昭和33年

年次世界経済報告

世界経済の現勢

経済企画庁


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第二章 景気後退下の米国経済

四 一九五七~五八年景気後退の問題点

昨年秋以来の景気後退の直接的な契機は国防支出,軍需発注,輸出などが夏以後減少に向つたことであるが,もつとも根本的な要因は,五四年秋以来三年間にわたる米国経済拡大の原動力となつた住宅建設,耐久消費財需要,設備投資などがいずれも拡大力を失い,縮小傾向を示しはじめたこと,とくに,①五五年なかば以来の設備投資の激増によつて生産能力が大幅に増大したこと,②それにもかかわらず消費の伸びが比較的鈍かつたこと,の両面から,設備の過剰傾向が促進され,設備投資そのものが減退に向つたことにある。

この点で今回の後退は,四八~四九年,五三~五四年の二回の戦後後退とはかなり性格が違つている。四八~四九年の後退は戦争直後の非耐久消費財の未充足需要が一応充足され,消費支出の増加が鈍つたことを契機とするもので在庫調整が中心となつていた。当時は設備投資もかなり大幅に減少したこと(四八年第二・四半期の季節調整年率二二四億ドルから,五〇年第一・四半期の一七八億ドルヘ,二〇・五%減),また消費者物価が四五年以後大幅に上昇し,実質個人所得が伸び悩んだこと,など,ある意味では今回の後退と似かよつた点をもつていた。しかし生産設備の全般的過剰傾向は認められず,耐久消費財の未充足需要も大きかつたという点で,今回とは本質的に異なつている。景気後退期にも耐久消費財の購入は増加をつづけた。五三~五四年の後退は朝鮮休戦にともなう国防支出と軍需発注の削減を中心とする在庫調整であつたといえる。つまり戦後二回の後退はいずれも在庫調整が中心で,設備投資の減退はむしろ景気下降の結果生じたという傾向がみられた。

これに対して今回は設備の過剰を根本的原因とする設備投資の減退が,景気後退の主役を演じている。今回の後退がこのような性格をもつているところから,それは戦後一二年にわたつて長期的繁栄をつづけて来た米国経済にとつて,多くの重大な問題をなげかけている。

第一は,戦後最初のこの本格的景気後退が果して四八~四九年,五三~五四年のときと同様に,短期に,軽微なものですまされるかどうかという点である。言葉をかえれば,経済構造,制度の変化,とくにビルト・イン・スタビライザーの発展や経済政策の高度化によつて“高圧経済“の段階に入つたといわれる米国経済がはたしてどの程度に不況に対する抵抗力をもつているかの重大な試金石になるということである。

第二に,今回の後退は戦後一二年間の長期的繁栄の終末を意味するものであるかどうかという問題である。戦後の経済繁栄が特殊の事情によるもので,やがてはいわゆる戦後恐慌が到来するということが一部の経済学者によつて主張されているが,今回の後退がはたしてその戦後恐慌にまで発展するかどうかが注目されている。

第三に,たとえ大きな不況にはならぬまでも,戦後の繁栄期は終りをつげ,今後は成長率も鈍化し,また経済変動の幅も大きくなるのではないかという疑問ももたれている。

第四は世界経済に与える影響の問題である。四八~四九年の米国景気の後退の場合は,海外諸国はまだ戦後復興の過程にあり,米国の景気後退が世界的に波及し,累積的下降運動を誘発するような条件は成熟していなかつた。もつとも,海外諸国の復興が終らず,経済力が弱かつたために,米国景気下降によるドル不足の激化が各国の国際収支困難を招来したという意味では,その影響は大きかつた。五三~五四年における米国の景気後退期には西欧諸国の経済が強力な上昇傾向を示していたことなどによつて,その世界経済に対する悪影響がかなり相殺され,そのうえ西欧向け輸出の増大は米国の景気回復を早めた重要な要因となつた。いわば国際的規模におけるローリング・アジャストメントが行われたのである。

