昭和34年

年次世界経済報告

世界経済の現勢

昭和三四年九月

経済企画庁


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第二部 各  論

第一章 景気回復に転じたアメリカ経済

第四節 アメリカと世界経済

一九五七~五八年の景気後退は西欧が恐れたほどめ悪影響をもたらさなかつたばかりか,かえつて西欧および日本の対米国際収支をほぼ均衡させる結果となつた。この意外な出来事の原因は,(1)外国製自動車輸入の増大,(2)アメリ力商品の割高,(3)多額の対欧軍事支出および援助の継続,(4)対外投資の堅調,にあつたが,日本については対米輸出の激増,輸入の激減つまり片貿易の改善がとくに強調される。このような要因がすべて今後も永続するとは断言できないが,アメリカと世界経済の紐帯が,やや変りかけた点は見逃せない,それは次の三点である。

(イ) 世界がアメリカ製品を必要とした時代は去りかけている。第二次世界大戦から戦争直後へかけて,世界がアメリ力の物資に依存したのは,いまさらいうまでもないが,戦後十余年を経て,西欧及び日本の生産はようやく拡大し米国品への依存が減退した。

(ロ) アメリカの生産性,技術水準はなお高いが,西欧および日本の水準はしだいにアメリカに追いつき,一部には対米技術輸出さえ行われるようになつた。

(ハ) とくに農業部門においては先進国および後進国ともに生産を回復したため,生産費の高いアメリカ農産物は次第に競争力を失いかけている。つまり貿易を通じての世界とアメリカの結びつきはしだいに弱まつている。

昨年から今年に続く多額の金流出と五八年末における西欧通貨の交換性回復は,アメリカ人にこの事実に関する反省を促した。つまり西欧通貨はいまやドルと同等の価値を回復し,ドルはもはや唯一,最強の世界通貨ではなくなつた。アメリカの威信を維持するために,アメリカがいかなる手をうつぺきかは,いまや国内的関心事としてばかりでなく,世界の注目を集めるにいたつた。対外均衡維持手段として保護貿易の強化が早くから主張されているが,それは,貿易自由化の世界的潮流に逆行するものであるから,今日の段階ではさほど真剣にとり上げられていない。だが,過去の経験が示すように,互恵通商法の延長時には,多くのばあい関税率の引下げと交換に他の障壁が高められるので,一九六二年の更新期における保護貿易派の動きは,とくに注目されねばならない。

また輸出増強策としてはすでに,綿花の輸出奨励制度が今夏から強化され,さらにまた国内綿業者への綿花売渡価格の引下げなどが考慮されているが,元来,輸出依存度の低い,しかも自由市場のアメリカのことであるから,いま急に目立つ輸出振興策はとられそうもない。そこで国際収支に穴をあけてきたこれまでの要素-対外軍事支出,対外援助,対外投資-が反省されることになる。以上三つのうち対外軍事支出はアメリカの安全保障という意味から,もつとも節約しがたいものの一つであろう。そうなると対外援助か対外投資ということになるが,政府投資はさほどの金額に達しないから,勢い対外援助が削減の対象となる。対外援助は別項にものべたように総額がへらされるばかりでなく,贈与がしだいに借款に切替えられる傾向が認められる。これは低開発国にとつては痛い。また軍事援助はしだいに経済援助に代る傾向もあるが,これは回りめぐつて,日本の特需にも影響してくるであろう。そうなると,対米貿易赤字を特需収入でうめ合わせた過去のわが国国際収支にも反省の余地が生まれてくるであろう。

幸い,アメリカは昨年ニューデリ―の国際通貨基金・世銀総会で,両機関の増資に尽力して国際流動性を高め,西欧通貨交換性回復の糸口を開くとともに,輸出入銀行を通じて多額の借款を供与し,また第二世銀を設定して,世銀融資のえがたい低開発国への融資を考慮中である。輸銀を別としてこのような国際金融機関を通してのアメリカの援助が強化され,一方では昨年みられたような諸外国のニューヨーク市場における外債発行あるいは対欧間接投資のような長期資本移動が今後も継続するとすれば,先進国にとつても,低開発国にとつても,直接投資以上の恩恵となろう。

最後に安定・成長論争のゆくえであるが,前述のようにアメリカとすれば過去五〇年間のように三%の成長率では満足し切れない理由がある。では,なにを回転軸として成長にふみ切るかは問題であるが,富めるアメリカにもなお埋め合わさなければならないギャップはある。病院,学校,道路のごとき社会施設,労働者福祉,社会年金等にはまだなすべきことが残されている。今回の景気後退から回復段階で実証された政府の力をもつてすれば,成長の起動力を以上の部門に醸成するのは不可能ではなるまい。ところで,アメり力が高い成長にふみ切つたばあい,世界はどのような恩恵をうけるであろうか。アメり力の輸入は生産ないし販売高の二倍の速度で伸びるといわれるので,高い成長率はその他世界の対米輸出を増大するとみられよう。もちろんアメリカの生産が高まるにつれて,単位当りの製品コストは下るであろうが,高い成長には,しのびよるインフレが不可避だから,量産によるコスト・ダウンはインフレで相殺される部分もできよう。したがつてその他世界のインフレがアメリカ以下の速度に食い止められるなら,世界の対米貿易は促進されるだろう。またもし,アメリカのみならず西欧先進国も高い成長を持続することができれば,その恩恵は低開発国をも潤おすことになるだろう。


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