昭和33年
年次世界経済報告
世界経済の現勢
経済企画庁
第二章 景気後退下の米国経済
このようにして昨年秋ごろから米国経済は後退過程に入り,国民総生産は昨年第三・四半期の季節調整年率四,四〇〇億ドルをピークとして減少をつづけ,本年第一・四半期には四,二二〇億ドルとなり,ピーク時に比較して四・一%低下した。昨年はじめ以来横ばい状態をつづけていた鉱工業生産指数(一九四七~四九年-一〇〇,季節調整ずみ)も九月から低下しはじめ,本年四月には一二六となり,昨年八月の一四五と比較すると一三・一%の下落を示し,従来の最高である五六年一二月の一四六からみると一三・七%も下回つている。この両者の低下率は一九四八~四九年や一九五三~五四年の景気後退期における低下率をすでに上回つている。(一九四八~四九年には国民総生産は三・二%,鉱工業生産は一〇・五%,また一九五三-五四年には前者二・七%,後者一〇・二%の低下であつた)。
(1) 需要の変化
昨年秋以来の景気後退では,とくに耐久財関連部門の不振が著しい。昨年第三・四半期以後の国民総支出の変化をみても,設備投資,国防支出,耐久消費財に対する個人消費支出など,とくに耐久財関係の需要減退が目立つている(第2-3表参照)
設備投資(生産者耐久財)は昨年第三・四半期の年率三〇五億ドルから,本年第一・四半期には二七五億ドルへと,三〇億ドル(九・八%)も減少した。二七五億ドルといえば五六年はじめごろの水準であるが,この間の物価上昇を考えれば実質的にはさらに低いわけで,下落のテンポはかなり急速である。
建設投資は大した変化をみせなかつた。住宅建設支出は昨年は第二・四半期を底として微増傾向を示したが,本年はじめには若干減少した。その他の民間建設も木年に入つてから減少している。
個人消費は昨年第三・四半期の年率二,八三六億ドルから,本年第一・四半期には二,八一二億ドルへと二四臆ドル(○・八%)の減少にとどまつている。しかしこの間に消費者物価が一・四%上昇しているので,実質的には二・二%低下したことになる。とくに耐久消費財の購入額は乗用車の売れ行き不振を反映して年率三五億ドル(一〇%)も減少している。
五三~五四年の後退期には個人所得の減少にもかかわらず,減税のおかげで五四年第一・四半期には,早くも可処分所得が増加に向い,したがつて消費支出も増大に転じたこととくらべると,可処分所得と個人消費支出が本年第一・四半期にも減少をつづけたことは注目すべきである。
政府需要のなかでは,連邦政府の国家安全保障費による商品サービスの購入額が,年率一〇億ドルの減少を示している。一方,州・地方政府の支出は漸増傾向を維持している。
需要変動の幅がもつとも大きいのは在庫投資で,昨年第三・四半期には年率三〇億ドルの在庫蓄積が行われたのに対して,第四・四半期には二七億ドルの在庫削減となり,本年第一・四半期にはさらに年率九〇億ドルの削減が行われた。在庫の削減も,最終需要の動きを反映して,耐久財在庫の削減が中心となつている。製造業者と卸・小売業者の在庫総額(簿価による,季節調整ずみ)は昨年九月末の九一三億ドルから,本年三月末の八八五億ドルへと約二八億ドル減少しているが,このうち約二三億ドルが耐久財在庫の減少であつた。
(2) 生 産
需要の減少が耐久財に集中的にあらわれた結果,生産,雇用,所得などに対する影響も耐久財部門にもつとも強くあらわれている。鉱工業生産指数は昨年八月の一四五から本年四月の一二六へと一三%低下したが,耐久財製造工業の生産はおなじ期間に一八%低下している。とくに減産率の大きいのは一次金属(三七%),機械類(一九%),輸送設備(一八%)などである。鉄鋼業の不振はよくに著しく,四月の製鋼高は前年同期を四四%も下回り,製鋼作業率も遂に五〇%を割るという有様であつた。
本年一~四月の乗用車の生産は一五六万台で,前年同期を三三%も下回つている。それにもかかわらず,販売が振わないために,四月末の新車の在庫は八一万台で,販売量の二カ月分以上にのぼつている。この調子で行くと五八年中の乗用車生産は四百数十万台で,五二年以来の最低になるものとみられ,メーカーは五九年型車への切り替えを例年より早めて,購買意欲をそそることを計画していると伝えられる。
