昭和33年

年次世界経済報告

世界経済の現勢

経済企画庁


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第二章 景気後退下の米国経済

一 投資景気の展開

米国経済は一九五四年秋以来満三年にわたつて活況をつづけたのち,昨年秋から戦後三回目の景気後退過程に入つている。この三年間におよぶ経済繁栄期にみられた大きな特色は,景気の拡大,支持要因がつぎつぎに交替,変化し,その結果として経済活動全体がほぼ一貫して上昇傾向をたどつたことで,この間にいわば典型的な波状調整が行われたわけである。

この三年間にわたる好況期は,ほぼつぎのような三つの時期に区分することが出来る。

第一期-五四年第四・四半期から五五年第三・四半期まで。住宅建設と耐久消費財需要の激増を中心そする急速な回復上昇期。

第二期-五五年第四・四半期から五六年第四・四半期まで。設備投資の激増を支柱とする緩慢な上昇期。

第三期-五七年第一・四半期から第三・四半期まで。政府支出と輸出の増加に支えられた構ばい期。

(1) 急速な回復・上昇期(一九五四年第四・四半期~五五年第三・四半期)

一九五三年秋から,国防支出の減少や軍需品発注の削減などを契機として後退過程に入つていた米国経済は,五四年第四・四半期から回復に向い,五五年第三・四半期までは急速な回復,上昇をつづけた。この一年間に実質国民総生産は九・三%増加し,鉱工業生産指数は五西年第三・西半期の一二三(一九四七~四九年=一〇〇,季節調整ずみ)から,五五年第三・四半期の一四〇へと一三・八%も大幅に増加した。

第2-1図 景気拡大要因の交替

この期間における米国経済の急速な回復,成長の原動力は,金融の緩和などの結果住宅建設活動が活発になり,自動車など耐久消費財の売れ行きが激増したことにあつた。また景気の回復にともなつて在庫投資が活発になつたことも景気上昇に拍車をかけた。住宅建設支出は五四年第二・四半期の年率一二〇億ドル(季節調整ずみ)から,第三・四半期には一四〇億ドルヘ,五五年第三・四半期にはさらに一六七億ドルヘと大幅に増加した。また耐久消費財に対する個人消費支出は五四年第三・四半期の年率二九四億ドルから五五年第三・四半期の三七二億ドルへと,一年間に二七%も増加した。その結果一九五五年の乗用車の生産は七九四万台で五四年を四四%上回つて史上最高を記録し,また非農家住宅着工数も一三二・九万戸に達し,五〇年の一三九・六万戸に次ぐ高水準を示した。この一年間の国民総生産の増加額三七〇億ドル(年率)のうち,一七九億ドル(四八%)が耐久消費財支出,住宅建設,および在庫投資の増加で占められていた。

住宅建設と耐久消費財支出がこのように大幅に増加した原因としてはつぎのような事情が挙げられる。

第一は潜在的未充足需要が大きかつたことである。住宅については,一九三〇年代と戦争中に住宅建設が著しく低下したうえ,戦後世帯数が激増したために范大な未充足需要が残つていたし,耐久消費財(とくに自動車)も戦争中の未充足需要が完全には漠たされておらず,とくに朝鮮動乱にともなう生産制限や消費者信用の統制,五三~五四年の景気後退などのためかなりの未充足需要が存在していたものとみられる。

第二は金融の著しい緩慢化,とくに信用条件の緩和である。五三年五月以来政府当局は積極的金融緩和に乗り出し,一般金融情勢が著しく緩慢化したが,さらに政府は住宅建設を促進するため,五四年八月,政府保証住宅抵当融資の保証条件を大幅に緩和し,頭金の最低比率を引下げ,満期期間の最高限度を二五年から三〇年に引上げた。一方民間業者も消費者賦払信用の頭金の引下げ,賦払期間の延長を行い,これが耐久財の購入意欲をそそることになつた。その結果五五年には賦払信用残高・が激増した。耐久消費財に対する個入消費支出は五五年には三五六億ドルとなり,前年を六二億ドル(二一%)も上回つたが,このうち七割以上に相当する四五億ドルは,賦払信用残高の増加でまかなわれた。