ところが今回は,西欧経済も五三年以来の経済拡大がようやく鈍化し,昨年なかば以後はむしろ停滞気味であるうえ,一次商品価格の下落や工業国の輸入需要の停滞によつて後進国の多くも国際収支の困難に見舞われている。したがつて米国の景気後退,それによる輸入の減少が,あるいは後進国の輸入力の減退を通じて,また直接西欧,日本など工業国の対米輸出の減少となつて世界的景気後退にまで発展する可能性が,比較的大きいわけである。この点からも,米国景気後退の幅と,長さがどうなるかは重大な問題だといわねばならない。

さらに,問題を今回の米国景気後退だけに限定しても,①後退の最大の原因が設備過剰にもとづく設備投資の減退にあり,この減退傾向はかなり長びく可能性があること,②景気後退がはじまる一年半も前から実質個人消費が伸び悩みの傾向を示していたこと,③政府当局の景気対策が消極的なこと,④景気後退下にも物価が堅調をつづげていること,⑤景気後退によつて外国商品に対する輪入制限運動に拍車がかけられていること,⑥政府支出以外には景気回復の支柱になると期待できるような強力な拡大要因が見当らず,本格的回復がはじまるまでにはかなりの期間を要するとみられるうえ,回復過程そのものも五四~五五年に比較すると緩慢なものになりそうだとみられていること,など多くの問題点が指摘できる。景気対策や物価の問題については前に述べたので,ここではその他の問題に関しで若干の検討を加えることにする。

(1) 設備投資の減退

企業の工場・設備投資は昨年第三・四半期をピークとして減少に向つており,商務省と証券取引委員会が本年四~五月に行つた投資予測調査によると,五八年中の投資額は前年を一七%下回るものと見込まれている。設備投資が減退するようになつた原因としては,①設備の過剰,②大投資計画の一巡,③利潤の伸び悩み,④企業資産の流動性の低下,⑤金融逼迫の影響,などがあげられる。

(一) 設備過剰

一九五〇年以来高水準の設備投資が行われて来たうえ,五五年以来の投資ブームがその生産力効果を発揮しはじめたために,米国経済の供給力は大幅に増大した。マクグローヒル社の調査によると,工業生産力は五〇年から五七年までに五〇%増加している。これに対して需要の伸びはそれほど大きくなく,この間の実質国民総生産の増加率は二七%にとどまつているため,製造工業の操業度も低下している。同社の資料では,製造工業の平均操業度は五五年九月の九三から,五六年末には八六%に,昨年九月にはさらに八二%に低下している。

第2-11表 製造工業の操業度

商務省の資料によつて,主要基礎工業生産設備の操業度を計算してみると第二‐一二表の通りである。つまり,基礎工業の操業度は五一年末以来,景気後退期は別として,ほぼ九〇%ー九三%程度を維持して来たのであるが,五七年に入つてからは生産設備が大幅に増加したのに,生産は横ばい気味となつたため,操業度はかなり急速に低下し,景気後退開始直前の八月には八四%に下つていた。

これを五三年の後退開始直前の九一%と比較すると,この部門の設備過剰がかなり大幅なものであることがわかる。しかもその後も設備能力はかなりの速度で増加している。

第2-6図 企業の工場設備投資

設備の過剰がとくに昨年に入つてから問題化するようになつたのは,供給側・需要側両方の動きによるものであつた。まず供給力の面からみると,五五年下半期から急増した設備投資が生産力化するにしたがつて,生産力は五七年に入つてからも急速な拡大をつづけた(主要基礎工業の設備能力の増加率は五六年中の四・四%から,五七年中には六・〇%へと激増している)。これに対して需要の方は五六年はじめ以来増加率が鈍り,とくに五七年に入つてからは全くの仲び悩み状態を呈するに至つた。とくに個人消費が五六年はじめから著しく伸び悩んだことが,能力と需要とのギャップを一層はなはだしいものにし,設備投資減退の時期を早め,減少テンポを大きくする結果になつたものとみられる。

(二) 大規模投資計画

昨年はじめごろから設備投資の増勢が停止し,その後減少に向つたのは,一つには五五年以来各産業で開始された大規模な投資計画が一応出つくしたととによるものであろう。製鋼業,アルミ精錬業などにはこの傾向がとくに顕著である。

(三) 利潤の伸び悩み

一九五五年以来法人企業の利潤が伸び悩みとなり,利潤率が低下していることも企業投資の減退をうながしたものと考えられる。法人企業利潤(税支払後)は五五年二一〇億ドル,五六年二一〇億ドル,五七年二〇八億ドル(一~九月の年率)と全く停滞的であり,物価の上昇を考慮すれば実質的には漸減傾向を示していた。純資産額や売上高に対する利潤率も漸次低下している(第2-13表)。