製造工業の新規受注は五六年一一月以来減少傾向をつづけ,五七年一月以来連続して出荷額を下回つている。このため五六年一二月には六一〇億ドル(販売高の四・二カ月分)にのぼつていた耐久財製造業の受注残高は本年三月には四四一億ドル(三・八カ月分)に低下している。とくに工作機械の受注残高は五六年一〇月の七・二カ月分から,本年三月にはわずか二・七カ月分に激減している。
昨年八月以来年率一〇〇万戸の水準を維持していた民間非農家住宅着工数は,本年二,三月には天候不良の影響もあつて八八万戸に激減したが,そのごやや持直し四月には九五万戸,五月には一〇一万戸を示した。政府保証住宅抵当融資に対する申請数は本年に入つてから増加しはじめ,四月には大幅に増加した。
その結果五八年一~四月の申請数は二〇・二万件で,五七年同期の一六・八万件を二〇%上回つた。
(3) 雇用・所得
生産の低下を反映して,雇用者数も製造工業を中心としてかなりの減少を示し,本年三月の失業者数は戦後の最高を記録した。
本年四月の総雇用者数は六,二九一万人で昨年同期にくらべると一三五万人(二・一%)減つている。季節変動を除いた非農業雇用数でみると,昨年八月の五,二八四万人をピークとして減少に向い,本年四月には五,〇五八万人に,二二六万人(四・三%)の減少となつている。このうち半分以上の一三一万人が耐久財工業の雇用減少によるものであつた。
失業者数は季節性をのぞくと昨年九月ごろから増加する傾向をみせ,一二月以後は急激にふえ,本年三月には五二〇万人に達し戦後の最高を記録した。その後若干減少しているが,これは主として季節的要因によるものであつて,季節性を除けば,雇用,失業情勢は四月まではいぜん悪化をつづけた。
週平均労働時間数も漸減傾向をたどり,製造工業についてみると,昨年八月に四〇・〇時間であつたのが,本年四月には三八・三時間となつている。
数年来つづいていた一時間当り賃金の上昇傾向も多少衰えているようで,製造工業労働者の時間賃金は,昨年八月から木年四月までに二%の上昇にとどまつた(前年同期は四%の上昇)。
雇用数が減少し,労働時間が短かくなつた結果,賃金俸給所得はかなり低下している。勤労所得は昨年八月の年率二,四九七億ドル(季節調整ずみ)から本年四月の二,四一〇億ドルへと三・五%減少した。物価の上昇を考慮すれば,実質的には五・六%の低下である(五三年七月~五四年三月の実質勤労所得の低下は三・四%)。
個人所得全体としても,昨年八月をピークとして減少に向つたが,農家所得,振替所得,利子所得などか堅調ないし増加を示しているため,減少傾向は緩和されており,本年二月までに一・六%(実質では二・八%)の低下にとどまつた。その後は振替所得が大幅にふえたため,個人所得は三,四月と若干(年率五-六億ドル)の増加を示した。
小売々上げも昨年八月の一七〇億ドルー(季節調整)から緩慢な低下をつづけ,本年二,三月は一六一億ドルとなり,昨年八月を五・四%下回つた。物価の上昇を考慮すると,昨年八月を六・六%,昨年二月を五・〇%下回つたことになる。四月には若干増加して一六五億ドルになつた。
(4) 物 価
景気後退にもかかわらず物価が堅調をつづけていることは,今回の景気後退の大きな特色でおる。後退開姶後七カ月間の物価の動きを戦後二回の後退と比較してみると第2-8表のとおりである。卸売物価は四八~四九年には六・三%下落したのに,今回は一%上昇し,消費者物価も四八~四九年には二・七%低下し,五三~五四年にはほぼ安定していたが,今回は一・三%の上昇となつている。
卸売物価が上昇しているのは,厳冬による野菜類の不足や肉類の供給減少などのために農産物,食料品価格が四・七%も上昇したためであつて,「その他の商品」は,五五年はじめから昨年夏にかけて九%の上昇を示したのち,ほとんど横ばいとなつている。
五六年四月から上昇しはじめた消費者物価はジリ高傾向をつづけ,本年四月には前年同月を三・五%上回つた。五六年四月にくらべると二年間で七・六%上昇したことになる。
