昭和33年
年次世界経済報告
世界経済の現勢
経済企画庁
第五章 外貨危機に悩むフランス経済
フランスの鉱工業生産(建築を除く)はその総合指数(一九五二年=一〇〇)についてみると,一九五三年以降五七年までに約四五%の増加を示しているが,対前年比生産増加率は一九五四年が一〇%,五五年が一二%,五六年が一〇%弱,五七年,が九%であつた。この生産上昇傾向は一九五八年に入ってもいぜんとして続き,第一・四半期には前年同期にくらべて一〇・三%の生産増加を示した。一九五七年にとくに著しい生産上昇を示したのは,ガス工業,ガラスエ業,金属加工工業,化学工業,繊維工業,皮革工業,自動車工業などの諸部門であつたが,一九五八年に入ってからは,自動車,鉄鋼の生産上昇がとくに著しく自動車(乗用車)は二月に対前年同月比三四%の生産増加を示し,鉄鋼の本年一~四月の生産高は前年同期にくらべて粗鋼一〇%増,鋳鉄七%増を記録している。
なお,生産活動の一部門である住宅建築をみると,これは,物価高および金融引締めのために前途多難を思わせるものがある。一九五七年の住宅完成数は,一九五五年の二一万戸ないし二七万戸と推定され,若干の増加を示しているが,着工数は一九五六年の三二万戸に対し五七年は三一万戸と推定されているばかりでなく,建築許可数は一九五六年の三六万戸あら五七年の三一万戸に減少している。この許可数は現在のところでは「建築」部門の生産能力を上回っているが,建築実数は建築許可数より少ないのが常例であるので,もし許可だけうけて実際に建築しない数が現在と同じ割合であるとすれば近いうちに建築実数が生産能力を下回り建築部門に相当の失業者が出るものとみられている。
このようにフランスの鉱工業生産は総体的にみればいぜんとして急速なテンポで上昇を続け,大部分の西欧諸国においてすでにはつきり現われているような発展テンポの鈍化はまだみられない。これはフランス政府がいぜんとしてその経済拡大政策を堅持していいること,在庫が豊富であるためにたとい原料の輸入が減つても当分は生産に大きな支障を来すおそれがないこと,国内需要がさかんであること,いぜんとして活発な投資が行わわてきたことなどによるものであるが,また一方においては,フランス経済の対外貿易依存性が比較的弱いためにアメリカや西欧諸国の景気後退の余波をうけて景気後退期に入るのが他国より遅れる(と同時に景気後退期からの脱出も遅れる)のが常例となつていることも大きな原因の一つである。しかし,このことは,フランスの経済がアメリカや西欧の景気後退から独立して独自の発展を長く続けうることを意味するものではなく,アメリカや西欧の景気後退が深化し,長期化すればそれがフランスの工業生産に大きな影響をおよぼすことはもちろんである。
労働力の問題‐次に,フランスの生産のより以上の発展を阻害している隘路といわれている労働力不足の問題がある。フランスの工業生産が従来のようなテンポで上昇を続けるかぎり,また,アルジェリア戦争が長期化して三〇万という召集兵を北阿に駐めておくかぎり,この問題は容易に解決できない問題である。フランス経済の発展がとどまり,その生産が著しい鈍化を示すようになれば,かつまたアルジエリア紛争が急遽解決され,多数の召集兵が帰還するようになれば,この問題は「自然に」解決されるばかりでなく,逆に労働過剰の問題に転化する可能性がある。一九五八年二月一日現在の登録失業者数は一〇万にすぎなかったが,景気後退のために工場閉鎖または繰短が行われるようなことになれば大量の失業者が街頭に投げ出されることは必定であろう。フランスの有名な経済学者である工芸学校教授フーラスティエは,五月下旬「問題は失業と闘うことではなくて,労働力不足と闘うことだ」といって,第三次近代化計画労働力委員会の報告を計画庁長官に提出したが,それによると一九六一年に必要とする工業労働者数は五六年よりも五三万多いことになっている。しかし,これは,フランス経済がアメリカおよび西欧諸国の景気後退から強い影響をうけることがない,または,うけても短期間にそれから立直りうるという見通しの下に現在のような経済拡大がたいした支障もなく続けられると前提して算出された,楽観的に過ぎる数字というべきではなかろうか。