このようが利潤の動きは二つの意味で投資に悪影響を与える。

第一に,利澗額の停滞,利潤率の低下は,操業度の低下とともに新投資の期待利潤を低め,この面から投資意欲を減退させる。とくに五七年秋までは投資財価格がジリ高傾向をつづけ,利子率も騰貴していたことを考えると,それが投資意欲にかなり大きな圧力を加えていたとみるべきであろう。

第二は資金調達面を通じての影響である。利潤が停滞的であるのに,配当金支払額は漸増傾向をたどつているため社内留保利潤は五五年の九九億ドルから,五六,五七年にはそれぞれ,九二億ドル,八三億ドルと減少さえしている。金融機関以外の法人企業(以下事業会社とよぶ)では巨額の設備投資,在庫増加を賄うために,五五年以来資金需要が激増した。それにもかかわらず内部資金の重要な源泉である留保利潤が漸減したことは,それだけ資金調達を困難にし,外部資金への依存度を一層高めることになつた。

もつとも,この傾向は五三年ごろから減価償却控除が激増していることによつてかなり緩和されている。事業会社の留保利潤は五五年の八八億ドルから,五七年の七〇億ドルへと漸減したが,減価償却控除額は反対に一五二億ドルから一八五億ドルへと漸増し,その結果内部資金調達総額は五五年の二四〇億ドルから五七年の二五五億ドルへとふえている。しかしそのふえ方は物価の上昇を考えればほとんど問題にならぬ程度であり,利潤の停滞が資金調達面からも投資活動にブレーキをかけたであろうこそは否定できない。

このほか,企業資産の流動性が低下したこと,金融引締めによつて外部資金の調達が困難になつたことなども,資金面からの圧迫要因となつた。しかしもつとも基本的な要因は,操業度の低下と利潤の低下によつて,投資意欲が衰えたことにあるとみられる。この点は,金融が緩和し,金利もかなり下つて来たにもかかわらず,本年四月に行われたマクグロー・ヒル社の調査によると,企業の一九五九年の設備投資計画が,昨年春にくらべて一七%も縮小されていること,とくに操業率の低下の著しい鉄鋼,自動車工業の投資計画が大幅に削減されていることにも示されている。

第2-14表 法人企業(金融機関をのぞく)の資金調達

(2) 個人消費の伸び悩み

一九五五年後半から五六年末にかけてみられたような設備投資の大幅な増加は長年にわたつてつづくことができないのは当然である。しかし,もしも五五~五六年の投資ブームによつて個人所得が大幅に増加し,それが順調に個人消費の増加をもたらしたとすれば,操業度の低下はこれほど早く表面化しなかつたであろうし,したがつて設備投資の減退ももつと緩慢なものですんだかもしれない。こうした意味で,個人消費が五六年はじめ以来,好況期においてさえ伸び悩みの傾向を示していたことは,今回の景気後退を促進した大きな要因であつたといえるし,また最近二,三年における米国経済の動きのなかで,もつとも注目に値する現象の一つだといわねばならない。

第2-15表 可処分個人所得の対前年増加率a

個人消費が五六年はじめ以来伸び悩むようになつた最大の原因は,消費者物価の上昇傾向によつて,実質個人所得の増加率が著しく低下したことにある。国内総投資,海外純投資,および政府支出の三者は大体において五七年夏ごろまでは全体として増加傾向をつづけ,雇用も増加し,時間賃金率も上昇したため,個人所得は名目的には五七年夏までかなり大幅の増加をつづけた。五六年第一・四半期から五七年第三・四半期までのあいだに可処分個人所得は年率五・五%の割合で増加した。これは五二~五六年の平均増加率四・九%を上回つている。ところが消費者物価が五六年春から上昇に向つたため,実質所得の伸びはぐつと鈍つてしまつた。同じ期間について実質可処分所得の増加をみると,年率一・七%で,五二~五六年の平均増加率三・八%の半分にも達していない。

