気後退中もその他世界の対米輸出はほとんどへらなかつた事実や,景気回復後の本年第1・四半期の輸入増加が物語るように,今年の輸入はまず前年を上回ると考えられよう。ただここで問題となるのは,各国の対米輸出ドライブが奏功し,アメリカ企業とくに中小企業を脅かすようなれば,業者も政治的な手をうち,輸入制限という思わぬ障壁にぶつかるかも知れない点である。

なるほど,近年,保護貿易的な色彩は強くなつてはいるけれども大局的な問題となると,例えば昨年の互恵通商法の延長に示されるように,自由貿易への方向をたどつており,民主党の議会勢力が強化された今年は,この方向が逆転するとは考えられない。

通商政策には比較的寛大であつたアイゼンハワー政府は,景気後退と回復の過程において,不況の甚だしかつた繊維,鉛,亜鉛,石油,業者には譲歩した。のみならず,昨年夏,互恵通商法の延長された時,エスケープ条項が拡大されて,すでにイギリスの重電機輸入が阻止された例がありコバルト,タングステン,歯科機械,毛手袋に至るまで「国防上の理由」によつて,保護を要請している。つまり新保護主義と呼ばれる動きであるが,最近まで金の流出が引続き継続しているために,保護貿易論者の立場はいくぶん強化されたかにみえる。しかし一九五五年に自転車が制限されていらい互恵通商法のエスケープ条項を適用して関税を引上げられたものは四件しかない。現在のところ保護貿易論者は議会を牛耳るほどの議会勢力をもつていないからである。しかし昨年の互恵通商法の延長に際して,人口の比率からみると比較的多数の上院議員をもつ西部の鉱業州が鉛,亜鉛業者への譲歩を勝ちとつたように,一九六二年に予定される互恵通商法の再延長に当つては再び保護主義者の攻勢が開始されるであろう。

だが,輸入制限は,いつてみれば両刄の剣である,例えば,鉛,亜鉛,羊毛,繊維,石油の輸入割当は,国内業者を保護することになつたが,過去二カ年間に国務省に達した諸外国の公式抗議は五〇件以上に達し,制限の影響を受けた国では,米商品に対する報復手段をとつているので,これがアメリカ商品の輸出を抑制する結果になつた。そのよい例が,すでにのべた五九年の中南米諸国の輸入減の予想である。

自由を標傍するアメリカのような大国が輸入を制限すべきではないという内外の反対が強く,かつ,輸入制限の逆効果がアメリカの輸出にはね返つてくるばかりでなく,国内の高コスト産業を保護して,アメリカを高コストの島国化する危険があるので,大規模な制限にふみ切れぬ理由がある。だから一時的に業者の圧力におされて,輸入障壁を高めることがあつても,アメリカの輸入総額を大きく削除するようなことは行われないであろう。もしそのようなことが行われれば,各国においても輸入障壁を高め,その結果が世界貿易を縮小することになるからである。しかし,国外の動きが,アメリカの国際的地位を再評価させるような事態でもおきると,政府が自由貿易原則と方便とを区別できなくなる危険がある。

(4) 対外援助

対外援助は一時からみれば,大幅な減少である。納税者の負担だけからいえば,縮小が望ましいし,事実,一時的には漸減の傾向にあつたが,共産圏の援助攻勢から,再び増額されるようになつた。だが,さほど大きくふえたわけではない。西欧援助が早くから大幅に削減されたように,軍事,経済力が強化される国にはそれに応じて援助を削減し,同じ援助でも贈与よりも借款の形をとるようになつた。今後の援助は贈与よりも借款,軍事援助よりも非軍事援助の形をとるであろう。その方向を指示するのは,去る七月一七日における両院合同協議会の決定である。つまり両院は政府に対して,借款を除くすべての経済援助の実質的打切について,明年中に特別計画を提出するよう要求することになつた。これは上院の意向を反映したものだが,援助が急激に削減されることは,東西の冷戦をぬきにしても考えられない。というのは,対外援助が国民総生産に占める割合はたとえ一%前後にすぎなくても,業種によつては,対外援助あるがゆえに不振を食い止めている産業があり,また余剰農産物のように,過剰生産のハケ口になるものもあるからである。

以上は対外援助を打切れない国内的理由であるが,対外的にも援助をうち切れぬ理由がある。援助を縮小すれば国際収支が悪化する国も出るからである。欧州先進国に対する援助は過去においても削減されたし,今後もそのような傾向にあるが,一方においては,西欧をアメリカの防衛前線とみなして,軍事援助を増大しようとする動きもあるから,将来低開発地向け軍事援助を削減してまでも,西欧の強化をはかることも考えられる。このような動きが,,西欧経済に及ぼす影響は,西欧自体の軍備努力をも勘案しなければハッキリしないが,少なくとも西欧の軍備負担を軽減する効果はあろう。一方,軍事援助が削減される低開発国においては,過度の軍事負担を引下げることを軍事援助削減の前提としているようにみえるので,その限りにおいては,低開発国の軍事負担を削つて民生費ないしは開発支出に投ずることもできるであろう。だが,わが国にとつては,特需収入の削減となつて現われるかもしれない。

