昭和33年
年次世界経済報告
世界経済の現勢
経済企画庁
第二章 景気後退下の米国経済
今回の景気後退に際して,政府当局は主として金融の緩和,住宅建設の振興,および既存公共事業計画の支出促進によつてこれに対処しようとしているが,その景気対策は五三~五四年の景気後退当時に比較するとかなり消極的である。金融政策,財政々策および住宅振興措置について,戦後二回の後退期と比較しながら簡単に検討してみよう。
(1) 金融緩和
昨年一一月中旬に連邦準備制度理事会が公定歩合を三・五%から三・〇%に引下げたことによつて,五五年春以来二年半にわたる金融引締めは終り,その後当局の政策は次第に金融緩和へと転換した。公定歩合は五八年に入つてから一月,三月,四月と三回にわたつて一・七五%にまで引下げられ,また一九五四年夏以来据置きとなつていた支払準備率も二月,三月,四月と三回にわたつて小刻みに引下げられた。その結果当座預金の支払準備率は中央準備市銀行では二〇%から一八%へ,準備市銀行では一八%から一六・五%へ,また地方銀行のそれは一二%から一一%へとそれぞれ引下げられ,総額約一四億ドルの準備金が解放された。このほか一月にはマージン・リクヮイアメントも七〇%から五〇%に引下げられた。
今回の後退に際してとられた金融緩和措置の特色は,①出足がおそかつたこと,②小刻みに行われていること,および③公定歩合の引下げが中心となつており,信用のアヴエイラビジティーをふやす対策がおそく,また比較的小規模にしか行われなかつたこと,などである。
(一) 緩和の時期
前述のように米国民間経済には五七年はじめ以来縮小の徴候があらわれていたのであるが,それにもかかわらず連銀当局はインフレの抑制に重点をおき,金融引締め政策をつづけただけでなく,八月には公定歩合の引上げさえ行つた。その後景気後退が表面化するに及んで,一一月中旬に公定歩合は三%に引下げられた。しかしこれをもつて連銀が金融の積極的緩和に乗り出したと考えることはできない。公定歩合は単に八月以前の水準に戻されただけであるし,公開市場操作や,支払準備率などの面では何らみるべき措置もとられなかつたからである。一二月に入つて小規模ながら公開市場の買操作が行われ,一月に証券市場のマージン・リクワイアメント(株式証拠金率)の引下げと公定歩合の第二次引下げ(二・七五%へ)が行われたころから,本格的緩和に乗り出したとみるべきであろう。いずれにしても,五三~五四年の後退の際,連銀当局が,五三年五月に,景気後退の開始に先立つて金融緩和に乗り出したのに比較すると,出足がかなりおそかつたことは否定できない。
(二) 小刻みの対策
第二の特徴は,緩和措置がひんぱんに,小刻みにとられたことである。昨年一一月以来公定歩合の引下げは四回にわたつて行われたし,支払準備率も二月,三月,四月と三回にわたつて引下げられている。公定歩合の場合は引下げ前の水準がとくに高かつたために,一挙に引下げることは技術的にも困難だつたという事情もあるだろうが,支払準備率の場合は,四八~四九年や五三~五四年と比較して全く対蹠的である。
五三~五四年後退の際には鉱工業生産がピークに達した五三年七月に第一回の支払準備率引下げが行われたのであるが,これによつて解放された連銀加盟銀行の準備額は一二億ドルにのぼり,その後翌五四年六~七月の第二次引下げ(解放額一六億ドル)まで据置かれた。これに対して,後退開始後六カ月目の本年二月に行われた第一次引下げによる預金準備解放額は五億ドルに過ぎず,三月の第二次引下げもほぼ同額,四月に実施されたものは約四億ドルであつて,三回合計しても解放準備額は一四億ドルたらずで,五三年の第一回の引下げを多少上回る程度に過ぎない。
(三) 公定歩合引下げが中心
支払準備率の引下げの出足がおそく,しかも小幅であつたことは上述の通りであるが,公開市場操作による金融緩和措置も比較的小規模であつた。
五三年には五~六月に九億ドル,七~一二月に一二億ドル,さらに五四年三~六月に五億ドル,というように,積極的買オペが行われたのであつた。これに対して今回は,昨年一二月に九億ドルたらず,今年三月に約二億ドルの買オぺが行われた程度である。
つまり今回の金融緩和政策は,全体として出足がおそく,小刻みに行われただけでなく,公定歩合の引下げが中心となつており,信用のアヴエイラビリティーを積極的に高めるための対策が比較的小規模にしか行われていないのである(この傾向はとくに当初に著しかつた。五三年当時はむしろ逆の傾向がみられた)。(金融政策が金融情勢に及ぼした影響は,第二節,(5)金融の項を参照)。
(2) 財 政
(一) 減 税
戦後二回の景気後退期には,いずれもかなり大幅の減税が行われたことが景気の回復を早めるのに貢献した。すなわち四八~四九年後退の際には四八年歳入法による減税の結果,四九年の個人所得は前年を一九億ドル下回つたにもかかわらず,可処分所得は逆に六億ドルの増加を示した。また五三~五四年後退の場合には,五四年一月から法人超過利澗税の廃止,個人所得税の軽減,四月には消費税の軽減が行われるなど,平年度六三億ドルにのぼる各種の減税措置がとられた。このため可処分個人所得は五四年はじめから増加に向うこどができたのであつた。