しかもこの間に人口は年一・八%の割合でふえつづけているのであるから,人口一人当りの実質所得はこの一年半の間全く停滞状態にあつたわけで,五七年に入つてからは,第一・四半期の一,七六三ドル(五七年価格による)から,第三・四半期の一,七五五ドルへと漸減していた。

実質所得が伸び悩んでいる以上,実質個人消費の増加が小幅なのも当然である。(個人貯蓄率は五五年末以来情勢的な変化は示していない。)五六年第一・四半期から五七年第三・四半期までの実質個人消費の増加は年率一・四%で五二~五六年の平均(四・一%)を大きく下回つた。

実質個人所得の伸び悩みは二つの面から経済活動に影響を及ぼした。

第一に,消費購買力の増加が全体として小幅なために,生産設備の過剰傾向が促進されたことである。

第二に,実質所得が伸び悩んだために,個人消費支出の構成が変化し,耐久財部門にとくに大きな影響を与えた。

一人当りの実質所得は全く停滞していたのであるが,最近数年来,米国では人口の年齢構成が変化し,食料,衣服,学費などにカネのかかる青年層の比重が高まつている。そのためにこのような必需物資的性格の強い費目の支出をふやす必要が生じ,その結果耐久消費財購入の余裕が少なくなつているといわれている。事実,個人消費支出のうち,耐久財に向けられる割合は五五年以来次第に低下している。五六年以来の自動車など耐久消費財産業の不振も,こうした要因にもとづく点が大きいと考えられる。

それにもかかわらず,非耐久財とサービスの実質購入額のふえ方も,五二~五六年の年平均増加率を大きく下回つている(第2-16表)。

第2-17表

(3) 輸入制限運動の激化

数年来米国の輸入競争産業の間に関税の引上げ,輸入数量制限などによる保護を要求する声が高まり,各種の輸入制限運動がさかんに行われていることは周知の通りであるが,米国の景気下降はこの傾向に拍車をかけている。好況期においてさえ困難を感じて保護措置の強化を要求して来た輸入競争産業が,国内景気の沈滞によつてますます苦境に陥つているだけでなく,本年六月末で互恵通商協定法が満期となり,その延長法案の審議をめぐつて保護主義者の活動がさかんになつていることも輸入制限運動に拍車をかけている。互恵通商協定法の延長は戦後だけでもすでに七回にわたつて行われて来たのであるが,そのたびに保護措置が次第に強化される傾向がみられる。とくに今年は政府は一挙に五年間の延長を実現しようと最大限の努力を払つており,延長を認めさせる代償として政府はエスケープ・クローズなどの保護規定の強化を認める意向のようである。

米国の景気後退による輸入需要の減少が世界経済に与える影響が世界の関心のまととなつている今日,このように輸入制限運動がさかんになつていることは注目される。とくに米国市場に大量の軽工業品,雑貨ーその多くは米国の斜陽産業と競争関係にあるーを輸出しているわが国にとつては重大な問題である。

このほか,米国では景気が振わないために,対外援助費による商品購入をなるべく米国商品だげに限定させようという動きもあらわれており,域外調達計画による第三国からの購入を最高五〇%までに制限しようとする法案も議会に提出された。輸入制限とは性質が違うにしても,米国の景気後退が原因となつて,海外諸国に対するドルの供給を制限するようなこの種の運動がさかんになつていることも無視できない。

(4) 景気回復要因の検討

以上で今回の景気後退に至るまでの米国経済の動き,後退の原因,後退の経過,およびこれに対する政府の対策について概観した。つぎに問題になるのは今後の推移である。主要部門別に需要の動向を検討し,景気回復をもたらす要因がどこにあるかをしらべてみよう。

(一) 設備投資

昨年秋以来の設備投資の減退が上述したように設備過剰と利澗の不足による投資意欲の低下にもとづくものであること,今明年中は五六~五七年に行われた高水準の投資が生産力化するため設備能力は急速な増加をつづけるとみられること,この減退傾向を逆転させるほど他部門の需要が大幅に増加するとは期待できないことなどを考えると,設備投資の減少,停滞はかなり長びくことが予想される。マクグロー・ヒル社が今年春に行つた投資予測調査にょつても,企業の工場設備投資が今年は五七年を一二%下回り,五九,六〇,六一年もわずかながら減少することが見込まれている(第2-18表)。