(5) 金流出

五八年中の金流出は二三億ドル,五九年第1・四半期にはやや速度が衰えて九,二〇〇万ドルになつたが,四月に入つてまた急速な流出が起り,年初いらい六月二五日までに七億七六〇〇万ドルを喪失して,第二次大戦直前の水準まで減少した。

金流出の原因として考えられるのは,

i) 外国がいままでに必要なドルを手当できたので,ドルを金準備に変えるようになつた。

ii) アメリカの金利安と,ドル価値への不安である。

i)の原因は次のように説明されよう。五八年におけるアメリカの輸出は大幅にへつて,輸入はさほどへらなかつたために,米国以外の工業国の国際収支を好転させることになつた。しかし,現実に増加したのは,西欧および日本であつて,後進国の多くは減少している。このため西欧の金・ドル準備は好転し,ドルの手持高はほぼ十分になつたから,一部の対米債権を金に換えてドル外貨の公的保有高中かなり高い割合を金で保有する西欧の伝統を回復した。五八年におけるアメリカの対外赤字三四億ドルのうち二三億ドルが金に代えられたが,その大部分は西欧に流れている。イギリスの金準備は五八年中に一二億五,〇〇〇万ドルふえ,オランダ三億ドル,ベルギー三億五,〇〇〇万ドル,イタリア六億ドルとそれぞれ増加した。もちろん,このほかには新産金の購入なども含まれているであろうが,アメリカの金流出に負うところが少なくない。

第二の理由はアメリカの金利が諸外国よりも低かつたため,諸外国の対米短期債権が金に乗りかえられたことによる。もしニューヨークの金利が騰貴するとすれば,外国人は金のかわりに短期証券に投資するであろう。金利が低いときには,金にかえても利息は僅少であるから,利息をぎせいにして金の値上りをまつものがふえるから,金流出は増大する傾向がある。アメリカの金利騰貴は金流出を抑制するであろうが,金流出現象は一九四九年いらい,アメリカの国際収支が赤字続きの時期には,いつも現われた現象である。だから,財務省では,金流出それ自体を憂慮していないし,金価格の引上げを議会に要請する意志もない。だが,あと二〇億ドルも流出すれば,なんらかの対策を必要とするが,これが金価格の引上げまたはドルの一方的切下げになるとは,当分考えられない。

また,本年四,五月の金流出は本年下半期に予定されるIMF増資に加盟各国が必要とする金の手当をアメリカにおいて行つたためとも考えられる。金流出にはアメリカ以外の国とくに西欧の金準備蓄積となつているので,世界金準備の均衡という意味では決して悪いことではない。アメリカとしても,昨年程度の流出がしばらく続くとしても通貨準備に支障を来すわけではない。また急を告げるばあいには,連邦準備銀行の金売却をとめる手段も残されており,その前例もある。だがそうなると,かえつて金価格引上げの要望は強くなるかもしれないので,おそらくアメリカとしても最後手段は回避するであろう。

以上のような最近におけるアメリカの貿易,国際収支の動きをみると,ドル・ギャップは解消したのではないかという印象をうける。

ところが,アメリカの出超はまだかなり大きい,このギャップは多額の海外投資援助や借款で埋め合わされており,とくに低開発国に対してはそういえる。したがつて西欧諸国に対しては一応ドル・ギャップは解消したといえようが,アメリカが金流出を憂慮するのあまり,意識的に国際収支の逆調を防止する方策を樹立するなら,ドル・ギャップは再現するとみなければならない。

アメリカが対外均衡手段として,何を考えているか,とくに輸出増強手段として,いかなる手をうとうとしているかはすでにのべたが,このほかにも,輸入制限や対外援助の削減を考慮するかもしれない。そうなると,この二つの対策は両刄の剣ともなりかねない。輸入制限は相手国の対米需要を削減し,対外援助を削ればアメリカの援助物資の輸出をへらすから最善の策でない。とりあえず政府がいま考えるところは,国内インフレの抑制である。インフレ対策の一つとして,現在行われているような高金科政策が絖けば,諸外国では資金調達をニューヨークの資本市場に依存しにくくなるであろう。これは資金の流れを阻止して国際収支を改善する効果はある。だが外部世界とすれば,アメリ力と対等の立場に立つて,ヒモのつかない援助なり,投資を得る道がふさがれるであろう。

また,いま一つの対策として流布されている説によると,去る五月ロンドンで開かれた米銀行協会主催の国際金融会議で,アメリカとその友邦の間に,金流出防止対策が秘密裡に協定されたという。その内容はニューヨークで金を買入れる外国の中央銀行が,金買入れを抑制するというのである。その前例としては一九二〇年代におけるニューヨーク連邦準備銀行・イングランド銀行間の紳士協定があるが,今日ではそういう協定は不可能であろう。

第1-39図 アメリカの金準備高


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