昭和33年
年次世界経済報告
世界経済の現勢
経済企画庁
第五章 外貨危機に悩むフランス経済
フランスの外国貿易収支が一九五六年初めより急激に悪化し,一九五七年には外貨準備の枯渇のために対外支払の重大な危機を招来したことは前述した通りであるが,政府の努力にもかかわらず本年に入つてからも改善の徴候を示していない。輸入は,一月一,五五五億フランから二月には一,四〇三億フランに減つたが,三月には一,六三二億フランにはね上り,四月(暫定数字)には一,五三〇億フランを記録している。一方輸出は,一月の一,一一二億フランから二月には一,〇九〇億フランに減つたが,三月,四月にはそれぞれ一,一六四億フラン,一,一五〇億フラン(暫定数字)を記録し,一月および二月にくらべて若干の伸びを示したが,輸出の輸入カヴァー率は三月七一%,四月七五%となり,二月の七七%より低い。
このような一九五七年初め以降の貿易収支の赤字増大の傾向を阻止するために,フランス政府は,補助金の供与その他の輸出奨励策を講ずると同時に,一方では輸入抑制のために輸入補償税の徴集,輸入保証金率の引上げなどの措置をとり,さらに六月一八日には輸入自由化率適用の停止,輸入割当の全面的復活というよりラジカルな手段に訴えるに至つたが,これらの措置は所期の効果をあらわさなかつたために八月一〇日にはついにフランの実質的二〇%切下げを断行して輸出の振興と輸入の抑制とを図つた。しかし,その効果も一時的にとどまり,二〇%実質的切下げの適用から除外されていた物資,とくに鉄鋼の思惑的輸入が激増したので一〇月二六日には全面的に二〇%切下げを適用されることになった。この措置によって,輸出は第四・四半期以降,第一・四半期の水準を上回ることができたが,輸入は,八~一一月にかなりの減少を示したものの一二月以降は再び増勢を示している。したがつて国際収支尻の改善はみられず一九五七年末には外貨準備が枯渇状態に陥つたこと,不可欠な支払手段を確保するためにフランス政府が対米借款,IMFから承認された二億六,二五〇万ドルのスタンドバイ・クレジットの使用,フランス銀行から為替安定基金への一,〇〇〇億フランの借入れなど種々の方策を講じたことは周知の通りである。しかし,外貨流出の原因である貿易収支の赤字を克服しないかぎりこのような対策によつて国際収支尻の悪化を防止することは不可能である。
事実,一九五八年四月にはEPU収支の赤字も三月の五,六三九万ドルから四月の五,八二八万ドル,五月の七,六六二万ドルへと悪化を示している。しかも,本年三月末には,先に獲得したIMFのスタンドバイ・クレジット一億三,一〇〇万ドルの半分六,五〇〇万ドルと,EPUからのクレジット二億五〇〇万ドルのうち四,〇〇〇万ドルがすでに引き出されているので,フランス政府としても今後の外貨流出をできるだけ抑えるために何等かの方策を講ずる必要があるとみられていたが,五月三〇日フランス当局は一九五八年下半期の輸入割当を一,〇〇〇億フラン削減する旨の覚書を共同市場欧州委員会とOEECに提出した。フランスはOEECとの約束で六月一八日からOEEC加盟国との間の貿易の六〇%自由化を実行することになっていたやさきであるが,それについてはこの覚書は何も言及していないと伝えられている。この輸入割当削減措置はおそらく背に腹はかえられない窮余の一策なのであろうが,このような措置は相手国の報復措置を誘発しがちなものであるし,またたとい報復措置をとる国がないとしてもすでに始まつている世界景気の後退のためにフランスの輸出の伸びが抑えられるとか輸出が減るとかするようなことがあればこの輸入割当削減も貿易収支の改善についてたいした効果はもちえないであろう。
要は弥縫策や応急手当的措置を講ずることではなくて,貿易収支の悪化の根本原因を取除くことである。