工場設備投資の減退が予想外に急調子で進み,そのうえ企業の投資予定額が,調査の回を重ねるたびに大幅に低下していることも見逃せない。五八年の工場設備投資額は,昨年九月に行われたマクグロー・ヒル社の調査では五七年を七%下回るとみられていたのであるが,本年一~二月に行われた商務省と証券取引委員会の調査(以下商務省調査とよぶ)では三二一億ドルと見積られ,五七年の実績を一三%下回ると予想されるに至つた(同じ頃に実施されたマクグロー・ヒル社の調査では前年比一二%の減少となつていた)。ところが四~五月に実施された最近の商務省調査によると五八年の投資予定額はさらに下つて三〇八億ドルとなつており,前年にくらべて一七%も減る見込みである。なかでも製造工業の投資額は二五%の減少,とくに耐久財製造業の減少率は二九%にも達するとみられている。一九五三~五四年の景気後退期には,五四年の投資額は,五三年秋の調査でも,五四年はじめの調査でも,前年比四%の減少と見積られ,実際の減少率も五%に過ぎなかつたことを考えると,今回の設備投資の減退が重大なものであることが明らかになろう。

本年第一・四半期の工場設備投資額(実績)は年率三二四億ドルで,一~二月に行われた調査による予想額をさえ一七億ドル(五%)も下回つた。最近の調査にょると投資額は四半期毎に減少をつづけ,本年第四・四半期には年率約二九〇億ドルに低下するものとみられている。ピーク時の五七年第三・四半期にくらべると年率八八億ドル,二三%の減少となる。そのうえ,最近の経過から考えても,実際の投資額がこの予測額をさらに下回るようになる可能性も多分にある。

(二) 住宅建設

政府は住宅建設振興のために相当積極的な措置を講じているし,五六年以来の住宅建設の低下は金融逼迫によるところが少なくなかつたことから考えると,今後住宅建設活動は活発化することが期待出来る。

しかし住宅建設のふえ方は四九~五〇年や五四~五五年にくらべると小幅にとどまるとみられる。第一に世帯形成数が減少している。五七~六〇年の年平均世帯純形成数は六八万と見積られ,四七~五〇年平均の一四九万に比較すればもちろん,五〇~五七年平均の八六万とくらべてもかなり低い。第二は五〇年以来の住宅建設ブームの結果,住宅不足が著しく緩和していることである。また最近における実質所得の伸び悩みも,消費者の抵当債務負担意欲に影響しているとみられる。

(三) 個人消費支出

五三~四五年の景気後退の際には,信用条件の緩和などによつて賦払信用残高が激増し,自動車など耐久消費財の販売が激増したのであるが,今回はこの面でも大きな期待をかけることはできない。実質所得が伸び悩んだ結果,五六~五七年の好況期にさえ耐久財支出が圧迫されていたこと,住宅建設の場合と違つて,賦払信用の信用条件は五六~五七年中もほとんど厳しくならず,したがつて金融緩和による好影響はあまり期待できないこと,家庭用器具の普及度が高まつていること,米国人が自動車の購入をより実用的観点から行うようになつて来たこと,過去に借入れた賦払信用の月賦償還額が増加しており,所得の仲び悩みとともに家計の負担となつていること,したがつてこれ以上賦払債務をふやす意欲がみられず,むしろ今年に入つてからは賦払信用残高が大幅に減少していること,などから考えても,今後の耐久消費財需要は五四~五五年に比較するとかなり弱いものとみられる。

個人消費支出全体としてみても,減税が当分行われそうもないうえ,貯蓄率の低下による購買力の消費への振替えも,五四~五五年ほど大きくなるとは考えられず(本年第一・四半期の貯蓄率は六・三%で,五四年同期の八・〇%よりはるかに低い),これらの点でも当時に比較してかなり不利な情勢にある。

(四) 輸  出

今年一~三月の輸出は五七年同期を一九%も下回つた。昨年上半期は輸出が異常に伸びていたからでもあるか,西欧の経済が停滞気味であること,後進国の多くが国際収支の赤字に悩んでいること,などを考えても,今後輸出が五四~五五年のように増加ずるとは思われない。場合によつてはかなりの減少さえ示すおそれがある。