第2-1表 各期別の経済成長率

このほか,五三~五四年の景気後退に際して政府が積極的に景気振興策をとり,とくに大幅の減税が行われ,これが可処分所得の増加をもたらし,消費者のコンフィデンスを高めたこと,五五年型乗用車が大衆の人気に投じたこと,住宅建設が活発となり,その結果家庭用品の需要がふえたこと,なども住宅,耐久消費財のブームをもたらす要因となつた。

(2) 緩慢な上昇期(一九五五年第四・四半期~五六年第四・四半期)

米国経済の成長率は一九五五年第四・四半期に入つてからは著しく鈍化しはじめた。五四年第三・四半期から五五年第三・四半期にかけては九・三%もの上昇を示した実質国民総生産は,その後五六年第三・四半期までの一年間にはわずか一・一%の増加にとどまつた。これには五六年夏に行われた鉄鋼産業のストライキの影響も多少あつたことは事実であるが,鉄鋼スト終了後に在庫補充需要などで経済がかなりの活況を示した五六年第四・四半期にも,実質国民総生産と鉱工業生産は五五年第三・四半期にくらべてそれぞれ二・四%,四・三%しか増加していない。

このように経済拡大テンポが鈍化したのは,五五年第四・四半期に入ると住宅建設支出と耐久消費財支出とがいずれも漸減傾向をたどりはじめ,また在庫投資も五五年下半期から増勢が鈍り,五六年に入つてからは減少を示したからであつた。

しかしこれに代つて設備投資が五五年なかばから急増し,この傾向が五六年一杯つづいたため,米国経済は緩慢な上昇傾向をつづけることが出来た。そのほか連邦政府支出が五六年第三・四半期から国防費を中心にかなり著しく増加したことと,海外諸国,とくに西欧諸国の経済繁栄のおかげで輸出がふえたことも経済拡大に貢献した。

この期間における最大の拡大要因となつた企業の工場設備投資は五五年第二・四半期の年率二七二億ドルから,五六年第四・四半期には三六五億ドルへと,三四%も増加した。このような設備投資の激増は,

① 五五年における個人消費,住宅建設の激増,在庫投資の増大などによつて生産設備がフルに動かされ,一部の基礎資材の供給力の不足が感じられるに至つたこと,

② 当初においては金融が緩和していたうえ,減価償却控除の増加などで資金調達が容易だつたこと,

③ 全業が長期的に米国経済の将来を楽観し,とくに五三~五朗年の後退ガ軽微・短期に終つたためコンフィデンスが一層高まつたこと,

④ 技術革新がさかんで,競争が激しかつたこと,

などにもとづくものであつた。

第2-2表 各期別の需要増加の構成

この時期における経済の動きでとくに注目されるのは,物価が上昇しはじめたことと,その影響で個人消費が伸び悩みの傾向を示したことである。

卸売物価は五二年末以来ほとんど安定していたのであるが,投資が活発化した五五年なかばごろから投資財を中心に上昇しはじめ,五五年六月から五六年末までに五・四%騰貴した。五二年以来安定を保つていた消費者物価も五六年四月から上昇に転じ,同年末までの九カ月間に二・九%の上昇を記録した。

消費者物価が上昇したために,実質所得の増加が鈍り,したがつて個人消費支出も伸び悩みを示すようになつた。

一方,設備,労働力がいずれも完全雇用状態となり,物価が上昇しはじめるに従つて,政府当局はインフレ抑制に乗り出し,五五年四月に公定歩合が一・五%から一・七五%に引上げられたのを皮切りに,公定歩合は五五年八月,九月,・一一月,五六年四月,八月と六回にわたつて引上げられ,五六年八月には三・〇%という一九三〇・年以来の高水準に達した。