昨年一一月以後の上昇は主として食料品とサービス価格の騰貴によるものである。
物価が上昇したのは主として厳冬の影響など特殊な事情によるものであるが,景気下降期にも物価が堅調をつづけていることはとくに注目される。このような物価の下方硬直性はつぎのような要因によるものだと考えられる。
その第一は,労働組合勢力の伸長や長期賃金契約の普及にとつて賃金の切下げが困難になり,景気後退期にも時間賃金が上昇していることで,そのために賃金コストの切下げが容易に行えなくなつている。第二はいわゆる管理価格制の存在であつて,販売が不振だつたにみかかわらず自動車メーカーが昨年秋に新車の価格を引上げたことや,操業率が五〇%にまで低下しているのに,鉄鋼産業が本年七月に鉄鋼の値上げを計画していることなどはそのもつとも著しい例である。第三に,政府による農産物価格支持制度も主要農産物の値下りを阻止している。第四に,鉄道料金などにみられる料金の認可制も物価堅調の一因となつている。また,ビルト・イン・スタブライザーなどによつて需要の減退が比較的小幅に抑えられていることも物価堅調の一因であろう。
後退期にもかかわらず物価堅調をつづけているために,物価の低落による購買意欲の喚起という経済の自然調整機能が働かなくなつており,現状では逆に実質購買力の増大,購買意欲の低下をもたらしている。
(5) 金融情勢
在庫の削減,設備投資の減少しているうえ,数回に及ぶ公定歩合や支払準備率の引下げが行われたため金融情勢はかなり緩慢化し,金利も低下しているが,長期金利の低下が比較的小幅なことは注目される。連邦準備制度加盟銀行の連銀からの借入れ割額は,昨年九月末には一一億ドルにのぼつていたが,その後漸減し,とくに本年一月中旬以後は急減するようになり,三月には一・四億ドルに低下している。一方加盟銀行の過剰準備は昨年九月末の五四七百万ドルから,本年三月末には七〇七百万ドルにふえている。また主要加盟銀行の商・工農業貸付は,昨年九月末の三二四億ドルから,本年四月末には三〇二億ドルへ減少し,前年同月を一一億ドル下回るに至つた。
短期金利は著しく低下し,昨年一〇月には三・六%をこえていた財務省短期証券(Treasury Bill)の利子率は本年四月には一・一%程度になり,五月下旬には○・六四%に低下した。この水準は五四年上半期ごろとほぼひとしい。(五四年四月一・〇%,六月〇・六五%)しかし長期金利の低下は比較的小幅である。中期国債の利子率は昨年一〇月の三・九九%から,本年三月には二・五〇%に下つているが,五四年三~四月の約一・八%にくらべるとまだかなり高い。また社債の平均利回りも,昨年九月から本年一月にかけて低下したのち,下げ渋つている。
長期金利の低下が比較的小幅で下げ渋りの傾向をみせるようになつた原因は,①昨年夏ごろは長期金利が高かつたため,民間企業のなかには長期資金を銀行からの借入れでまかなつていたものが多かつたが,秋から冬にかけて長期金利低下の傾向があらわれると,銀行借入れから社債発行に切替えるものが多くなつたこと,②当局の金融緩和がおくれ,とくに当初は資金のアヴエイラビりティーを高めるための措置が比較的小規模だつたこと,③連銀の公開市場操作が短期債を中心として行われたこと,④本年第一・四半期の起債額が大きく,とくに政府(連邦,州,地方とも)の起債が前年同期を二割も上回つたこと,などによるものであると考えられる。このような情勢のさなかに,財務省は五月末に至つて国債長期化の見地から一〇五億ドルにのぼる巨額の長期国債の発行を決定したと伝えられ,景気対策に逆行する動きとして問題になつている。
(6) 貿 易
米国からの輸出は昨年上半期に激増したのち,第三・の半期から減少に向い,第四・四半期には前年同期を四%下回り,さらに本年一~三月の輸出も昨年同期を一九%も下回つた。これは①昨年上半期に輸出の激増をもたらした一時的要因(スエズ運河閉鎖にともなう石油輸出の増加,西欧の不作による小麦の輸出増加,海外諸国の在庫涸渇と,政府の余剰品処理計画の促進による綿花輸出の増加など)が消滅したうえ,②海外諸国の多くが国際収支難のため引締めの強化,輸入の制限を行つたこと,および③西欧諸国経済の拡大鈍化などによるものとみられる。昨年一〇~一二月の輸出額を前年同期と比較すると,綿花(二二%減),穀物(二一%減),石油(三六%減),石炭,鋼材(いずれも一一%減)などの減少が著しい。