(五) 在庫投資

本年一月以来在庫の削減は急速に進み,一~三月の製造業・商業在庫の減少は二二億ドル(簿価)にのぼり,昨年一〇~一二月の三倍以上に達した。このため昨年秋以来上昇をつづけていた在庫率(在庫額の月間販売額に対する比率)も,二月から三月にかけてはぼほ上昇を停止した。しかし三月末の在庫率がかなり高く,とくに製造業者の在庫率は二・〇七にのぼり,昨年九月(一・九二)に比較しても,また五四年三月の一・九〇にくらべても高いことから考えても,なお在庫水準の削減はつづくとみるべきであろう。

ただ在庫の削減はつづいても,削減のテンポが鈍化すれば在庫投資としては増加するわけで,この意味では在庫投資はやがては増加に転じ,景気拡大効果を発揮するだろう。しかし最終需要が拡大しない限り,在庫投資だけでは景気を本格的に回復に向わせる力はない。

第2-19表 在庫の変動

(六) 政府支出

本年当初に提出された予算教書によれば,一九五九会計年度(五八年七月~五九年六月)の連邦政府支出は七三九億ドル,対民間支払総額は八六七億ドルと見積られていた。これは本年第一・四半期の実績に比較して,歳出額で年率四〇億ドル(五・七%),対民間支払額で八二億ドルふえることを意味している。

しかしその後約一四・六億ドルの国防費負担権限の追加が行われたうえ,景気対策として各種の支出促進措置がとられた結果,本年下半期ごろからはその効果があらわれ,連邦政府の支出はかなり増加する見込みである。五九年度の支出額は予算額を五〇~六〇億ドル上回るともいわれている(ジャーナル・オブ・コマース,一九五八年五月三一日号)ビジネス・ウィーク誌(五月三日号)によると,連邦・政府の商品サービス購入額は,本年第一・四半期の年率四九五億ドルから,第二・四半期には五一二億ドルヘ,さらに第四・田半期には五二五億ドルへと増加すると見込まれている。このほか戦後増加の一路をたどつている州地方政府の支出も,年率二〇~三〇億ドルの増加を示すであろう。もしこの推定が正しいとすれば政府需要は本年末には本年一~三月にくらべ,て年率約五〇億ドルの増加となり,現在予測されている企業の工業設備投資の減少(年率約四〇億ドル)を相殺してしまえるわけである。

しかし国防省の軍需品発注額は本年上半期の年率一九四億ドルから,下半期には一五〇億ドルヘ減少する見込で,この面からはかなりの悪影響が与えられることになる。

(七) 回復要因は微弱

要するに,政府支出の増加と,住宅建設の若干の増大以外には今後一年位の間には強力な拡大要因があらわれるとは期待できない。

本年三月ごろから景気後退のテンポは緩慢化しており,とくにビルト・イン・スタビライザーの作用などで個人所得の減少傾向が緩和されて,最近ではむしろ増加をつづけていることは注目される。したがつて今後小売々上げが堅調に推移すれば,やがて連邦支出も増加するであろうし,住宅建設も上向くと期待されるので,設備投資の減少が現在予測されている程度ですむとすれば,これ以上大幅に景気が下降することは避けられよう。

景気がいつ底をつくかは,主として在庫削減のテンポがいつから,どの程度緩慢化するかによつて左右されることになろう。しかし,①大きな回復要因が見当らないこと,②後退の中心が設備投資の減退にあること,③五六年はじめ以来の実質個人所得の伸び悩み,④政府の景気対策が積極的でないこと,などを考えると,本格的回復がはじまるまでにはかなりの時日を必要とするであろうし,回復のテンポも五四~五五年当時にくらべると緩慢なものになりそうである。

最近では景気の本格的回復がおくれ,しかも回復のテンポが緩慢になるという見方が多くの人々のあいだにひろまつているようである。米国の上下両院合同経済委員会事務局も,後退の基本的原因が設備投資の減退にあり,しかもこの減少傾向は一九五九年上半期までつづくとみられること,政府支出以外には景気回復要因が見当らず,消費者支出も減少が予想されること,などを指摘し,景気の本格的立直りは一九五九年なかばより早くなるとは考えられず,一九六〇年後半までおくれる可能性さえあるという見解を発表している。


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