(3) 横ばい期(一九五七年第一~第三・四半期)

一九五七年に入るとさしもの設備投資ブームも衰えをみせはじめた。工場設備投資額は五六年第四・四半期の年率三六五億ドルから,五七年第三・四半期の三七八億ドルへと多少増加しているものの,物価の上昇を考慮すると,実質的にはほとんど横ばいであつた。とくに設備投資のための発注額は五六年秋ごろをピークとして減少に転じたものと推測され,この面からはむしろ若干の縮小要因として働いたとさえ考えられる。(Na tioal Industrial Conference Boardの調査では主要工業企業一,〇〇〇社の設備資金割当額は五六年秋以降減少傾向を示しているし,工作機械の受注額は五六年はじめ以来減少をつづけている)。

また耐久消費財需要はほぼ横ばいをつづけ,住宅建設支出も上半期中は減少した。非耐久財とサービスに対する個入消費支出も,実質的にはごくわずかの増加しか示さなかつた。在庫投資も小幅にとどまつた。

第2-2図 米国の経済活動水準

このように米国の民間経済部門の需要が不振であつたにもかかわらず,経済活動水準が第三・四半期までほぼ横ばいをつづけることができたのは,主として政府支出と輸出の増加によるものであつた。数年来年々二〇~三〇億ドルの増加をつづけて来た州,地方政府の支出が増加しつづけたうえ,連邦政府の支出も国防費を中心に,五六年第四・四半期から五七年第二・四半期までの間に年率二一億ドル(四・三%)増加した。また輸出はスエズ運河閉鎖の影響などの一時的要因も加わつて,五七年上半期には前年同期を二二%も上回るほどの異常な増加を示した。

つまり,昨年上半期には民間国内経済部門には拡大力がほとんど涸渇し,海外需要や政府需要の増加によつて辛うじて経済活動水準が維持されたのであつた。鉱工業生産指数は五六年一二月の一四六を最高として,五七年に入つて多少下り,八月までは一四四~一四五で横ばいであつた。また国民総生産は四半期ごとに記録を更新したが,これは主として物価の上昇を反映したもので実質的な増加はほとんどみられよかつた。

(4) 横ばいから後退へ

昨年夏から秋にかけて,このような米国景気の支え棒の役割を果していた政府支出と輸出が減少に向い,設備投資も支払額でみてさえ減少するようになり,米国経済は後退過程に入つた。

まず,昨年春以来さかんになつていた予算節減運動の結果,連邦政府の支出は第二・四半期をピークとして減少しはじめたし,輸出も海外諸国の経済拡大が鈍化したこと,スエズ運河閉鎖の影響などの一時的要因が消滅したこと,などからこれまた第二・四半期をピークとして減少に向つた。さらに予算の削減と国防計画再編成の必要から軍需品の発注が七月以降急激,大幅に削減されたことも耐久財産業に少なからぬショツクを与えた。このような情勢の最中に連邦準備制度当局が八月に公定歩合を引上げ,金融引締めを強化したことも,企業活動,とくに在庫,設備投資意欲に水を浴びせる結果となつた。ひとたび後退傾向がはじまつてからは,企業が在庫の削減に乗り出したことによつて,景気下降のテンポが速められたのである。

このように,一九五四年秋以来満三カ年つづいた米国経済の繁栄は,まず耐久消費財支出と住宅建設ブームを契機としてはじまり,その後拡大の原動力が設備投資へ,さらに政府支出,輸出へと移り,この間に波状調整を伴いながらつづいて来たものであつた。しかし次第に各部門とも拡大力を失い,ついには横ばいから下降に向うに至つたのである。ここで一つ問題になるのは,五五~五六年と二年間設備投資の増加がつづいたのに,なぜその後に消費の昂揚がつづかなかつたかという点である。この点については後にふれることにする。


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