では,貿易収支悪化のおもなる原因は何か?貿易収支の赤字は一九五五年が八六五億フラン,五六年が四,一三四億フランであつたのに対し,五七年には四,九二五億フランという記録的高水準に達している。輸出は,一九五六年には五五年にくらべ若干の減少を示したが,五七年には五五年を上回つているのであるから(一九五五年一兆一,六一二億フラン,一九五七年一兆二,三四一億フラン),貿易収支赤字の増大は主として輸入の増加によるものである(輸入額一九五五年一兆一,四七七億フラン,五六年一兆五,一四二億フラン,五七年一兆七,二六六億フラン)。貿易収支悪化のおもな原因としてはスエズ運河問題,一九五六年二月の兇作,最近数年間の例外的な工業発展テンポ,およびアルジェリア戦争があげられる。このうちスエズ運河問題と一九五六年の兇作とはその影響がいまだに残つているとはいえ,原因としてはすでに過去のものであるから,ここでは工業発展とアルジェリア戦争の影響のみをみてみよう。
冒頭に記した国民会計報告は「経済発展の代価は外貨の喪失であつた」といつている。その消費する石油の九五%,銅,錫およびジュートの一〇〇%,クローム鉱石の八七%,綿花の八六%,硫黄の七八%,ゴムの七〇%,マンガンの六〇%,製紙用パルプの五三%,石炭の二〇%を,すなわちその工業活動に必要な原材料および製品の大部分を外国から輸入するフランスのような国にとつては,経済拡大政策の遂行が国内の生産活動を活発化するにつれて原材料および資木材の輸入を増加させ貿易収支悪化の原因となることは否めない。外に景気後退の暗雲が低迷し,内にインフレの妖気が漂つている今こそ,すでに大きな壁に衝き当つているといわれる経済拡大政策を再吟味して自己の力にふさわしい規模の政策に切りかえるべきなのに,フランス当局はこれまでの経済拡大政策とほとんど変りのない大規模の拡大政策‐第三次近代化計画をあくまで遂行しようと望んでいるようである。これは世界景気の後退の深度とその継続期間とについて楽観的な見方をしていることからきているのであろうが,フランス経済の崩壊まで云々されている重大な時に抜本的対策も立てずに姑息な一時的切抜策に安んじて「輸入割当削減の実施に当つては輸入許可申請を厳重に吟味する」とか「業者をして在庫を使わせるようにする」とか前々からいい古されているおきまり文句を繰返すだけでは輸入抑制の実はあがらないであろう。
経済拡大政策の遂行よりも一層直接的にフランスの貿易収支を悪化させているのはアルジェリア戦争である。正確な統計がないので,外国貿易‐およびより一般的には国際収支‐に対するアルジェリア戦争の影響を数字で正確に示すことはできないが,アリジェリア戦争が平時ならば輸出に振向けることのできるフランス工業の生産-とくに機械工業および電気工業の生産‐のかなりの部分を不生産的に消費して(大蔵省の発表によると,機械工業および電気工業部門の生産のうち軍事に消費された分は,一九五四年三,五五〇億フラン,一九五五年三,〇九〇億フラン,一九五六年四,〇四〇億フラン,一九五七年四,七八〇億フランである。)輸出可能性を制限すると同時に,一方においては多量の軍用物資の輸入を増加させて国際収支尻を悪化させていることは否めない事実である。いわゆる軍用資材の輸入が普通の外国貿易統計の中に示されていないことは周知の通りであるが,一九五七年初頭にギ・モンの発表したところによると軍用資材輸入額は当時すでに一,二〇〇億フランに達しており,その後五億ドル(フランに換算して一,七五〇-二,○○○億フラン)という数字も発表されている。さらに,国連の発表によると「アルジェリア戦争を原因とする非軍事部門の生産上の損失」は七,〇〇〇億フラン,その「国際収支に対する影響」は二,五〇〇億フランに達している(国連《Bulletin Economique pour L'Europe》一九五七年八月)。アルジエリア問題が解決されれば,フランス工業の輸出能カが増大すると同時に平和産業にとつて不要な輸入を減らすことができ,それだけでも貿易収支のかなりの好転を期待しうるわけだが,アルジェリア戦争が続行されている間に世界景気の後退が深化するようなことがあれば,軍用資材の輸入は続けなければならないのに,一方輸出は激減ということになって,それこそフランス経済は破局的段階にいやおうなしに突入しなければならなくなるであろう。