輸入の方は昨年末までは年率一三〇億ドルの水準を維持し,第四・四半期の輸入額は前年同期を五%近く上回つた。
しかし本年一~二月にはやや減少する傾向を示し,昨年同期を三%下回つた。
昨年第四・四半期の輸入も,全体としては前年同期を五%上回つたものの,品目別にみると,ふえたのはココア,コーヒー,砂糖を中心とする農産物,食料品がおもで,非鉄金属は一七%,生ゴムは八%も減つており,工業生産低下の影響があらわれはじめていたようである。
(7) 景気下降の緩慢化
このように,昨年九月ごろから米国経済はかなりのテンポで下降をつづけ,とくに昨年末から本年一,二月ごろにかげての低下速度は相当はやかつた。しかし三,四月ごろから下降のテンポは著しく緩慢化し,主要景気指標の多くは四月から五月にかけては若干の好転さえ示している。
鉱工業生産指数は四月の一二六から五月には一二七に一ポイント上昇した。これは主として昨年一〇月から本年二月にかけて月平均五ポイントの低下をつづけていた耐久財生産が,三,四月には二ー三ポイントの低下ととどまり,五月には逆に二ポイントの上昇を記録したことによるものである。なかでも四月には能力の四八%まで低下していた製鋼業操業率は五月には五三%に回復し,六月中旬には六四%まで上昇している。五月中の乗用車生産も四月にくらべて一一%増加した。減少をつづけていた製造工業の新規受注額も二月の二四一億ドルから三月には二四八億ドルヘとかなり大幅に増加したが,これはおもに軍需品発注の激増(二月の一二億ドルから三月の二四億ドルヘ)によるもので,四月には二月の水準近くまで逆もどりしている。
失業者数は三月の五二〇万人をピークとして,四月には八万人,五月には二二万人減少している。これは主として季節的要因によるものではあるが,季節差を調整した失業率も三月の七%から四月に七・五%にふえたのち,五月には七・二%へとわずかながら低下している。季節調整ずみの非農業雇用者数は二月には六五万人も減つたのに対して,三月は三四万人,四月は一三万人の減少にとどまり,五月には一二万人の増加を記録した。
個入所得は一月から二月にかけては年率一九億ドルも減少したが,三,四月には振替所得が大幅に増加したため,それぞれ五億ドル,九億ドルの増加を示した。四月から五月にかけてはさらに年率一二億ドルふえたが,よくに従来減少をつづけていた勤労所得が増加したことは注目される。
本年三月には厳冬の影響もあつて年率八八万戸まで低下した民間非農家住宅着工数も,四月には九五万戸に,五月にはさらに一〇一万戸へと回復したし,政府機関への住宅抵当融資保証申請も四,五月には激増した。
景気指標のこのような動きを反映して,米国経済界には底入れが近いという見方が次第にひろまつている。三~四月の景気指標の動きには①天候回復による季節的影響が例年以上に大きかつたと思われること,②三月に軍需品発注が激増したこと,③個人所得増加の一部は復員軍人に対する戦争保険配当金の支払という特殊な事情によるものであつたこと,など一時的要因も働いていたことは事実であるとしても,全体として景気下降テンポが著しく緩慢になつていることは否定できない。大統領が五月末に減税の延期を決定したのも,後退が緩慢化し,底入れが近いと判断したためだと思われる。五月の生産増加は鉄鋼と乗用車の生産回復によるところが大きいが,鉄鋼は七月からの値上げを見込んで需要がふえた形跡があるし,乗用車は本年は例年より早く,六,七月から新型車への切替えが行われる予定であるから,今後夏にかけては再び若干の減少を示すことも考えられる。したがつて,以上のような動きをもつて,直ちに底入れしたと考えることは出来ないが,本年一~五月の在庫削減がきれめて急テンポで行われていたことから考えると,在庫削減テンポは遠からず緩慢化するものと期待され,そうなれば景気が比較的早く底をつく可能性もある。