これに対して今回は大規模な減税は現在のところ行われそうもない情勢である。現行法によると法人利潤税と消費税は本年七月一日から自動的に軽減されることになつていたのであるが,大統領は去る一月の予算教書で,減税の一カ年延期を勧告した。その後景気指標の悪化が予想外に大幅だつたために,議会の内外に個人所得税を中心とする大幅の減税を要求する声が高まり,政府も必要になれば減税を断行する用意があると言明するに至つた。しかし最近は景気下降テンポの緩慢化にともなつてふたたび減税回避の方針がとられているようで,五月二六日に至つて大統領は「当分のあいだ景気対策としてはいかなる一般的減税も実施しない」ことに決定し,下院歳入委員会は減税の一カ年延期を可決した。
(二) 財政支出
本年一月に議会に提出された大統領経済報告では,国防支出の増加と軍需品発注の激増,それに州・地方政府支出の増大によつて景気回復が促進されるとの観測を行い,したがつてとくに財政支出を景気対策として増加することは勧告しなかつた。しかしその後議会の要求もあり,次第に各種の支出促進措置がとられるに至つた。
そのおもなものは,①失業保険の給付期間を連邦政府の負担で延長する計画(五月に議会を通過,成立し,連邦政府の負担で各州の給付期間-二六週間が普通である-の半分に相当する期間だけ延長できることになつたが,州権の侵害になるという反対論も強く,実施するかどうかは各州の決定に委ねられることになつた。したがつてその経済効果はあまり大きくないとみられている),②三月に成立した総額一八・五億ドルの住宅建設促進法,③公道建設支出促進済,および④公共住宅建設や農村電化事業,その他各種既存公共事業計画の支出促進措置などである。
その反面,政府当局は新しい大規模な公共事業計画に着手することは,当面の経済効果が少ないうえ,後にインフレの禍根を残すおそれがあるとして極力回避している。議会が可決した総額二〇億ドルにのぼる水利港湾事業計画に対しては大統領の拒否権が発動された。
四八~四九年,五三~五四年の後退の際には,特に景気対策として目立つた財政支出増加措置はとられなかつたが,四八~四九年のときには,国防支出と対外援助費の増加,農業関係支出の増加などによつて連邦政府の支出はかなり増加し,四九年(暦年)の対民間支払額は四八年を五七億ドル(一五%)上回つた。五三~五四年の場合には,国防支出が大幅に減少して,景気後退の主要な原因となつたことは周知の通りである。
(3) 住宅建設振興策
四八~四九年,五三~五四年の景気後退期には,政府が政府機関の住宅抵当融資保証条件を緩和したこと,連邦全国抵当組合の抵当証券買取活動が強化されたことおよび全般的に金融が緩慢化したこと,などに刺激され,民間の住宅建設着工数は大幅に増加し,景気回復の重要な要因となつた。
今回も住宅建設の振興のためには相当の努力が払われている。そのおもなものは,①五七年三月および八月の連邦住宅局(FHA)の頭金最低限度の引下げ,②五六年一二月,五七年八月のFHA保証抵当融資の利子率最高限度の引上げ(五・二五%となる)③五八年三月の緊急住宅建設促進法の成立-FHAの頭金の引下げ,復員軍人局(VA)の保証抵当融資利子率限度の引上げ(四・五%から四・七五%へ)および連邦全国抵当組合の抵当証券買入れ権限の一五億ドル増加ーなどである。
これらの措置の結果,五七年以来前年同期を下回つていた政府の抵当融資保証に対する申請数は本年に入つてから増加に転じ四月には前年同月を上回るに至つた。
(4) 景気対策の問題点
このように,住宅政策を別とすれば,政府が昨年秋以来実施している景気対策はかなり控え目で,景気動向の推移とにらみ合わせて小出しに行われている。その原因として考えられるのは,第一に政府当局がインフレ傾向の再燃を恐れ,積極的景気振興策によつて不必要に経済活動を刺激し)ないよう慎重になつていることである。この点は,五三~五四年当時に,あまりに早く,あまりに大規模な措置をとり,それが五五年以来のインフしの一つの原因になつたという〃反省〃から,連銀当局が金融緩和に踏切るのを躊躇したことにもつともはつきりあらわれている。第二に,現在の政府,金融当局は赤字財政主義にはきわめて批判的で,そのために減税にょつてこれ以上財政赤字をふやすことを極力回避しようとしているようである。第三に,景気後退の当初においては,政府当局の景気動向の判断が多少甘かつたとみられるフシがある。経済が収縮しはじめていた昨年八月に公定歩合の引上げが行われたこと,年頭の大統領経済報告で在庫削減の影響を強調したことなどから考えると,こうした批判も決して不当とはいえないようだ。また「軽度の景気後退」は資本主義経済においては当然のことであつて,経済の能率を高めるためにはむしろ必要なことだという見解が実業界や財政金融当局者の間にかなり広まつていることも見逃せない。
今回の後退は設備投資の減退を主因とするものであるうえ,その他の需要部門にも政府支出以外には強力な拡大要因が見当らないため,本格的回復がおくれ,回復テンポも五四~五五年当時に比較してかなり鈍くなることが予想されているが,政府の景気対策が控え目なことも,こうした傾向をますます助長している。
さらに,米国経済自体としてはこの程度の対策でも,これ以上大福に景気が下降する恐れがないにしても,米国経済の回復がおくれることが,世界経済にかなり大きな影響を及ぼすことも考えられる。米国景気の停滞が長びけば,それだけ後進諸国の輸出の減少,停滞も長びくわけであり,輸出の減退が輸入の減少となつてあらわれ,先進国からの輸出に反作用を及ばすようになる可能性もそれだけ大きくなるからである。世界の多くの地域で経済拡大が一せいに鈍化,停滞の傾向を示している現状では,たとえ米国経済自体としては問題がないとしても,世界経済において指導的役割を演じている米国が,世界景気の沈滞を阻止し,打解するためにも,何らかの積極的対策を講じることが望まれている。