対外貿易構造の問題。‐フランスの対外貿易を商品グループ別にみると,(1)エネルギー物資の外国依存,(2)完成品とくに設備財輸出の相対的不振というフランス経済の伝統的な二つの弱点がいぜんとして存在することが認められる。
(一)エネルギー物資の外国依存。‐フランスは比較的豊富な石炭埋蔵量をもつているにもかかわらず国内産出高は五,五〇〇~五,七〇〇万トンにとどまり,経済活動の発展に伴う石炭必要量の増加分の補給は輸入にまたなければならず,一九五三~五七年に輸入(ザール炭の輪入をふくめて)が,一,五〇〇万トンから二,五〇〇万トンに増加している。石油の輸入は量的にはほとんど増加していないが,金額の上では著しい増加を示している。エネルギー物資の入超は一九五五年の一,八二二億フランから一九五七年の三,七七八億フランに増加している。
(二)完成品,とくに設備財輸出の相対的不振。‐完成品,とくに設備財輸出の総輸出においてしめる割合は金額の上では一九五五~五七年に一三%から一四・五%に増加しているが,量的には増加していない。設備財(農業および工業)の入超は,一九五五年の七六億フランから一九五七年の七一三億フランに増大している。大工業国のうちで設備財の輸入がその輸出を上回っている国はフランスだけであろう。
しかし,最近の外国貿易の品目別の推移をみると一九五七年第四・四半期の輸入の特徽としては,(1)エネルギーの輸入が高水準を保つたこと,(2)羊毛,木材などを除き原材料の輸入が低水準を保つたこと,(3)鉄鋼の輸入が(一〇月の思惑的注文の結果)高水準を保つたのに反し,他の半製品の輸入が減少傾向を示したこと,(4)設備財輸入の激減,(5)消費用工業品の輸入が減勢を示したことなどがあげられるが,輸出については,(1)食料品輸出が好調を示したこと,(2)設備財および消費用工業製品の輸出が著増したことなどが注目されるし,さらに一九五八年第一・四半期の輸出と五七年第一・四半期の輸出とをくらべてみると,第5-6表のごとく未加工品の輸出が減り,工業製品が著増している。
さらに,これを品目別にみると自動車およびトラクターが六〇%増,各種機械が二〇%,電機が六〇%増となっているが,このように未加工品の輸出が減り,工業製品の輸出が著増の傾向を示してきたことは,フランスの貿易構造が先進工業国にふさわしいものとなりつつあることを示すものとして注目していいのではなかろうか。
対外貿易の地域的構造。‐対外貿易の地域的構造は第5-6表の示す通りであるが,これによつてわれわれは次のようなことを知ることができる。
(一)対ドル地域貿易は前々から赤字であつたが,それは一九五六年以降著増している。
(二)対スクーリング地域貿易もいぜんとして大きな赤字が続いている。
(三)対スクーリング地域諸国以外のOEEC加盟国との貿易は輸出入とも増勢を示し,しかも従前から出超を続けてはいるが,その出超は一九五六年および一九五七年には従前より激減している。なお,第5-6表には示されていないが,対ベネルックス貿易の出超が一九五六年の一七五億フランから五七年の二二七億フランに,対イタリア貿易の出超が一五五億フランから一九〇億フランに増加しているのに反し,対西ドイツの入超は三二八億フランから四七五億フランに著増している。
(四)その他諸国との貿易収支は一九五三年以降黒字であったが,一九五六年および五七年には赤字となつている。これは対東欧貿易の赤字が著増したためである。